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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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89.3.ミザロとアパシア

 凍湖シンシンの国、王城のとある一角。互いに見つめ合いまるで動こうとしない女性と老人がいた。女性の名はミザロ、山河カンショウの国の冒険者にしてかつては一等星に最も近いとまで言われた者だ。

 対するは、

「星落としのアパシア。私の読んだ記事では国境に迫る魔王の軍勢に星を落としその全てを沈めたとか。あれは事実だったので?」

 星落としのアパシア、魔王大戦の功績を称えられ後に冒険者となった際に一等星の地位を与り、そして今は王城にて王の護衛の任に就いている。見た目は単なる老人のようだが彼から迸る魔力を視て恐れ戦かぬ者はいない。

「軽口を叩く余裕があるのは若さか?」

 彼は手に持った杖で地面を突きながらそう呟く。

「……どうやらあなたもお嫌いではないご様子ですが」

「本当にそう思うか?」

 そう尋ねるアパシアの言にミザロはただただ嘆息する。今の僅かな時間に彼女は自身の周囲が包囲されている事に気付いていた。それは城の兵士にではない、アパシアの魔力にだ。

「出来る事なら矛を収めて頂きたいところです」

「戦いたくは無いと?」

「ええ」

 アパシアは次の言葉を待った。城に潜入し王の命を狙おうと言う不届き者がどのような言葉を発するのか、少し興味が湧いたのだ。そしてミザロが口にしたのは。

「ご老人をいたぶるのは少々酷で」

 挑発。しかしその言葉が言い終わるよりも早くミザロの周囲に手で抱えられる程の大きさの無数の星が生まれる。それらは全てが彼女に向けて放たれ、そして。

 閃光が走った。

 光が収まった時、城の内装にはまるで傷は無い。アパシアの魔力によって生み出された星はミザロにぶつかる直前に炸裂し、城の内装に影響が出ない程度の熱と破壊を生み出した。それらは全てミザロ一人に向けられたものだったのだ。仮に、そこに立っていたのが常人であればそこにいたという僅かな痕跡のみを残し他は全て消し飛んでいたはずだ。

「成程、これがあなたの星ですか」

 しかしミザロは常人ではない。先程までいた位置より僅かに後ろにおり直撃を避けていたようだ。しかし直撃を避けたというのはその攻撃を受けなかったという意味では無いのだが。

「喰らってみた感想はどうだ?」

「あなたを老人と侮るのはやめることにしましょう」

 ミザロの服は一部焼け焦げ、腕には僅かだが火傷の痕もある。完全には躱し切れずその身に星の威力を受けている。彼女が一対一の戦いで傷を負うのは本当に久しぶりの事だ。同じ二等星であってもそんじょそこらの相手では彼女に傷一つ付ける事は適わない。

 しかしアパシアは。

「今のは軽い小手調べだったが。次はどうする?」

 その言葉に偽りは無い。ミザロの周囲を覆う魔力は未だ濃度を増している。次は今よりも多くの星が生み出されることだろう。アパシアの魔力、その底は未だ見えていない。

「あなたはどうやら自身の有利不利すらわからぬ程ボケてしまったのでしょう。お労しいことに」

 にも関わらずミザロは平気で挑発を繰り返す。既に勝機を見出しているのか単なる強がりなのか、それは判然としない。そしてアパシアにとってはそれが何なのかを確認する必要すらない。

 二人の立っている廊下に星が生み出される。その数は天の星の如く数え切れず、間を縫って移動する事すら出来そうもない。

 閃光、熱と破壊が再び起こる。

「……ふむ」

 光が収まるとそこにミザロはいなかった。ただ彼女がいた場所の床が切り取られているのが見える。

「地下に逃げたか」

「ええ」

 ミザロがその穴からゆっくりと這い上がって来る。

「ああも見事に逃げ場を失くされてしまっては自分で作るしかありませんからね」

「なら次は地下にも星を生み出すとしようか」

「それには及びませんよ」

 言いながらミザロが何かを投げる。それは地下に行った時についでに取った石だ。アパシアはそれを僅かに動く事も無く星を作り出し迎撃する。ジュッ、と音がして石が消え去るとほぼ同時にミザロは一瞬でアパシアとの距離を詰めにかかった。

