56億7千万年の眠り
「ちょいと遅かったなぁ。待ちわびたぞ」
オレは馬車と騎士の一団……いや街道の先を眺めつつ、コンデルセ候の前ということもあって緊張していた肩から力を抜いて呟いた。
天気がさらに悪くなってきた。
嵐でも起こしそうな積乱雲が、王都へむかってぐんぐんと近づいてきている。
通りがかりの馬車を追うように、黒い雲が青い空へ染みわたっていく。
つまり、アレが到着した証だ。
「よし、じゃあ頼んだぞエト・イ……ん? エト・イン! ……あれ? いないのか? おーい、ティエー!」
この頃、お昼に食事だけ頂きにくるだけの無駄ランチ食いな古竜の娘エト・インに仕事をさせるため、呼んでみたが反応がない。
馬車へ戻っているのかと思い、駐騎場に待機しているティエを呼んでみた。
「御用でしょうか」
コンデルセ侯爵とお伴の宮廷魔術師たちがいるため、目線を下げて控え気味にティエがやってくる。とはいえ彼女は昔、オレの祖父とあちこち出向き、高位な貴族とも付き合いがあるため物怖じしている様子はない。
「せっかく仕事させてやろうと思ったのに、エト・インのヤツはどこに行った?」
「エト・イン様は馬車でお休みになっておられます」
「なんだと? また寝てるのか。出番だから起こして……いや、待ていい。仕方ねぇなぁ」
承りましたと礼をするティエを呼び留め、エト・インは起こさなくていいと指示する。ティエは特に口を挟まず、馬車への警護へと引き上げていった。
この様子を見て、見届け人として事情を知っているコンデルセ候が首を傾げる。
「大丈夫かの? たしかドラゴンの力がいると聞きいておるが?」
「ああ、大丈夫です。別にドラゴンがいるというわけではなく、ドラゴンの力に相当するものがいるだけなので。単純にドラゴンの力を真似すればいいだけですよ」
こともなさげに言い切ったあと、ちょっと偉そうだったかなと反省する。オレが簡単にできるから、気軽にドラゴンの力と同等の魔法を使えると言ってしまった。
わかってはいるんだが、この悪い癖がなかなか抜けない。
「とはいえ距離もあるので、少々待ちます」
積乱雲に先だって、近づいてくる馬車を眺めて伝える。
さすがに目標があまりに遠方では外しかねないし、当てないまでも馬車の馬と乗り手を驚かせてしまう恐れがある。
「馬車もこちらに来ておるようだし、その方がよかろう」
コンデルセ候はオレの判断に驚きも戸惑いも見せず、落ち着いて納得してくれた。反して彼のお伴である宮廷魔術師たちは、苦々しい表情でオレを睨んでいる。
いや、それともドラゴンと同じ力を発せると豪語したオレを、訝しんでいるのか?
だが、オレの実力を疑ってくれるなら、それはそれで嬉しい。
もっとも出来ると示してしまうわけだから、せっかく侮ってくれたのに否定してしまうわけだが……
――まあ、どっちでもいい。
そうこうしているうちに、無関係の馬車の一団が警備員詰所の門をくぐった。
どこかの男爵位の紋章があしらってある。あの紋章は……ちょっと思い出せない。
ティエにでも聞けばわかるだろうが、エト・インのところへ行かせてしまった。
やや距離を置いて騎士の乗る馬が立ち止まり、馬車が前に出る。これは攻撃の意図がないという配置だ。
馬車に乗る貴族はコンデルセ候がいるので、挨拶でもするのだろう。
まずはヒゲの男性が馬車を降りた。
やや線が細いものの、貴族らしい風格と落ち着きを持っている男性だ。紋章からして、わりと古い家系だろう。
次に気性の強そうな令嬢が降りてきた。
つけまつげが印象を強くさせ、それが気性の強さを際立てる。それがまた似合っている女性だ。
そんな気の強そうなご令嬢が、オレを見つけるなり驚いて踏み台を踏み外す。
使用人が咄嗟に支え事なきを得たが、令嬢は引きつけでも起こしそうな顔でオレを見つめて……ああ、そういえば去年、学園を卒業した先輩さんか。
名前を知らないが実力もそこそこあって、学園の試験で成績を残し、行事で活躍もしていたので顔は何となく覚えている。
オレのほうを気にしながら、父親らしき男爵に耳打ちをする。
きっとオレについて報告したのだろう。
父親もわずかに眉を動かし、視線がこちらへと向けられた。
