91.戦争の終わり
凍湖シンシンの国、王城。そこは正に今混乱の最中にある。それも仕方のない話だ、なにせそこに住まう王が殺されたのだから。
そして。
「あっ、来た」
ここは地下牢。中には八人の刺客が身動きできなくなるまで縛られ捕らえられている。そして今、最後の一人が拘束された状態で連れて来られた。
「遅かったな。どんだけ抵抗したんだ?」
「まだ暗殺は終わっていないのかと思いまして」
「黙っていろ! お前たちが殺されていないのは未だ処遇が決まっていないからだという事を忘れるな!」
牢の扉が開けられ最後の一人が中へ投げ入れられる。そして即座に扉は閉められ更に数人がかりで魔力により強固な封印が仕掛けられた。
中で再び顔を合わせた山河カンショウの国よりやって来た刺客、暗殺者、或いは単なる冒険者と呼ぶべきか、彼らは皆が生きている事に安堵の溜息をつく。
「全員無事なようで何よりです」
最後まで外で大立ち回りを続けていたミザロが口を開く。その場にいる皆の、ロロ、瑞葉、ハクハクハク、ザガ、竜神、ツバサ、ゴウゴウに崎藤の無事な姿を見てようやく気を抜いてその場で姿勢を崩して座る。
「流石に死ぬかと思いましたけどね」
そう言ったのはツバサだ。思えば彼は最も危険な立ち位置にいたと言えるだろう。暗殺に向かうロロ達三人を守るべく謁見の間の扉の前で兵士の足止めだ。相手は当然ながら情け容赦なく襲い掛かって来るのをどうにか押しとどめねばならない。実際、この場にいる者の中で群を抜いて怪我が多いのが彼だ。
「こいつ腕と腹の骨が圧し折られたらしい。まあこいつの尽力で今回の計画は成功したわけだしな。帰ったら休暇でもくれてやるよ」
ツバサを指差してそう言ったのが竜神だ。彼女はと言えば一等星のショウキを自分ごと岩の球体の中に閉じ込めて足止めしていたのだが、それが終わった頃には既に王の暗殺は為されておりそのまま捕縛される運びとなった。目的を果たし抵抗する理由も無ければ魔力の殆どを使い果たし抵抗するだけの力も無い。ある意味最も平和的にこの場に連れて来られた者でもある。
「はっ、鍛え方が足りねえんじゃねえのか? 俺様みたいにもっと精進しねえとな」
そう言って笑うのがザガだ。彼も同じく一等星の朱鷺姫を相手にお互いにこの件にそれ以上の手出しをしないことで合意していたのだが、王が殺されたとわかった瞬間に隙を突かれて拘束されあっさりとこの牢に運ばれて来たのである。
「でもザガさん私たちより早く牢屋に入れられてたよね」
「うん」
瑞葉とハクハクハクはそれで思わずそんなことを言った。実際に王と対面した三人であるロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は暗殺を成功した直後に捕縛されたものの即座に牢に連れて行かれたわけではなく、兵士たちは彼らの処遇を決めかねていたようでしばらくその場で放置されていたのだ。その間にザガやツバサが捕まり一旦全員を捕らえてから改めてという話で結論が付いたようだが。
「しかしまあ、これからどうなるんだろうねぇ」
不安を誤魔化すように頭を掻いているのは崎藤だ。
「少なくともしばらくは殺される事は無いだろう。奴らも俺達から聞きたいことは山ほどあるはずだ」
そしてその横で腕を組み平静を保っているのはゴウゴウである。彼らは王都の外でかなりの数の兵士を引き付けていたのだがザガを捕らえた後に朱鷺姫の参戦によって呆気なく捕まる運びとなった。城内への潜入組の様子がまるで分からなかった彼らにとって、ここで起こった事の全ては想定外の運びだったと言っていい。
特に。
「……ロロ、あなたは、大丈夫ですか?」
ミザロの呼び掛けにロロは答えない。彼は腕を組み沈んだ表情でずっと何かを考えている。まだ事の成り行きを聞いていないミザロはその理由が分からず瑞葉たちの方を見た。
「……えっ、と」
瑞葉は思わず自身の襟を摘みどこか苦々しい表情を見せる。しかし彼女の疑問にはすぐに答えた。
「ロロは、その……。ロロが王様を、殺したんです」
彼はその意に反して凍湖シンシンの王、アルザード16世を殺した。その事実が彼の中でどのような意味を持ったのか、それはまだ本人にしか分からない。
