パレイドリア
エンディ屋敷街に、幽霊が出た。
そんな下らない報告が、家令の口からオレの元に上がって来た。
「あー……それはたぶん、パレイドリアってやつだな」
オレはサインを終えた書類の束を手渡しながら、家令のマーレイの報告に応えた。
書類の上でタルピーが軽快な踊りを繰り広げているが、姿を消しているので精霊の目を持たないマーレイは構わず書類を捲る。
バランスを崩したタルピーが、マーレイの腕にぶら下がった。
「パレイドリア……ですか」
あまり聞きなれない言葉に、書類のサインを確認しながらマーレイは自らの記憶をあたる。
「そうそう、パレイドリアだよ」
マーレイの腕を登るタルピーを眺めながら、オレはエンディ屋敷の現状を考える。
王城の敷地にある影門守の邸宅は、身元のしっかりした先祖代々城勤めの使用人が大部分である。
一方、街の手に建てられたエンディ屋敷はポリヘドラ家が近親者や使用人の子、果ては諸侯の子などを雇い、勤め始めたばかりの者が多い。
オレの評判が回復するどころか、ディータ関連もあって王国でも話題の人となり、王都のエンディ屋敷の使用人は通常の人数を揃えるまでになった。
以前はポリヘドラ家の家人でも勤めたいと申し出る者がおらず、比較的好意的だったマーレイやティエなど数人しかいなかった。
それが今、評判が少し上向いただけで、内外から使用人の希望者が増えている。郷士の子息子女だけでなく、諸侯の三男三女といったあたりの希望者までいた。
その増えた使用人たちが、エンディ屋敷の並ぶ街の中で幽霊を見たと申し出ているという。
近所の屋敷でも、そのような目撃情報があるらしい。
噂や一件、二件の報告ならまだしも、目撃者多数の上に暇を貰いたいと言いだした使用人まで出ては、マーレイが雑談交じりに報告を上げるのも当然だった。
男爵家立ち上げの書類を確認し終えたマーレイは、不備無しと束を小脇のカバンに収めた。
「パレイドリア……。パレイドリアパレイドリア。……確か、点が三つほど三角に打たれれば、それは人の顔に見えるという現象……でしたかな?」
長年、家令を務めるだけあって知識豊かな彼は、サインの確認中に近い答えにあたりをつけた。
「そうそう、それ。だいたいそれ。目と口がそれっぽくそれらしい位置にあると、人の顔に見えるって現象だ。人の顔だけじゃなく、壁の汚れが鳥に見えたり、雲の形から動物の形を思い浮かべてみたりとかそういうの。錯覚や関連のないものから共通性や類似性を見出すこのパレイドリアという能力が、人間に知性を与えたとも言われているヤツだ」
パレイドリアがなければ、人は言語を得るどころか、単純な絵すら描けなかっただろう。もちろん抽象的な文字の発明など無理。そして暗闇の中に見えるシルエットやその一部から、関連性や類似性を記憶から引き出し、獲物であるか天敵であるかを推測する能力。つまり、想像力すら育たなかっただろう。
厳密には違うのだが、こういった学問は俺の専門ではないので、偉そうに語る必要もない。
「ありますなぁ。わたくしも先日、街の広場の植え込みの中に猫を見つけまして。餌を片手に鳴き声を真似ながら近づいたのですが……。よく見たら捨てられていた包装紙で……。いやぁ周囲の目線が痛かった……」
「…………お、おう」
真面目なマーレイが、街中でゴミを猫と勘違いして相手にしている光景を思い浮かべ、思わず吹き出しそうになった。
なんとか耐え、踊り終えて満足したタルピーを回収する。
「とにかく、エンディ屋敷街のセキュリティレベルは以前より高い。さらにこのエンディ屋敷にはもともとの警備システムに加えて、オレの警報システムも組み込んである。侵入者はもちろん、幽霊とか入り込むことはできないよ」
古来種のつくった警備システムは見事に秀逸……そして醜悪でもある。支配下にある上位種から下位種まで、許可なく立ち入るなというエリア設定ができる。
事件で古来種の魔力プールが再起動してから、王都の多くの場所でこの警備システムが作動している。
まったくもって良いことに泥棒泣かせなシステム。これのおかげで、王都の治安は劇的に良くなりつつあった。
解析を終えているオレは、これらの警備システムのセキュリティレベルを、細かく自在に操作できる。
許可証や個人識別やゲスト登録など細分化。もちろん侵入者撃退まで追加してある。
よって、エンディ屋敷に侵入できるものはいない。
アイツ以外は…………。
「おっしゃる通り、おそらく使用人たちの見間違いでしょうな。ではわたくしはこれを各部署へ書簡として届け、一部はしっかりと発送いたします」
アイツの可愛ら憎らしい顔を思い出していると、書類のカバンを抱えてマーレイが退出していった。
「ああ、頼んだぞ」
だらけたオレは椅子に深く背中を預け、感慨深く天井を見上げた。
「これでマーレイが手続き終えたら、オレも書類上は男爵様か」
「ザルガラだんしゃくさまー」
「男爵ですか」
二人のタルピーが、男爵という言葉に反応して踊りだした。それは男爵の踊りなのかい?
