琥珀色の王者
変態来賓者は、まだまだ続く。
「こんなにパーティーのホスト役が大変だったなんて、思わなかった」
女性にやたらちょっかいを出すどこかの貴族を、年配者グループのおしゃべりの中に送り込み、襟を正す振りをしながらアプリコットタイを緩めて一息ついた。
「普通は、こんなことにはならないですよ」
家庭の事情でオレより社交界デビューが早かったヨーヨーが、お澄ましモードで慰めてくれる。
あれ? いたのか、ヨーヨー。
「ヨーヨー……、いつの間に来てたんだ?」
「まさかの告知スルー!? さっきです、さっき、たった今っなう! すごい大きい声で告知されてましたよ!」
「あー悪い。他の来賓者に気を取られてた」
「そんな! 私以上にザルガラ様の気を惹かせる変態がっ!」
「自覚あんのかよ。てか、惹かれてねぇよ、引いてたよ」
しまった、ヨーヨーと無駄に絡んでしまった。
周囲の視線が気になる……婚約者として申し込みされているので、事実ですかとオレの父があっちで質問されている。兄も囲まれ、似たような質問をされているが……兄はアレなので伝わっている様子がない。
やばいやばい。
しかし、ヨーヨーはどんな告知文だったのだろうか。そっちが気になる。
「それよりザルガラ様。ほら、いらしましたよ」
意外なことにヨーヨーが令嬢らしい所作で体勢を半身にし、視界を誘導させてこちらにやってくる貴族をそれとなく指し示す。
たった今、会場入りした子爵とそのご息女だ。
告知からして代々城の内勤をしている家だ。役職も貴族としてオレにもポリヘドラ家にも縁はない。しかし職場が同じになるので、その人なりくらいは知っておいたほうがいいだろう。
「ようこそ、おいでくださいました」
大人な判断をしながら、まず先にオレから子爵に挨拶をかける。告知のおかげでちゃんと名前は分かっている。
告知は決して聞き逃してはいけな……いや、ヨーヨーのは聞き逃したか。
「ご招待ありがとうございます、サード卿。貴方とは城で一度、お会いした限りでしたな――」
子爵は当たり障りのない挨拶を返してくれた。そして控える娘を紹介する。
印象は美人ながら地味な令嬢だ。会場に合わせて華やかに着飾っているが、瞳に宿る何かと表情が地味と言える。
その令嬢がなぜか嬉しそうに、逸る気持ちを抑えるような動きで挨拶をする。
「お初にお目にかかります。いえ、2万年ぶりでしょうか」
「こちらこそ初め……、ってなんだと?」
思わず声に地が出てしまった。
この地味を偽装したかのような子爵令嬢は、今なんて言った?
「驚くのも無理ならぬこと。わたくしたちの前世は2万年前に沈みし、古代文明が栄えた大陸の7人の戦士。思いだしてください。そこでザルガラ様とわたくしは、ともに戦った仲間でした」
「おいおい、独特な世界の人がきちゃったよ」
無礼な口のきき方をしてしまったが、子爵は困ったような笑顔を見せるだけで反応は薄い。娘の放言を野放しにしているのか、オレならなんとかしてくれるとでも見当違いをしているのか。
一縷の望みをかけてヨーヨーに助けを求めるが、半眼で無表情という役立たずアピールで下がっている。
「きっと大陸の名を聞けば思い出してくださるかと。その大陸の名は、△ー大陸」
「その何とか大陸って、どうやって発音すんの?」
今、人間が発音できる音じゃなかったような……。
このご令嬢は、もしかしたら兄と気が合うかもしれない。兄を呼ぼうかと思ったが、オレに代わって他の貴族たちに囲まれていた。
あのややこしい喋り方は、一部貴族に受けがいい。そのため、こちらへは参戦できない。
せっかく、兄の面倒なアレが役に立つ時だというのに――。
なにやら設定……いや2万年前の話を繰り出してくる子爵令嬢だが、全身全霊を持って聞き流す。
まくしたてる令嬢の話に肯くふりだけしておくが……。
「そう、△ー大陸に栄えし国。その名もザルガランド……」
「背信なるから、いうなその名前」
聞き流せなかった。
俺の名の付いた国名などは突っ込んでおかないと、不遜どころか叛意ありと言われそうだ。
しかし、オレのツッコミを無視して、頬を紅潮させる子爵令嬢の語りは絶好調で終わらない。
「その大陸で信仰されいた唯一神の化身であらせられるザルガラ様は、アザナ様との融合によりアザザ神へ……」
「唯一なのに化身はいるわ、さらに二体合身されちゃったよ。なに? アザナもなんかその△ー大陸の戦士か何かだったの?」
「さすがですわ、ザルガラ様。私以外誰も発音できなかった大陸名を……」
「え? またオレなんか言っちゃいました? ていうか今、オレどこから声でたの?」
「ザルガラ様、なかなか会話が弾んでいるようで」
「娘とコミュニケーションが取れるなんて……、やはりこのパーティーに参加させてよかった。ありがとうございます。サード卿」
ヨーヨーが嫋やかに皮肉を言い、子爵が娘のハツラツとした姿にむせび泣く。
誰だよ、こんな奴ら呼んだのは!
