跳ぶ巨人
それはザルガラたちが、モンスターズサロンへと出発した朝の出来事である。
ターラインの宿の従業員エヌマは、いつものように呑気に鼻歌まじりに部屋の掃除をしていた。
そしてアザナの部屋を掃除しているときに、ベッドの中からあるモノを発見した。それは彼女の想定する範囲では、そこにそれはありえないものだった。
くつした。そうくつした、靴下、だ。
それもエンディアンネス学園の男子生徒の靴下だ。
「ま、まさかこれは…………、エリシュ!」
紺色の特徴的な学園指定の靴下は、男女で色が違う。宿で働き、様々な話をそこそこ耳に入れているエヌマはそれを知っていた。
別作業をしていた同僚のエリシュの元へ駆け寄り、まだベッドのぬくもりを持った靴下を見せた。
女の子の部屋に、男物の靴下があるという意味を察し、エリシュは息をのんだ。
「そ、そんな……こんなものがあるなんて……」
「あの二人、もうそんな仲だったのかしら? まさか……もうそんな段階だなんて……アンも、大変ね」
完全にアンは出遅れていると考えが至り、エヌマは腕を拱いて低く唸った。
「まだ子供なのに……貴族様って、すすんでる……」
エリシュはまったく違う部分に衝撃を受けていた。
もちろん……その靴下はアザナの物なのだが、2人はそれを知らない。
なぜならアザナが女の子だと思っているのだから、別人のものだと考えてしまうのも致し方なかったのである。
「とにかく……あちらの事情もあるでしょうから、アンにもバレないよう返しましょう」
2人の関係が公認かどうかわからない。ザルガラが1人でいるときに、返すべきだろうと2人は判断した。
そして夜になりザルガラたちが帰ってきて、一人になったところ見計らって返したわけだが……迂闊にもこれをアリアンマリに見咎められてしまった。
ザルガラのモノを、アザナの部屋にあったものを返す。これどういう意味か?
それが靴下と知って、アリアンマリは気が付いてしまった。
「なんで! なんでアンタの靴下がアザナ様の部屋にあったのよ!」
なお、エンディアンネス魔法学園の男子生徒はもう1人いるのだが、完全に彼女たちの頭からは抜け落ちていた……。
* * *
「あん? な、何を言ってんだ、オマエ」
顔を真っ赤にして、ぴょんぴょん跳ね迫るアリアンマリから一歩逃げる。小さなソイツを見下ろし、オレはとんでもなく怪訝な顔をしていることだろう。
アリアンマリがすごい剣幕でオレを指差してくる。その後ろには軽蔑するような眼で、腰に手を当てるヴァリエがいた。
改めて考えると……もしかして……、まずいところ見られてしまったのか、オレ?
「な、なあ……そ、そんなことよりほら、モンスターズサロンでの頭なしの巨人との戦いだけどさ……」
なにか謂れないことで責められてるような気がしたので、目下重要な質問をしてみた。
話のすり替えとも言う。
「はあ? なんの話?」
「都合が悪いからと、話をはぐらかさないでいただけますか?」
ダメだ。無理矢理すぎたか。
2人は話にのってこない。と、いうよりはまったく何の話かわからないといった態度だ。
おかしい……。
「いや、そんなことないだろ? あんな巨人出て来たら驚きだろ?」
「巨人なんて知らないわよ! そんなことより、なんでアンタのくつしたがアザナ様の部屋にあるのよ!」
「いや、コレはオレのじゃない……」
巨人なんて知らない?
なあ、どういうことだディータ?
『……知らない。なんのこと?』
なぜかニヤニヤしていたディータにも巨人について念話?で訊ねてみたが、反応は芳しくない。とぼけているようには見えなかった。
本当にわかってないのか、それとも2人にとって重要なのは靴下なのか?