ダブルタルピーがテーブルの上で踊る姿は、慣れているオレでも少々うるさく感じた。
もう一人のタルピー。
こいつの正体は、タルピーをお姉さまと慕うウラムだ。先日のサキュバスである。
ウラムは【霧と黒の城】の中央区の警備から解放された魔物であり、今はディータの支配下で、なおかつタルピーの部下という複雑な立場にいる。
もともとサキュバスは夢魔であって、実体はあるがそれは肉体といえるものではない。
タルピーは合体するつもりで、上位命令でサキュバスの肉体情報を書き換えてしまったようだ。もっともサキュバスであることは根底では変わっていないので、タルピーが許可すれば元の姿に戻る。
「ザルガラさまは、はくしゃくじゃなくなっちゃうの?」
「オレはもともと伯爵じゃない。伯爵は現当主の父であって、跡継ぎの兄が次期伯爵。伯爵の次男でしかなかったんだよ」
伯爵子息という立場は尊重され、貴族子弟は父の持つ爵位に準じる立場ではある。だが、それは親の庇護下であり、貴族の子は貴族という慣例的な社会合意にすぎない。
しかしオレは、見事独立した。
ディータ姫の高次元物質体の存在を維持する才人として、オレは学生でありながら城勤めも務めることとなった。
これにてオレは分家となり、単なるポリヘドラ伯爵子息ではなく、正式に家を立ち上げ、男爵位を持った貴族となる。
ポリヘドラ伯爵家は本家となり、少しばかり威光は頼れなくなる。それに本家を立てなければいけない。
だが、王族の後ろ盾もあり、さらには形ばかりとはいえ城勤めの役職まである。
なおマーレイは引き続き、家令を務めてくれる予定だ。
年齢的に引退間近なので、引き継ぎもあって忙しくなるだろう。体調が心配だ。少し休暇もあげてやろう。
「ところで幽霊は、本当にパレイドリアなのでしょうか?」
踊り続けるタルピーと違い、ウラムは踊りをやめて首を傾げた。
能天気なタルピーと違って、彼女は多少理性的であり知的でもある。少し慎重な性格もあって、そんな疑問を口にしたのだろう。
オレは笑って答える。
「安心信頼の古来種謹製警備システム。それをこのオレが屋敷用に調整したものだぞ。破れるのはアザナしかいない」
「……ザル様。それは驕り」
隣の続き間から、ディータ姫が顔を覗かせた。
現在、ゴーレム体なのだが、相変わらず服を着ないヤツだ。影門邸では徹底してドレスを着せるからな、姫様。
「そろそろ出かけるから、早く服を着ろ」
今日の昼は、ソーハ邸でアザナと食事と遺跡発掘の計画を話し合う予定があった。
ゴーレム体とはいえ、さすがに裸の姫様を連れてお邪魔するわけにはいかない。
それなのに、ディータは悠長に両手を伸ばして――。
「……着せて」
とか言いやがった。
本来それは使用人の仕事だが、元王付きの服飾職であったご先祖様の仕事でもある。
「『極彩色の織姫!』」
仕方ないので、魔法で適当にドレスをデザインして着せてやった。
今、街で流行りの、飾り気の少ない清楚なドレスだ。貴族的ではないが、機能的でイブニングドレスとしては問題ない造りである。
不満足そうにディータは、簡素なデザインのドレスの裾をつまむ。
「デザインが不服なら、ちゃんとドレスルームに行け」
「……これでいい」
しかたなく我慢するのか、ディータはドレスの裾を整えて話を戻す。
「……警備システムは古来種が作ったもの。古来種様たちが降りてきている今、それを考慮しないなんて」
「言われてみれば、そうだな」
オレとしたことが、古来種たちの存在を忘れていた。
独善的だが古来種=ルドヴィコといった友好的な存在もいるが、コールハース(偽)といった古来種に成ったはいいが、俗物的な発想でこの次元に降りてきている者も少数だがいる。
