悪事を企む者たち
「で……、先輩。なんで仲良くなっているんですか?」
事件の発端ともいえる家畜小屋へ戻る道中、トゥリフォイルとの会話が弾んでいたら、アザナが不機嫌な声を上げた。
一応、トゥリフォイルは縛り上げたままだが、首はタルピーが頭上に掲げて携帯している。
「え、あー悪い……。いやぁ、それがさ。ちょっと話してみたら中々に話の分かるヤツでさ」
ちょっとアザナを蔑ろにしてしまったか、と謝りながら言い訳を繰り出す。
「少し馴れ合いしすぎてしまいましたね。しかし私もまさか同じ考えを持つ同志がこの世界にいるなど……。ふふ、それもまさかザルガラ……少年、貴方がそうだと考えてもいませんでしたよ」
ちょこちょこ走るタルピーに掲げられたトゥリフォイルの首が、親しみの笑みを向けてくれる。
「デュラハンなのになぜ馬車がいないのかと思っていたが……。いやぁ~まさか、馬車とケンカして馬車が逃げ出すとか」
「呆れますよね、馬車には」
「まったくこれだから馬車はダメなんだよな」
「ええぇ…………、馬車嫌いで仲良くなるなんて……」
アザナが困ったような、それでいて呆れたような声を上げる。
そんなアザナに、首無しがぴしゃりと言い放つ。
「だからといって別に馬車が嫌い同士だからと、私は古来種への嫌がらせをやめるわけではありませんよ」
そうなのか。
いや、たしかにそれは仲良くなった理由であって、トゥリフォイルが【険路求道】への嫌がらせをやめる理由にはならない。
どういうつもりなのか。
踊るタルピーに掲げられ、時々、あっちを向いてしまうトゥリフォイルの言葉に耳を傾ける。
「少年。貴方は言いましたね。この支配システムの残滓を、なんとかしたいと思った……と」
「ああ、言った」
吐き出した言葉は飲み込めない。タルピーのダンスによって、ふらふらするトゥリフォイルの目をしっかり追いかけて見て答える。
「ですから、これからやるのか、やらないのか。思っただけでやらないようであれば……」
思いつきで終わらせないように、監視するつもりか?
鋭さ増すトゥリフォイルの目を見返し、決意を尋ねる。
「オレを斬るか?」
「とてもではありませんが、斬れそうにないのですが?」
「諦めんなよ! 未来視とかあるんだろ?」
「それが出来るなら、仲間たちを伏せたりしません」
「じゃあ、なんで監視なんてするつもりだ?」
「監視? いえ、私はやらないようであれば、支配者面をして降りてくる古来種に嫌がらせをするつもりですが」
「そこは初志貫徹なんですね」
嫌がらせになんでそんなに全力なのだろう、とアザナを首が捻った。
「デュラハンだからじゃねぇかな?」
「ああ、死の宣告ってそういう嫌がらせ……」
わざわざ死の宣告をするのは、死を恐れる人々を不安にさせるため。
嫌がらせそのものだ。
なるほどと、深くうなずくアザナ。
「いえ、そこは納得されると、デュラハンとしていささか心外なのですが……」
「まあ宣告とかデュラハンの習性は、どうでもいいとして」
「習性にされてしまった……」
反論を流され、トゥリフォイルが残念そうに顔を顰める。
「オレだって馬車嫌い同士だからって、無条件でオマエを許してるわけじゃないぞ」
「私は止めなかっただけですが……」
「言い訳はいらない……というか、そのことじゃない。確かに村の現状に腹も立ったが、当事者でもないのでオレがオマエを許す許さないとか言える立場じゃないだろ?」
「では……なにを?」
思い当たらない、と首無しが首を傾げ……たように思えたが、タルピーの手が滑っただけだった。
「おいおい、ソレ落とすなよ、タルピー。ええっと、なんだっけ? ……ああ、そうか許す許さないか。それはだな。オレに敵意むき出して剣を向けて、ただで済むと思ってるのか? オレ、貴族だぞ。オレ、貴族」
魔力弾という非殺傷魔法ならまだしも、剣という殺すための武器だ。それを向けられて、黙ってはいられない。
物理をほぼ無効にする胞体陣という物のせいで、危機感というか危険物と見てない風潮が魔法使いの中にある。だが剣を向けるという行為は、慣例的にも法令的にも敵対行動である。
それが貴族相手となれば尚更だ。
古来種の命で遺跡を守っている時なら問題ないが、今のトゥリフォイルは遺跡から解放されたモンスターである。
がっちり今の統治システムに組み込まれている存在で、古来種の支配から逃れているとはいえ、それは社会的には関係ない。
いくらオレが埒外者とはいえ、これを手放しかつ無条件に見逃すわけにはいかなかった。
「あっー! あー……」
「あー、そういえば先輩は貴族でしたね。まったくそんな感じがしませんが」
トゥリフォイルがまずいという表情で諦める隣りで、アザナがそういえば、と手を叩く。
「そういうアザナ。オマエも貴族だぞ。まったくそんな感じがしないけど。特に金銭面で」
「ひどい! ボク、最近、お小遣い増えたんですよ!」
言い返したら、アザナがぷくーっと頬を膨らませて反論してきた。
「そういうところが貴族っぽくないんだよ!」
「なんでですかーっ! ランチでちょっと贅沢しても、帰り道に買い食いできるくらいあるんですよ!」
お小遣いの多少を理由に、貴族らしいかどうかを胸を張って力説するアザナ。
やっぱり貴族らしくない。
とりあえず、未来を視た彼女は重要な情報源だ。
あとでオレの経験したまったくの別ものなのか、それとも近いのか?
