怪しいがいっぱい
イシャンが役人と共にマナーハウスを出た後、暴走ゴーレムが一体、盗まれたとドーケイから聞いていたので確認するため倉庫に足を向けた。
アザナは寝坊しているが、たぶん暴走ゴーレムが不気味だから来たくないのだろう。
マナーハウスを出るとき、フモセにたたき起こされているような声が聞こえた。
『あんなの盗んでどうするんだろう』
珍しくティエの肩の上に乗るタルピーが、不思議だね~、と首を捻る。
「なんでだろうなぁ。もしかして犯人が……いや、チューンドされた重要な個体ならともかく、特になんでもない一体だけをリスクを犯して盗みはしないか」
『ヨシッ! わかった!』
タルピーが妙なポーズで、オレの肩へ飛び移る。
『お嫁さんが欲しかったんだよ!』
「そうかー、名推理だな。じゃあ犯人はセロファンだ」
『ザルガラさま、それステファノ』
「そう、それ。タルピーは物覚えいいな」
『とうぜーん』
タルピーが誇らしげに胸を張る。
だが、ティエが恐れながらと口を挟んできた。
「ステファン・ハウスドルフ様でしょうか?」
「…………あー」
『…………そ、そうともいう』
気まずい。ティエも申し訳なかったという顔だ。
しかし告知係が重要であるように、人の名前を間違えるのは貴族として致命的だ。
ティエの訂正は褒められるべきである。
ていうか、人の名前覚えられないとか全然、頭良くないな。
わーい、オレ、大したことなーい。
「さーて、どうやって盗んだのかなぁ」
見張りの兵に倉庫を開けてもらう。
暴走ゴーレムを放り込んであった倉庫の中には、ヨーヨーがいた。
「お待ちしておりました、ザルガラ様。本当に、ほんと待ってました」
なんで?
「閉めないで閉めないで! むぎゅ……」
見なかったことにしてガラガラと扉を閉めようとしたら、ヨーヨーが身体を捻じ込んできて、胸が引っかかる形で挟まる。
「なんでオマエも来てるんだよ。婚約を進めてる間柄ですからって話なら、オレが爵位貰った時点で、まっさら更地のリセットだからな」
ヨーヨーが何か言おうとしたが、先んじて潰しておく。
許嫁とか婚約交渉中などが通じないと知ると、ヨーヨーはかちゃかちゃ蠢きながらも拘束されている暴走ゴーレムに囲まれた状態で、ヨヨヨと泣き崩れた。
「ひどい……。わたし、倉庫で一晩も怖いゴーレムに囲まれて……」
「それは素直にすげー大変だったな」
「ちょっと興奮したけど」
「それはそれですげー変態だな」
嫌な理由で鼻息の荒いヨーヨーから、オレとティエが一歩下がる。
「はいはい、追いかけてきたのは分かった……なんか、この領地出入りガバガバだなぁ。で、なんで倉庫にいるの?」
「はい、それ重要!」
よくぞ聞いてくれました、とヨーヨーが居住まいを正して話だす。
「美人の暴走ゴーレムが格納されていると聞いて、紛れていれば間違って、ザルガラ様が私を見初めてくれるかと」
「ゴーレムと間違って解体する可能性が格段に高いな」
「つまり、あなたがわたしの新しい素材ですかー?」
論理がノックダウンされて、過程が爆破されたようなヨーヨーの話に、反応する声があった。
リマクーインだ。
ぞろぞろやってきた棟梁とドワーフたちとともに、リマクーインも倉庫に暴走ゴーレムを取りに来たようだ。
ドワーフたちは不謹慎にも酒瓶片手だが、彼らにとって通常行動なのでそれはいい。
異様なのはリマクーインだ。
糸鋸と金づちを手に、ヨーヨーに陽気な笑顔で迫る。
「おいおい、変態がうつるぞ」
ひどい、とヨーヨーが擦り寄ってくるが突き放す。その変態に、道具を持って近づくリマクーイン。
冗談……には見えない。
「その程度を恐れていたら、研究はできませんよー」
からかう様子とは違う。楽しみでしかたない、そんな様子で扉に挟まれて動けないヨーヨーに迫る。
とっさに何かを感じたオレは、分離する右手を飛ばしてリマクーインの襟首をつかんだ。
リマクーインの糸鋸の先が、ヨーヨーの鼻先をかすめた。
ぎりぎりだ……。
襟首を掴むのが遅れたら、あまり大切ではないヨーヨーの大切な頬に傷がついていた。いや、別にヨーヨーを心配しているわけではないが……。
「……え、マジ?」
「…………え、冗談じゃないの?」
ヨーヨーはさすがに危険を感じたのか、遅ればせながらと防御立方体陣を張った。
常時、防御胞体陣を使っているオレやアザナと違い、ヨーヨーくらいの腕前と魔力量だと、着衣の防御陣に頼り切りだ。
その剥き出しの顔に、糸鋸とか怖すぎる。
さすがに事が事なので、見張りの兵にリマクーインを抑えてもらった。
拘束というほどではないが、一応、金づちなどは没収させる。
「サード卿ー、それは材料じゃないんですか?」
「な、なんの材料だよ」
少し……コイツが何を考えているかを理解できた。
だが否定してもらいたい。だから確認のため尋ねる。
「ゴーレムのですよー。前はよく使ってました」
「人をゴーレムの材料? おい、棟梁さん。どういうことだ?」
もしや、と想像できるが理解したくない。思わず、逃げるように会話を棟梁へ振ってしまった。
「いや、すまん。助けた手前、保護者のつもりではあるが、さすがに合流する前……彼女の以前の研究体制までは知らんので、どういったつもりなのか推し量ることもできん」
棟梁もリマクーインに対し、何を言いだしているんだという態度だ。
「暴走ゴーレム、なんだかわたしが研究してたのと似てるんです」
コイツ、勝手に語り始めた。
「似てる?」
「はいー。人の魂を圧縮して、胞体石に収める研究ですー」
笑顔。
けっして飛びぬけた美少女ではないが、見た人に好印象を与える飛びっきりの笑顔。
発言と外見が一致しない。
「古来種様再来に際し、最適な肉体が足りない~。とのことなので、ブラ―エ様から仮初の肉体の開発を任されてました」
「人間を材料にした
「うーん、どちらかといえば実験の材料? 使うのは魂なので」
「まさか……。人間の魂が胞体石に宿れる実験か?」
「そう、それです」
当たってしまった。
全同一の琥珀ゴーレムという解を得るまで、最初から出来ぬと決めつけ、オレがまったくやろうとも思わなかったことを、鼻長候ブラーエはこのリマクーインにやらせた。
どれほどの人間を使って実験し、そして失敗し続けたのか?
