91.5. 過去、戦争の始まり
凍湖シンシンの国、王城。山河カンショウの国や虎狼ホンソウの国が戦争終結の祝祭に沸く中で彼らは戦争を引き起こした責任をどう取るべきか話し合っている。そしてそれをどのようにして国民への負担にならぬようにしていくかも。
ただそれらの話は今回割愛しよう。それよりも重要なのは王城の離れに存在する地下、そこに存在するある物の方だ。
今日、山河カンショウの国より使者としてとある人物が遣わされている。表向きは戦争の責任について論ずる為だが、彼にはもっと重要な役割があった。
「家老殿、こちらへどうぞ」
家老、彼はショウリュウの都に籍を置くイザクラ考古学団の長にして国はおろか三大国に名を轟かせる考古学の権威だ。そのような人物が派遣されたという事は離れの地下に存在する物が何なのかは決まっている。
薄暗い階段を下り、その先にある幾つもの牢を抜けた先、頑丈な扉の鍵が先導していた衛兵によって開かれる。その中は彼が想定していたよりも巨大な空間、そして見上げる程に巨大な装置。
「……ほう、これは」
家老は思わずその巨大な装置に息を呑む。かつて彼が遺跡探索をして来た中でもこれほど巨大な装置は見たことが無い。しかし彼の頭の中は冷静そのものですぐさまその装置が如何なる目的の為に作られた物かを考え始めていた。
この旧世代の遺物は何の為に作られた物なのか、を。
「以前に似たようなものを見たことがある。それはこれほど大きくは無かったが」
「どのようなものか聞いても?」
「あれは動力の供給装置だった。その場には百騎を超える機械馬があり、それらの動力源となっていたようだ」
「それは……」
「まず間違いなく戦闘の為の兵器としての運用であろうな」
つまりそれはここにある巨大な装置もまた、何らかの争いの為に作られたものであろうことを示唆している。
「虎狼ホンソウでも似たようなものは見つかっていたはずだな?」
不意に尋ねられたのは家老のように使者として遣わされていた虎狼ホンソウの考古学者だ。
「ええ、まあ。やはりこれほど巨大なものではありませんけどね」
「しかし、重要なのはこれらが非常にありふれたものであったらしいという点だろう」
家老は大きく溜息をつく。
「考古学を突き詰めれば突き詰める程、過去の謎は解明されて行く。これまで無数にあった夢や浪漫は姿を消し、現実が見えてくる」
考古学とは元々現代よりも高度な文明を持ちつつも滅びてしまった謎に満ちた三百年程前の旧世代について解き明かす事を目的としていた。遺跡からは便利な遺物が幾つも見つかり、彼らはそれを糧に更に遺跡を探索し過去の事情を理解していく。
昔は空から飛来した巨大な石が文明を滅ぼしただとか、強大な魔物が現れ共倒れとなったのだとか、彼らは自ら文明を捨て野に生きることに決めたのだとか、人々は好き勝手な事を言っていたものだ。しかし無数の検証と発見がそれらの可能性を一つずつ消して行く。
今や三百年前の文明の滅びの原因は幾つかに絞られていた。そしてそれらはどの考えであっても一つの共通点を持つ。
戦争、それも文明全体を巻き込んだ戦争だ。
それは或いは二十年前の魔王大戦のようなものなのかもしれない。或いは今回の凍湖シンシンが引き起こしたようなものなのかもしれない。しかしいずれにせよ彼らは大きな戦争の後に滅びを迎えた事だけは確実となっている。
「凍湖シンシンの遺跡にこのような巨大なものが隠されていたとは……。これがあった遺跡はここなのか?」
「ええ。離れた位置に遺跡があったのですが、城の地下付近にまでその遺跡が続いていたのを知り道を繋げたのです」
「そうか……。では少しこの部屋を探索してこよう」
「え? あ……」
家老は壁際へと歩みを進めると手をついて歩き始める。凍湖シンシンの遺跡探索を行った者達がこの遺跡を調べ尽くしているのは言うまでも無い。しかし一方で彼らはそもそも数も経験も足りていないのも確かだ。
歩きながら家老は足音の反響で地面の下がどうなっているのかを確認し、壁を叩いてその向こうに何かが無いか調べる。更には彼の扱う様々な魔法が気流の流れや壁の材質などを読み取り僅かな違和感も逃さぬように周囲を調べた。
そして彼はふと、立ち止まる。
「この向こうか……」
彼はとある壁を見つめていた。それは一見何の変哲もない壁だった。洞穴を掘り進めたならば概ねこういう壁が見られるだろうというごくありふれた岩の壁。しかし家老の魔法はその壁と地面の間にほんの僅かな境がある事を伝えて来る。それはまるでこの向こうにある物を隠す為に後から巨大な壁を置いたかのようだ。
