未来を変える者たち
ザルガラが得意満面に、女性を縛り上げている頃……。
険路求道村では、村人の男衆たちが集まって大騒ぎになっていた。その中心にいるのは、ルドヴィコが家畜小屋へ向かう道にいた若い村人である。
彼は走り疲れて息も絶え絶えだったが、それでも必死に状況を説明し終えた。
「あの小屋へ、ルドヴィコさんが向かっていっただって!?」
「ルドヴィコさんがアレを見たら!」
「だから、あんな奴の言うことなんて聞かないで、早く処分してしまえばよかったんだ」
誰もが責任があるのに、誰もが自分に責任がないという顔をしている。
ルドヴィコはまず【険路求道】という看板を掲げ、それから人を集めたわけではない。
さまざま理由で古来種の支配が解け、古来種の作った社会システムに馴染めなかった人々の小さなコミュニティが、もともと王国各地にあった。
それらを纏め上げたのがルドヴィコであった。
険路求道という看板は、解放より後なのである。
古来種由来の社会システムに馴染めなかった寄り合い村の中で、もっとも大きく耕作地に向いていた場所……つまりここを選んで呼び寄せただけで、ルドヴィコは【険路求道】の創立者であるが、前身にあたるグループがあったわけである。
獣人の家畜化は、その頃からの悪習であった。
ルドヴィコの元に集まって以来、先住していた村人たちは隠していたのだ。
幸い、後からきた村人たちが同調したため、今までバレずに済んできたが、物事はそう甘くなかった。
「あの方のおかげで今までうまく隠せていたが……」
「俺は村の公開には反対だったんだ……」
「今は責任回避の話を言ってる場合じゃ」
「ルドヴィコさんがどう言ってくるか」
資金源、知識源、そして元エッジファセット公の相談役という後ろ盾であるルドヴィコ。
なにかと活動に労力は多いが、古来種由来のシステム下の農村に近い生活ができているのは、大部分が彼のおかげである。
そんな彼の怒りをその身に受けるだけならばまだしも、見捨てられでもしたら……。
村人たちが昔の苦しい生活に思い出した、その時――
「大変だぁっ! 小屋にルドヴィコさんが乗り込んできたーっ!」
家畜小屋にいた男が、モヒカンを揺らし駆けてやってくる。
やはり見つかってしまったのか、と落胆する村人衆。
その彼らが駆けてくる男を注目しする中、飛来するモノがあった。
「今、学園の生徒と――」
状況を伝えようと声を張り上げる男に、飛んできた何かが激突して土埃が舞い上がる。
あっという間に男も飛来物も土煙に包まれ、ふもとに集まっていた男衆たちのもとまで埃が流れていった。
「な、なんだ!」
「あいつ……転んだのか?」
「転んだくらいであんな煙がでるかよ」
精神的にも慌てており、さらに予想外で突如のことで、飛来物には誰も気が付いていない。
――さらに言えば、飛来物に代わって何かが飛んでいったことも気がついていなかった。
仲間を見失い、村人たちは駆け寄る。
やがて土埃が晴れると、そこにモヒカンの姿はなかった。
代わりにいたのは……。
「コケーーッ!」
人の大きさほどあるニワトリであった。
いや、ザルガラが吹き飛ばしたコカトリスである。
相手を吹き飛ばす【除け者は床に座れ】という魔法は、安全に対象を吹き飛ばす効果に重点が置かれてある。
そのためモヒカンにぶつかり、コカトリスは急停止した。その分残った運動エネルギーは、全てモヒカンに与えられ、結果として彼はコカトリスの代わりに吹き飛んでいった。
なお土埃はコカトリスが着地の際に、羽ばたいたためである。
「そ、そうか……。そういうことだったのか!?」
1人の男が、入れ替わったコカトリスを見て、なにかを納得したように叫んだ
「なにが、そういうことなんだ? ウィリアムズ?」