古来種が調査のため、何かを仕掛けている可能性もある。
なにか警備システムに、トラップでも仕込んでおいたほうがいいかもしれん。結果、アザナ対策にもなるだろう。
などと警備システムの罠を計画していたら、部屋のドアがノックされた。
入室を許可すると、メイド姿のティエがドアを開けて、一礼後に報告を上げる。
「ザルガラ様。お出かけのご用意が整いました」
「馬車は」「整いました」「片づけない?」「片づけません」
やっぱり馬車で行くのか。
やだなぁ、しかも今日からポリヘドラ男爵の紋章付きだ。余計にやだ。
「なあ、アザナの家に行くだけなんだから、馬車なんていらないと思わないか?」
「思いません」
「……さあ、いきましょう」
「しゅっぱつーっ!」
ディータに腕を引かれ、ダブルタルピーに押される形で、オレは自室を追い出された。
「ティエにはもっと柔軟性が欲しいな。仕方ない、それは新人の方に期待するか」
「そういえば、もうすぐ新しい屋敷付き武官が配属……魔物だそうですが?」
大丈夫なのですか? というティエの心配が見て取れた。
魔物だから心配というのもあるのだろう。
「ああ、有能だ。見た目を誤魔化せば普通の騎士だし、これも問題ない。これからティエの休みも増えるぞ。ソイツは夜こそが活躍の時間だし、深夜を任せられる」
「それは安心ですね」
武官の少ない家であったため、いろいろ彼女には負担が大きかった。
労働環境が改善されると聞いて、前髪で隠れて目は見えないが、ティエの表情が明るくなった。
「警備用のモンスターとして再支配設定できたので、逆らうことはないしな。一部……、具体的には首から上が遊蛍魔になってるが」
「それは不安ですね」
目元は見えないが、ティエの表情が一気に沈んだ。
デュラハンのトゥリフォイルは、【霧と黒の城】に警備の魔物として配されていた。警備対象を古来種とその財産から、オレたちとその資産に再設定が簡単にできた。
トゥリフォイルが古来種に嫌がらせできた理由は、【霧と黒の城】の区画警備から解放され、再設定されるまでの間だったからだ。
再びオレと契約……というかオレが再設定をした今、彼女は口で逆らい、叛意を持つことはできても、直接反抗的な行動をすることはできないだろう。
「さしずめ面従腹背ならぬ腹従面背……といったところか」
「それは本当に不安ですね」
「心配性だな、ティエは。普通の人間だって頭の中じゃ何を考えているか、裏切っているかわからないんだ。それが今度の新人は、頭で逆らおうと思っても身体はその考えには応じない。裏切りで情報を流すとしても、体が口を押えるなり頭を殴っても止めるだろう。後でハンドサインを求めれば、裏切りの活動をしたか否かを尋ねられる。そう考えれば、ただの人間の方が不安だろ?」
オレの意見を聞き入り黙り込むティエ。どこか納得しているようで、それでいて残念そうな表情をしている。
ただの人間の方が不安、という表現はマズかったかな。人間……引いてはティエたち使用人を信じていないように思える発言だったかもしれん。
せめて一言でも反応してくれれば、フォローできるんだが……。
発言に後悔しながら玄関に出ると、馬車という嫌なヤツが見えた。
いやぁだなぁ、と馬車から玄関脇の花壇へと顔を背けたら、そこには「顔」があった。
「よかった、やっと会えた」
顔がしゃべった。
見間違いではない。花壇の隅に生首があった。
声に反応し、ティエが咄嗟に割って入ったのは流石だ。
「おわっ。びっくりした」
「あまり……驚いているように見えませんが?」
生首がトゥリフォイルの首だと判明し、投影しようとした魔胞体陣を引っ込める。するとトゥリフォイルは残念そうに尋ねてきた。
もしかして……驚かせたかったのだろうか?