近いならば違いはどれほどなのか?
それを訊きたい。
「ちょっと聞いてますか、先輩?」
「はいはい、オマエは立派な貴族だよ」「なんですかっ! その投げやりなの」「しかし、こう言ってはなんだが。こうしてさっきまで剣を向けられて首無しと戦ってたのに、どこかで気を許してしまうとか、やっぱりオレも古来種の支配……『奴隷同士仲良くしなさい』って命令が残ってるのかねぇ」
「……それは先輩の気質だと思いますよ」
「そうなのか?」
いつも、からかう調子で饒舌なアザナが、オレを見つめて何も言いださない。
……緊張に耐え兼ね、オレは視線を逸らして、話題もついでに逸らした。
「まあ、同じ馬車嫌いのよしみだ。特別に不問としてやるよ。それはともかく馬車は壊れるべきである」
「いりませんよね、馬車」
馬車の話題にトゥリフォイルが乗った。
「いらないよな、馬車」
「先輩。先輩、先輩」
「ん、なんだ?」
オレとトゥリフォイルが馬車の悪口で盛り上がっていたら、アザナがしたり顔で割り込んできた。
「馬車に変わる乗り物……興味がありませんか?」
「ほほう……」
馬車嫌いなオレにとって、気になる話だ。
「ボクに腹案があります。投資してみませんか? 開発にかかる費用は概算でこれほど……」
平面陣に器用に数字が投影されていく。
並んでいくゼロ、ゼロ、ゼロ………。
「高ぇなぁ~。おい、これちょっとした戦争一回分の費用だぞ」
「さらに倍」
「増やすなよ」
どんだけ予算いるんだよ、これ。
購入どころか投資の枠すら超えてしまう金額だ。
「待ってください、ザルガラ先輩! これからの時代はベンチャーキャピタルですよ! 開発にあたって段階的に成功した技術で儲けていけば……」
「それよりまず成功しなかった場合は?」
「成功した時だけを考えましょう。で、それを販売していけば……」
「販売が軌道に乗る算段は? その技術の需要のほどは?」
どう見ても穴だらけの計画について、根本的なところを詰めていく。
しかしながら、アピールするアザナの話は地に足がついていない。
あとべんちゃーきゃぴたるってなんだ?
