興味津々な子供たち(あとがきに挿絵2枚あり)
「ま、待て! オマエの勘違いだ!」
領地のはるか上空。
雲の上で倒れ伏しながら、オレは待ってくれと乞う。
相手はアザナ。
「何が勘違いなんですか?」
雷を纏わせた魔力弾を周囲に巡らしながら、アザナが半眼でオレを睨む。
「違うんだ! 話を聞いてくれ! って、いてぇ!」
オレの隙をついて、足に当たった魔力弾が断続的な電気衝撃を与えてくる。
「なに?夫婦ケンカ?」
遅ればせながらやってきたタルピーが、雲の合間を抜け、オレたちの様子を見てそんな感想を言った。
オレやアザナと違い、タルピーは高速で飛行できない。特に上昇速度は遅く、高くなればなるほど困難になる。
まあ飛行魔法が専門とか得意とかでもないと、鳥より遅くて当然なんだが。
「やっと来たか、タルピー。オマエからも説明してくれ」
「え? あのダイカーンのことが好きって話?」
「そんなこと言っ痛ってぇっ!」
ダメだ、タルピーは会話の内容を理解していなかった。
「言ったんですか?」
「痛いって言ったんだよ!」
ダメだ、アザナが人の話を聞かないモードに入ってる。
こういう時は実力で抑えつけてやるがオレのやり方だが、アザナ相手では難しい。
「大丈夫です。ドーケイ代官への対応は理解してます。監視するんでしょ?」
「わかってんじゃねぇか。じゃあ、なんでこっちは優しく省エネモードでやってるのに、オマエは優しくないちょっと本気モードで攻撃してきてるんだよ」
「あ、もしかして決闘でもケンカでもないんですか。それとは別にしたくなったのかと……」
オレが文句をつけると、アザナも手加減に入ったのか、飛行をやめて雲の上に降り立っ……立っ……立たない。
「ちっ」
思わず舌打ちをするオレ。
「やっぱり何か仕掛けがあるんですね? ザルガラ先輩も結構、マジモードじゃないですか」
ふわふわとギリギリの高さで飛ぶアザナが、少し影のある表情でニコリと笑う。
あと少し下がってくれれば、投影したあと雲の中へ仕込ませておいた胞体陣に触れるのに……。
「変だと思ったんですよ。熱源を視覚的にも触覚的にも空間的にもわかるタルピーさんが、わざわざ雲の合間を抜けてきて確信しましたが……。ザルガラ先輩が雲の上に足場を作って立つなんて、顔にも髪にも似合わずメルヘンチックなことしますね」
「オマエ、たまに無意識に口で殴ってるよな? よな?」
オレも口は悪いが、意識して言葉で殴るぞ。
「え? ボク、今何か言っちゃいました?」
「おっしゃいましたよ」
「それに変だと思ったんですよ、なんか弱いなーって」
「分かってたなら、合わせて手加減しろよ」
訂正、アザナもオレと違う意識で口撃してくる。
「ねえねえ、ザルガラさまー。なんでこんなところに来たの?」
後から来ただけあって、冷静かつ事情を知りたいタルピーが尋ねてきた。
「そうそれだ。アザナ。オレはオマエと相談したくて、決闘のフリをしてここに来たんだ」
「あー、そうだったんですかー」
アザナはそういって、周囲に投影していた……かなり遠くにまで、展開していた胞体陣を引き寄せて消し去る。
「それをテメー、新作マジ魔力弾を撃ってきやがって」
雲の上に座り、電撃魔力弾を受けた足を摩りながら文句をいう。
「うわー、ザルガラ先輩が雲の上で座ってる姿、似合わなーい」
「なんで座ってると思う? オマエの魔力弾のせいぞ。足ヤバいんだぞ?」
電撃からの回復方法が良く分からない。神経の修復とかしても、まだ反応が残ってる。
肉体制御や回復も研究の余地ありだな。
新たな目標を定め、オレは痺れの取れた足でスッと立つ。
「そういえば、地上で『代官に興味がある』とか言ってましたね。やっぱり言葉通りじゃないんですね」
「あったりまえだろ。アレに興味あるってどんなのよ」
監視したいとか、警戒したいとか、あやしいとか、犯人ではとか、具体的な言葉は使いたくなかった。
オレたちを見張っている存在や、たまたま近くにいた人が聞いたら困るからだ。
相手に察知されるだけでなく、貴族や立場のあるものが軽々しく人を監視するとか犯人と決めつけるとか、政治的な攻撃を受けかねない……。
ごめん、嘘。
ちょっとそういう会話を、アザナとしてみたかっただけ。
結果、ケンカのふりして上空で相談というのも失敗して、バットなコミュニケーションに突入してしまった。
「てっきり、ドーケイ代官さんを見てザルガラ先輩が自信つけられて、あれでいいならできると思って女装したいのかと」
そういう勘違いされんのかよ。
「まさか、できねぇよ。アレはアレでレベル高いぜ」
「えっ!」
アザナが心底驚いた顔を見せた。
いいな、こういう顔を一度見てみたかったんだ。
「そ、それはどういうことですか?」
驚き顔を少しでも延長させるため、真剣に応える。
「あん? そりゃそのままの意味だ。あの体格でやるってのは相当の覚悟。そしてシルエットの崩れない服選び……作らせてるのか。派手でも整って見せるメイクとか……」
「……なんで変態を客観視ができるんですか?」
「うおっ!」
言われてみて思ったが、真面目に理解しようとしてるんだ?
