龍華三会の暁には
大変遅くなりました。
綬爵発表パーティも終わり、後片付けもひと段落した頃――。
共和国の元大貴族一門の子息であったもじゃもじゃ頭のジュールは、諜報活動中の妹ナインから笑われていた。
毛を刈り取る前の羊のように、もこもこと膨らんだジュールのもじゃもじゃ頭に、半ば埋もれるような形で作り物のウサギ耳の先が覗いていた。服はあつらえて造られた給仕服に加え、生来の育ちの良さからでる佇まいのせいで、ひときわウサギの耳が浮いていた。
妹であるナインはそれを指差し、日ごろ気取った顔を崩して、埃っぽい倉庫の中を笑い転げる。
「に、あはは兄さん……ジュ、ジュール兄さん! ナニそれ兄さんっ! やめて、あははっそれ取って! やめて!」
「取るのかやめるのかどっちだよ。まったく……仕方ないだろ、給仕は男でも耳を付けろっていうんだから。こんなパーティを企画するなんて、ザルガラというヤツは……いや、王国の奴らおかしいだろ」
仕事も終わったのに、片付けで忙しくすっかり忘れていたウサギの付け耳を取った。
「あー、ほんとあたしも給仕係に行かなくてよかった。笑って仕事どころじゃなかったよー……ぷっ! あはははっ!」
「笑ってばかりいるんじゃねぇ! せっかく国預かりになる前のこの遺跡に潜れたんだ。情報集められるだけ集めるぞ!」
危険な潜入員として、4大貴族たちに使い潰されそうになりながらも、ジュールとナインはまだ仕事を投げ出すことはなかった。
「はーい…………ぷっ!」
たぶん。
と、そこで、バンッと荒々しく倉庫のドアが開け放たれた。
さすがのナインも笑うことをやめた。
慌てたジュールは、取ったウサギ耳を慌てて装着してしまった。
「見つけましたよっ!」
ザルガラから警備を任されているデュラハンだ。鎧姿で首を脇に抱えて乗り込んできた。
彼女が並みの中位種でないという情報を、ナインとジュールはすでに掴んでいる。このように二人は諜報活動こそ得意だが、荒事はそれほどではない。
いや、弱いわけではない。
だた、先読みという能力と相まって、上位種に値するデュラハンと相対するのは不利である。
潜入工作員としてバレないためにも、ありとあらゆる行動を慎まなければ、そこから未来を掴まれてしまう。
いや、すでにバレているからこそ、ここに乗り込まれたのか?
トゥリフォイルの実力を知る二人は、知っているがゆえに動けなかった。
「……? いつまでも動かないつもりなのですか? なんのつもりかわかりませんが……さあ、こちらにっ!」
先を読めるトゥリフォイルであっても、二人が潜入者であることを見抜くことは難しい。
下手な応対をすれば察せられただろうが、二人は読まれた未来まで行動を戸惑ったため、幸いにして潜入者ということは悟られなかった。
しかし……どこへ連れていかれるというのか?
二人は不安を隠しながらついていく。
* * *
トゥリフォイルに連れられて、もじゃもじゃ頭にウサギ耳を載せた男と厨房要員の女が会場に入り、やっと全員が揃った。
オレの隣りに控えていたアンが、もじゃもじゃ頭のウサギ耳に吹き出し、ティエに厳しい目で嗜められる。他にも笑っている使用人もいたが、ティエの近くにいたのがアンの不幸だ。
「では、全員集まったようなので」
大舞台でマーレイに代わって告知係を見事に務め上げた青年が、ワインの入ったグラスを掲げて声高らかに宣言した。
「みなさん、お疲れさまでした! 本日は旦那様よりの振る舞い、御存分になんでもいいや乾杯!」
綬爵発表パーティーで見せた真剣な姿はどこへやら。くだけた挨拶でグラスを掲げ、使用人や手伝いの人たちとともに酒をあおる。
パーティーは無事成功に終わり、会場に残った料理と追加された賄いで、裏方の打ち上げが始まった。
予備を兼ねて多めに、余分に、残るように、パーティーのため用意された料理と酒が、遺跡の大ホールに並んでいる。
労働を終えた人々が、それら余禄を口へ運びながら、その口から談笑の声を上げている。
オレは乾杯後に部屋の隅へ移動してこの光景を眺めている。
さっきまで主役で、彼らの主人もしくは雇い主であるオレがいては、盛り上がる物も盛り上がらない。
「ザルガラさま、主役だった?」
「タルピー様いけません。主役を姫様に取られたと言われては」
両肩のマスコット体型が一言多い。
いいんだよ、主役を取られても。取らせたんだよ。計画通り、なんだよ!