「接近すればどうにでもなると?」

 二人の間に星が生み出される。ミザロはそれを躱して更に近付こうと試みるが気付けば星は増えて行くばかり、アパシアに近付く、それは一瞬の内に星の瞬きによって達成不可能な行為へと変わってしまった。

 否、それどころか。

「またですか」

 既に後ろも囲まれている。つい先ほど星に包囲された状況にいつの間にか逆戻りだ。今度は床を破壊して逃げようと思ったところで既に対策済みだろう。

「ではさらばだ」

 アパシアの言葉と共に閃光が炸裂する。

 これほどの数の星を生み出したのはいつ以来だろうか、アパシアは一人思う。彼にとって戦闘とは常に退屈でつまらないものだ。遠く離れた場所から敵に向けて星を落とすだけでいつだって彼は勝利を得る事が出来たのだから。強大な魔物も、大量の軍勢も、武勇を求めて挑んで来た冒険者も、彼にとっては路傍の石と変わらない。そういう意味ではミザロは他の者よりも少し硬く綺麗な石だったのだろう。河原で見かけてその時は綺麗だと思うような、明日になれば忘れてしまうような輝きを彼女は持っていた。

 彼はそう結論付けてその場を去ろうとした。

 直後、彼の魔力の中を動く者の存在に気付く。ほとんど無意識的に周囲に星を生み出しながら彼は振り返った。

「……ふむ、意識せずとも星を生み出せるのですね。近付く相手に半自動で迎撃する、便利なものです」

 そこにいたのはミザロだ。当然のように生きている、多少怪我が増えているだけで腕も足も全て繋がっている、無数の星の閃光の中を生き延びている。

「なぜ?」

「答えると思いますか?」

「……そうだな」

 再びの閃光、その場にあった無数の星が全て炸裂す。しかしミザロはそれを予期していたかのように僅かに早く後ろに下がっていた。

「思ったより面倒ですね」

 ミザロが不満げに呟く。アパシアはそんな彼女を観察していた。既に四度、星の閃光に晒され、しかしその身体には僅かに火傷の痕が残るのみ。もしこれが常人を相手にしていたなら既に存在していた痕跡すら残っていなかったことだろう。

 アパシアにはまだまだ余力はある。これまでの攻撃は城に被害が出ないように威力を押さえて放っていたのだから。しかし今の彼には、彼女の輝きが、先程までよりも眩しく見えている。

 そんな彼女は今、窓の外を見つめていた。そしてその向こうを指差し口を開く。

「外に広い場所はありますか?」

「……何が言いたい」

「やり辛いでしょう? 本気で攻撃しても建物に影響のないような場所へ行きたいかと思いまして」

 アパシアには彼女の言葉は傲慢に思えた。まるで本気の自分の攻撃すらも軽くいなせると言っているかのようでは無いか。しかし冷静に考えればこの場から自分を引き離す為の挑発にも感じられる。ショウキと朱鷺姫はまだ戻って来ない。あの二人が負ける事は無いだろうが、多少手間取る事はあり得る。一時的にとはいえ一等星の三人が城から離れることになるのかもしれない。

 が、彼は。

「……付いて来い」

 窓を開き外に出た。要は一瞬で勝負をつければ良いのだ。城への被害など気にする事無く放つ彼の攻撃は、何者も生き延びることなど出来ない。そういう自信がこの時の彼にはあった。




 凍湖シンシンの国、そこは広大な土地が存在するがその一方で町の一つ一つは然程広くは無い。それは広過ぎると雪の処理に困るからだろう。彼らは常に雪深い土地そのものと戦っているのだ。