王城、謁見の間。そこには現在の凍湖シンシンの中でも大きな権力を持つ者達が集まっている。議題は言うまでも無いが王が死にこれからどうするのかを話し合う為だ。
「話すべき事は無数にあるが……、一つ一つ処理していく他あるまい」
中心にいるのは宰相を務めるアレスだ。彼は長らく軟禁のような形で閉じ込められていたのだが王が死を迎えた事で急遽呼び出されこの場にいる。そもそも彼の軟禁を命じたのは王であるが故に今更それを続ける理由も無くなったのもあるだろう。
「では初めに私から、よろしいでしょうか?」
手を挙げたのは多くの兵を束ねる兵士長だ。彼こそは王の最期を看取った人物であり、最期の言に耳を傾けた者でもある。
「アルザード16世様の最期の言を皆様にお伝えします」
「戦争を続けよと言うんじゃないだろうな」
アレスは思わず頭を抱えたが続く言葉は彼の想像とは全く異なっていた。
「王位は息子に譲る、がまだあまりに幼く経験も浅い。宰相アレスを後見に付けよ、と」
それを聞き玉座の傍で涙を流す者、まだ十五の彼こそはアルザード17世となる王の血を引く者だ。皆の視線が集まる中、彼は袖口で涙を拭きとるとゆっくりと玉座へ腰を下ろした。
「父は……、常に凍湖シンシンの事を思い行動していた。行き過ぎた事もあったかもしれないが、間違いを犯した事は無いと、俺は信じている。その偉大な父に比べて俺はまだまだあまりに様々な経験が不足している、力不足と言われても仕方がない程にな。アレス、手を貸してくれるか?」
アレスはゆっくりと彼の前に歩き出しその場に傅く。
「私は所謂穏健派、あなた様と考えを異にするやもしれませんが?」
「構わん。議論を深めねば何が正しいかなど見えて来ぬものだ」
宰相を務めていたアレスが軟禁までされるようになったのはアルザード16世が突如唱えた戦争の道に反対の意を示し続けたからだ。その彼を宰相に付ける事を認めたという事はたった今玉座に就いた彼はアルザード16世と別の道を行くという事を示している。
「父は他に何か言っていたか?」
アルザード17世の問いに対して兵士長が跪き返答をする。
「はっ、アルザード16世様は自らを殺した者達へ言及なさっていました。その言葉をお伝えします」
彼の言葉により今捕らえられている刺客たちの処遇が決まる事となる。父の最期の言葉にアルザード17世はどこか穏やかな笑みで彼を偲んだ。
一か月後。その日、山河カンショウの国は沸き上がっていた。戦争の終結が王の名の元に宣言されたのだ。町を奪われた住民達は自らの故郷へと帰りその変貌ぶりに涙を流しながらも、町の復旧の為に派遣された軍の一団と共に元の生活を取り戻そうと奮闘するだろう。
前線より離れた町でもいつ戦火が広がるかを心配する必要も消え、冒険者や軍が戻って来た今、街道に現れた魔物達も徐々に数を減らして行くはずだ。以前の暮らしが戻って来ることに安堵と歓喜の声を上げる。
そしてショウリュウの都では盛大な祭りが開かれようとしていた。
「派手な装飾だなぁ」
町をぶらつきながらそう言ったのはロロだ。どこもかしこも祭りの為に様々な趣向を凝らして飾り付けられている。この時期に咲く花を集めて巨大な花束を作ってみたり、旬の果物を数え切れないほど盛り付けて見たり、家屋の壁には子供たちが様々な物を象った色紙で賑やかしている。更には人々もそれに負けじと自らを様々に着飾っているのだ。
「まあ今日ぐらいはこういうのも良いんじゃない? ずっと暗い雰囲気だったし」
隣を歩く瑞葉は様々な所を目移りするように観察しながら呟く。彼女自身も普段は着ないような派手な色の服を着ており、どことなく気分が高揚しているのがわかるだろう。
「ハク! こっちこっち!」
そして彼らの向かう先にはハクハクハクが髪飾りなどを付けていつもより気持ちお洒落な格好をして手を振った。
今日は戦争終結の記念日だ。皆、普段よりもお洒落に着飾って町を行く。
三人合流してまず向かったのは功労者を祭り上げる行進の元だ。そこには既に大勢の人が居て、誰も彼もが戦争を終わらせた英雄を一目見ようと両手を挙げて彼ら彼女らの名を呼んでいる。
「凄い盛り上がりだな」
思わずロロが呟いた言葉もその熱気にかき消され横の二人の耳に届いたかどうか、と言った具合だ。しばらく人々の後ろでどうにか見えないか画策するも背の低いハクハクハクはおろか、この中では最も背の高いロロでさえ僅かに見える瞬間があると言った程度だ。このままではまるで楽しめそうもない。