異常事態の原因に気が付いたらしい男……ウィリアムズに、男衆の視線が集まる。
「みんな、まずは自分たちの頭を……髪型を確認してくれ」
そう言われ、男衆たちは逆立った髪を撫でたり、梳かしたり、払ったりしてみた。
「こ、これがなんだ?」
「この髪型はモヒカンとルドヴィコさんは言っていたが、あれはきっと俺たちを思って言っていた嘘なんだ」
「どういうことだウィリアムズ?」
何を言いたいのかわからない。男衆たちはそんな不安な目を向ける。集まった視線を見回し、ウィリアムズは神妙に、そして力強く答えた。
「このモヒカンはトサカだったんだ……。つまりこれから考えるに……俺たちは空を飛べない二足歩行の獣……。そう、我々はニワトリの獣人だったんだよ!」
「な、なんだってーっ!!」「コケーッ!!」
村人たちの驚きに声に反応し、コカトリスも雄たけびを上げた。
「な、なんということだ!」
「俺たちは自分たちが人間などと思いあがって……」
「それなのに隣り村の獣人たちにひどいことを……」
驚愕に続き、意気消沈する男たち。
「俺たちは……なんてことを……」
ニワトリの獣人と断言したウィリアムズも、知ってはいけない事実に気がついてしまった。という苦虫でも噛み潰した顔で、自分たちの行為に恐怖した。
「コケー……」
トゥリフォイルによって使役されているコカトリスは、まだ解放されていない。現状も理解し支配されている魔物として、魔法で植え付けられた物だが多少なりとも人への信愛の念がある。
コカトリスは同情し、憐れんだ。
――その考察。頑張ってるが違うんだけど。
しかし、それを伝える手段はコカトリスにはなかった。
* * *
アザナの疑惑を受け、ザルガラが必死に言い訳を考えている頃。
「君たちには、本当にすまないと思っている……」
家畜小屋の中でのんびり干し草を食む羊に向かって、頭を下げる古来種=ルドヴィコの姿があった。
「私をどうしようとかまわない……と言えればいいのだが、あいにくこの身体は借り物。どうやって詫びればいいのか」
「めぇ~」
謝罪の言葉に帰ってくるのは、羊の鳴き声だけだった。
だが構わずルドヴィコは謝罪を続ける。
「重ねてすまない……。どうやっても君を元に戻す……いや、1万年遡れば、それが本来の姿なのだろうが、どういうわけか君たちを獣人の姿に戻すことができない。こんなにも……これほどまで私が力不足だったとは」
無力感に苛まれ、ルドヴィコは麦藁がひかれた土間の上に膝をついた。
「あの、神妙なとところ申し訳ないんだけど」
今もって縄でグルグル巻きにされた虎マスクの男が、謝罪の言葉が途切れる合間に畏れながらと声をかけた。彼の背後にも、まだ縛られたままの牛など獣人たちがいる。
「え? あ、ああすまない。君にも本当にすまないと思って……」
「いえ、謝罪はよろしいですよ、古来種様。そうではなく……」
「ああ、君の縄かね?」
縛られて吊るされまま、体を捻って天井に近い明かり取りの窓を見上げるような体勢になっている虎マスクの惨状に、ルドヴィコは今更ながら気が付いた。
「いや、それもそうですが、そうではなくおおっとっと!」
縛られたまま首を振ったため、虎のマスクが後ろに向かって落ちそうになった。
「大変、虎村長の首がとれちゃう!」
「はやく、はやくつなげて! 虎の村長さんが首無しになっちゃう!」
牛の獣人たちは騒ぎだし、落ちそうになったマスクを掴んで元に戻す。
どう見ても首ではなく、被り物のマスクなのだが、ルドヴィコはチラッと覗いた無精ひげの目立つおっさんの顔は見なかったことにした。
「く、首がもげるかと思った……ありがとうございます。ところで、羊は本当の家畜ですぞ」
「めぇ~」
羊が一鳴きし、気まずい空気が流れる。
ルドヴィコがなにをどうしようと、獣人の姿になるわけがなかった。