「その壁が何か?」
「おそらくあの装置はこの壁を動かす為のものだろう。しかし流石にあれを動かす事は出来ん、壁を破壊する。良いか?」
「……遺跡に関しては家老殿の指示を最優先とすると指示を与っております。やりましょう」
「うむ」
家老の見立てでは巨大な装置を動かすには何十人もの丙族が必要で、その上彼らの命の安全は保証されないだろう。であれば壁の向こうを知る為には破壊するほかない。
「少し待っておれ」
家老は手を壁に付けるとそこから壁に魔力を流して行く。それは壁の中のある点に留まり、それが複数生み出されることで円を描いていた。
「ほう、これが家老殿秘伝の魔法というやつか……」
虎狼ホンソウの考古学者は興味深げにその様子を見つめる。
家老は自身の卓越した魔法の才で様々な魔法を開発している。その多くは遺跡探索の際に活用される物で今回のもその一つだ。
「はっ!」
ボンッ。
家老の掛け声と共に小さな爆発音が鳴った。それは壁の中で炸裂した魔法で、その爆発の圧力が壁にひびを作り上げる、丁度魔力を設置したのと同様の円形に。家老がひび割れた壁に掌を付け引くと、まるで掌に吸い付いたかのようにその部分が引っ張られ手前に出てくる。
「周囲には爆発の影響もなく壁だけを破壊するのか。便利なものだな」
「爆発の威力が肝要だ。それを見極めるには数を重ねる他無いが」
「成程……」
そんな会話を挟みつつ壁の向こうが見えると各人興味津々でその先へと目を向ける。
「家?」
「家だな」
壁の向こうにあったのは幾つかの家だ。それはつまりそれが存在できるほどの広い空間である事も意味している。
「ひとまず探索と行くか。全員で固まって行こう」
「手分けはしないのですか?」
「我らは所詮他国の人間同士だ。無意味に出し抜こうなどと考える者もいないとは限らん」
そんなわけで家老、虎狼ホンソウの考古学者に凍湖シンシンの兵を二名ほど連れて中の探索へ向かう。中は暗かったが彼らの持って来た魔力灯が照らすまでも無く内部には複数の魔力灯が存在し彼らを出迎えるようにそれが光を灯す。
「どうやら人の往来に反応して明かりが点くらしい」
おそらくは三百年ほど放置されていたはずだが幸いにもそれらの機構はまだ生きているようで彼らの探索の助けとなってくれる。幾つか存在する家々は外見から察するに普通の民家のようであった。
「或いはこの場はある種の村のようなものなのかもしれんな」
家老がぽつりと呟く。他の者も立ち並ぶ家々を見て似たような印象を抱いたのだろう、彼の言葉に頷いた。
そして一行はひとまず手近な家の中へと入って行く。
中は非常に埃っぽかったが家老の扱う弱い気流の魔法でそれらを集めながら奥へ奥へと入り込む。
「……本当に普通の家のようですね」
人の住む家の形など文明が変われどそう大きくは変わらない。そもそも人々が快適に暮らせる間取りはある程度決まっているだろう。余程大きな技術革新がなければ大きな変化を与える必要のない部分だ。玄関から廊下が繋がりその先にリビングやその他の部屋が幾つか枝分かれしているという大して面白味の無い家である。
故に彼らが求めているのはその家自体ではなく、そこに存在するであろうもの。
「書斎だ」
部屋の中に立ち並ぶ本棚とそこにある書籍の数々。このような当時の事が垣間見られるであろう記録の数々だ。
「……これほどの数の本が残っているのは珍しいな」
「そういうもので?」
「うむ、数々の遺跡を探索して来たが、一番かもしれぬ」
言いながら家老は窓より今いる家の外を覗く。そこに広がる広い空間、小さな町のようなこの場所を見る。
「思えば、このような場所にこれだけの数の家があるのは常ならぬ事だ。ここに住んでいた者はそれなりに地位が高い者だったのかもしれんな」
巨大な装置によって隠された町、これが当時は当然のように幾つも存在していたとは思えない。であればここに住めるような者達は何かしらの理由で地位が高く、故にこのように無数の本が存在するような事もあるのかもしれない。
何はともあれ一行は手近な本を手に取りそこに書かれている情報を読み取り始める。
「これは娯楽物のようですね」
「こちらもです」
「となるとどうやらこの本棚は全て娯楽の類かもしれませんね」
何気に彼らが手に取ったのは当時の娯楽本。それはそれで歴史的な価値はあるものだが、彼らが追い求めている物とは少し異なる。そんな中で家老は一人、分厚い背表紙の少し雰囲気が違う本を手に取っていた。