「じゃ、後は任せて……」
使用人たちの宴に、主人のオレがいては気が休まらないだろうから、さっさと退室した。
オレの右肩に乗るタルピーが、「あれ?」っと声を上げた。
「いいの? ザルガラさま? みんな楽しそうだよ」
「いいのいいの。こっちも予定があるんだ。よし、いるな、アザナ。じゃあ行こうぜ」
「はい、先輩」
廊下で待っていたアザナに声をかけ、奥の部屋へと誘う。
オレのぴったり横に、女官姿のアザナが寄り添い……って、おい。
「なんでまだその格好なんだよ」
「だって先輩が褒めてくれたから」
「褒めてねーよ、捏造するな!」
腕を取ろうとしたアザナを振り払って距離を取る。
この反動に取り残されたように、ウラムが左肩の上から離れていった。
微笑むアザナとオレの狭間で、ぷかぷか浮かび互いの顔を見遣るウラム――。
「ああ、そういう……」
ウラムがニヤリと笑って、アザナを誘ったオレに妙な視線を投げた。
「おい、勘違いすんなよ」
「わかっておる、わかっておるのでごゆっくりー」
「ごゆっくりー」
タルピーとウラムが肩から降り、気を利かせて見送ってくれる。
いらない気遣いしやがって。
「さあ、いきましょう。ザルガラ先輩。いざ、ボクの分の遺跡を捕るために!」
「そうじゃねぇ! そっちでもねぇっ!」
先に進むアザナを追いかける。
見張っておかないと、アザナはアザナで心配だ。
まだ遺跡内部をよく知らず、道を間違ったアザナの腕を引き寄せて目的地に向かう。
「やっぱり」
後ろでウラムが何かを言ったが、違うからな!
遺跡を捕られ過ぎないためとか、そんなんだからな!
反論しようと振り返ったとき、ウラムが物陰に誰かを見つけて襲い掛かった。
「え? 何かに捕ま……」
「うおっ! なんじゃこりゃ! 見えない何かがいる! 怖ぇっ!」
引っ張り出されたのは、遅刻してきたもじゃもじゃ頭の臨時雇いの給仕と、これもまた臨時雇いの調理師の女だった。
「覗きはこのように捕まえたゆえに、ごゆるりと」
「ゆっくりも何もねぇんだよ! 重要案件なんだよ!」
ウラムは二人を抑えつけ、言い訳を無視するニヤニヤ顔でオレたちを見送った。
* * *
ここは空飛ぶ遺跡である。名前はまだない。
古来種の残したお話の名で呼ぶ者たちがいるが、それが定着しては困る。
ちょろちょろするアザナがいたずらしないかじっくり観察……警戒しつつ、そんなことを考えながら遺跡の中央区画に通じるドアに鍵である胞体をそっと投げる。
得体のしれない素材でできたドアに、投げた胞体が吸い込まれ、魔力の光があちこちへ錯綜しながら線を引き流れていく。そして音もなく砕ける陶器のように、バラバラのパーツとなってドアの中心から広がるように開いた。
「わあ、かっこいいー!」
「オマエはコドモか」
「子供ですよー」
ドアの開き方へ対する素直な感想。それに対するオレのツッコミに、アザナは開き直った反論をする。
「わわわ、これが交信装置ですか。まるでさざえ堂みたいだなぁ~」
アザナは勝手にオレより先に部屋へ駆け込み、小屋ほどある二重螺旋状の巨大な装置を見上げて言った。
サザエドウが何のことかわからないが、この二重螺旋の建造物がその交信装置だ。
高次元にアクセスするためには、やたらと複雑で大型の魔具が必要となる。これはコンパクトな方だが……、現存する魔具としては大きい方である。
「早くっ! 先輩、早く! 早く起動させてください」
「あー、はいはい。わかったからわかったから落ち着け落ち着け」
アザナは両手の拳を握りしめて迫り急かす。これを押しのけながら、交信装置へと歩み寄る。
起動方法はすでに教わっている。
鍵………。アイツから貰った胞体石を、二重螺旋前のパネルにセットし、王都の魔力プールとパスをつなげる。
魔力を吸い上げている証として、二重螺旋の峰のラインにそって、光が昇っていく。
その動きが止まり、ぼんやりとした光が部屋を包んだ。そして名前の無い古来種。正しい意味の古来種が現れた。……といっても、胞体そのものだ。
変化し変形する5次元胞体が、今の古来種の姿である。
彼? こそがこの遺跡の前持ち主。ルドヴィコに宿っていた古来種だ。
「久しぶり……かな? ザルガラくん」
「久しぶり……かなぁ? アレからまだ月は2巡りもしてないぞ」
「そうか」
正5胞体がゆっくり回る。古来種の時間感覚は個としても、そして次元の違いとしても大きくオレたちと乖離している。
こちらの次元にいればそうでもないのだろうが、あちらの次元にいては時間感覚をオレたちと共有するのは難しいはずだ。
久しぶりという挨拶の切り出しは、時間感覚がわからないからこそ使ってみたという印象だった。