 その場所も王都のすぐ傍でありながら何も存在しない場所でただ雪がうずたかく降り積もっているだけだ。アパシアはミザロをその場まで先導するとその土地に星を落とした。

 ジュッ、と音がして雪が融け、蒸発していく。一瞬にして深く積もっていた雪は蒸気となり空へ消えて行った。

「これで雪に隠れる事は出来んな」

「そのようですね」

 それを見たミザロの反応は薄かった。アパシアは雪の中であれば星の影響を妨げられる、そんな考えで外へ来たのだと思っておりどうにもその反応には顔を顰める。彼女が一体何を考えているのかわからない。普段ならば相手が何を考えていたところで星を落として終わりだ。否、今日もそれは変わらないはずだ。

 しかし今日は、不思議と不気味な予感が彼の頭の中をついて回る。それは単にいつも通りに終わらなかったが故に神経質になっているだけなのかもしれない。

 アパシアは杖を握る手にじっとりと嫌な汗が滲み出ている事を不快に思ったが、いくら頭で命令しようとそれが引くことは無い。

「行くぞ……」

 わざわざそんな風に気負って宣言したのも、おそらくはそうして奮い立たせなければ今感じているこの感覚に負けてしまいそうだったからなのだろう。

 彼が杖を掲げれば先程までよりも大きく強い熱を持った星が幾つも生み出される。その一つ一つが魔物の群れすら消し飛ばしてしまう程の威力を持っている事だろう。それを見たミザロは、否、彼女はそれを見るよりも早く動き出していた。

 無数の星は本来ならば彼女がいたその場から逃げる隙など与えなかったはずだ。そしてもしもそうなっていれば彼女の怪我は僅かな火傷程度では済まなかっただろう。しかし星が生み出された瞬間には既にミザロはそれの包囲を潜り抜けていた。

「なっ……!?」

 アパシアは驚き固まるが、しかし即座にミザロを追いかけるように更に多くの星を生み出す。その軌跡はしかし彼女の動きに追い付くことは無い。限界など無いように生み出され続ける星もただ一人の小さな輝きを掻き消す事は出来ない。

「くっ!」

 それならばとアパシアは彼女を追うのを止め半球状に大きく彼女を星で覆う。

「……ふっ、これならば逃げられんな」

 球状の星が無数に積み重なり作り上げられたそれは彼の敵に絶望を与えるには十分過ぎるものだ。人々を襲い喰らって来た強大な魔物でさえこれに囲まれてしまえば呆然とただそれまでの生を振り返る事しか出来ないのかもしれない。アパシアは人の腕が入る程度の僅かな隙間の向こうにミザロの姿を見た。どのような表情をしているのかと目を凝らし彼は見た。

「あれは……」

 そこでミザロは剣を手にしていた。或いは剣を手に勇敢にも星に切りかかるという最期を迎えようとしているのかもしれない。僅かにほっとしたように彼は笑みを浮かべていたが、次の瞬間。ミザロは大きく振りかぶり、その剣を。

「なっ!?」

 投げた。

 風を纏ったその剣はアパシアに向けて一直線に彼が覗き込んでいた穴を通り抜けてひた走る。もしも彼が気付くのが一瞬遅れていたならそれは勝利を確信し油断していた彼の額を貫いていたかもしれない。しかし現実には顔の横を通り抜けて遠く離れた雪の中へと突き刺さって行っただけだ。

「は、ははは、成程、な」

 アパシアは自分の傲慢さを僅かに恥じる。勝利を確信し酔いしれた結果危うく命を落とすところだったのだ。成程、これが最も一等星に近いとまで言われた彼女の実力だ。十分にその牙は自身にも届き得るものだった。一生それを忘れる事は無いだろう、彼は彼自身の戒めの為にこの事をいつまでも心に留め置くのだ。祈るように目を閉じ、星を起動する。それは徐々にミザロへの包囲を狭めやがて骨すら残らずに消し飛ばす事だろう。しかし彼女の存在は、永遠に彼の中に残り続ける。

 ダッ。

 そんな感傷を消し飛ばすように地面を蹴る音が聞こえた。

 アパシアが目を開いた瞬間、それはミザロが星の包囲を抜けて外に出て来る瞬間だ。彼にはそれがまるで夜空の星の光すら掻き消す太陽に見えていた。その背後で星は小さく狭まりそれぞれが重なるようにして起爆する。光の柱がそこに上がる。

