天球空中庭園
「……ザル様、ちょっとそこに座って」
「…………え? 座ってるけど?」
「……床に」
「……今、膝の上にエト・インがいるんだけど? ……あと両肩にタルピーとウラム」
「…………ならばよし」
「…………いいならいいけど」
空飛ぶ遺跡の積乱雲を打ち払い、綬爵発表パーティを翌日に控えた夜。
忙しい中、影門邸へ帰宅して一息ついたところで……なんかエト・インがオレの膝の上で本読んでたり、タルピーが踊ってたり、ウラムが誘惑ポーズの研究してて寛げないが……、ディータが城からやってきていきなりそういった。
ディータの癖がオレにうつってしまったのか、会話の間が長い。
「……ザル様、今日のアレはよくない」
言葉を選んでディータが発言する。
「アレ……ってなんだ? いくつか思い当たるのでわからないが」
「……あのすごい魔法のアレ。うるさいロッカー」
「バルバロイノッカーな」
近いような気がしないでもないが間違っているので訂正する。
「……この前のテスト以来、ザル様は……バカになった」
「おい」
「……間違った。前からバカっぽい」
「ケンカ売ってるのか? 買うぞ」
膝の上のエト・インを下ろす素振りを見せると――。
「ダメ。ちゃんとよくきくの」
本を読んでいた真上を向きエト・インが、オレの目をまん丸おめめで見つめながら真面目に聞けと言う。
「おひめさま、がんばってる」
「ああ」
エト・インの頭に手を添え、わかったから本を読んでいろと下に向ける。
ディータは礼をエト・インに言い、話を続けようとするが。
「……今日のザル様は目立った。だから…………うまくいえない」
この姫さま、語彙力が低かったようだ。
「おいおい、お姫さま。それいいのか?」
「おひめさま、がんばって!」
「がんばれ、がんばれ、ぴっぴっぴ!」
エト・インとタルピーの無責任な応援が飛ぶが、ディータは早くも降参気味である。
ウラムはどうでもいいと、マスコットボディでの決めポーズが定まったことでご満悦の様子だ。
「まったく、オレの心配より自分の心配が先だろ。むしろオマエが座れ」
無理に言うなと手で制し、ディータを落ち着かせた。
王者たる者、言葉選びとその表現がとても大切である。
良くも悪くも解釈されてはいけないが、表面通りでもなく、それでいて価値ある言葉で伝える必要があるからだ。
だが、考えてみれば、ディータはまともに帝王学など習っている余裕がなかったのだろう。
言葉少なく、つまづくような話し方をするディータは、言葉を選んでいるのかと思ったが……。
とりあえず、ディータの言いたいことは思い当たるので、素直に応えてあげよう。
「わかってるよ。オレがテスト以来、というか最近ずっと開き直って自重してないってことだろ?」
「……そう、そう言いたかった」
「前から思ってたけど、姫さん、ちょっと言語ヤバくない?」
妙な間と片言は個性かもしれないが、これから王女としてやっていくのに問題ではないだろうか?
そういえば古来種も短いセンテンツで話すが、体が高次元化するとそういった症状でも出るのだろうか?
オレにその症状は出なかったけど。
「……あんなすごい魔法。みんな怖がる」
「いやだって、寝てるエト・インを起こすわけにはいかないだろ?」
エト・インの頭を撫でて名前を出したあたりで、ディータの身体である琥珀の色合いがくすむ。
「……と、いうわけで私もパーティに出ます」
「はあ?」
胸を張って、ディータが脈絡の無いことを言う。
あ、そういやコイツ、また服を着てない。
長手袋とハイニーソックスだけだ。見慣れてて気が付かなかった。
「なんでパーティに出るんだよ! あと服着ろ」
「……わたしのデビュタント」
「いやいや待てよ! オレの綬爵発表だぞ! 主役を奪う気か?」
一国の王女がデビュタントするとなれば、それそのものを主題と、姫を主役とし、舞台はそのために飾られ、参加者もそのつもりで伺うものである。
それをオレの綬爵発表で「やる」だと?