それを尋ねようとして飲み込む。
だいたいわかる。
失敗し続けたからこそ、コイツはここにいるに違いない。
調べて確証を得た方がいいが、それでもオレはコイツの口から聞きたくなかった。
「……あー、コイツは……ヨーヨーはオレの友人だ。材料なんかじゃない」
「なんだ、御友人ですかー」
笑いながら答えるドワーフの少女……いや、いい歳かも。それはどうでもいい。
……正気か、コイツ。
その正気にではなく、リマクーインの知性と理性に釘を刺す。
「ああ、そしてこの国には、オマエが材料にしていい人間も亜人も獣人も魔物も獣もいない」
「そーですかー。それじゃー仕方ないですね」
なにが仕方ないんだよ。と言いたがったが、オレの釘差しにわりと素直だったので、余計な言葉は飲み込んだ。
兵士に目配せし、リマクーインを解放させる。
「あの、ザルガラ様? わたしへのこの無礼とか、かなーり罪になると思うんですけど?」
扉に挟まったままのヨーヨーが頬を指差し、困惑しながらもリマクーインの解放に異を唱える。
もっともだ。こんなヤツでも伯爵の令嬢なので、ないがしろにはできない。
「領民ではなく預かり身なヤツだが……不手際として、領主のオレが謝罪する」
領主の謝罪はあまりしたくないが、ヨーヨーならいいだろう。
ただの謝罪じゃなく立場を述べた謝罪なら、無茶を言いだし難いだろう。
「慰謝料は結婚で」
「無茶言ってきやがったコイツ」
「あぐぅ、扉を閉めないで閉めないで! あはん!」
「てめ、また、あの魔法使ってやがるな!」
閉めるなというので開け放つと、ヨーヨーはバランスを崩して地面に倒れた。
ドワーフたちはゴーレムの解析のため、どやどやと倉庫へ入っていく。
ついでにヨーヨーは除けられた。
扉から解放されたヨーヨーは、衣服を整えながらオレに詰め寄る。
「はあ、危なかった。ザルガラ様、あの子、マジじゃないですか? 本気じゃなかった? 私は死ぬところだったのでは?」
作業に戻ったリマクーインを指差し、あのヨーヨーが少し青ざめた様子で訴える。
「まあ、もとから怪しいとは思っていたからな。……おい」
オレは何もないところへ声をかける。
一瞬、ヨーヨーが訝しがるが、すぐにスゥッと人影が現れると、その表情が驚きに変わった。
「ここに。おります。控えて」
現れた人影は一つ目のアイマスクを付けている。
サイクルオプスことイマリーが、ひょんと現れた。
短いセンテンスで、言葉が入れ替わっているが、ちょっと今のカッコ良かったな、悪役みたいで。
「出番、やったー」
もろ手をあげるイマリー。
ぶち壊しだ、イマリひょん。
「誰かに貼りついて、ひそかに監視。それをしてないと気が済まない。そういう風にできている。のです。ほ、ほら、禁断症状が……」
「こんなところにも古来種支配の犠牲者が……」
カッコワルいなぁ、コイツ。
スキップでドワーフの中に紛れていくイマリー。身長に差があるため、妙に違和感がある。
「あらぁん、サード卿、おはようございます」
遅ればせながら、代官が気持ち悪い動きでやってきた。ティエが怯えるから、その動き止めろ。真似するな、タルピー。
遅いちゃー遅いが、ドーケイ代官も普段の業務がある。こちらはある程度、オレが請け負うべきだろう。
……という名目。
「ああ、おはよう。こっちは先に始めてるぜ」
「そんな飲み会みたいなぁ~。…………で、あの娘。やっぱり気になりますぅ?」
黙っておくつもりだったが、ドーケイ代官はオレの視線から察したのだろう。
警戒しているとかではなく、気になるという言葉に言い換えて、懐に入り込んできた。やだなぁ、懐に入り込まれるの。
「気になるね。オレの友達ともお友達もなれたようで」
オレも言葉を言い換える。どうとでも受け取れ、解釈できる言葉だ。
イマリーの能力で、すっかりリマクーインとも仲良し……でもないか。
荷物持ちのように、イマリーが扱われている。
また能力が効いてないのかもな。
「気になるお相手が一人だけというのは危険ですわよぉ」
「いや、別に浮名を流すつもりはないんだな。それはあんたの方が得意だろう?」
つまり、ドーケイ代官は一人だけを警戒するのはよくないということだ。
「やだぁ、アタシがモテモテだなんて」
「言ってねぇよ」
「まさかぁサード卿もアタシに興味が?」
「ねぇよ」
役人と貴族らしく言葉を言い換えてたのに、露骨に真正面から受け止めやがったこの代官。
ま、そういった意味も含めて――。
――オマエも怪しいんだけどな。