「けっこう驚いてたよ。オレは想定外なことが起きると、頭がいろいろ対策を考えて驚いているように見えないだけだ。ああ、ティエ。コイツが新人武官のトゥリフォイルだ。見てのとおり……でもないがデュラハンだ」
「そう……ですか」
こいつが新人だと紹介し、どこか呆れた様子のティエを下がらせる。
「実は気がついていたのですか?」
「いやまったく。本当に驚いてたけど、頭の中がそれどころじゃなかったんだよ。まず見間違いの可能性を考えて、顔に見える屋敷内の物品を思い出してみたり、エト・インの持ってきた玩具の忘れ物じゃないかと照らし合わせてみたりとか、危険物の可能性とか考えて対策とか、本当に生首だった場合の隠ぺい方法とか、攻撃してきたときの対策とか、事件ならどうやって隠蔽しようかとか、とにかくいろいろ全部だよ」
「最後のはちょっと……いえなんでもありませんザルガラ様」
ティエが口を挟もうとしたが、彼女自身も場合によっては隠蔽しかねないと気が付いたのか、口を噤んで控えた。
とにかくオレはいろいろ想定したり、対応をしたりと、脳内は激しく働いていた。
この弁明を聞いて、器用にトゥリフォイルは首だけでうなずく。
「……ああ、頭の回転が速すぎて、余計なことまで考えるような? ……ああ、転がる!」
「まあそんな感じだ」
うなずいた拍子に、トゥリフォイルの首が前に倒れた。すぐそばにいたタルピーが気をつかって、それを起こす。
出かける直前で忙しいこともあり、話を進める。
「で、トゥリフォイル。オマエはここで何をしているんだ?」
「ああ、それはですね……。デュラハン、というかアンデッドはこの街に出入りできないようなので」
「正面からきたのかよ、オマエ」
蛍遊魔と違って古来種の支配を受けている魔物であっても、首都の出入りは簡単ではない。
誰かの支配下にあると証明するとか、支配者が同行している必要がある。
首都に入り込めたとしても、エンディ屋敷街の中にはいるのはかなり難しいだろう。
「なので投げ入れました」
「自分の首なのに扱い雑っ」
「5回目でやっとこの屋敷に入ったのですが、声をかけようとすると、みな逃げてしまいまして」
「え……、待て。外した時に身体のところに首が自動的に戻るのはわかるが、前の4回はどこに落ちたんだよ。隣り近所で騒ぎになってないだろうな? というか騒ぎになってたな、確か」
マーレイの報告では、近所ですでに噂になっていた。
投げ込まれる生首とか、どう考えても事件である。
「とにかく、ティエを出迎えに馬車で向かわせるから……」
体はエンディ屋敷街の入り口あたりにでもあるのだろう。
首無し死体だと騒ぎが起きる前に、迎えに行かせなくてはならない。
「と言って、私の出迎えに馬車を使う気ですか? 自らはその足で歩いていくと?」
…………なぜバレたのか?
まさかタルピーやディータのように、オレの表層思考を読めるとでもいうのか?