「……だから、です」
訝しがるオレの視線を真正面で受け、ディータがさらに胸を張って言い切った。
「……わたしが出ることで、大騒ぎも収まる」
「オレの魔法の衝撃も、姫さんの顔見せで吹き飛ぶか。希望的観測だな」
気遣いは感謝するが、より騒ぎが大きくなる可能性もある。
もちろん、そのおかげでオレのやらかしが、相対的に小さくなるのだが……。
「……というか、前からドレス準備してサプライズデビュタントするつもりだった」
飛んでもない計画を暴露したが、オレは驚かない。
「やっぱりか。こっちもこっちで潰す準備もしてたんだが……」
エウクレイデス王とその周りが動いていたので、まさかと思い、裏でディータがパーティに出れないようにこちらは苦慮をしていた。主にマーレイとティエが。
「ドレスを隠したり、ゴーレム体の胞体書き換えるつもりだったんだよ」
「……まるで演劇の悪役」
「ザルガラさま、わるいやつ」
「うるさいな。オレの新家立ち上げと綬爵発表を、サプライズで上塗りするほうが悪い」
ディータとタルピーから不満の声が上がったが、文句言いたいのはこっちである。
「正攻法で参加を申し出られたら、まあダメとは言わないが……」
それでも明日のパーティがどうなるか。
オレは心配で天井をあおった。
* * *
古来種の遺跡とて、元を正せば人の使う施設。そこに大きな違いはない。珍しいものなどあまりない。
だが解放されたばかりで、改装真新しいどころか壁と天井が透明で全天が見渡せる球状のパーティ会場は、文字通りの空中庭園である。
多くの貴族たちが王国各地から集まっても、手狭さを感じさせない広さと開放感。
手すりから乗り出し、床の端から下を望めば、遥か下に王都を見る爽快感。
並ぶ料理と酒に目新しさはないが、この場ではすべてが輝いて見える。
貴族たちが談笑する中、マーレイの若い弟子が、天球の部屋の扉を開いて告知の声を上げる。
「いみじうも~先のつわものぐらを司り~、ピュータ・ゴ・ラス領を100年~、アンズランブロクール領を200年の長きに渡り~、めぐみ~いみじくも~しろしめし~、ヘウリスコー・ゴ・アンズランブロクール候。その御子息の三なる方~。イシャン様、ただいまご到着~~っ! ……全裸で」
そこへ天球の部屋より開放感満点なイシャンが、全裸倒置法で紹介されて爽快に登場した。
「なんでだよ!」
オレは慌てて、だがある程度予想していたので即座に【極彩色の織姫】で、イシャンの全裸を古めかしい衣装で覆った。
名実ともにある貴族から、名だけ、一代だけの実だけある貴族たちの大勢が集まる中だっていうのに、イシャンのヤツは全裸で会場にやってきやがった。
「見事なアシストだったよ、ザルガラくん。いやサード卿と呼ぶべきか」
「ザルガラでいいよ」
「では今までどおりザルガラくんで」
流行遅れの衣装で、鷹揚に笑って見せるイシャン。
こうしてみれば好青年なんだが残念だ。
「しかし、思った以上に素晴らしいパーティで、それでいて思った以上に普通……普通?」
褒めてくれようとしたのだろうが、レオタードに網タイツ、うさぎの耳という女性給仕の姿を見て、イシャンは続く言葉を失った。
「ザルガラくん……、あのモルティー教頭先生が喜びそうな格好の女性たちは?」
「ん? ああ、うちが世話になって世話してるベデラツィ商会に、このパーティの仕切りを頼んだんだが……」
うさぎ耳の給仕から飲み物を2つ受け取り、イシャンに分けて渡す。
「うん……こちらは普通だね」
恐る恐る口をつけたイシャンが、安堵の声を漏らした。
「まあな。で、さすがに事が大きくなりすぎてな。単純に金だけじゃ解決しそうになくなってきたんで、商会がレオ・マフィ……レオ商会に協力を頼んだんだ。そうしたら」
「そうしたら?」
「条件で、給仕はあの格好をさせろって言ってきてな」
「ははん。新しい売り込みだね。新男爵なら伝統で角も立たないし、いい宣伝になると思ったのだろうな。その商会は」
そういうことか。
イシャンの解釈に納得できた。
てっきりレオ・マフィアの趣味かと思ったが、事業拡大の宣伝なのかもしれない。
貴族は無駄にこういった新しいことを取り入れて成功したり、失敗したりの連続だ。
その一つと考えれば、パーティを滞りなく運営してくれているので、悩ましいというほどでもない。
パーティは大盛況。
来客者たちの思惑は各々あれど、オレに対して態度で悪意や恐れを表すものはいない……貴族なりの腹芸かもしれないが表向きは。
……ていうか、これってディータの心配などいらなかったのでは?
思惑があった少数の貴族も、みな古来種の遺跡に興味が湧き、天球の部屋の造りを熱心に観察……なかには解析しようとしている者までいる。
空飛ぶ城とその遺跡の施設は、オレの【地獄を耕せ、騒乱者】など霞む効果を発揮していた。
これをくれた古来種と、天球の部屋を早々と解放してくれた『白銀同盟』に感謝だ。
そして、オレの話題を吹き飛ばす存在は、まだまだあった。
「ヘリオガルバスの薔薇! ここに推参」
突如、上から声が降りかかった。
誰も推してない。ていうか誰?