オレだった!
* * *
ザルガラが珍妙な招待客の相手をしている頃、会場のあちこちで談笑が花開いていた。
「これほどの質量、どうやって浮かせているのでしょうな」
「ミドルクライマーも解析が済んだところなので、ぜひ調べさせてほしいものだ」
「解析? それは……あの新男爵に願いでると?」
「まあそう心配なさらずに。基部や重要な施設は王家の預かりなのですから、いずれ陛下からもご指示がでるでしょう」
城勤めらしき貴族たちが、会話の合間にそれとなく遺跡の様子を探りつつ、ザルガラの動向を横目で伺う。
遺跡そのものの価値は高いが、ほとんどが王家の物になる。よって不敬を畏れて遺跡の資産的価値を会話に上げる者たちは少なく、貴族たちの関心は学術的な興味が多い。
むしろその功績で、綬爵したばかりのザルガラの恩賞がどうなるか、という話題の方が重要なくらいであった。
一方で財貨に興味を持つ貴族たちは、遺跡ではなくパーティーそのものの様相を話題に上げていた。
「どれも質……いや手間とコネがかかっているようだ。とても男爵位の新家立上げとは思えませんな」
「アイデアルカット公印の料理に菓子。懇意にされていたという話は聞きませんので、これほどの用意ができる……。手を尽くしたのか……、渡りがついたのか」
「しかも新作まである。かなりの力の入れようだ」
「仮に伝手があるとするならば、こちらもお話を伺いたいものですな」
「サード卿を入り口に、アイデアルカット公への売り込みも……できますかな」
「翻って見て衣装の方は……古く装束の才人を務めたポリヘドラ家にしては……、まあ手堅いところですな」
「代わりに会場を彩る兎人を模した使用人は斬新ですな」
実は、この会話に聞き耳を立てる者がいた。
噂にも上がっている付けうさぎ耳のに紛れた数人の兎人の給仕だ。
耳のよい兎人が給仕の合間に、貴族たちの会話を拾い取っていく。
パーティーが終われば、すぐさまレオ商会に情報があげられるだろう。そして途切れがちな話を、レオ商会内部でまとめ上げる。
うさぎ耳の給仕たちはレオ商会……レオ・マフィアの情報戦略の一つであった。
「ふむ……。一部の、いや本物の動きが妙だな」
「ほう。本物は……ある意味で違いますな」
そのうさぎ耳の女性給仕たちに、執着する一団もいた。
本物を見極めたのはモルティー教頭である。しかし、レオ商会の思惑に気が付くほど世間慣れはしていない。
一方、ザルガラを値踏みする者たちもいた。
「思ったより組みやすそうではないか」
会場の目立たぬ場所で、誰という主語を抜き友人に呟く者がいた。
その彼を中心に、肯定する者たちもいる。
「どのように魔法の才があろうとやはり、子供。貴族としての振る舞いは、いやはや実に奔放で微笑ましいすな」
あからさまに蔑む言葉を使わず、曖昧で柔らかく優しくだが辛辣にザルガラを評する
魔法の能力はともかく、すぐに地を出してしまうようでは貴族としては付け入る隙がある。
ザルガラの意図がどうにせよ、このパーティでの(変態に関する)対応はそう思わせるには十分だった。
だが、同時に評価する者もいた。
「あれだけの奇人……いや貴人に対応できるとは」
「普通ならば会話すら成り立たないだろうに……」
「むむむ、これは看過できんぞ……」
妙な招待客とコミュニケーションが取れているということは、今まで捨て置かれていた貴族と一派を組むことができる。
もちろん可能性の話だが、警戒に値する。
なにより、その特異なコミュニケーション能力が恐ろしい。
例え貴族の仮面が剥がれた対応と言えど、埒外な存在と交流できるのだ。それはそれで才能である。
華やかな会場で、気配も話題も暗い一団もいた。