「家老殿、それは?」
「……うむ」
家老はゆっくりと広げた頁を一行に見せる。
「これは……」
その本の内容が国家の中枢へと知らされた時、即座にごく僅かな信頼できる有識者を集め会議が開かれることとなった。かの遺跡は即日封鎖され考古学者どころかほぼ全ての者が立ち入り禁止である。それだけの秘密がその本には書かれていたのである。
歴史の話をしよう。現代よりも三百年以上も前の話。そう、あれは、人と丙族が手を結んだ歴史的な転換点の頃の話だ。
古来、人と丙族とは別の生き物として見做されていた。彼らは互いに同じ言語を操り意思疎通が出来る。しかし全く別の生き物だ。公式の関わりは無く、それぞれがそれぞれに群れや町、曳いては国家を作って行った。
長い時間の中で彼らの中にそれを不合理だと思う者も出てくるだろう。そしてそういう者達は次第に増えて行き町を離れては遠くに住む友と交流を育む者も増えて行った。
そして現代よりおよそ三百五十年前、大きく歴史が動く。彼らは互いを、人と丙族は同じ仲間だと認め合い手を取り共に生を営むことに決めたのだ。その発表に民衆は大いに沸き立ち中には一昼夜走り尽くして友のいる町へ喜びを伝えに向かった者さえいたようだ。
丙族は純粋にこのことを喜び互いにより良い暮らしを出来るように尽力した。彼らは数こそ人に比較すれば少なかったが一方でより強い魔力を持ち得る傾向があった。優れた魔法使いが為し得ることは凡人が十人集まったところで足元にも及ばない。人は彼らの尽力に感謝を伝え自ら育てた作物などを分かち合い彼らに報いたと言う。
しかしそのような心温まる交流の一方で人の、特に丙族と手を結ぶと決めた権力者たちの思惑は別にあった。この世界では魔法とは人も丙族も平等に使えるものだ。その一方でその魔力の多寡には明らかな優劣が存在する。先も述べたように優れた魔法使いが為し得ることは想像の遥か上を行く。
人は丙族を恐れていた。人は丙族がなぜ魔力を多く持つのか知りたかった。人は丙族の全てを研究し彼らを恐れる必要のないものへと変えたかったのだ。
人間は丙族の紋様を調べた。人間は丙族の額の文字を調べた。人間は丙族の手首にある石を調べた。幾重もの研究の後、彼らは丙族の手首にある石こそが魔力を製造し制御する物だと突き止めた。
人は考えた、あれが欲しい、と。
ある日、丙族の青年が人と共に狩りへと出かけた。彼は帰って来なかった。獣に襲われた際に人を庇って死んでしまったのだと言う。人は彼の英雄的な行動を称え共に彼の死を悲しんだ。丙族は人に英雄として称えられた彼を誇りに思い、それと同時に人が丙族をそのように扱ってくれたことに感謝した。
僻地に作られた研究所で丙族の青年の身体を切り刻む研究員は言った。
「上手くやったな。次も頼むぞ」
研究所には次々と丙族が運び込まれた。彼らは生きたままその肉体を切り刻まれ恐怖の悲鳴が木霊する。そんな狂気の実験を繰り返す中で一つの成果が生まれた。
「これは?」
堅牢な檻が幾つもあり、そこにはそれぞれに巨大な獣が存在している。その姿は様々だが三つ首の狼のように少々一般的な獣とは姿を異にしていた。
「獣に丙族の石を埋め込んだ。魔力を扱う獣、さしずめ魔物と言ったところだ」
それは丙族の石を人間に移す為の動物実験の一環だった。強大な力を持ったそれらはしかし研究所の中に封鎖され身動き一つ取る事は出来ない。しかし彼らに取ってはそんなことはどうでも良かった。
「経過は良好、次はとうとう人に石を移植する頃合いだ」
獣への石の移植は成功し数週間経った後にも何らかの副作用が現れた様子は無かった。故に彼らは人体実験を始める事となる。
石の移植は粛々と行われ施術は完璧に行われた。それまでの経験を見事に活かした完璧な行いだったと言っていいだろう。しかし結果はこれまでと同じにはならない。実験体が移植を終えた後、唐突に苦しみ始めたのだ。
「何が起こっている!?」
「わ、わかりません! 施術は完璧だったはずなのに」
残念ながらその原因を彼らが知る事は無い。起こったのは魔力の拒絶反応だ。獣は元々魔力を持たなかった、それ故に丙族の魔力を身体の内に受け入れる事が出来たのだが人はそうではない。彼らは魔力を元々持っているが故に身体の内に存在した魔力が植え付けられた丙族の魔力に拒絶反応を起こしたのだ。
そしてそれは最悪の形で発露する。
「あの光は!?」
「伏せろ!」