しかしそこは流石に古い一門の長。視線をオレに向けたと思わせないように、自然と視線を横に流し、周囲を伺ったような態度にすり替えた。
「お久しぶりです。コンデルセ侯爵殿」
「おお、これはこれは奇遇ですな、いまご到着で――」
何事もなかったように――令嬢はこちらを気にかけているが――二人はコンデルセ候へ挨拶を終える。
「それとそう、こちらにおるのがサード卿のザルガラ君だが……たしかご息女は学園が同じだったと思いますがご存じでしたかな?」
「い、いえ……学年が違いまして、その……あまり」
コンデルセ候に紹介される形で、挨拶の水が向けられた。
応じてオレも挨拶する。二人の名を聞いたが、やはり令嬢の名はすっかり忘れていた。
……また忘れそうだ。
「じゃ、時間もあるんでそろそろやります」
「む……むむ? そうか」
一通り挨拶が終わったとはいえ、オレの急な行動開始にコンデルセ候も渋い顔を見せた。実務に当たっている宮廷魔術師とはいえ、儀礼を重視するところは貴族であることは変わりない。
だが、これ以上アレを近づけさせては危険だし迷惑だ。
「何が始まる……何をするのかね?」
「ああ、耳を塞いで、できれば防御胞体陣を」
コンデルセ候が気を利かせ、護衛や使用人たちにも防御胞体陣を貼りつける。
さらに周囲の人たちが耳を塞ぐところを確認してから、コンプレックスにもなっている大きな口を、さらに大きく開けて魔力を解き放つ。
この魔法とも呼べぬ原始的な魔力の解放名は――
【地獄を耕せ、騒乱者】
残念、口を開いているので魔法名を言葉として発することができない。
そんな雑な発動であるのに、威力は十分。
オレの口から魔力の衝撃が解き放たれ、衝撃が音とともに周囲のすべてを叩く。
空を引き裂き、薄い雲を突き抜け、王都に寄せる濃い積乱雲を撃ち抜いた。
「ド、竜の咆哮…………」
どこぞの男爵のご令嬢の感想は正解だ。
さすが学園出身。自ら貼った防御胞体陣が宮廷魔術師たちにも匹敵しているため、耳をつんざく音の衝撃を受けてよろめきもしていない。
とにかくこの魔法は、派手で威力が大きい。
緊急時はともかく、こんな大威力の攻撃を首都の近くで行う予定があるならば、治安維持に関係する各所に連絡する必要がある。
別に明文化されているわけはないが、慣習的にそうなっていた。
こんな魔法を連絡なしに街の近郊で放てば、治安関係者に「申し訳ないが、その……叫ぶのをやめてもらえないか? みんなが不安になる」と言われること間違いない。
そんな事態にならないように事前に申告し、コンデルセ候は監視というか見届け人として来てくれた。
オレの【地獄を耕せ、騒乱者】によって、積乱雲が打ち払われていく……。
やがてそこに現れたのは、空飛ぶ城――
「ラピュ」「ハックションッ!!」「だ……」
「ラピュ」「ぶッえっくしょんっ!!」「は本当にあったんだ!」
男爵とその令嬢が、雲の中から剥き出しとなった浮遊物を見て、何かを叫んだがヨーヨーのクシャミによってかき消された。
「おい、ヨーヨー。オマエ、なんで沈黙の効果切れてるんだ?」
「え? 吹き飛びましたよ」
「あー……そうか」
オレの放った口からの咆哮と光線【地獄を耕せ、騒乱者】。アレは魔法解除の効果も持っている。
直撃した相手の防御胞体陣の破壊と、何らかの効果を力づくで解除する魔法である。
余波でも発射地点付近の弱い魔法も、強制解除(吹き飛ばし)してしまったようだ。
【地獄を耕せ、騒乱者】はドラゴンブレスと同様、魔力弾と破壊魔法を組み込んだ、一拍子の魔法である。
しかしエト・インのドラゴンブレスは、余波で周囲の魔法を解除するなんてことなかった。
ちょっと再現に繊細さを欠いたな。
あとで検算して術式を整えておこう。
すっかり霧散した積乱雲。ズシンと矛盾した視覚的重さで、晴れ晴れとした空に浮かぶ岩と石と虹色の金属でできた城。
これらを見て、事情を知っている警備兵も宮廷魔術師たちも驚いている。
地方から到着が遅れ、何も知らない男爵と令嬢、その一団など騒然として怯えたり泣き出したり震えていたり、さまざまな反応を見せていた……。
えっと、この人たちって、空飛ぶ城に驚いているんだよね?