「見たまえ、あの東の跳ね返り者たちを」
「どうやら世代交代の隙に、中央へ許しを乞うつもりか」
「意外と、あのサード卿に取り入るつもりなのかもしれませんな」
本来ならば、ザルガラを貶めただろう貴族たちだが、その矛先は10年前の内乱で敗れ去った貴族連盟の跡継ぎたちに向いていた。
一方で、貴族連盟の面々は、どこまでも自然体であった。
「やはり、それにしても風当りが強い……な」
煙たい盟主が呟くと、海賊のような血盟員が笑いだす。
「ぐわっはっはっ。向かい風もなければ船は立ち往生。海上では凪よりマシ。どんな向かい風でも目的に向かえるのが船というものだぞ」
「そういうが帆など使わず魔導推進で進むのだろう」
笑う見た目海賊な貴族に、男装の貴人が冷ややかに声をかけた。
「げふんげふん! これは気概でな。それにまだまだ海の男はセイルを扱えねば一人前では……」
「はいはい、そうね」
「こ、こん陸しかしらん小娘が」
「んなことより、これが終わったらマルチちゃんの店にいこうぜ」
「そちらでもザルガラ主催のパーティの計画があるようですぞ」
「またザルガラか!」
仲良く仲違いする海賊風貴族と男装貴族を無視して、血盟員たちは他の話題で盛り上がる。
もしかしたらこの空気の読めなさが、先の内乱に繋がったのかもしれない。
先代たちもそうだったかは、憶測でしかないが……。
おおむね、ザルガラへの評は悪い物ではない。
だが、過去の悪評が、近年の活躍で完全に払拭されたわけではない。
新しい家を興したばかりで先行きは不透明。
それでも新男爵位は魅力的だ。
多くの貴族が、取り入ろうと集まる。
それは家に名も実もない貴族。
あれは名はあるが財政が危うい貴族。
そしてあわよくば遺跡と痩せ薬の利権に食い込みたい、無鉄砲にもほどがある野心家の貴族。
それらが娘を紹介しようと、もしくは我が家は新しい家の役に立つぞと売り込みに近づく。
だが、そんな必死な貴族たちを遠ざける存在があった。
軍系貴族の大家アンズランブロクールの三男イシャンと、国内の治療師を束ねるクラメル家の双子だ。
この三人がザルガラの周囲を固め、近寄る貴族たちを牽制していた。
「確かそちらの産業は染業でしたか。奇遇ですね。我が家の分家に同じ染業で……」
「ほう、主尊の祝福に影響を与えず、さらなる豊穣を目指す土の研究を?」
「お兄様。たしか同じような試みを叔父がされていましたね」
「さ、さようで……」
終始、この三人には敵わないと、引き下がっていく光景が繰り返される。
三人の実力と歴史と家と一族が、目に見えない厚い壁となってザルガラに取り入る隙を与えない。
ザルガラの役に立つと力や産業を売り込もうとしても、上記二つの大家の関係者が補えてしまう。それどころが、売り込み側は後塵を拝している側であることが多い。
大げさに言えば、これら困窮貴族の面倒を見る手間が増えるだけで、あまり役に立たないのだ。
周囲の者が対処したため、ザルガラに付け入る隙はないように見せ、しかも彼らがザルガラの一派と印象付けた。
実際以上の高評価と低評価が入り混じり、適度な濃度となって貴族たちの間に浸透していく……。
「――っ! かしこくも! かしこくも~っ!」
明らかに今までと違う告知係の声があがった。
一瞬、会場内が騒めくが、すぐさま静まり告知係の声のみが響き渡る。
若さのわりに、今までどんな変態……変わり者が現れても的確な告知をしてきた彼の声色に、若干の緊張が載っていた。
さらに「かしこくも」、つまり「畏くも」という前文から告知が始まる存在は、王家に連なる者か、例外の古来種のみである。
つまり、次に現れる存在はディータ以外ありえない。