しかし、ここは押し通させてもらう。
「遠慮するなよ、乗ってこいよ馬車」
「要りませんね。乗りませんよ馬車」
「そういうなよ。いいぞ、馬車」
「いいならそちらでお乗りなさい、馬車」
「馬車ないんだろ? 久しぶりに馬車乗れよ」
「乗る馬車は生涯で一つと決めてますので」
「家出した馬車のことなんてもう忘れろよ。新しい馬車だぞ、うちの」
「そこの馬車嫌い同盟の方々。馬車を押し付けあわないでください。出迎えはわたくしが徒歩で向かいますので。同行はアンに任せます」
ティエが割って入り、馬車の押し付け合いは終わった。
結局、オレはティエによって馬車に押し込まれ、お付きはターラインの娘アンということになった。
* * *
「さーて、今日は何を食べさせてくれるんだ?」
元商家の屋敷をアザナが借り受けているソーハ邸の食堂で、オレは我が家のように寛ぎながら今日のメニューを尋ねる。
「え、えっと……それは……」
アザナのお付き兼使用人のフモセが戸惑っている。
彼女の他にも使用人が3人ほどいたので、そちらへ視線を向けてメニューを尋ねようとしたが、目を逸らされてしまった。
どうでもいいが、3人の使用人もやたら美人さんだ。はあ、まったくあれだけ女の子を侍らせていて、使用人まで美人か。
自分で集めているのか、勝手に集まっているのか知らんが、アザナも将来ろくなヤツにならんなと思ったが、これ以上はなんかオレも身に覚えがあるのでやめておこう。
「先輩、ボクの家をなんだと思っているんですか?」
ドアが少し乱暴に開け放たれ、アザナ自らが木製のサービスワゴンを押して食堂に現れた。あの上に載っている物が、今日の試作メニューか。
「珍しいモノが見れて、美味しいモノが食べられて、遊べるところ」
蓋をされているのに、かすかな香ばしい薫りが漂ってくる。それだけ薫り豊かな料理…………かと思ったら厨房が近すぎて、そこから匂いが流れてきているようだ。
貴族の邸宅として不合格だな、ここ。
「そんなふうに……。まったく! 人のお家を面白テーマパークみたいに言わないでくださ、い…………」
不満げに文句をいうアザナの表情が、何かに気がついて真顔に変わる。なにか余計なことを思いついたという顔だ。
そして控えるフモセと相談を始めた。
「入場料はいくらくらいがいいかな」
「え? ……ええっ? 本気なのですか? アザナ様?」
「おいおい、テーマパーク化を前向きに検討しだすな」
「とにかく、今日は古来種の遺跡の調査の相談が優先です。まあ、たしかに……食事もお出ししますが」
「ほらね」
「なにがほらねって」
「今日は新しい料理を振る舞うって楽しみにしてたんだ」
半分は試食役だが、半分は振る舞いだ。
「さーて、じゃあ改めて。この香りの正体はなんだろう」
フモセが給仕し、オレの前に蓋が載せられたディナープレートが置かれた。
正面の席に座ったアザナが、得意げに胸を張る。その前にも、フモセの給仕で同じ蓋つきディナープレートが置かれる。
「ボクも仕上げでは手伝いました。考案もして、うちで雇っている料理人が懸命に作り上げた、自信作ですよ」
「それはいったいどっちの自信作なんだ?」
仕上げと考案。料理を形にする苦労。後者のほうがウェイトが大きい気がする。
などと考えているうちに、フモセの手によって蓋が開かれた。
窯の熱が残っていたかのような熱気。そしてチーズの焼けた香ばしい匂いと香辛料の刺激が広がり、嫌でも食欲を誘う。
ディナープレートの上に載せられた耐熱器の中で、余熱により表面のチーズがグラグラと沸き、出来立てを力強く主張していた。
見たところグラタンのようだが、チーズの下にはボリュームのある確かな下地があるようだ。
……ところで、この料理の表面。
なんとなく崩れた顔に見えた。
偶然、チーズの配置と焦げ具合が顔に見えただけだろう。そう、パレイドリアってやつだ。
「へえ、美味そうだな。で、この料理の名前は?」
「パレイドリアです」
「パレイドリアのドリアは、そのドリアって意味じゃねーから!」
フォークを片手に、さらにオレはツッコミを重ねる。
「なんだよ、顔ならちゃんと作れよ。聖水をかけられて、溶けながらうめき声を上げる不細工な亡霊みたいになってるじゃねぇか。いったい、誰の顔なんだよ!」
無作法にフォークでドリアを指し、溶けて崩れる顔のモデルを尋ねると、アザナはそれはもう素晴らしい笑顔で答えた。
「ザルガラ先輩です」
「ぅわあ、オレってこんなにカッコイイのかぁ~。って、ふざけんな!」
「貴重なザルガラ先輩のノリツッコミシーン!」
騒ぐオレたちから離れたところで、ディータが深く肯いていた。
「……なるほど。食べられない私のために。見て笑える料理を饗してくれたわけですね? アザナさん」
「そうです!」
ディータの質問に、アザナが満面の笑みで肯定した。
「そうです、じゃねぇよ! オレの顔を笑いモノにするな!」
ザル「ただの人間の方が不安だろ?」
ティエ「……」(それでザルガラ様は、人外の女性たちに走られたのですね……)