「凄まじい力ですね。魔法の扱いが得意なのは羨ましいですよ」

 ミザロは感心するようにそれを見上げて言った。本来ならその中にいたはずの彼女はまるで花火でも見た時のように顔をほころばせている。

「……なぜ?」

 思わずアパシアはそう問うた。出て来る隙は無かったはずだ、彼はそんなもの作らない。触れて無事でいられるはずも無い、あの星はそれほど弱くない。城内で使った星は威力を随分と抑えていて、だから彼女が無事でもそれはきっと魔力による防御が勝ったに過ぎないと思っていた。しかし、これは、話が違う。

「お前は……、お前が一等星になれなかったのは、魔力が少ないからだろう?」

「ええ、よくご存じですね」

 一等星、その頂きに彼女が上がる事が出来なかったのは決して実力不足という意味ではない。魔力の少なさ、その欠点が無視できず誰もが実力を認めながらも二等星で足踏みをすることになったのだ。

「魔力の量というのは非常に重要な点ですね。一等星ともなると一人で国を支える事が出来ると言われる程ですから」

「しかしお前は……、その身体に秘められた魔力は、この城の兵士にすら劣る」

 ミザロの魔力は一般人と比べれば圧倒的なものだ。まだ成長途上にあるロロや瑞葉と比べても多いだろう。しかし彼らが成長して行けばすぐに超えてしまう、その程度の量だ。彼女が魔力を鍛えるのを怠ったわけではない、ただ単に先天的に魔力の量があまり増えない体質というだけの事。しかしそれは一等星を名乗るにはどうしても無視できない事実だった。

「高位の冒険者にとって魔力の量はそれだけで力だ。自らの身体を動かし、時に超常の力で全てを破壊し、或いは目に見える全てを守る盾ともなろう。しかしお前には……」

「そうですね。私は私の剣が届く範囲の事しかできません」

 ミザロが扱う魔法は本当に少ない。自己や剣の強化と周囲の気流を操る程度の事しか出来ないのだ。例えば同じ二等星の竜神のように周囲の地形を操ったり、ザガのように周囲の物をまとめて爆破したり、そんなことは出来はしない。彼女の攻撃手段とは四等星でも迎撃出来るような風弾を除けば、剣で斬り付けるだけと言っていいのだ。

「ならばなぜ生きている!?」

 アパシアの目は人が持つ魔力の量を余さず見る事が出来る。ミザロの魔力は彼から見ればあまりにちっぽけなものだ。星の威力に触れればどうあがいても防ぐ事など出来はしない、その程度のはずだ。

「知りませんか? 人というのは呼吸をして生きているそうですよ」

 しかし彼女は当然のように生きていて、今も軽口を叩いている。アパシアはただ彼女を睨み攻撃の準備を始めた。

「……ですが、まあ、疑問にはお答えしましょうか」

 それを見て嘆息しながらミザロはそう言った。

「あなたの星ですが、素晴らしい威力です」

「お前が防ぐことは不可能なほどにな」

「ええ。ですが動かす程度なら簡単でした」

「何?」

「気付いていないようですが、風を吹かせれば少し動くのですよ。試しに一つ出して頂いても?」

 アパシアは何か狙いがあるのかと勘繰ったが、好奇心か或いは別の何かに背中を押されるようにして一つの星を生み出した。

「どうも。では」

 ミザロはその傍まで歩いて行くと手をかざす。そして彼女が気流を生み出すとゆっくりだが、しかし確実に星がそれに押されるようにして動き出す。

「どうでしょう?」

 アパシアはこれまでの人生でその事実を始めて知りただただ戦慄する。彼にとって戦いとはいつだって無数の星を生み出しそれを敵に落とすだけの単純な作業だった。その中で星がそのように動く事を解明した敵はいない、より正確に言えば解明しようとすらする前に敵というものは常に塵に還るものだった。