「な、なんだ?」
「見ろ! あそこだ!」
騒めく来客者たちが空を映す天井を指すと、そこには照明の基部にぶら下がる仮面の男がいた。
「はーっはっはっはっ!」
シルクハットをかぶり直し、マントを払ってタキシードの襟を正す不審者。
天球上部から下がる照明から薔薇をまき散らし、仮面をつけたなんのかの薔薇が口上を述べる。
「人はみな、おぎゃあおぎゃあ泣きながら裸で生まれてくる。それは疎にして素なる神秘なる物。だがハレの舞台に全裸など無粋。全裸はやはり若い女の子のぴちぴちしてフレッ」
「ロ・サイクロイド伯エル・ガバール様、ただいまご到着~~!」
「口上にかぶせないもらえないかな? しかも告知文省略でっ!」
台詞を中断させられ、仮面の男は苛立ちながら飛び降りてきた。
ところでマーレイの弟子、すごいな。あの状況で冷静に告知するとか。
まあ、告知の前文が吹き飛んでるけど。
「あと私は、そのように素晴らしい統治で曲線とバラの街とも言われるロ・サイクロイドの領地を発展させ、領民たちに愛される好人物と世間で評判の者では断じてない」
「あ、そう。じゃあ帰ってくれないかな? なんとか仮面とか呼んだ記憶ないんだけど」
「ヘリオガルバスの薔薇だ!」
「わかった、薔薇仮面な。ロ・サイクロイド伯、そろそろ降りてくださいませんかね。ダンスが始まるんで」
ほんとになんだよ、コイツ。
どっかの大層な貴族らしいが、違うというならその建前通り受け取って追い出すぞ。
「やあ、大変だね」
「センパイも……、いやイシャン殿もその一人ですがね」
イシャン先輩の呼び方に悩む。
えっと、領地二つ持ちで、それとは別に軍務卿を拝受している家だけど、嫡男じゃないから…………。
「イシャンでいいよ」
「そう、じゃあなんでもいいや」
良かった許可が出た。
複雑な敬称はあとでよく勉強しておこう。
「まあ、ヘリオガルバス仮面様。お久しゅうございます」
「ヘリオガルバスの薔薇だ」
「ガバール! キミがこういった場所にくるなんて、本当に久しぶりだな」
「ヘリオガルバスの薔薇だ」
「おいおい、友人にそれを着き通すかね、ロ・サイクロイド伯」
「ヘリオガルバスの薔薇だ」
なぜかあのなんとか薔薇の仮面の人、来客者たちに好評だ。次から次へと声をかけられ、追い出すことができない。
受け入れられているなら仕方ないな……。
ホストのオレが挨拶できなかったが、まあアレはいいや。
ほかにも奇抜な格好、不思議な出で立ちの貴人たちが集って、さながら仮装パーティ状態であるし。
「なんだよ、どんどん変なやつらが集まって来てるな、オレの綬爵発表と新家の立ち上げパーティ」
ホストが客に愚痴をこぼすなどあり得ないことだが、今日は許されると思う。
頭悩ますオレに、料理へ手を付け始めたイシャンが声をかける。
「たしかに普段、まったく社交界に姿を見せない人物が集まっている。あの薔薇……じゃなかったロ・サイクロイド伯もその一人だ」
「オレの名推理では、出禁喰らっただけだと思うぞ」
そうかもしれない……と、イシャンは小さく肯いて否定はしなかった。
「だが、多くの人が集まっているのも事実。私の自立でも、ここまで人が集まるかどうか……うらやましいこと限りだよ」
「従来ならば、一族に関係するものか、一派、ある程度職務に関係するものが集まればよい。それがこの盛況ぶり。意図もなく参加した者も、繋がりを持ちたいと必死にあちこち回っている」
イシャンは会場を一望しただけで、貴族の動向をおおよそ見切ったようだ。
本当に、優秀な人だな。
ホストのオレはあまり料理に手をつけるべきではないが、苛立ちを隠すため硬めの料理を齧って呟く。
「単なる綬爵じゃなくて、新家立ち上げでもあるから、儀礼上、すべての貴族に招待状を送っただけだぞ。普通、お祝いのメッセージか良くて名代がくるくらいじゃないのか? なんでこんなに集まってるんだよ」
大物も小物も、レア物も変態も、多く参加している。
この場に来てない貴族は貴族にあらずという状況だ。
ディータ姫のデビュタントの噂か、古来種の遺跡効果か、それともオレの名か?
「それだけ、キミが……殿下の件を除いても、注目の的というわけさ」
「遺跡もあるぞ」
「それもある……」
「って、おいやめろ!」
イシャンは小さく笑って……、【極彩色の織姫】を解除して服を脱ごうとしたので慌てて止めた。
また腕を上げたたな、この全裸!
以前は解除できなかったのに、今は出来るようになっているようだ。
今度は古式でかけるか、この魔法。
「なんでまた脱ぐんだよ」
「いや、ちゃんと礼服はあるので」
「なら最初から着てこいよ」
ここで着替え始めようとしたイシャンを、ひとまず控え室に送り出す。
「はあ、まったく余計に疲れる……」
オレは再び挨拶周りを開始しながら、脳内で魔力を込めて呟く。
『――良かったな、ディータ。この騒ぎの全て、すべて総取りできるぞ』
最近、能動的にできるようになった念話で、ディータに向け皮肉とも取れる言葉を投げる。
場は十分に熱せられて盛り上がっている。
オレの綬爵発表より、珍妙な貴族の登場が、人々に熱気を与えていた。
ここでディータが着飾ってデビュタントすれば、すべての熱気が彼女の元へ殺到するだろう。
この皮肉に帰って来たディータの返答は――
『――じゃあ、全裸で出ます』
『なんでだよっ!』
おい、やめろ。オレがさせたと思われるじゃねぇか!