パーティ会場にいる人たち全員が、居住まいを正して畏まる。
「――あまねく照らし~、至尊のご恩、お恵みを賜りし~、ディータ・カトプトリカ・エウクレイデス殿下~、いでまし処~、ありがたくも~いま~、ここに~、ここに~っ!」
告知係の声が響き終えると同時に、天球の扉が開け放たれた。
大空を上と下にし、琥珀色のディータが純白のドレスを纏って現れた。
琥珀に神秘性を抱くこの地の人々にって、陽光に輝くその色は感性を正しく等しく強く激しく刺激する。
「おおぉ……」
「まあ……」
居並ぶ貴人たちの声が感嘆に震えた。
消失したと忘れられ、死んだと言われて惜しまれた姫のいでましに、会場が沸きに沸き上がった。
文字通り人外の美で圧倒するディータ。優雅な歩みで会場内に踏み入る姿に、誰もが目を見張った。
凍り付いたかのような会場内で唯一ザルガラだけが歩み出る。そしてレースのゴーントレットに包まれたディータの琥珀の手を取ってエスコートした。
入り口より低い会場内の貴族たちから、かつて消失姫と呼ばれた琥珀の姫と、かつての悪童と呼ばれた新しい男爵が見上げられる。
数年前には誰も想像できなかった光景が、王国貴族たちの前に実現した。
7段の階段を下り、ザルガラはそこで一礼して引き下がり、お付きの女官と並ぶ、
ディータ一人が歩み出て、そこで会場の緊張は途切れた。
殺到する貴族たち。
初めて見る姫に挨拶をしようと順番を待つ貴族たち。
だが、動向を見守る者も多い。
「見たまえ、あのザルガラの動きを」
「すぐさま下がりましたな。どうやら王家を……いや、陛下ではなく姫殿下を盛り立てるつもりは本当のようだ」
不在である陛下の代理ならば、最後までエスコートするはずである。
王配……厳密にはありえないが……そういった立場を表すならば、これもまた最後まで姫がザルガラを同行させるはずだ。
だが後ろに控え、女官と並んだ。これの意味するところは、ディータ姫を主君とする態度と表明したも同然であった。
「陛下の紹介ではなく、サード卿のエスコートと見守りで殿下のデビュタントか」
「……これは決まったな」
王と姫が、ザルガラをただの男爵と扱わない。これは名実ともに明らかであった。
――――が。
ザルガラがエスコートを終え、すぐに女官と並んだ理由は別にあった。
* * *
「おい、アザナ。なんでオマエが女官の格好してディータとくるんだよ」
「褒めていいんですよ」
オレはディータのエスコートを終えると、予定を変更して共に入場してきた女官に寄り添って問いかけた。
一瞬、マルチかと思ったが絶対に違う。
アザナだ。
この女官はアザナだ。
なんでアザナだ?
姫を盛り立てるため、化粧も見飾りも少な目で、それがまたアザナに似合っているが絶対に褒めない。
「おい、アザナ。なにをしている? 気は確かか? バレたらどうするつもりだ? ほ~んとオマエ、許さねぇぞ」
アザナの父親……ソーハ子爵だって来ているんだ。
そこはピンポイントで絶対バレる。見ろ、あっちでワイン吹き出してるソーハ子爵は絶対気がついてるぞ。
エスコートを終え、ディータがパーティ参加者たちに囲まれると、すぐに下がってオレはアザナの横に並ぶ。
「ひどい言われようです。お姫様に無理してドレスを着せたのボクなのに」
「なにぃてめぇ許す」
ナイスだ、アザナ。
「褒めていいんですよ」
「ああ……。心から褒めてやる」
「え? そんなに似合ってますか? ボクの女官姿?」
「すり替えんな!」
やっぱり絶対に許さねぇっ!
更新遅れて申し訳ありまん。
引っ越しとまあまあ深刻な事態が重なっております。
直接執筆に影響はありませんが、時間そのものは取りにくくなっていおります。