いや、獣人化させる魔法はあるのだが、今回のように先祖返りさせた獣人を元に戻す魔法とは勝手が違っている。そのため、魔法の効果が発揮されなかったのだ。
「す、すまない! 重ねてすまなかった。そっちの羊にも悪かった!」
ルドヴィコはどう謝ったらいいのかわらかないほど、慌ててあちこちに謝罪の言葉を向ける。
「いえ、いいんですよ」
「そこまで謝っていたなくても、大丈夫です、古来種様」
「こちらこそ、もうしわけない」
先ほどまで、村人に怯えていた獣人たちだったが、ルドヴィコの中の存在が古来種と知ると、恐れるどころか、ほのかな笑みを浮かべていた。
逆に申し訳ないと言いだす被害者の獣人までいる。
「ど、どういうこと……」
驚くのはルドヴィコの方だった。
1万年前、気に入られて古来種と成った者たちと違い、純粋な古来種であったルドヴィコはこの事態の根底に気が付いた。
どんな仕打ちを受けようとも、相手が古来種であれば仕方なし。いや、むしろ甘んじる。いやいや、もっと言えば喜んで受け入れる。
隷属化の魔法とは、そこまで精神の自由を奪うものなのだ。
謝罪する立場のルドヴィコが、彼らの態度を空恐ろしく感じた。
村人たちの行為に驚きこそしたが、恐ろしいなどとは思わなかったが、虐げられていた獣人たちの寛容で従順な態度は恐ろしかった。
その身の不幸に対して健気とか、古来種に対して敬虔とか謙虚というものではない。
彼ら、彼女らは険路求道の村人たちとは違い、まだ完全に古来種の精神支配から逃れられていなかった。
これほどまで古来種の支配が刷り込まれている。
ルドヴィコは改めて、自分たち古来種がこの地に遺した見えない爪痕の大きさを思い知った。
* * *
村人たちが妙な勘違いをし、ルドヴィコが過去に行った己たちの行為に恐怖している頃――。
「くっ、殺せ。このような恥辱を味わうくらいなら……」
トゥリフォイルは縛られたまま、転がる首を介して問題発言で場をかき乱していた。
実際、トゥリフォイルはザルガラに貶められている。
古来種の支配から解放され、新たな力を得たという精神的な優位性を、言葉巧みに打ち消された。そのため、このような発言をしたわけである。
しかし、飛来したアザナが状況を一辺させた。
「なにを……しているんですか、ザルガラ先輩。いけません……これはいけませんよ、先輩」
つい先ほど高速で飛来したアザナは、暗い笑みを顔に貼りつかせ、ザルガラを問い詰める。
「おいおい、待て待て、待てよ、待てって。空間歪むくらいの胞体陣とか、未来のオレでも見たことないようなモン出すの止めろって」
びりびりと空気が……空間が震える。
アザナが「こうすれば怒る」と知っているトゥリフォイルだが、なぜこうも怒る理由はわからない。
内心、トゥリフォイルもビクビクしていた。
未来が見えているとはいえ、ザルガラは先ほど、その未来を僅かとはいえかき乱してみせた。
見えている未来が、変わる可能性すらある。
「……わかりました、待ちましょう。どういうことか、しっかり説明してもらいましょうか」
ひとまず落ち着いたアザナが、ザルガラに説明を求めるが、その目に油断はない。
「どこから説明しようか……。コイツは自在に未来が見えるんだ。な、そうだよな、トゥリフォイル」
言い訳のため、まず重要な事実をアザナに伝えようとしたのだろう。
だがトゥリフォイルは付き合う気はない。
最適な未来を選ぶため、首無し騎士は言葉を選ぶ。
「そんなこと……自在に未来を見るなんて、できるわけがありません」
「嘘つくなよ、首無し!」
「嘘つかないでください、ザルガラ先輩」
「オレが嘘ついたことになるのかよ!」
問い詰めようとしたザルガラが、アザナに疑われショックを受ける。
「信じられないってなら、いいか、見てろ!」
