戦火
先頭をひた走っていたトーマンの馬がついに足を止めた。
空に舞い上がる黒煙と炎が、事態を雄弁に語る。
マラハラを抜け、カツタフォルネを突っ切ってたどり着いた先は目を疑う自国の戦場だった。
トーマンは振り返らなかった。誰一人振り返ることなく、ただ正面に見えるチュチタ国の惨状を見つめていた。
「正面は無理だ、迂回したところに門がある。そこから入国する!」
ディーブの声にトーマンがはっとしてようやく振り返る。2人の視線が絡み合うが、お互いなんの答えも見いだせない。
チュチタ国が戦場となっているのは明白だ。ここはまだ国境から離れているため、敵の軍旗も見えない。ただ、かすかに聞こえる大砲の音や、国境の塀からモクモクと立ち上がる黒煙と炎、ときおり空まで放たれた弓矢が見える。遠くからでも確認できるところから、規模は国全体に広がっているようだ。
いったいどこと戦っているというのか、なぜ戦争などという事態になってしまったのか。ディーブはいくら考えても答えは出てこなかった。寝耳に水だ。
「敵に備えよ!」
トーマンが声を荒げ、ふたたび先頭を走る。ディーブの周りに護衛の兵が並列し、隊列は戦闘を考慮に入れたものに変化し走り出した。
トーマンの横に隊長が並走した。
「C門から入国する」
「承知いたしました。・・・ユリ領でしょうか」
「この規模でそれはないだろう、サーブ王国が関わっている」
トーマンの答えに隊長の瞳に恐怖の色が差し込む。
「入国と同時に我々もすぐに応戦しなければならない。連絡と戦隊を頼む。私は殿下を王宮までお連れする」
「承知いたしました。お任せください」
非常事態ではあるが、馬の蹄の音に乱れはない。国の危機を察して皆心一つになっているようだ。新兵が混じっているというのに、うまく指導ができていたようだとトーマンはホッとした。
(ユリ領のトラブル、カツタフォルネに引き続きこの事態。これは偶然ではない)
トーマンは考えたくない最悪の事態を想像していた。
(新兵の行進で戦力が分断されるこの時を狙われた。・・・だとしたらカツタフォルネもサーブ王国が噛んでいるのか? サーブ王国だけで? そんなことができるわけがない)
同盟。
トーマンは馬をせかした。
(我々がのんびりしていればきっと捕まったに違いない。敵は背後から? それとも挟み撃ちか? どこまでが敵だ?)
ルービスの笑顔を思いだし、胸が痛んだ。
(今頃はマラハラも・・・やはりルービスの手を離してはいけなかった。しかし、あそこでモタモタしていたら我々も危なかっただろう)
トーマンは後ろに気を付けるよう後続に伝え、さらに馬を急かした。
C門に敵の姿はなかった。普段は使われない小さな門のため、注目されなかったのかもしれない。馬を降りなければ通れない小さな門を、悲壮な顔をした門番と対面しながら通り抜ける。
「3日前、なんの警告もなく、海と正面門から一斉攻撃が開始されて…」
「サーブ王国か」
トーマンと同じことを考えていたのか、土気色の顔をしたディーブが門番に詰め寄った。
「は・・はい! 殿下! 御無事で!」
門番がディーブを見てひれ伏した。
まだなにか質問をしようとしているディーブを遮るようにトーマンが声をかけた。
「殿下、すぐに王宮へ」
「わかっている。お前以外は応援に回してくれ」
「承知しました」
トーマンは隊長に目配せをし、馬に飛び乗った。このあたりはまだうっそうとした森が続く。それでも梢や葉の間から黒煙と炎が見え、空は染まっている。
2人は猛スピードで王宮へ向かった。途中通り過ぎる村々には人の姿は見られなかった。すでに戦場へ出払っているのだろう。女子供の姿まで見えないのが気になるところだ。
「オクタリヌも同盟を結んだと思うか?」
ディーブがトーマンに尋ねた。すでにサーブ王国とユリ領が同盟を組んだことを前提にした問いかけだ。
「おそらく」
トーマンは短く答えた。この答えはルービスの危機を意味する。
「今は考えないことです」
苦しく続けた。ディーブもそのまま黙ってしまう。すでに日は暮れたが、いまだ鳴り続ける大砲の音は大きくなってくる。国の中央に向かっているため戦場の真っただ中に行くわけではないが、四方から聞こえてくる戦火の様子は切迫している。
2人はそれ以上話すことなく王宮へたどり着いた。もう夜が明けようとしていた。
王は無事であった。王宮は敵の攻撃を受けることなく、無傷であった。王宮のある街自体が無傷だ。王宮には王と女王、そして王族の女子供が集まっていた。
ディーブの兄王2人はそれぞれ海軍を率いて戦場へと出向いていたが、無事とのことだった。
「よく無事に戻った。カツタフォルネとネハはユリに、マラハラはオクタリヌに制圧された。残るは我が国だけだ。なんとしても踏みとどまらねばならん」
「戦況は?」
「陸からの侵入は許しておらん。門外で攻めあぐねておる。しかし、海軍では一部上陸を許し一時は国の中が・・・」
王は言葉を詰まらせた。
「現在トナンまでサーブ軍が迫っておる」
国の1/3近くがサーブ王国に攻められていることを意味する。ディーブは愕然とした。
「ディーブ、お前はここに残り王宮を守ってくれまいか」
王がディーブに優しく言った。ディーブを気遣ってのことか、自分の心の弱さか、計りかねた。
「それはできません、陛下」
ディーブは間髪入れずに答えた。
「兄上たちが海を守っているのなら、私は陸を守りましょう。ユリ軍はお任せください」
ディーブは王に何も言わせる間もなく立ち去ろうとして、ふと立ち止まった。
「…陛下、ユリ軍を打ち破った暁にはカツタフォルネと同盟を結んできます。援軍を必ず向けますのでご無事で」
振り向かないまま、それだけ言うとディーブは再び歩き出した。