「これ、いわゆる詐欺じゃないのでしょうか?」
タルピーに掲げられて話を聞いていたトゥリフォイルが、至極当然な感想をもらした。
「失敬な! ボクは正直だから調子のいいことを言えないだけで、詐欺ならもっと上手いことをいいますよ!」
「上手いこと言えてないのかよ!」
正直のところにもツッコミしたかったが、まずこの点を言わせてもらった。
――こうして馬車に代わる乗り物、というアザナの胡散臭い話を聞きながら、オレたちは家畜小屋へとたどり着いた。
ルドヴィコに宿る古来種が、どういった詫びを入れ、獣人たちにどんなに責められているのか。そう思っていたが、目に映るモノは予想だにしていなかった光景だった。
「俺たち、ほんとうに悪かったと思ってます」
「なんとおわびしたらいいか」
「決してバレたから、謝っておこうなんて気持ちじゃないんで」
「今、農作業に出てる人たちも、呼び戻させてます」
村人たちが小屋の前に集まって、ルドヴィコと獣人たちに謝り倒している光景だった。
古来種=ルドヴィコが怖いという様子ではない。
村人たちがそろいもそろって役者というわけでもない限り、本当に心から謝っている感じだ。
「……なんであんな真面目に謝ってるんだ?」
「いえ……」
何か知っているか、とトゥリフォイルに訊いてみるが反応は渋い。
アザナにも訊いてみようとしたとき、村人たちから納得のいく発言が飛び出してきた。
「俺たちも元を正せば、ただのデカいニワトリ……。そんなことも分からず、人間様だと思いあがってました!」
「思えば種の違いだけで優劣を決め、自分たちが優れた側と勝手に思っていたのが……。だから、古来種様方は、こんな差別的な考えを封じられたのですね」
謝られる古来種=ルドヴィコの方が困っている様子だ。
「い、いえいえ……。支配から解放されているのに、そのような考えに至った貴方たちに驚きますよ。そうですか……、ニワトリ……まさか……」
ルドヴィコは村人たちの豹変に戸惑っているのだろう。宥めながら、謝る相手はこちらと促している。
「そうか、あの髪型……。変だ変だと思っていたら、アイツら。……ニワトリの獣人だったのか。それも知らずに惨めなヤツラだ」
わが身を知ってやっと反省し、必死に謝る村人たちの背を見て嗤ってやった。
「えっ?」
アザナがオレの顔を見て驚いている。
心底信じられないモノを見たという表情が、ちょっと新鮮でドキリとした。
「な、なんだ?」
何に驚いているのか尋ねたら、アザナは微笑と苦笑を足して割ったような表情で目を逸らす。
「い、いえ……、べ、別に。ところで、気に入りませんか?」
嗤ったつもりだったのが、オレの顔を覗いてアザナはそう尋ねてきた。
言外の意味を、コイツは悟ったのか?
「そうだな……。勘違いされたら困るが、気に入らないのは村人たちじゃない。気に入らないのは家畜扱いされたのに、古来種の手前、許すあっちの獣人たちの方だ」
古来種の後ろに隠れる数人の獣人たちを目線で指し示し、被害者を悪く言うのは気がひけるが正直に答えた。
家畜として扱われていた獣人たちは、ルドヴィコの様子を伺いながら謝罪を受け入れ、ルドヴィコの意図を探りながら許している。
そんな光景を見て、アザナが呟く。
「さながら古来種様の言う通り、ですね」
「そう、それ。……いや、違うかもしれん。怒れといっても怒らないだろう。この古来種が作った世界を、決定的に壊さないように、怒りとか憎しみとか、そういうものが強引に薄められている」
やがてルドヴィコはオレたちに気が付き、謝り続ける村人と許す獣人たちをそのままにして、こちらへとやって来た。
「その様子……。なんとか丸く収まったのですか?」
戦いながら飛び出していったオレたちが、仲良く帰って来たのだ。状況をある程度は察したらしい。
この疑問にトゥリフォイルが答えた。
「ええ。いったん、貴方たちへの嫌がらせは控えます。代わりに私はこの少年の決意を見届けさせてもらいます。それから……私は謝りませんよ」
「そうですか……」
解放された者の拒絶感と、超越者としての無関心。
2人の間に、これといった衝突は起きそうになかった。
首無しとの会話はもう必要ないのか、ルドヴィコはこちらに視線を向けた。
「いったん、私は上に帰ります」
古来種のいう上。それは高次元を差す。
「逃げるようで申し訳ないが、帰らねばならないのです。一度帰れば、そうそうこちらに戻ってこれないでしょう。ですが、この世界に遺した問題を仲間たちに伝えなければいけません」
ルドヴィコは悩む素振りを見せながら、村人たちと獣人たちのやりとり眺める。
「我々はこの地に大きな宿題を残している。無関心ではいられない、とね。そして、改めてこの地に降りて人々を支配しようとする者たちを、もっと厳しく取り締まらなくてはならないと」
「ふむ……。なるほどそういうことか」
どうやら悪い方に転がらないようだ。
もしかしたら、アザナが挑んで負ける古来種たちの再降臨という事態は、彼のおかげでなくなるかもしれない。
……まあそうそう上手くいかないだろうが、可能性は出てきた。
「そうか。それならそれでオレから言うことはないよ。で、アイツらはどうするんだ?」
村人と獣人たちを顎で指し、地上の後始末と今後について訊ねる。
「この身体、本来の彼に任せますよ」
「ん? どういうことだ」
あっさりと言ってきたが、本来のルドヴィコというヤツに任せられるのか?