ザルガラはトゥリフォイルへ向かって、低威力の魔力弾を発射する。
このような一発だけの魔力弾など、縛られていても身を捻って躱せるのだが……
「ああっ! 痛い!」
気が付かなかった、という様子で魔力弾をそのまま浴びるトゥリフォイル。
どこかわざとらしい。それがかえってザルガラを怒らせる。
「な、おい! なんで喰らってんだよ! って、不死者が痛みを感じるわけないだろ!」
「抵抗できない女性に攻撃するなんて、ひどいですね! このけだもの!」
憤るザルガラは、かえってアザナを疑わせる。
「だ、だれが化け物だッ! オマエがそんなことを言うなんて……じゃなくて、けだものか」
「なに、安心してるんですか」
化け物と言われたと思ったザルガラが、一瞬とても悲しそうな顔を見せた。
すぐに違うと気が付いて胸を撫で下ろしたが、その意図をトゥリフォイルは読み切れない。
未来と現状を見極めようとする首無し騎士に対し、二人はじゃれ合い始めた。
「お、おい、やめ……って、なんでぐりぐり感だけ、防御胞体陣抜けて伝わってくるんだよ、これ。魔法の法則無視すんなよ!」
「このこの先輩のバカ、バカ……って、なに反撃してくるんですか、先輩! やめてください! 髪の毛イジらないで!」
「……分かっていたとはいえなんだか、このイチャイチャにイライラしますね」
つい、本音がトゥリフォイルの口から洩れた。
それを二人は聞き逃さない。
「やっぱり、ワザとやってたのか! ほら、アザナ! あれが殺せと言ってるヤツの発言だと思うか?」
「やだなぁ、信じてましたよ」
確認されたアザナだったが、目元が笑っている。
「オマエはワザとやってただろ! だが今のやり取りでだいたいわかったぞ、トゥリフォイル」
アザナを問い詰めるのは後だ、とザルガラの追う目がトゥリフォイルを捕らえる。
「オマエは未来そのものは見えるが、状況……人の思惑とかまではわからない。つまり情景しか見えない。そうだな?」
ザルガラの指摘は、まったくその通りであった。
「それから、直近はちょくちょくちょっとだけ見えるが、少し遠い時間、遠い未来は、大方、自在に見ることができないんだろ? さっき、自在に見えるわけがないと言ったが、あれはある意味で本当のことだな?」
これも指摘通りであった。
トゥリフォイルが見た最悪の未来は、未来視の能力に目覚めた時、まとめて流れ込んできた一方的な光景の情報である。
戦闘時、攻守を有利にするため相手の直近行動を未来視したのと違い、意図して遠大な未来を見たわけではない。
遠い未来、大きな事象、大陸規模の情景は、恣意的にみることが不可能である。
一貫性のある情報を論理的に整え、関わる人物の視点を介してのみ、未来を見ることができる。
自分の関わる人物のいない未来の情景は、まったく見ることができない。
「こう見えても、解析することに関しちゃアザナにも古来種にも負けてないんでね」
言い切るザルガラに続き、転がっていたトゥリフォイルの首を取り上げてアザナも宣言する。
「ボクも解析、終えました。アレですね、直近の未来視は貴女が得た能力ですが、遠い未来を見たのは未来の誰かとパスが繋がって、その人の視点だったみたいですよ」
中位種を逸脱した能力を得たと思っていたトゥリフォイルだったが、目の前の子供たちにあっさりと能力の底まで覗かれてしまった。
「……は、はは。本当に悔しいな。私自らが把握していないところまで、能力を見極められてしまうなど」
古来種に意志で負け真には逆らえず、能力でも子供たちに負けて、底を知られてしまう。
戦って負けるより、これは屈辱的であった。
しかし、同時に彼女は思う。
かつて見た苦しく暗い、望みのない未来の光景。
この二人ならば、変えてくれるのではないのか、と。




