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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第7章 二つ目のサイクロプス
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加害者の推理


「今まで私を(いつく)しみ見守ってくれて、本当に…………ありがとう」


 深緑の香りに包まれる王都の商家の中庭で、純白の花嫁衣裳を着た少女……いや、もう立派な大人となった女性が、嫁入りまで半生を共に過ごした家族・・にお別れの言葉を残す。


「あなたがモンスターズサロンで、巨人から私を助けてくれてから10年……。ずっと隣りで私を支えてくれたのに、なんのお返しもできなくて……」


 花嫁が語り掛ける相手は、顔こそ老人だが彼女の祖父ではない。体躯はライオンで、蝙蝠の翼と蛇の尾を持つ異形のマンティコアだ。

 恐ろしい姿をしているマンティコアだが、花嫁を見るその表情は柔らかい。家族を見送るそれである。


「いいんじゃよ。その言葉だけで充分じゃ。さあ、はやく彼のところに行きなさい……」

 

 マンティコアはできるだけ優しく語り掛けたが、どこかに悲痛な気持ちが漏れていたのだろう。

 察した花嫁はブーケを投げ捨てて、マンティコアの巨躯に抱き着き叫んだ。


「いやっ! やっぱりわたしっ、あなたと離れたくないっ!」

 美しく化粧を施した美しい顔に、少女の表情が浮かんでいる。

 マンティコアは縋りつく花嫁の腰に前足を回そうとして……一瞬、躊躇ちゅうちょしたがすぐに欲望に負け、やっぱりあっさりきっちり抱きしめる。


「ワ……ワガママをいっちゃいけないよ……ぐ、きみはもう大人なんだ……。そう、大切な結婚を控え……ぐへへ、うひゃひゃひゃっ! 花の香りがするのぉ~。いや、そんなことじゃダメだぞ、マイエンジェルぅ~……。なに? 最後のお風呂と添い寝? ぐふふ、いけないぞ、もう子供じゃないんだからぁ、でひゅふふふ………………」


 ………………。

 …………。

 ……。


   *   *   *


「先生っ! 彼はどこが悪いんですか?」


「頭ですね」


「あ、頭の外傷ではなく、中身の話でしてよ」


 藁ベッドの上でうわごと? を言うマンティコアの診断をするクラメル兄妹が、首忘れデュラハンの質問に対して辛辣に答えた。

 直喩過ぎる。本当に頭の中が悪いのかもしれない。


「そんなっ! 一番大切な頭が悪いなんて……。あ、また私、頭を忘れてますね」

 しかし、頭がヤバいマンティコアもマンティコアだが、頭のないデュラハンもデュラハンだ。

 コイツ、いつも頭忘れてんな。


「ぐへへへ……、そんなところを洗ってはいけないがよいの~、よいのぉ~」


 クラメル兄妹の診断を受けるマンティコアが、藁ベッドの上で身もだえながら呻いている。

 手遅れっぽいが、やっぱり頭の治療がいりそうだな。


「先生っ! 治るんですか?」


「手術しませう」


 首狩りウサギが出番だ、とばかりにしゃしゃり出てくる。


「オマエがやったら、その病気の頭が飛ぶだろうが」

「つまり治るでしょ?」

「つまり死ぬでしょ?」


 たぶん冗談だったんだろうが、オレは念のため首狩りウサギの耳を掴んで持ちあげた。


「さて、と。もうこの患者はよいだろう」

「次に行きましょう、お兄様」


 マンティコアの診断を終えたクラメル兄妹は、呆れ顔で他の魔物の治療へと移っていった。

 

 モンスターズサロンは現在一時閉鎖され、怪我をした魔物たちの治療が行われていた。あちこちで治療士たちが慣れない魔物の治療にあたっている。


 ここの魔物たちは首なし巨人の襲撃で怪我をした…………のではなく、モンスターズサロンで魔物同士がケンカをしたということになっているらしい。

 この頭に生まれながら重傷を持つマンティコアも、そのケンカで怪我をしたというのだが、オレはコイツの活躍を覚えている。

 

 ……誰も覚えてなくて良かったかもしれない。

 

 時間が巻き戻っていると思ったが、もしかしたら違うのかもしれない。

 記憶がすり替わっている?