オレの疑問には、トゥリフォイルが答える。
「ああ、彼……エルフのルドヴィコも解放された者で、引退後に解放者たちを集めていたところだったんですよ」
「その最中に身体奪ったのか。本当に、はた迷惑なヤツラだな!」
「迷惑であることは理解している、ザルガラくん。しかし今回は、ルドヴィコ本人の承諾もあった。それにエルフの長い一生だ。数十年を融通してもらえたよ」
詳しく聞けば、ルドヴィコ本人も古来種の支配から解放されて途方に暮れていたらしい。解放された者たちを集めるといっても、それは寄り合いみたいなもので、どうすべきか困っていたほどだったという。
解放された者たちを纏め上げ庇護することと、知識と古来種の遺産を対価とし、ルドヴィコは肉体を貸し出すことに承諾した。
聞くだけだと、ルドヴィコはなかなか立派な人物のようだ。
結果はこれだが。
「それから迷惑料と言ってはなんですが、まだ発掘されていない遺産があります。これを貴方に預けましょう」
ルドヴィコは懐から胞体石を取り出し、オレに手渡した。
貰った胞体石には、5次元の魔法陣。超々立方体陣が描かれている。
聞けばまだ発見されていない彼の財産を収めた遺跡の鍵らしい。
村の資金分とは別に、発掘が難しい遺産がまだあるのだという。
「やった! これで大金持ちですよ!」
説明を聞くなり、アザナが飛びついてきた。
「なんでだよ、オレが貰ったんだよ」
「ボクだって協力したじゃないですかーっ! 今、ピンチなんです!」
「知ったことか!」
最近、オレは背が伸びた。おかげで胞体石を手にしてあげれば、平均より小さいアザナでは届かない。
く……、コイツ。
躊躇なく抱き着き……、いや飛びつきやがって!
やたらいい匂いを振りまきやがって……。そういえばアイデアルカット印の石鹸とかいろいろ出てたが、作ったのコイツか?
などと匂いに気を取られていたら、やめろ、昇るな、服を引っ張るな!
「って、このっ! オレの膝に土足で乗りやがって! 洗濯代出せっ!」
「出します! この遺産の中から!」
「ふっざけんなよ、これはオレが貰ったの! やめ、ひっつくなっ!」
「そこ、醜い」
トゥリフォイルに怒られた。
ルドヴィコは目を閉じ、項垂れていた。呆れたのか、アザナとじゃれているうちに、ルドヴィコの中にいた古来種は去ってしまったようだ。
「あ、名前聞くの忘れた」
「高位の……というか、元から情報生命体だった古来種に名前はないんですよ」
「へえ、そうなんだ。……って、こそっと取るな」
「ぶーぶー」
そしらぬ顔で手を伸ばすアザナ。その手をペシっと払って、胞体石を逆手に持ち替えると、アザナは不機嫌に頬を膨らませた。
名前がない。
ということは、夢で見たコールハースというヤツは、後から古来種と同一の存在か。
などと思案していたら、ルドヴィコが目を覚ました。
覚醒した彼は、どこからともなく羽根扇を取り出し、口元を隠して不敵に笑う。
「ふ……どうやら、古来種殿はお帰りになられたようだ」
なんとなく邪悪な目つきだ。
これが本来のルドヴィコか。
「邪魔な古来種はいなくなりました。ふふふ……、うかつなものです。解放された者たちの心に燻る差別の心。このルドヴィコが、その心の闇を煽って世界に混乱を招いて差し上げましょう! ふぅーわっはっはっはっー!」
両手を広げ、悪事を説明した上での高笑い。
あ、たぶん、このエルフ。オレの兄貴の同類だ。
笑いながら無防備な背中を見せるルドヴィコ。ユスティティアから前もって、わざわざ悪事を口にする人物だと聞いていなかったら、その背中に魔力弾を撃ち込んでやるところだった。
「手始めに、あそこで仲良くしている……な、なんだあの髪型? とにかくあの変な髪型の人間たちを使って、獣人たちを家畜の如く扱って、この地に不和の種を撒いてあげましょう!」
「その不和はもう撒かれてたぞ」
過去形。
「なにぃ!?」
「で、もう解決した」
これも過去形。
「なんだとっ! 誰がやった!」
怒りの表情で振り返るルドヴィコ。
それは自分の計画を先回りされたことへの怒りではなく、獣人たちを家畜化したことへの怒りに見えた。
ちょっと不安だが、この男なら村を悪いようにはしないだろう。
そんな気がする――。
でも、なんか不安。
* * *
「あー、きたきた、きたよー」
「おー、待たせたな!」
「遅い。待ちくたびれた」
林と丘を越え、馬車の集合場所にやって来たオレとアザナを、ペランドーとイマリひょんが出迎えてくれた。