というか、どんだけ靴下が問題なんだよ、コイツら。
「もういい! アザナに聞いてくる!!」
「アザナ様ーっ!」
解答に窮していると、2人は埒が明かないとスカートを翻し、アザナを探して廊下を駆けって去っていった。
『……ザル様、ザル様。わたしはわかってる』
天井付近にいたディータが、ふわりと降りてきてちゃんとわかっていると言ってくれた。
『……お腹丸出しで寝てた』
「そういう情報いらないから」
まだ解放されていない区画を覆う霧のせいか、湿気があって蒸し暑いんだよなぁここ……。
「しかし姫様が顕現してくれたなら、オレの無実を証明してくれるのになぁ」
『……そんなことで姿見せない』
わかってるけどね。
さすがに言い訳ごときで姫様に血肉を分け与え、顕現させるなんて違う意味で恥である。
とはいえ姫様がいつでも誰にでも視認できて、会話ができるんだったら、弁明に参加してくれたんだろうが……そういうわけにもいかない。
「まったく……なんなんだよ……」
理不尽な疑いを向けらた不満と一緒に、誰のモノか分からないが洗濯されて綺麗であろう靴下をポケットに捻じ込む。
と、その時――。
「ボクがどうしたんですか?」
姦しい2人が立ち去った反対の廊下からアザナが現れた。
行き違いというより、見当違いの方向へ2人は行ってしまったらしい。
そうだ。アザナは確かあの巨人に興味を示していたはずだ。
飼いたいならぬ、解体したいを連発していたし、記憶にちゃんと残っているはずだ。
もしかしたらオレと同じように、意識がジャンプしてるかもしれない。
不安――。
もしもアザナも巨人を覚えていなかったら、どうする?
巨人との戦いから、なんとなく記憶がジャンプしてるオレがおかしいのか?
それを確かめるため、意を決意してアザナに尋ねる。
「よう、アザナ。ところでさ、首なし巨人……」
「あ、その靴下! もしかしてボクの?」
オレの質問を遮り、ポケットに半分捻じ込んだ靴下を指差して叫んだ。
ああ、コレ。アザナの靴下だったのか。それがアザナの部屋にあるなら当然だろう。
なんで、あの従業員は勘違いしたんだ?
「ああ、これはアザナの部屋にあった……」
――みたいだけど、と言葉をつづけようと思ったのだが、少し食い気味にアザナが言う。
「じゃあそれもしかしてボクの靴下? ベッドの中で脱いでそのままだったのに、無くなってたからフモセが片づけたと思ったのに……」
やっぱりアザナの靴下だったか。
さっきまで何の気なしに持てた靴下を、握って出す。ただそれだけのことに戸惑う。
だが誰のモノか判明し、アリアンマリたちに弁明できると思ったのもつかの間。
アザナは身構えるように小さくなっていく。
「……盗んだんですか?」
「え?」
「ボクの部屋に入って……、ボクの靴下を……」
両手を胸の前に合わせ、警戒しつつ後ずさりするアザナ。
「お、おい! そ、そんなわけねーだろ! ちょっと待ってくれ」
逃げの体勢に入っているアザナを呼び止める。
そうだ。
アザナは今の状態のディータを視認できるし、会話もできる。姫様に弁明してもらおう。
「ディータ。説明してやってくれ」
『……アザナの靴下ゲットしてポケットイン』
「なんでそこだけ集中説明なんだよ!」
裏切ったのか、姫の癖にッ!
「なんでですか……」
少し涙目のアザナ。
ズキリと胸が痛む。
待ってくれ、勘違いしているぞ、という言葉が、なぜか出てこない。胸が詰まって言葉が上がってこない。
「きっと匂いとか嗅ぐ気なんだーっ!」
大げさに泣きながら、アザナが走り去っていく。
あ、ああ……きっとアレはウソ泣きだ。得意の、な。
ほら、昨日の部屋割りの時も、ウソ泣き魔法という無駄なことしてたし……。
きっと……そうだ、そうに違いない。
「て、そうじゃない! おいっ! アザナ! 持って行けよ、コレ!」
靴下を握りアザナを追いかける。
だが、これを持ったまま、誰かに見られたら……。
「アザナ様の声が…………。あ、ポリヘドラ様。どうされたんですか? って、それは?」
入れ替わるように、アザナが去った逆方向の角からフモセが顔を出した。
ま、まずい。さらにフモセに、コレを見られたら……。
「ああ、拾ってくださったんですか?」
何事もなさげに言った。
フモセは平常心そのものだった。
