カーソム
部屋を出ると、トーマンが深刻そうに他の兵士と話し込んでいるところだった。ディーブの姿を見てトーマンは兵士に2,3言葉をかけてディーブの元に来る。
「ユリとぶつかる」
「・・・はい」
「すぐ出発できるか?」
トーマンは驚いてディーブを見上げた。ここのところほとんど寝ずに馬で駆けてきた。その上この状況で、ディーブの顔色はすこぶる悪い。
「少し休みませんと」
「休める気がしない。・・・体を動かしていたほうがましだ」
「・・・生死に関わります。今日は眠ってください」
ディーブはやつれた顔で首を振った。
「本当に眠れない・・・」
ディーブの想いは残してきたルービスにあった。ユリ軍を倒して、カツタフォルネを立ち上げ、それからルービスの元へ・・・そう考えるとあまりの遠さにゾッとしてしまう。その間ルービスの身に何があるか考えたくもない。
「今、私の信頼できる仲間を呼び寄せています。人数は少なくとも1人1人が1小隊分の働きをするものばかりです。・・・それと、タオスの父親も」
「タオスの父親? あの行方不明になった?」
トーマンは頷いた。
「タオスの父親は王宮警備の責任者で名前をロトといいます。ロトはルービスの父親と一番親しい人物だったようです。剣の腕前も確かですから、道々父親の話を聞くこともできます」
「そういえば彼とは幼馴染と言っていたな」
「そういうことですから、どちらにしろ少し時間が必要です。よろしいですね?」
ディーブは渋々頷いた。ルービスの父親の情報がわかるということならば少しの時間を使うのも仕方ないと考える。
(予感が外れればいいが・・・)
ディーブは燃え続ける遠くの街並みを眺めた。
「ロトが行方不明?」
トーマンの落胆ぶりに、王宮警備副隊長はひたすら頭を下げた。
「申し訳ありません。新兵の行進に御子息が参加されていたのですが、そのご子息が戻ってきていないことを知り、血相を変えて飛び出したきり姿が見えないのです」
「・・・タオスの事か」
「あ・・・はい。ご存知でしたか。それ以前に、隊長は、その・・・ルービス様が行方不明になられてからも気が違ったように国中を捜索されたり、やや情緒が・・・」
「ルービス?」
「あ! あの・・・実はルービス様が・・・」
副隊長は萎れたように体を小さくさせた。
「ルービスが行方不明になったことは連絡が来て知っている。だが、そこまで捜索していたのか」
「・・・は、それが少し異常なくらいでした。王から一旦休むように言われても、隊長自らが捜しに出かけることもしばしばで。・・・隊長は娘のようにルービス様を面倒見ていましたから、そのせいもあるのかもしれませんが」
「子どもが親しかったからか? 親同士も親しかったと聞いているが」
「はい。カーソムと隊長は親友でした」
副隊長は遠くを見るような顔で話した。
「カーソムと言うのはルービスの父親のことだな?」
「はい。その通りです」
「もしかして、あなたもカーソムを知っているのか?」
「はい、もちろんです。隊長ほど親しくはありませんでしたが」
トーマンはホッとした。これで少しは手がかりがつかめる。
「カーソムがいなくなった時のことを覚えているか?」
トーマンが尋ねると、途端に副隊長の顔が曇った。
「は・・・。いえ、それは知りません。隊長はカーソムにいろいろと頼まれていたみたいでした。・・・随分内容が深刻のようで、あの時の話は隊長も話してはくれませんでした。・・・ただ、カーソムが戻ってくるまでは奥さんとルービスを守らなくてはいけないと口癖のように言っていました」
「・・・では、カーソムが出て行った理由もわからない?」
副隊長はすばやく頷いた。
「知りません。隊長は教えてくれませんでした。・・・噂では、結婚を認めてもらうために実家に戻ったとか、実は貴族だとか、いろいろありましたけど」
トーマンは首を傾げた。
「・・・それはどういうことだ? カーソムはこの国の人間ではなかったのか?」
