閉路の振り出し
オレたちのアジトが破壊された。
信じがたいペランドーの話を聞いて、オレたちはすぐさま生徒会室から飛び出した。
それこそ文字通り、窓から飛んでいきたかったが、現地は巡回兵が封鎖していて野次馬が集まってるらしいので目立つ行為は控える。
ペランドーと共に一階の昇降口に降りると、下校途中のヨーヨーと制服を身に着けたゴーレムディータがいた。
学園では制服を身に着けろ、と言わないとディータは上下全裸で済まそうとするので、学園の規則に従わせている。
仲がいいということもあるのだろうが、ヨーヨーはどういうわけか変態の癖に、ディータ姫にきちんと服を着るように、と肩書に臆することなく対応できる貴重な女生徒だ。そういう意味で、姫さんがヨーヨーと一緒にいると安心できる。
タルピーもディータの肩の上にいるが、珍しいことに踊っていない。
『あ、ザルガラさまだ』
「……ザル様、待ってた」
「おや? ザルガラ様。廊下をそんなに走られて、どうされたんですか?」
下校を待ってくれていたディータたちが、走り込んで来たオレを見て目を白黒させる。
忙しいので短く答える。
「オレたちのアジトがぶっ壊されたらしいんだ!」
「……なぜアジトが!?」
「私たちの!?」
「姫さまはともかくオマエは関係ねぇよ!」
こうして勝手にアジトの一員ツラしている勝手なヨーヨーが勝手に合流し、オレたち4人と上位種タルピーは学園を飛び出し蒲萄区画を走って遺跡群の入り口へとたどり着いた。
聞いていた通り野次馬が集まっていた。それを巡回兵たちが抑え、侵入しないようにと警戒している。
「まいったなぁ。想像以上に大騒ぎだ」
『人がいっぱーい』
「……みんな暇」
「ちょっと、入れそうにないよ。どうしよう、ザルガラくん」
ペランドーの言う通り、人垣をかき分けて入るのは目立つ。それにオレを知らない巡回兵には止められるだろう。
「そうだな……。知り合いの巡回兵でも見つけて中に入れてもらうか」
ディータは人混みに慣れていない。かき分けていく中でフードが落ち、その身体がゴーレムと野次馬にバレても騒動だ。
スロウプ十人隊長か、その部下あたりでもいないかと、顔見知りを探しながら野次馬たちの噂に耳を傾ける。
「区画開発の話があったが、間違って解体されたのかねぇ?」
「いやぁ……真夜中に解体作業はないだろう」
「こいつは【終焉開発機関】の破壊活動に違いねぇっ!」
「でも古来種様の残した建物だぞ。そう簡単には壊せない……」
「古来種の通信施設跡だけ徹底的に破壊? なにもないはずのそれを? ……妙だな」
勝手な推測があちこちで噂されている。
小さな子供まで、神妙な顔つきで疑問を抱いていた。
「来たか、ここだっ! ここだよ、ザルガラ君! ペランドー君!」
封鎖された遺跡群を半周したところで、オレたちを呼び止める声がかかった。
立ち止まって振り返ると、今は全裸じゃない全裸たちがいた。
「聞いたよ、ザルガラ君。あのアジトが破壊されたそうだね。みんな無事かい?」
イシャンと3人の現役素衣原初研究会の会員たちだ。彼らはオレたちを探していたようで、しかも心配までしてくれていた。
「先輩方、心配してきてくれたのか?」
「君自身がどうこうなるとは思ってないが、ペランドーくんやそちらのお方はそうでもないからね」
そういうことか。どうやら姫さまを心配していたようだ。
心配されなくて当然と思うような、すこし残念なような……まあ、オレが無事なのは当たり前だし受け止めよう。
「規制の中に入るなら、わたしたちが巡回兵に話をつけてある。こっちだ」
イシャンはそう言って案内をしてくれる。
これはありがたい。イシャンは先に手を打っていてくれたのか。あとで礼でもしないといけなそうだ。
感心して思わずつぶやく。
イシャンがすでに話を通してあるのだろう。巡回兵が道を開け、オレたちは遺跡群の中へと入った。
遠目からも容易に被害が想像できた。
遺跡群のどこからでも視認できるはずの通信施設塔跡が見えない。
損傷程度ではないことは確実だ。
アジトの前に到着すると、そこは見事にアジト跡となっていた。
巡回兵に囲まれるガレキの山は、通信施設のなれの果てだ。
「ぼくの大工道具が……」
指先の器用なペランドーは、アジトに大工工具を持ち込んでいた。
最近、ペランドーもちょっとした木工品を魔法で加工できるようになったが、それでも組み立てに手作業が必要となる。
仕上げと釘打ち用に買った大具道具を失い、ペランドーは肩を落とした。安物とはいえ、子供の小遣いでは相対的に高額なので当然だ。
肩を落とすペランドーの後ろで、イシャンが額に手を当て天を仰いだ。
「なんてことだ……このありさまでは、この前に脱いでしまっておいた私のパンツも無事ではないな」
「ああっ! ザルガラ様の椅子の背もたれに隠してあったアザザル本がっ!」
「……わたしのはザル様の部屋にあるから無事」
アジトと無関係なはずのヤツラらが、私物喪失を嘆き始めやがった!