丙族の魔力に対抗するように魔臓を酷使し魔力を作り上げる。しかし丙族の石もまた同じ機能を持っていた、互いが互いをねじ伏せようと魔力を作り続けやがて迎えるのはどちらかの限界。それを超えて魔臓を酷使した者を待つ未来は。
自爆。
誰もが知っており、誰もが使う事ができ、しかし誰も使う事は無いであろう魔法だ。その威力は凄まじく万一の為に作られていた防護壁を破壊し研究所の研究員やそれに出資していた者をまとめて吹き飛ばしたほどだ。
そして研究所の破壊はそれと同時にこの場にいた脅威をも解放する事となる。魔物が世に放たれたのだ。
数年後、人と丙族は力を合わせ魔物の脅威に抗っていた。彼らがその存在に気が付いた時には既にそれらは数を増やし根絶も難しい状態となっていたのである。より強い力を求め体術、剣術、魔法や様々な機械の開発が進んで行く。
その中で魔物がなぜ突然現れたのかを探る者もいた。丙族の若者であった彼は魔物の死体を持ち帰り様々な手段で調べ始めたのだ。幾つもの魔物を調べる内に気付いたのは体内に存在する謎の石だ。それは形や大きさもばらばらであったがどの魔物にも存在しており何らかの役目を負っているのは間違いない。彼は自分の手首に存在する石を見てまさかな、と小さく息を吐く。
彼の研究が行き詰まりを見せていた頃、強力な機械や武器を生み出した人と丙族はついに始祖の魔獣と呼ばれた者の一体を打ち倒した。その死体を調べる機会を得た彼はそこで自分のちょっとした想像が正しかったことを知る。
始祖の魔獣の中には丙族と全く同じ石が存在した。
彼が魔物の出現した理由について調べ上げるのにそう時間はかからなかった。丙族の研究所の存在を知り、当時の研究員の生き残りを見つけ、廃棄されたはずの資料をも見つけた。そこには様々な研究の資料、丙族を切り刻み行われた人体実験、丙族を人柱とした様々な装置の開発、そして人が丙族と国交を結んだ理由すらも彼は知ってしまった。
怒りと憎しみは深く、それは彼自身すらも想像だにしなかった方向へと燃え上がる。幸か不幸か丙族の中でも特に抜きん出た魔力の持ち主だった彼は研究所の資料を元にとある事を始めた。人と魔物の融合だ。
強靭な肉体を持つ魔物と自らを融合し、丙族を統べる王になろうとしたのだ。彼は人が憎かった、無慈悲に殺された仲間たちの復讐がしたかった。
そして彼は最初の魔王となった。
多くの魔物と丙族を率いた彼は旧世代を滅ぼし、しかし深い傷を負った彼は彼はそれと同時に永い眠りに就くことになる。肉体は限界を迎え、それはある種の死と言って良い。だが彼の怒りと憎しみはそれだけで消える事は無かった。
彼の意志は霧散した魔力の中を漂い生き残り続けた。そこは暗き地の底で抜け出す事が出来ずとも、怒りも憎しみも晴れる事は無い。やがてその地に光が灯る。それは大して名の無い考古学者の一団がどうにか名を上げようと辺境の地を掘り起こしていた時、偶然にも地の底で彼の棺となっていたその場所を掘り当ててしまったのだ。
魔力の中を揺蕩っていた意志はその行き場を求めるようにすぐ傍にいた者へと入り込む。その瞬間、彼は感じた事だろう。自らの中に眠っていた怒りや憎しみが強く沸き立つのを。元々が何の為の怒りだったのか、何に対しての憎しみだったのかを忘れ去ってしまったそれは人から人へと宿主を変えながら世界を渡り歩く。
そして、ある時、まるで運命であるかのようにその肉体へ辿り着いた。長きに渡る血脈、丙族の中で荒公候の血筋とも呼ばれるかの丙族たちは、誰も覚えていないであろう魔王と同じ血族の者だ。怒りと憎しみに強く同調したその丙族は肉体を生まれ変わらせて第二の魔王となる。これが現代で言われるところの魔王大戦の始まり。
魔王が討たれ魔王大戦は終わりを迎えた。残党などの問題は残ったがひとまずは平和な時代を迎えたのだ。しかし火種は残り続けた。多くの人が怒りと憎しみを抱えたまま生き続けた。そしてそれは未だ揺蕩い続ける意志にとって都合の良い餌のようなものだった。人から人へと渡り歩きそして時を経てそれはまた動き出す。
とある丙族は人々を扇動し一つの都を落とそうとした、始祖の魔獣と呼ばれた魔物は永い眠りから目覚めると人の国を目掛けて走り出した、とある国の王は自らの望みを叶える為に他国を侵略しその国民を犠牲にしようとした。
では次は?
国境の村や町では戦争によってその地を追われた人々が続々と戻りつつある。その中には凍湖シンシンに捕虜として連れ去られた丙族の姿もあった。しかし彼らは誰一人として気付かない。一人の丙族の少年が姿を消していたことを。