 いや、それは不可能に近い。この現場にいた者たちだけでなく、状況がオレの記憶と食い違っているからだ。

 魔物の何体かは死んでいたはずなのに、大怪我で済んでいる。

 壁や柱の破損跡も、オレの記憶と違っている。


 …………後者は偽装できるが、前者は無理だ。

 時間でも巻き戻らないかぎり、は覆せない。


 やはり時間が巻き戻って違う現象が起きたのか? 

 推論を証明するために、情報を集める必要がある。

 そのため、オレはアザナたちと別行動をしてまで、このモンスターズサロンへと来ていた。

 

 クラメル兄妹は治療係の応援として呼び出され、オレは2人の伝手を利用して、封鎖中のモンスターズサロンへと入り込んだ。


 治療士やら獣医士やらがモンスターズサロンの魔物たちの治療にあたっている。オレも協力しながら密かに個人的な調査をしていた。


「がおーっ!」

「こけーっ!」

 

 ヒヨコカトリスとエト・インのテンションが高い。一緒にタルピーと踊っているが、正直治療の邪魔なのでどっかにいってほしい……ところが、いなくなると寂しい。


 現在、この場にはアザナたちがいない。

 アザナたちは予定通り、【霧と黒の城】の比較的安全な区画へ冒険へと行っている。当初の予定通りだから仕方ないのだが、もしかしたら時間を巻き戻している何かがあるにも関わらず、共同の調査を申し出ても断られてしまった。


 アザナの奴がすんなりアッチに行って…………少々、納得いかない。フモセがちゃんと説明してくれただろうに、オレがモンスターズサロンへ行くといったら、最初は理由も聞かなかった。

 袖にされるなんて初めてだよ。

 いままで構い構われてきたので、なんだか新鮮だ。


『……倦怠期に低刺激』

 

 ディータ姫が頭上でぼそりと呟いた。良くあることだが、意味がわからない。

 

『……で、なにかわかった?』

 調査に協力してくれるのはディータだけだ。

 特に何もしていなくても、こうしてオレに質問を投げかけるだけで助かる。オレ自身が情報を反芻できるからだ。

 ちらりと横のマンティコアの様子をうかがう。


「マンティコアは記憶を保っているようにも思えるが、頭オカシイので信用できるほどではない」


「幼女に花嫁衣裳! そういうのもあるのか!」

 うわごとだけで犯罪認定できそうだ。


「と、とにかくこれ以上、ここに情報はなさそうだ」


 モンスターズサロンの調査は空振りに終わったが、頭なし巨人の存在が記憶から消え、形を変えた物理的な爪痕だけが残っていることだけは確認できた。


 オレの調査はまだ始まったばかりだ。

 

「しかし、アザナのやつめ……。まだ靴下のことを根に持ちやがって。もしもオレが時間をイジる魔法を手に入れたら、その魔法でいじめてやる」


『……人として小さい』

 ディータにダメ出しをされてしまった。

 しかしアリアンマリたちは謝って来たのに、アザナだって昨日のこと根持って人として小さいだろ?


『……わかってない』


 何がだろう。

 オレはディータの意見を理解できないまま、モンスターズサロンを後にした。


   *   *   *


 オレだけ冒険ごっこをあまり堪能できなかった【黒と霧の城】から帰還し、試験休みも開けて学園生活が再び始まった。


 その初日の放課後、オレはガラにもなく生徒会室を訪れていた。


「レースの記録? な、なんでそんなことを調べるのかしら? あなたには関係ないでしょ!」


 レースで失格とはなっていない。と言うアンドレの話に違和感を覚えていたオレは、レースの記録を調べるため生徒会室でテューキーに閲覧を願い出た。


 そうしたら、この反応である。


 テューキー生徒会長が怪しい。自然と疑いの目を向ける。

 

「べ、別に怪しいことなんてないわよ。ほ、ほら! この通りよ!」

 疑惑の目を向けられ耐えられなくなったのか、いつも偉そうなテューキーがわざわざ会長席から立ち上がって、書類棚からファイルを取り出して渡してくれた。

 本当に怪しい。


 訝りつつファイルを受け取り開くと、テューキーが引き攣ったうめき声を上げてオレの様子を注視している。

 ぐだぐただったゴーレムレースだったが、第一回ということもありファイルはペラペラと薄い。すぐに目的の資料を探し当てる。 


「へえ。やっぱり記録じゃアンドレが失格になってないのか」

 

 視線が気になり、つい独り言が出た。


「え? そこも違うの?」


 オレの独り言に反応して、テューキー先輩が口を滑らした。

 はっとした顔で口を押える先輩。だがもう遅い。


「そこも……だって?」

「そ、そんなこと言ったかなぁ~。ところでそろそろ返してくれない? し、仕事があるから……」

 

 目線を逸らしたまま、小さい手をこちらに差し出してくる。


 誤魔化しているつもりか?