どうしようかと三人が悩み始めた頃、不意に彼らは肩を叩かれる。
「あっ、安川さん」
「よう」
そこに居たのは親しくしている冒険者の安川だ。しかし彼を見た瑞葉はどこか訝し気な表情を見せる。
「安川さんも皆さんを見に来たんですか?」
その問いが出たのは安川がこのような場所を嫌っているだろうという事を想像しての事だった。元々あまり陽気な性格でもない彼は大勢人がいるような場所は苦手だろう、と。実際、この場にいる彼は人の波に辟易とした様子を見せている。
「ああ、いや、ちょっと頼まれ事をされてな……」
「頼まれ事?」
「何でもいいだろちょっとこっち来い」
そう言って三人を連れてその場を離れると、すぐ傍にあった縄で封鎖された数人入るので精一杯の一角へ足を踏み入れる。
「ちょっと、まずいんじゃ?」
思わず瑞葉はそう言うがいいから来いとばかりに手招きを繰り返す。三人は少し悩んだものの安川が悪い人間では無いことはよくよく存じている。結局彼の手招きに従いその一角に足を踏み入れた。
「ここはお前らの為の特等席だと」
「特等席?」
安川が合図でも出すかのように行進する一団の方へ何かを囁いた。彼は音の魔法を扱う、この距離でもその声を届ける事が出来るのだろう。直後、三人は足元が揺れるのを感じる。
「何、が?」
直後、三人は身体が一気に持ち上がって行くのを感じた。それは一か月ほど前にも覚えた感覚だ。凍湖シンシンの国で王都のとある倉庫に隠れていた時、竜神が外でも見せてやろうと地面を隆起させて高所にあった窓まで連れて行った時の。
「うわぁ……!」
三人の視界に広がったのは大勢の群衆とその中央で皆に手を振っている今回の戦争終結の立役者たちの姿。ザガを先頭に竜神、ツバサ、ゴウゴウ、そしてミザロが揃って特製の車に引かれているのが見える。
彼らは隆起した地面の上に立っていた。それは考えるまでも無く竜神がやった事なのだろう。
「見えるか?」
下の方から安川の声が響く。瑞葉がよく見えると返事をすれば彼は降りたくなったら言ってくれ、とだけ伝え近くの段差に腰を下ろすのだった。
瑞葉とハクハクハクは、この景色を見てそれぞれに胸の中に込み上がる達成感のようなものがあるのを感じていた。
「本当に終わったんだね」
「うん」
「ハクもあっちに立ってみたかった?」
「……目立つのは、ちょっと、怖い、かも」
そんな風に軽口を叩きながら時折自分たちの方へ手を振って来るミザロ達に手を振り返したりしていたのだ。
凍湖シンシンの国へ向かったのは公式には今あの車に乗って行進をしている五人だけという事になっている。その上で細かな内容も伏せられ人々には凍湖シンシンの城を制圧し戦争の終結を勝ち取ったという事だけが知らされているのだ。実際に起こったことはおろか、凍湖シンシンの王が暗殺された事すら市井には隠されることとなった。
戦争が起こったのは余命幾許もない凍湖シンシンの王が死の恐怖に憑りつかれる中で起こした悲劇的な惨事という事にされている。それで全ての者が納得したわけではないが、戦争を起こした者への多少の同情は引けたらしい。無論、それで責任の全てが回避されるような事は無いのだが。
そのような情勢の中で三大国は戦争終結に際し英雄を仕立て上げ内情の追及を誤魔化そうとしているようだ。彼らへの熱狂を元に戦争の責任や悲惨さを一時的に無かった物にする、その為の犠牲が彼ら五人である。今後は山河カンショウだけでなく虎狼ホンソウにも出向き似たような事をするようだ。
ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人はその中で意図的に今回の件との関係を隠されている。それは情勢の複雑さに対して彼らがあまりにも幼過ぎるからなのだろう。それはこの件に関わった全ての者が僅かに示した良心なのかもしれない。
「まあ、あんなところに立っても仕方ないよね。どんな顔して手を振ればいいかわからないよ」
「わ、私も……」
「こうやって遠くで見てるだけで十分かな」
溜息をつく瑞葉、同意するように頷くハクハクハク。そして、二人に挟まれるもう一人は、ただじっとミザロ達や群衆の姿を見つめている。
「ロロ」