「おいこらオマエら、他人のアジトになんてものをっ! ……って、ディータはオレの部屋になに隠してんのっ!?」
いつの間に、どういうものが、どこにあるんだよ、それ!
それとおまけでついてきたヨーヨー。ザザルボンってなに?
語感が気になったので尋ねようと思ったところで、巡回兵の十人隊長のスロウプがオレを見つけて声をかけてきた。
「災難でしたね。あ、調査はまだ進んでませんので、報告できるようなことは申し訳ありませんが今のところありません」
「……やくにたたない」
オレも心の隅でなんとなく思ったことを、ディータがノータイムで言いやがった。
フードをかぶった学園の制服を着る女子が、姫と知らない巡回兵たちの顔が強張る。まあ、オレとつるんでるから、どこかの貴族令嬢という可能性を考えたらしく、すぐにその反応を隠したが……。
「も、もちろん調査には全力をつくしております。お聞きしたいのですが、原因に心当たりはありませんか?」
子供のアジトとはいえ、古来種の遺した建物を破壊する存在を危険視しているのだろう。スロウプ隊長は巡回兵が手を抜いていないことを言外に現す。
「古来種の建造物を破壊できるとなると、並みの魔法使いや中位種じゃ無理だ。オレかアザナ。王国でも指折りの魔法使い。もしくは大人数の魔法使いの儀式がいるな」
「可能な場合もあるわけですね。それと建造物の不解化を解除する魔法があるときいてますが?」
「あー、あるね」
犯人でないにしろオレ自身が何かを知っている、と疑っているのだろう。スロウプが探りを入れてくる。
巡回兵は治安組織であるため、いろいろな話を聞いているのだろう。
「解体する魔法は、古来種の残した古式魔法であるが……。専門の魔法使い一族の秘伝だし。たしか王都だと
ゼータセルバーグ伯のところだったか?」
解体する魔法そのものを、さすがのオレも知らない。いくら暗号化された古式とはいえ、オレが一目見れば解読できるだろうが、秘匿されて人前で使われてない魔法は知らない、分からない、どうにもならない。
提供できる情報は、せいぜいどこの誰がその魔法を継承しているか、くらいだ。
「では、そちらの線も考慮させていただきます」
オレとペランドーもほかにもいくつか質問をされたが、これ以上与えられる情報はなかった。
質問から解放されたオレは、タルピーが踊っている近くの遺跡の壁に腰を下ろす。
『ザルガラさま、こんどアジト作るときは、あたいも手伝うからね』
タルピーなりの気遣い、か。オレの手元まで来て慰めとも元気つけともつかない踊りを踊る。
「おう。じゃあ次はオマエの踊り場もつくるか」
『やったーっ!』
タルピーが喜びの踊りを披露する。まあ、こいつはきっとその踊り場以外で踊り出すんだろうけど……。
視線を現場に向けると、質問から解放されたペランドーたちが巡回兵に私物を回収を頼んでいた。
「ぼくの大工道具があったら、取っておいてください」
「わたしのパンツがあったら、保管しておいてくれたまえ」
「男の子同士が心と身体で交流しあう本があったら、私に返す前にぜひ読んでみてください」
イシャンとヨーヨーが、真面目に働く巡回兵さんたちを困らせていた。
まったくあきれたもんだ、とため息とともに視線を逸らしたら、遺跡の合間からオレたちを監視する印象深いヤツの姿があった。
一つ目のアイマスクをした女だ!