 しかし自身すら知り得なかった星の特性をミザロはほんの数度見ただけであっさりと看破して見せた。彼はただ背筋に冷たい物が走るのを感じる。

「それを知れば先ほどの状況を切り抜けるのは難しくありません。気流を纏った剣を投げ隙間をこじ開ければそこを脱出する事は出来ますから」

 それはつい先ほどの状況。ミザロを巨大な、防ぎようの無い星で逃げる隙間も無く包囲したにも関わらず逃げられた、その答え合わせ。

「そ……、う、か」

 当然のように言われたその言葉をどうにか飲み込み、それによって自身の中に生まれた感情の名をアパシアはまだ見極められていない。だが、

「さて、次はどうします?」

 ミザロはまるで催促するようにそう尋ねる。

 瞬間、無意識の内にアパシアは杖を振るい魔力を一気に放出した。それは彼がこれまでにたった一度だけ使った事のある魔法、文字通りの必殺技だ。自身を中心として球状に魔力を覆いその中を星が満たす。空間内に存在する物は回避不能の圧倒的な魔力の爆撃を喰らう事になるだろう。山一つを囲い込むほどに強大に成長したツルバネさえも一瞬の内に消滅させ、その威力とあまりの魔力の消耗に二度と使う事は無いと思っていたそれを、今、何かに突き動かされるようにして放っていた。

 それはたった一人を滅ぼす為にしては余りに過剰な攻撃だ。凍湖シンシンの王都付近に星の光を人々は見ただろう。誰もたった一人の人間がそんなものを放ったとは思わないし、まさかそれがたった一人の人間に向けて放たれたなどと信じはしないだろう。

 そしてその結末は、当然一人の人間が消滅する、そう終わる。

「……はあ、はあ、すぅー、ふぅー」

 アパシアは呼吸を整えた。光が収まった時、そこにあったのはまるで大地が削り取られたかのような痕だ。彼は宙に浮いており深く抉られた大地を見つめる。

「やり過ぎた、か」

 いくら何でも王都の傍にこのような痕を作ってしまっては後に王のお叱りを受ける事は必定。どう言い訳をしたものかと悩んでしまうものだが、しかし彼にその必要はない。

「我々の作戦が成功したなら後でこれを埋める手伝いぐらいはしますよ」

 風の乗って声が耳に届く。それはそこにあるはずの無い声。アパシアは気のせいだと自身に言い聞かせようとした、まるで未来の訪れに抵抗するように。しかし、ついに、彼はゆっくりと顔を上げる。

 遠く、抉られた大地の僅かに外に彼女は立っている。まるでそこにいれば安全だと知っていたかのようにそこに立っている。アパシアがどのような攻撃をするのかなど予め知っていたかのように、彼女はその場に佇んでいる。

 アパシアは気付く、自分がなぜ先の魔法を放ってしまったのか。それは気付いて見れば単純な話で、非常に人間らしいそれで、しかし彼にとっては初めての経験でもある。

 恐怖、その感情の意味を彼は初めて知る。

「やはり想像通り凄まじいですね。あなたならばこのぐらいは出来ると思っていました」

「……どういう意味だ」

 そう尋ねたのはもはやどうする事も出来ないと悟っていたからだろう。ミザロはゆっくりと魔力の多くを失ったアパシアへと近付いて来る。

「あなたの魔法は素晴らしいです。まるで本物の星が落ちて来たかのようで恐ろしい。しかしその威力は先程城内で見させてもらいましたし、あなたの性格も既になんとなく理解できてきましたから」

「……だから?」

「それだけわかればどんなことが出来るかはわかるでしょう?」

 ミザロは魔力が少ない。それは事実だ。しかしそれを補って余りある長所が存在するのもまた事実だ。それは剣の腕であるかもしれないし、自身の魔力を効率的に使う術を知っている事かもしれない。

 しかし彼女と相対した事のあるものはきっと口を揃えて言うだろう、彼女の真の長所は、或いは恐ろしさはそこには無いと。

「もしもあなたが最初にさっきの攻撃をしていたならば私はきっと骨すら残っていなかったのでしょうね。しかしあのぐらいの事は出来るとわかっていましたから、次に来るのがあの技だろうと思った瞬間にその範囲外に避ければ良いだけです。何かおかしいですか?」