……いや、オレの魔法のせいもあるのか。
事前に申請し告知されていた大魔法の行使と空飛ぶ城――オレが古来種から譲り受けた遺跡が現れ、王都は今頃大騒ぎだろう。
いくら告知されているとはいえ、住民全員には伝播していないだろうし、何事もなければ――あれ?
そういえばコンデルセ候の姿見えない――。
「魔術師長!」
「師匠!」
「おじいちゃんっ!」
慌てた様子で宮廷魔術師たちが、突如現れた本の山を囲んでいた。
「さすが宮廷魔術師。本の山を前に何か儀式しているハックション! ぶい~」
「いや、あの中にコンデルセ侯がいるんだと思うぞ。あとおっさんくさいクシャミ止めろ」
「ザルガラさま~、たすけてー」
鼻水を垂らすヨーヨーに、がっちり掴まれているタルピーが助けを求めてきた。
かわいそうなので救出すると、熱源を奪われたヨーヨーの顔が急にシャキッとする。
なんで?
「あ……ああ。どこから本を取り出したのかと思ってましたが……。空間を圧縮していたか胞体の四次元性を利用して、しまった時間と持っている時間をズラしていたんですね……ってなんでズラに反応するんですか、ザルガラ様」
「いや、別に……」
ヨーヨーのやつ、状況を見抜く能力もなかなか高い。
コンデルセ候が本をどうやってしまっていたのか、現状から理解したようだ。
お伴の魔術師たちが本の山を掻き分け掘り進んで、本に潰れたコンデルセ候を探している。
なんにせよ、オレの【地獄を耕せ、騒乱者】が、本収納の魔法を解除してしまった。
気まずいのでコンデルセ候救出に手を貸す。
オレたちの手で除けられた本の山から、コンデルセ候が笑いながら救出された。
余裕あるな、このおじいちゃん。
「いやはや、売れ残り……在庫……いやこれから売れる本に潰されるとは、作者冥利に尽きるな」
「妙な冥利だな」
思わず敬語が吹き飛んだ。
しかし、コンデルセ候は嫌な顔一つしない。お伴の宮廷魔術師の反感は買ったが。
「も……もしや、サード卿……。あ、あれがその、至尊より頂いたという……」
遅参したため何も知らなかった男爵が、空飛ぶ城を指差して尋ねてきた。
先ほどまでつくろっていた冷静さが、【地獄を耕せ、騒乱者】と空飛ぶ城で文字通り吹き飛んでしまったようだ。
ご令嬢は言葉も出ないと、口をぽかんと開けたままである。
そういえば彼らも招待客なので、説明しておく必要があった。
「そう。ソレ。古来種から貰って、未だ探索冒険開拓開発中の遺跡一式。そしてアレが、明日のパーティ会場だ」
指示語と指の先に浮かぶ城。
視線誘導された男爵とその令嬢は、明日のパーティの様子を想像して身震いした。
月が入れ替わると、また積乱雲に包まれてしまうので、再度ドラゴンブレスか【地獄を耕せ、騒乱者】で解除する必要があるという、面倒くさい防犯設備のある遺跡だけどな。
「ところでザルガラ様。ずずず……」
「なんだヨーヨー」
鼻をすすりながら、マイペースにヨーファイネが会話に割り込んでくる。
「鼻水を垂らす美少女を見て、なにか目覚めませんか?」
「たった今、56億7千万年の眠りについた」
「つまり56億年後に私の時代!?」
「すげぇ、未来志向だな、オマエ」
時々、本気でヨーヨーを尊敬してしまうオレはもうダメかもしれない。
Twitterはじめました。
https://twitter.com/taikeisys
設定こぼれ話や次回作や設定絵や参考資料など紹介していきたいと思います。