「アイツはっ! タルピー! ついてこい!」
『え? どうしたの、ザルガラさま?』
なにごと? という顔をしているタルピーだったが、素直に駆け出すオレについてくる。
巡回兵によって規制されたここに、涼しい顔しているだけでおかしい。しかも隠れて見ているなどなおさら怪しい。まず無関係などということはないだろう。
ふっ、と背を向けて逃げ出すアイマスクの女。
逃げるということは、やましい。ここにいるのは、おかしい。そしてあのアイマスクはとにかくあやしい。
『ザルガラさま! あいつ、古来種様の力を使ってる!』
タルピーがオレの肩に飛び乗りながら、アイマスクの背を指差し断定した。
「……ザル様、どこに?」
アジトに頓着していないディータが、駆け出すオレに気が付いて声をかけてきた。
「そこで待っててくれ! あやしい奴を追いかける!」
姫さまにそう言い残し、オレは高機動飛行魔法【天空の八つ玉】を駆使して、アイマスクの女を追いかける。
古来種の遺した遺跡の合間で、噴出音を響かせて、必死に走るアイマスクの女を追いつめた。
「さあ、観念しやがれ!」
そう叫んでアイマスクの頭上を取った瞬間、タルピーがオレの肩に飛び乗ってきた…………え?
『ザルガラさま! あいつ、古来種様の力を使ってる!』
それ、さっき聞いたぞ。
「……ザル様、どこに?」
「なんでいるの、ディー……」
そこまで言ったところで、オレの脳に冷たい思考が走った。その冷たい思考がオレに悪寒を走らせる。
とっさに逆噴射で【天空の八つ玉】を緊急停止させると、タルピーが慣性の法則でつんのめった。
『な、なになに? ザルガラさま、なんで止まるの!』
襟にしがみつき、タルピーが文句を言ってきた。
それを無視して、オレは周囲に張り巡らされた魔法の存在を探る。
「なるほど…………時間の閉路か」
無意味に思えたアジト破壊は、オレたちを誘う罠……って、ところか。
スタート地点に戻されたオレだったが、状況に反してわくわくする気持ちを抑えられない。
『もしかして……あたいたち、今……攻撃を受けてるの?』
このところ、オレの考えを察することができるようになったタルピーが、警戒態勢になって肩の上で立ち上がる。
ディータも警戒しながらオレの横へ歩みよって来た。
アジトのガレキを探るペランドーたちは……どういうわけかどこにもいない。いやアジトも見えない。視界が、いや世界……次元か。それがねじ曲がって、誰もいない同じ遺跡群の景色が折り重なって続いている。
オレたち3人のいたところが、閉路の中に閉じ込められたのか。
「ああ、そうだな。オレたちは攻撃を受けている。この前の古来種は、力押しの残念なヤツだったが…………アザナの他に、これほどのことができるヤツがいるなんて最高じゃないか」
「……ザル様。敵は何処に? いったい何者?」
「あっちに逃げていった。敵の正体は分からないが、魔法の正体はもう解析済だ」
「……さすザル」
何、その褒め方?
まあいい。
閉路を生み出す魔胞体陣の中に捕らわれたわけだが、悪いことばかりじゃない。魔胞体陣に包まれてるってことは、解析しやすいということでもある。外から見るより、肌で魔力で脳で、とあらゆる感覚で調べることができるからだ。
「アイマスクの女が不利になると時間が巻き戻る。オレたちはそういう魔法の攻撃を受けている!」
どうでもいい補足
ザルガラが「アザザル本」を「ザザル本」と聞き間違った理由は、母音を聞き逃したからです。