「はい。違います。この国に移住してきたんです。出会ったころはまだ入国したばかりで住所も決まっていませんでした。たまたま隊長が・・・まだそのころは隊長ではありませんでしたが、暴君に襲われて。その間に入ってきて暴君をあっという間に倒してしまったのが出会いです。もちろん隊長は一人でも暴君を追い払うことはできたと思いますけどね。ただ、その時のカーソムの動きは見たこともないような構えをして、そりゃあすごかったです。大きな男でしたが、ものの3秒くらいで倒してしまいました」
「…その時のロトの位は?」
トーマンはこめかみを押さえながら尋ねた。
「・・・青年隊リーダーです」
「制服は着ていたのか?」
「はい。職務中でした」
「それなのに暴君が襲ってきたと?」
「あとから分かったことですが、薬を常用していたようで。分別がなかったのでしょう」
トーマンはこめかみから手を離し、再び尋ねた。
「カーソムはどのような男だった?」
トーマンの反応に副隊長はやや困惑したような表情をして答えた。
「どんなって・・・。誰からも好かれました。性格も良かったですが、彼の事を一目でも見れば誰も忘れないいい男ですよ。ルービス様も美しく育ちましたが、あれは父親に似たんでしょう。背が高くて、少し細い印象は受けましたがその実非常に力が強く、剣術の腕は誰よりも優れていました。隊長にも負けたことがなかったと思います」
「ロトにも負けたことがなかった? では将来は有望だったということか」
「はい。実を言うと、その腕を見込まれてすぐに入隊しましたし、隊長候補はカーソムでした。・・・確か、王陛下にも表彰されたことがあったかと思います」
「・・・髪の色と瞳の色を覚えているか?」
「金髪の青い目です。そりゃあ色男で、どこぞの貴族と噂されるのもわかります」
「出身は誰も知らなかったのだな」
「・・・ロトは知っていたかも知れません」
トーマンは再びこめかみを押さえて眉をひそめた。
「・・・よくわかった。忙しいのに申し訳なかった。・・・もしロトの所在がわかったらすぐに私に知らせてくれ。どこにいようとも、だ。それとロトの妻からなにかカーソムに関する情報を取ってほしい。こんな時だが、重要なことだ。わかってもらえるか?」
「・・・は・・はい。承知しました。カーソムに関すること、ですか?」
「そうだ。誰かにカーソムの似顔絵を描かせてそれも私まで届けてほしい。・・・あなたはルービスを見たことがあるか? 彼女は父親に似ているのか?」
副隊長は首を傾げながら必死に2人の顔を思い出している様子だ。
「なにしろ女と男ですから・・・。でも、細身の体付きとか、きめの細かい肌とか、目とか・・・顔の造作なんかは似ていたと思います。並ばなくても親子だとは分かるでしょう、あんな美しい人間は他にいないですから」
トーマンは礼を言って副隊長から離れた。
(似ている・・・)
トーマンはサーブ王の情報を手にしていた。
サーブ王国に建築士として入国した異国の若い男であったということ。非常に快活で、すぐに地元の人間とも打ち解け、地位を上げて行った。やがて白い塔の建設を始め、その斬新な建築方法にサーブ王が王宮まで呼び表彰をした。その時に、あまりのその青年の美しさに自分の娘、姫君との婚約をすすめようとしたくらいだったという。そう、金髪で青い目。背が高くて女好みの細いシルエットだったと。
(だが時が重なっている・・・それとも実はずれているのか?)
カーソムに関しては調べれば細かく年月がわかるだろう、しかし現サーブ王のエピソードに関しては他国の話でもあるし、今のこの混乱の時にあってはなかなか情報が取りづらい。
(あの身のこなし、剣術のセンスは父親ゆずりということか)
トーマンはルービスの軽やかな武道の動きを思い出していた。
(カーソムと現サーブ王は同一人物か、そうでないとしても何らかの深い関わりがあるはずだ)
どちらにしろやっかいな問題に違いないと、トーマンはため息をついた。