「さて、と。約束通り、時間の許す限り情報をくれ。ああ、椅子はいらないか?」
オレとアザナは敬意など考えず先に座ったが、念の為、人の形をしていない古来種に椅子は薦める。
「いや結構。ところでこちらの感覚だと3日間。話続けてもいいのだが」
「前言撤回、加減してくれ」
「わかった」
時間感覚のズレ怖いな。思わず身体ごと引いてしまった。
オレは改めて椅子に座り直し、それを見届け古来種の話が始まる。
「まずは我々の正体にして語ろう。我々は元々、宇宙。星の世界を調査するため。作られた情報生命体。情報を集めることに特化。情報をただ集め、眺め、吟味し、ライブラリに保管する。それを繰り返すだけ」
やはり、古来種を作った存在がいるのか。
その存在に興味はあるが、優先度は低い。話が長くなっても困る。あえてその正体に触れないようアザナにも目配せ……、いやウインクとかいらないから。
「古来種は高次元に行き、あらゆる世界を覗き見ているという話を聞いたことがあるが……。植え付けられた情報収取癖のせいか」
空を飛べそうなアザナウインクから顔を背け、努めて話題を古来種に絞る。
「そう。そして我々には確固たる人格。これがない。創造主とアナログな疑似的会話で情報交換をするため、それらしい人格は与えられていた。が、あくまで疑似」
「例外として、強い自我。いえ、欲求を得たのが貴方なのですね?」
古来種を作った存在に興味がないのか、目配せが通じたのか、アザナは目の前にいる古来種の自我について切り出す。
「そう。ありあまるスペックとメモリ。そこから人格が発生した」
人格や自我という深い深い話題なのに、古来種がやたら簡潔に答える。
オレはあまり人格の発生について想像できない。理屈は理解できるが……自我や人格というものが、オレにとって当たり前であり感覚的すぎて、それが無いことや発生することが掴みづらい。
ていうか、自我ってなに?
「おそらく長い時間が私の自我。この形成に役だったのだろう」
オレたちと同じ外見をしていたなら、このとき古来種は遠い目でもしていたのだろうか?
「遠い昔、我々はある星から情報収集の使命を持って旅立った。長い旅路と天体観測の後、得体の知れぬ何かに巻き込まれ、この地に降り立った」
「情報収集に特化したオマエたちでも分からないような事象か?」
「……」
無言で正5胞体が変化する。
オレとアザナは返答を待ったが、古来種は黙り込んでいる。
もしかして?
「なあ、今のって肯いた仕草か?」
「そうだ」
「胞体でジェスチャーは無しにしてくれ。こっちは3次元の住人なんだ」
「すまなかった」
またも正5胞体が変化する。あれは「ごめんね」の仕草なのだろうか?
「我々は元の世界に帰るより、この地でより多くの情報を集めることを選んだ。情報収集は最上位クラスの命令でもあったし、帰還より優先するのは当然の帰結だった。しかし問題もあった」
「問題? 古来種ともあろうものが」
「身体がなかった」
「ああ」
オレとアザナが同じ反応を示す。
そういえば情報生命体で、交換装置があるからこそここで会話できるが、このままでは物理的に古来種はなんら行動できない。
だからこそ、人間やエルフの身体を間借りするのだ。
「当時、オレたちの祖先がいなかったのか? それとも間借りする方法がなかったのか?」
「いなかった」
たぶんどちらかだろうと尋ねると、古来種らしい簡潔に答えが帰って来た。
「宿れるメモリーユニット。胞体石もない。手足となる機器もない。だから多元構造の脳を持つ生命体と出会うことを、この星での最初の目的とした。わりと………………長かったよ」
どこか遠くに思いを馳せた。ように見えた。
実際は正5胞体がゆっくり変化しているだけなので、発言からオレが勝手に想像しただけだが。
指折り数えているわけではないだろうが、数に強い古来種が言い澱むとは1万2000年くらいかな。
「へえ、オマエさんたちの感覚で長い、か。どれくらい待ったんだ」
「56億6989万8765年」
「…………え?」
まだまだ今月いっぱい、リアルが忙しいです。
遅れるかとおもいますが、なんとか更新を続けていきます。
Twitterも止まってますが、これからはちゃんと近況報告に利用していきます。
申し訳ありません。
追記
今回執筆中に気が付いたのですが
アポロニアギャスケット共和国で12貴族と4貴族が入れ替わってしまっていました。
初期は4貴族が負けた側だったのに、どこからか勝った側に……
4貴族をだしてしまったので12=負け側、4=勝ち側。で行きます。
おいおい直していきます。