彼は瑞葉の呼び掛けに返事もしない。
「……ハク、ロロの腕持ってて」
「え!? あ……、え?」
「しっかり持ってて、落ちないようにね!」
「あ!」
ドン、と音が鳴るほど強くロロの背が押される、というか叩かれる。
「え?」
まるで不意を打たれたようにロロは足元がふらつき、そしてこの狭い足場から一歩外へ踏み出した。
「うわっ!?」
当然下には何も無い、そのまま落下しそうになるところだが、ハクハクハクが支えただ宙吊りになるだけで終わる。それでも突如足元が消えてぶらぶらと揺れているその状況には心臓が早鐘を打つ事だろう。
「ハク、引き上げていいよ」
「あ、うん……」
ハクハクハクはロロを引っ張り上げて元の位置へと戻す。軽くやってのけているが小さな少女である彼女の見た目を考えれば中々に違和感のある光景だろう。そんな場面を挟み、ロロは不満げな表情で瑞葉を睨む。
「いきなり何だよ……」
まあ彼の不満も当然というもので、一応落ちないようにされていたとはいえこの高さから突き落とされそうになれば誰だってへそを曲げるものだ。しかし瑞葉は悪びれもしない。
「こういうのも良い薬かと思ってね」
「良い薬って……、何の」
「悩んでるんでしょ?」
その言葉はあまりにも図星でロロは黙り込む。尤も彼が悩んでいるのなど普段の様子を知っていれば誰にでもわかる事ではあったが。こんな時にずっと黙ったまま何も言わずにいるなどあり得ないのだから。
そして悩みの詳細はともかく、その原因は瑞葉とハクハクハクには分かり切った事だ。
「あの凍湖シンシンの王様を……、殺してから、ずっと悩んでる。それぐらいは私たちにだってわかるよ」
一か月前、ロロは凍湖シンシンの王アルザード16世を殺した。或いはその本人によって殺さされたとでも言うべきか。ともかく、ロロが振り下ろした剣により彼は死んだのだ。
その事はずっと彼の心に重くのしかかり続け、この一か月それが頭から離れたことはない。
「見てみなよ、みんなの顔を」
瑞葉はそう言ってミザロ達を囲んで歓声を上げる人々を指差す。
「少なくともロロの行動は間違いじゃなかった。ここに居る人達はみんな戦争の終わりを喜んでるし、虎狼ホンソウや凍湖シンシンの人たちだってそうなんだって新聞には書いてあったよ」
新聞の報道によれば虎狼ホンソウは当然として、戦争を引き起こした凍湖シンシンの国の人々すらこの戦争の終わりを喜んでいるという。というのも彼らの多くは王の命によって突如始まった戦争に対してあまり良い印象は持っていなかった。それまで国の為に尽力して来た王の言う事であるからこそ従ったものの、理由もろくに説明されぬまま長引く戦争を前に違和感をずっと覚えていたのだ。
これに関しては新聞の報道は正しく、城を守る重臣の中にさえ心の内では反発や違和感を覚えていた者は少なくない。実際に戦う前線に立つ者達のそれは彼ら以上のものだっただろう。その辺りの事情もこの戦争が終結することに一役買ったのは間違いない。
そのような裏の事情はともかく、いずれにせよロロが王を殺したという事実は結果として多くの人の平穏と安寧を守った正しい行為だったと称賛されるべきなのだ。
「……そうなんだよな」
しかしロロの顔が晴れる事はない。それは本来の彼の望みが果たされなかった故か、自らの手が血に塗れた故か。少なくとも傍から見ているだけの瑞葉にはその心を推し量る事は難しい。
「あ、あの……」
ハクハクハクがロロの手を握り声を上げる。
「そ、相談、なら、いつでも、していいから。役に立つか、分からないけど……」
段々と勢いを失くしていったその言葉はしかし確かに彼女の本音だ。これまで多くの事を助けてもらった、そう感じている彼女は少しでもロロの力になりたいと思っている。
「……ありがとな! ただもう少し自分で考えてみたいんだ。どうにもならないと思ったら相談させてもらうぜ」
「……うん!」
お互いの手を握り笑みを浮かべる二人。そのすぐ傍で瑞葉はもしや自分は邪魔だったのではと少し思う。或いはこの後祭りを回る際に二人きりにすべきだろうかなどと考えてみたりするのだった。
祝祭は三日三晩続き人々は夜を徹して戦争の終わりを喜んだ。その裏で一部の者達がこの戦争が始まった真の理由を探っていた事など彼らには知る由もない。