 おかしいに決まっている。アパシアは心の内で叫んだ。つまりそれは、初めて出会う相手とほんの数分戦っただけでその全てを見切ったと言っているようなものだ。そんなことは可能なはずが無い。 

 だが、彼女にはそれが可能だ、だから今も生きている。

「……化け物め」

 ミザロは魔力が少なく剣で斬り付けるしか能が無い。巨大な相手を倒すのには手間取るし、大量の敵を倒すにも時間がかかる。しかし彼女はほんの少しの戦いだけで相手の本質を直観する事が出来るという、あまりにも無法な素質を持っている。それは例えば今回のような一対一の戦いにおいて無敵と言っていい強さを発揮する。

 アパシアは既にその事を理解した、そしてその対策が既に存在しないことも。唯一の対策とは自身の事を理解され切る前に見てからでは回避不能な大技で勝負を終わらせることだったのだろう。しかし最初に城の中で威力を押さえて攻撃をするという愚行を犯した彼にはそんな機会など存在しなかった。

 彼はゆっくりとミザロの傍へ向かう。そしてその傍に降りてそのまま座り込んだ。

「儂の負けだ、殺せ」

 がっくりと項垂れたその老人は全てを諦めたかのように憔悴した表情を浮かべている。ミザロは先程投げた剣をまだ回収できていない。しかしこの老人がその魔力を防御に使わないのであれば殺す事は容易だ。

「では」

 ミザロはゆっくりと手刀を掲げた。彼女ほどの冒険者が本気でそれを振り下ろせば大して防御していない首を圧し折る、或いは捥ぎ取る事すら難しく無いだろう。老人はゆっくりと目を閉じる。

 ゴッ。

 拳骨の音がした。

「……何の真似だ」

「我々は凍湖シンシンという国を滅ぼすつもりはありませんよ。この国に住まう多くの人々にとってそれは幸福な事では無いでしょう」

「それとこの命に何の関係が」

「本気で負けを認めるなら言う事を聞いてもらいたいものですね。つまり、我々の作戦が上手く行った暁には、この国の混乱を上手く収めるよう立ち回って頂かねば」

「……それは」

「ええ、死ぬよりはずっと大変な道になるでしょうね」

 アパシアはただ黙り込む。戦う事で今の地位を築き上げた彼にとって敗北とは余りにも重たい傷を付けられたはずだった。否、それが重たすぎるが故に、彼は死を以てその傷から逃げようとしたのだろう。しかしその敗北を与えた張本人はそれを許すつもりはないらしい。

「……ふっ、ならば王の暗殺を成功させてみるが良い」

「ええ、そのつもりです」

 ミザロの手刀がアパシアの意識のみを刈り取る。彼は気絶してしばらく起き上がる事は無いだろう。ミザロは大きく息を吐いた。

「何とかなりましたか」

 実の所、彼女にはまだまだ負ける余地が残されていた。もしもアパシアがなりふり構わず周囲に星を落とし続けていればそれを避け切れたかどうかは未知数だ。しかし彼女は全てを見切っておりもはや攻撃は当たらないと錯覚させることでアパシアが自ら負けを認めるように導いたのである。

 或いは、アパシアもまたこの戦争に対して思う所があり、それ故にこのような結末を迎えられたのかもしれない。もはやわからぬ事ではあるが。

「他の二人が上手くやっていてくれれば良いですが……。とりあえず急ぎ城へ戻りますか」

 彼女はアパシアの服を掴むとそのまま引き摺って城へ向かう。まさかこんな場所に気絶した人間を置いて行くわけにもいかない。彼にはまだまだやってもらわねばならない事があるのだから。

 城へ向かう傍らミザロはアパシアと戦っていた間に起こっている可能性がある状況の変化を考える。暗殺計画において自分に残されたやるべき事を考える。竜神は、ザガは、ツバサは、ロロ達は、今どうしているのだろうかと考える。

 きっと上手く行く、そう信じ彼女は歩き続ける。

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