「アザナ様ったら、その辺に服を脱ぎ散らかすんですよね。申し訳ありません」
「あ、ああ……。拾ったんじゃなくて、宿の従業員がな」
アザナの生活態度に呆れながらも、おかげでフモセが理解してくれたことに安堵する。
落ち着いて経緯を説明すると、フモセもちゃんと聞いてくれた。
「そうですか。後でお礼をいっておかないといけませんね。ありがとうございました」
フモセが貴族の取り巻き娘たちより、アザナを良く理解していて助かった。いや昔からの付き人なんだから当然なんだが。
「あとそれと悪いんだが……。アザナがちょっと勘違いしたみたいでさ」
アザナが泣いて走り去った理由を、言葉みじかに言うと、それだけでフモセは理解を示してくれた。
「そうなのですか。たぶん、からかう種ができたと思ってて、本心でおっしゃってるわけじゃないと思います。ですが、私からも説明させていただきますね」
「そうか。よかった……。って、それはそれでアイツって性質が悪いな! …………って、あれ? ……靴下なんかよりもっと大切なことがあったような?」
『……忘れた。だから大したことじゃない』
ディータが短いセンテンスで言った。
「いや、これだけ続いたら大したことだ」
それに今回はしっかりと覚えている。
「なあ、フモセ。オレたちモンスターズサロンで首のない巨人と戦ったよな?」
記憶に残ってはいるが、飛んでいる意識。この埋め合わせをする質問を、フモセに投げかける。
「首のない? デュラハンのことでしょうか?」
フモセの反応が予想と違う。
あれだけのインパクトを持った存在を、デュラハンと間違えるなどとありえない。
「……巨人を、知らないのか?」
「いえ、巨人なら知っていますよ。でも、あまりこういった遺跡にはいないと存じますが?」
当たり前の反応をしているが、オレにとってこれは当たり前の反応じゃない。
オレがおかしいのか?
靴下と同じように、みんなの認識と解釈がズレているのか?
そんなはずはない。
だがオレはこの手のズレを知っている。
それはオレ自身が、一年前から経験している。
そう、やり直しのせいで、事実とは食い違ってしまった一度目の記憶だ。
つまり……。
『……つまり?』
思考と不安を読み取ったディータが訊いてきた。
オレは解答とも自問とも疑問とも言えない、ただの推測を思い浮かべる。
オレ以外の誰かが、時間を跳んでる。
* * *
ザルガラとアザナがそんな行き違いをした深夜――。
王都の蒲萄区画とスラムを分ける明かりのない空白地点で、巨大な人影が立ち上がった。
古来種の居住遺跡が残るこの場所で、その巨大な人影に匹敵する建物は、ザルガラたちがアジトとしている通信施設跡くらいだ。
あまりにも静かに立ち上がり、あまりに暗いため誰も気付くものがいない。
しかしそれでも、巨人が歩けばさすがに気が付く者がいる。
スラムの路地で浅い眠りについていた者たちや、蒲萄区画で夜遊びをしている何人かが巨人の影を目撃した。
数少ない目撃者がいる中、巨人は遺跡内を闊歩し、通信施設跡……ザルガラたちの秘密のアジトに近づいた。
そして静かに手を振り上げ、ザルガラたちがアジトに貯めこんだ道具やガラクタごと、轟音を響かせ通信施設跡を叩き潰した。
古来種が残した頑健な建物を、一撃で下部施設まで叩き壊し、目撃者たちを震撼させる。
そして念入りに叩き、踏み、つぶし、アジトどころか通信施設としての痕跡すら消し去った。
満足したかのように、巨人は荒い息を吐き出して背を伸ばし、投影した胞体の中へと消えていく。
「な、なんだったんだあれは?」
「見なかったことにしよう……」
「どこに行ったんだ、あの巨人は?」
「目が……一つしかなかったぞ……アレ……」
「と、とりあえず巡回兵たちに連絡しておこう……」
ぼろきれをかぶって二度寝をするスラム住人に対し、蒲萄区画の目撃者たちは巡回兵詰所へと駆け込んだ。
巡回局の記録にも、巨人の報告は残された。
だが、こんな騒動があったにも関わらず、巨人の出現と破壊活動を翌日まで覚えている者はいなかった。
瞳に実力不相応な5次元胞体を持つ男以外には。
ザルガラの推測もちょっとジャンプしてますね。
どこかで解説入れたいところです。
以下テスト
原.作.者.大恵
作.者.大恵