「じゃあ、ザルガラ先輩が下で言った『興味がある』っていうのは、警戒対象とするって意味ですね?」
「そう、そうだ」
「そのまま言ってくださいよ。まったくも~、面倒臭いんだから」
アザナは困り顔で、肩を竦める。
「だって、そのまま言ったら、近くで聞いたヤツがドーケイに報告したりするかもしれないだろ?」
「実際は?」
「ドーケイ代官と貴族のウラがあるっぽい会話したので、ついやりたくなった」
「こどもですか?」
「オマエもだろ?」
睨みあう至近距離で火花散る防御胞体陣……あ、オレは中身大人じゃん。
アザナと張り合ってどうする…………あ、この防御胞体陣が競り合うと自動的に浸食する魔法も仕組んでるのか、てめぇこのやりやがるな。しかし受けた魔法をそのままコピーして打ち返す防御陣で、こちらも逆侵入……、ってなんでソレもオレの方に向かってきてんの?
なんてことを数分繰り返して、タルピーが視界を横切ったので冷静さを取り戻す。
「なあ、こっちは今、手が足りないんだ。空中遺跡はもじゃもじゃ間者がいるんで、ウラムに貼りつかせてるし、タルピーは暴走ゴーレムの監視、イマリひょんはリマクーインのお付きだ。今、手が空いてるのはオマエだけなんだ。協力してくれないか」
「じゃあ、ザルガラ先輩が張り付けばいいじゃないですか」
オレが一歩退くと、アザナも意を組んで競り合いを止めた。しかし、その言葉は冷たい。
「イヤだよ。だから頼むよ」
「ボクも嫌ですよ」
「オマエも今、着てるし同じじゃん」
「違います。失礼です!」
「どっちに?」
「ボクにです!」
「オマエ、ドーケイに失礼だなぁ」
とは言っても、ドーケイは騎士格だし、未来の子爵……やがては公爵姫を娶るアザナだ。このくらい失礼にはあたらないだろう。
結局、お金を払ってアザナには動いてもらうことになった。
世の中、金だよ、金。
この領地でも優先するから、御用商人さーん、ほら、お財布出して。
というわけで、アザナと別れてオレは財布へ向か……地上へと向かった。
* * *
その頃、地上では取り残されたフモセは困惑していた。
サード卿ザルガラ・ポリヘドラが言った言葉が、フモセの脳内で木霊する。
『あの代官に興味が出てきてな』
なぜか、その一言が気になるのか。
この発言をした直後にザルガラは、アザナが共和国の技術がつまったゴーレムを持ち逃げしようとしてることを追及し、そのまま言い争いケンカになって、空へと飛びあがっていってしまった。
アザナの隣りに控えていた使用人のフモセも、先に言葉が気になって意識が大空を駆け巡った。
――あの代官に興味?
フモセは言葉の意味を考える。
まさか直接的に?
それはないだろうと考えるが、否定する要素は特にない。これがフモセを惑わせる。
女装を容認する?
しかし、アザナが侍女服を着ていても特に興味は持っていない様子だ。なにより拒絶したり、文句を言うほどだ。
そうなると残るは……。
――ザルガラ自身が、女装することに興味を持った。
フモセは赤面する顏を、ハッと上げた。
――ありかもしれない。
そんな考えが浮かぶ。
アザナが女の子の服を着て出歩くのは、使用人として正直辟易としていた。
しかし他家の者ならば、気苦労が無い分その限りではない。むしろ何故か心が躍る。
フモセは目覚めかけていた。
その瞳に、スカートを抑えながら舞い降りてくるアザナの姿が映った。
アザナの似合っているその格好は、見慣れているのか特に反応しない。だが、あれをザルガラが着たら……そう考えると意識がボーッと熱くなる。
「ただいま、フモセ! 先輩に頼まれたのでドーケイ代官さんに会いにいく。支度して」
降りてくるなり、アザナは準備を始める。
フモセもすぐさま妄想から引き戻され、仕事だと身を引き締める。
「はい。いったいどのような御用で?」
正気に戻って真面目な顔つきをするフモセに、正気とは思えないアザナが笑顔で語り掛ける。
「ザルガラ先輩に女装をさせる算段……、どんな服が似合うか相談をしてきます」
「え?」
正気も仕事への意欲も、フモセの中から吹き飛んだ。
頼まれた?
どんな服が似合うか?
それを相談する?
ドーケイがザルガラに、女装の手ほどきをする?
――ああ、やっぱり。
フモセは完全に目覚めた。




