誇り高きワイバーン
「やめろっ! サンピッ! 軌道をなぞるのをやめるんだ!」
青い空を乱暴に切り裂き、2匹の飛竜が編隊を組んで飛んでいた。
しかし編隊というよりは、少し殺気立った追いかけっこを思わせる。
双方の竜騎士は、切迫した様子でワイバーンを操り、互いの竜を引き離そうと躍起になっていた。
追われるワイバーンの体躯は平均的で、追うワイバーンはやや大型だ。にもかかわらず、追う大型ワイバーンの方が鋭い軌道を描き、追われるワイバーンは広い空の上で追い詰められているように見えた。
「なにやってる! 早くサンピを離せ!」
追いかけられ、軌道を正確にトレースされている側の竜騎士が、慌てて同僚にワイバーンの速度を抑えるようにハンドサインを送った。
人間に使役されるワイバーンは、通常編隊を組んで飛行する。追随するワイバーンは、やや遅れてわずかに高度を下げて飛ぶ。だが、これはよく訓練されているからできるのだ。
本来、ワイバーンにとって並んで飛ぶというのは、狩りの行動である。速度と起動を獲物と同期させ、絶妙なタイミングを計って襲い掛かる準備行動だ。
そのため、初期の訓練では、ワイバーンに編隊飛行をさせることはない。
まして軌道をトレースし、前を飛ぶワイバーンと同じ高度ややや上を取るような動きは、本能を刺激するため厳禁である。
背に乗る竜騎士の命令を無視して、そのような狩りの行動を、サンピと呼ばれる大型のワイバーンは行っていた。
「やめろ、サンピ! 前のワイバーンは仲間だ!」
大型ワイバーンに乗る騎士は、魔物制御用の魔具である鐙と手綱の操作に精いっぱいだ。
魔獣を操る魔法に長けた竜騎士であっても、このサンピというワイバーンを制御するのは難しいようだった。
「く……もう……魔力が……」
背に乗る騎士の精神力が限界となったとき、サンピの鈎爪が前を飛ぶワイバーンの騎士に迫る――。
* * *
「またやったのか! あのワイバーンはっ!」
王都の北城壁に近い、遺跡も住宅も少ない一角に建てられた竜舎の中。30騎のワイバーンが羽根を休めるその脇で、竜騎兵隊の隊長が怒鳴り声を上げた。
飼育師や騎士たちが萎縮するが、隊長とて彼らが悪いわけではないと理解している。すぐに誰の責任でもないと、視線を何もない竜舎の壁へ向けた。
だが飼育師は調教師も兼ねており、各々が責任を感じていた。騎士たちも訓練で乗るため、飛竜の勝手を抑えつけられず、かれらもまた責任を覚えている。
「まったく……。迷惑なワイバーンだな。このサンピは」
一度怒鳴って少し冷静になった隊長は、部下たちの視線から逃れるように歩き、竜舎の中でも一回り大きいワイバーンを見上げた。
その名はサンピ。まるで蛍遊魔のように、従属魔法が効かないワイバーンである。隊長の苦々しい目線など気にせず、悠々と昼寝をむさぼっていた。
「いくら優秀で……速度も体格もずば抜けていてもこれではな。どうしてこうも言うことを聞かないのだ?」
サンピが竜舎にやってきた時と、期待が落胆に変わった日を思い出して深い溜息をついた。
「古来種様の支配体系にあるはずなのですから、従属魔法が効かないわけがないのですが……」
同調する形で、飼育師は首を捻った。
「一騎だけでしたら多少言うことを聞くので、それを考慮していただくことは?」
振り回される乗り手の騎士は、それでもサンピを気遣う様子と発言をした。
気持ちはわからないでもない。
そんな顔で隊長は話を聞くが……。
「一人早駆けなど、部隊……とくにこれからの軍編成では役に立たないぞ。偵察に使うとしても、好戦的では信用できない」
残念だが、と首を横に振る。
人の言葉が分からぬのか、それとも小さい人間など気にも留めていないのか。
サンピと呼ばれる反抗的なワイバーンは、素知らぬ顔で丸まり、午睡に身を任せていた。
実は、このワイバーン……サンピは古来種の支配から解放されかかっていた。
優れた個体であるサンピは、デュラハンのトゥリフォイルと同じように、古来種由来の精神操作魔法の影響を受けにくい。
ゆっくりと、確実にサンピは人からの支配を拒絶し始めていたのだ。
そして数日も経つと、ついにサンピは手綱や鐙を拒否し始めた。
飼育師がどんなに宥めようと、鞍を装着している最中にふるい落とし、その尾で打ち払おうとした。
こうなってくると、古来種の支配体系魔法に頼った調教師では手が施せない。
心を通わせて……というのは、古来種の支配下に入っているからできたのであって、解放された野生的な魔物相手では何の意味もない。
もう始末するしかないのか……。
そんな最後の手段を思い浮かべる隊長と騎士たち。飼育師も騎士たちの様子から隊長の考えを察し、残念だと目を伏せた。
「いやまだだ……。私自らが乗りこなしてみせよう。なんとか竜具を装着させてみよう」
飛竜乗りの矜持があると、隊長自らが教育に名乗りを上げた。
ワイバーンの教育に隊長が手を出すなとどいうことは通常はない。言いだした隊長も手伝い、調教師たちとともに鞍を乗せようと試みる。
幾騎もの竜を育てた経験が自信と、そしてなによりサンピを処分するなどできないという考えに繋がったのだろう。
隊長が名乗り出て、調教師たちも慌てて訓練の準備を始めたのだが、サンピはなかなか言うことを聞かない。
竜具を嫌うサンピには、鞍を装着させるのも一苦労だ。
宥めすかし、餌で誤魔化し気を他に引かせながら、鞍を背に乗せようとするがうまくいかない。時には従属魔法の強化など強引な手で、竜具を装備させていたが、今日は特に魔法の効きが悪かった。
と、そんな風に荒れる厩舎へ――。
全裸がやってきた。
「イシャン様!」
「このようなところに、そのような格好でなぜ?」
竜騎士と調教師たちは鞍を放りだし、騒然としながら全裸のイシャンを出迎えた。
異様な様子……いや、異様な出で立ちの来訪者を見て、サンピは首を傾げた。
――なぜあの男は他の者と格好が違うのか?