 そんなことで誤魔化される奴などいない。


「はは~ん……そうか。誰かが書類を改ざんしたと思って、直すの面倒とか追及したりされたらいろいろまずいと見なかったことにしたな」


「や、やだなぁ~。あたしがそんなことするように見、見えるわけ?」

「今の様子はすげぇそう見える」

 横目で手を差し出す姿は、嘘の下手なヤツそのものだ。もうちょっと腹芸を覚えろ。

 誰が渡すか。テューキーが露呈を恐れる書類はこの手にある。会長自ら手渡してくれたファイルだ。


 オレはファイルを高くあげた。テューキー先輩が飛び跳ねても届かない。このところ身長が伸び始めてるからな、オレ。


「どういうことか説明してもらおう。このファイル、なにか改ざんでもされてるのか?」

「…………ぐぬぅ。た、たいしたことじゃないわよ」

 

 ファイルに手が届かないと諦め、テューキーが小さく身構えた。しまったな、口が堅くなってしまったようだ。

 すこし軽くするために、情報を小出しにしてみることにした。


「もしかして、自分の記憶と違う報告が書かれているのか?」

「な、なんでそれを!」


 やっぱりテューキーの口は軽い。よく生徒会長なんてできるな。直した方がいいぞ。


「そうか。テューキー先輩。オマエもか」


「え、もか……って? いうことはあんたも?」

 頷いて見せると、テューキー先輩は仲間がいたのかと安心した表情を見せた。


「確認させてほしい。テューキー先輩。あんたの記憶と何が食い違ってる?」

 質問してみると、再び先輩は小動物のように警戒をしてみせた。生徒会長という立場上、記録と記憶が違うことはあまりよろしくないのだろう。


「な、なんでこんなこと調べてるの? あんた」

「そりゃ気になるからだよ。会長さんをどうこうしようってつもりじゃない」


 テューキーはちょっと利己的だ。悪いことじゃない。多かれ少なかれ誰だってそうだ。

 むしろ警戒しない方がおかしい。


「じ、実は…………」

 悪いようにしないというオレの言葉を信じたのか、テューキーが記憶と記憶との違い、さらに他の生徒会役員との記憶の食い違いを説明してくれた。


「つまり、レースの結果が記憶と変わってたのはオレに指摘されてわかったが、アンドレの連れてきた部外者が記録になく、他人も記憶してないってことか」

「そういうことなの」


 一つ目のアイマスクをしたアンドレのサポーター。あの特徴的な存在を、誰もが忘れているという。

 これはあとでアンドレに確認をとらないといけないな。


 しかし、なんでテューキー先輩は一つ目アイマスクの女を覚えていたのか?


 時間逆行を経験しているオレが、なんらかの理由で記憶を保っている可能性はある。だがそれだとテューキーの記憶保持が説明できない。


 時間……逆行……と関係ありそうなもの。


「寿命……か?」


 ハーフエルフとはいえ、その寿命は長い。エルフと違って個体差が大きくなるハーフエルフだが、寿命は200歳を下らない。

 もしかしたら巻き戻している時間は、100年単位とかスパンが長く大雑把という可能性もある。

 100年以上生きられるテューキー先輩は、巻き戻しの時点で生きているため、記憶が一部消えてない……いや、まあこれはまだ推測の域だが。


 もしかしたら、時間など巻き戻っておらず、記憶を混乱させる何か、という可能性も残っている。テューキー先輩が人に頼る性格をゆえに、他人との関係から微妙な差異を感じ取った結果、意識と記憶に影響を与えている可能性だってある。 


「とりあえずこの情報は助かった。オレはアンドレに話を聞いてくる……」

 そう言い残して立ち去ろうとしたとき、生徒会のドアがノックされた。


「……どうぞ」

 テューキーはしばし迷ったが、オレが黙ったのを見てノックの主を招き入れる。

 許可され入って来たのはペランドーだった。


「失礼します……あ、ここにいたの! ザルガラくん!」

「オレに用か?」

 そうだよ、と頷くペランドーが入室してきて上擦った声で言った。


「大変だよ、ぼくたちの秘密のアジトがっ!」



トラックに異世界送りならぬ病院送りにされてました。


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