マトロ女史に報告に走るペランドーを見送ると、いろいろ手伝ってくれたイマリひょんがオレの顔を覗きこんできた。
「トゥリフォイル。結局。あれをそのまま解放。それでよかった?」
「解放じゃない。しばらくしたら、オレのところで雇う予定だ。ちょうど武官が足りなかったことだし。大丈夫。馬車嫌いに悪いヤツはいねぇ」
「なに、その、理由」
「あきれますよね」
「同意」
馬車嫌いの思想は、アザナとイマリひょんには理解されないようだ。
「あー、また馬車かー。オレ、上に乗っていい?」
「さあ、集まりましたね。えーと、全員いますかー?」
マトロ女史はオレの要望を無視して点呼を取る。つられて護衛達も点呼を取っている。
「なあ、オレは馬車の上……」
「アザナ様が戻られて、こちらは5人おります!」
ユスティティアがアザナ班を数え上げ報告し、マトロ女史はオレたちの数を数えた。
「1、2、3、4……こちらは4人。それにタルピーちゃん。私をいれて11人。全員そろいましたね! では出発しましょう」
「馬車の上に乗っていい?」
「ボクは先輩の隣りに乗りますね!」
「ぎゃー! ダメ―、アザナくんはこっちー!」
馬車の中へオレを押し込もうとするアザナは、アリアンマリに引っ張られていってしまった。
「じゃあ、馬車の上……」
「この馬車の屋根。そんなに丈夫じゃない」
邪魔するモノはいないと、馬車の上に乗ろうとしたら、イマリひょんに引き込まれてしまった。
落ち着かない馬車内で、不満に腕を組んで唸るオレ。
仕方なく馬車のことを忘れるため、揺られながら今までのことを思い起こした。
これからの未来を考えると前途多難だが、ひとまず事態は落ち着いた。
険路求道の活動も緩やかになるだろう。
トゥリフォイルが人々を古来種から解放していたが、それも止めるのでユールテルが心配していた険路求道の拡大も止まるはずだ。
解決とは言い難いかもしれないが、少なくても険路求道の歪さは消えていくだろう。あの村の進む道は参考になるが、オレが厚かましく手を突っ込む事柄じゃない。
後で様子を見に行って、それからユールテルに報告すればいいだろう。
ひとまず終わりだ――。
……だが、オレたちはまだ大変なことに気がついていなかった。
なぜこんな大問題を忘れていたのか?
オレはなんて愚かだったのかと思い知る――。
モルティー教頭がいないことに気が付いたのは、もう戻れないランニングウォーター川を下る帰路の船に乗った後だった――――。
* * *
* * *
「け、結婚してください!」
ザルガラたちがモルティー教頭がいないと気が付き、船内で大騒ぎしている頃。
大きな夕日を背景に、モルティー教頭はウサギがあふれる草原の真ん中で、ウサギ耳の女性に急な告白をしていた。
告白の対象――ワナナバニ園の園長パルキアは、ウサギたちに囲まれ、さながらウサギたちの女王という姿をしていた。
「あなたの気持ちにはお答えできません……」
ウサギの女王は、残念ながらと断った。
「なぜですか! これほど私は貴女のウサ耳……じゃなかった、貴女を愛しているのに!」
「いえ、違うのです……。そうではないのです」
パルキアは目を伏せ、申しわけなさそうに頭上へすっと手を伸ばし――、そのウサ耳を取って見せた。
この光景を見て、モルティー教頭は世界の崩壊を目の当たりにしたような顔を見せた。
「こういうことなのです。わたしはあなたの望むような女ではないのです」
「う、うう……、嘘だーーーーっ!」
大切な何かに裏切られた、そんな思い違い甚だしい絶叫をあげ、モルティー教頭は夕日に向かって駆けだした。
これを静かに見送り、モルティー教頭の姿が見えなくなった頃。
足元にいた一匹のウサギが、告白は終わったとばかりに立ち上がった。
首狩りウサギのクラテスだ。
「で、どうするんだい?」
モルティー教頭の告白など面白くもないし、関係もない。そんな態度でパルキアに訊ねる。
「しばらくザルガラ・ポリヘドラの様子を伺いましょう。彼のところには、あの者をうまく潜り込ませることができましたし」
「じゃあしばらく活動は休止だね」
そういってクラテスは、ウサギの群れの中に紛れる。
ウサギたちの女王パルキアは、モルティー教頭が駆けて行った先……その向こうを望み見て呟いた。
「彼が……ザルガラ・ポリヘドラが楽園の破壊者となれるか……。見てみるとしましょう」