嫌いな鞍の装着から逃れたサンピは、首を捻りながら人間たちの様子をうかがう。
「イシャン殿! 騒がわしいところお見せして申し訳ありません。た、ただいまは少々竜が騒いでおりまして……その、なにか御用でしたら、あちらでお伺いいたしますが……」
サンピの様子を見せるわけにはいかないのか、それとも暴れるサンピにイシャンが巻き込まれてはいけないと危惧しているのか。竜騎兵隊隊長は、イシャンを厩舎隣りの休憩室に案内しようとする。
「いや、結構。実はその騒がしい竜の様子を見にきた」
イシャンは軍属としてはまだ勉強中の身であり、もちろん竜騎士ではないし目指してもいない。が、竜に乗る資格のある人物だ。
アンズランブロクール家は魔獣を支配し、使役する古式魔法と独式魔法を代々受け継ぐ。
竜騎士たちは忠誠を誓う代わりに、アンズランブロクール家が支配するワイバーンを借り受けている立場である。竜騎士はワイバーンクラスの魔物を支配する魔法は使えない。あくまで人間の支配下にあるワイバーンを使役……ある程度心を通わせ、従属させることしかできない。
「竜……サンピをですか?」
「ああ。一応、私もアンズランブロクールの独式魔法に関わっている1人だからね」
魔物を支配し、各部隊の騎士へ預けている手前、責任の一端がある。イシャンはそういうつもりで、ここを訪れた。
イシャンはサンピの前に出て、騎士と調教師たちを下がらせる。
「君たちは服を脱いで楽にしていてくれたまえ」
「いや、それはちょっと……」
全裸リラックスのお手本を見せるイシャン。たじろぐ竜騎士たち。
この光景を見てサンピは、急に自分の格好が恥ずかしくなってきた。
見れば厩舎の仲間たちは、みな外に出るときは鞍や鐙をつけている。
人間たちもそうだ。
ワイバーンは文明も持たないが、人間たちがそういった「何か」を持って行動していることを、サンピはおぼろげに理解していた。
峡谷の遺跡を守りつつ、解放してから今まで空から人を見てきたが、外で裸になっている者などいなかった。
もしや人の世界で衣類を身に着けないなど、ありえないことなのではないのか?
急にサンピは自分の姿が恥ずかしくなった。
もしかして、鞍とかつけてない自分は全裸なのでは?
目の前にいる恥ずかしい人間と、自分は変わらないのでは?
そんな疑念が湧いて出てきた。
「ほう……。この子が噂のワイバーンか」
全裸が迫ってくる。
逃げる全裸のワイバーンのサンピ。
――ちがう、自分は違う。自分はあの人間のような恥知らずの異端ではない!
「アギャ! アギャギャ!」
サンピは自分に言い聞かせ、鞍をつけてくれと必死に懇願し始めた。
「おおっ! サンピが自ら鞍を求めているぞ!」
「イシャン殿に頭を下げて、懇願しているかのようではないか!」
「さすがイシャン様! 魔法による命令を跳ね除けるサンピに、その立ち振る舞いだけで上下を思い知らせるなんて!」
ここぞとばかりに、調教師たちが鐙と鞍を装着させようとするが、イシャンは手を上げて制した。
「無用!」
「し、しかし鐙もなしでは、危険ではありませんか?」
鞍も鐙は乗りやすさ、指示のしやすさのだけために装着されているわけではない。
馬と違ってワイバーンは魔物。鞍などこれら竜具は、支配や命令、大人しくさせる従属魔法が込められた魔具一式である。
それも無しに乗るということは、騎乗者の魔法のみでワイバーンを従属させるという荒業なのだ。
「裸馬ならぬ、裸竜! 乗りこなして見せる!」
「アギャァ! アギャァーッ!」
全裸に飛び乗られ、サンピは生来、上げたこともない悲鳴を上げた。
この日からサンピは従順となり、竜具を素直につけるように……それどころか竜具無しでは竜舎の外に出なくなった。
短編のアイデアが付きませんが、次回より本編入ります。




