戦争
ルービスはガチガチと歯を震わせながら「ちがう」と声に出した。だが、オクタリヌはまったく意に介さない。
「あの腑抜け王子・・・。女がいたとはな。なかなか甲斐性があるじゃないか、見直したぞ」
ルービスの目の前まで進み、しゃがんでルービスの顔をじっくりと眺める。
「会っただろう? 腑抜け王子と。一晩過ごしたか? 大事な思い出にしておくんだな。やつも今頃は捕虜になっているだろう」
ルービスは耳を疑った。ディーブが捕虜?
ルービスの表情を見てオクタリヌは嬉しそうに笑った。
「お前の愛しい王子は、今頃我が兄、ユリによって捕らえられているだろう」
ルービスは頭が痺れるような感覚を覚えた。このままでは失神してしまう。だめだ、聞かなくてはだめだと歯をくいしばる。
寒さと、オクタリヌの口から語られる衝撃の話の内容にパニックを起こし、ルービスは酸欠に陥っていた。頭がぼうっとしてくる。
「お前の愛しい王子の故郷も今頃は戦場だ」
ルービスの息が乱れた。うまく呼吸ができない。ルービスはそれでもオクタリヌを凝視した。
「サーブ王国とオクタリヌ、ユリは同盟を結んだ。一番大きなカツタフォルネにアムを送り王を暗殺し、チュチタの行進でチュチタの兵力が分散し、かつ砂嵐でマラハラが分断される、この機会に一斉に行動を起こしたのよ! チュチタは陸と海からサーブ王国が全軍を投じて一斉攻撃をしている。カツタフォルネはユリが、マラハラは私」
ルービスが口を懸命に動かしていると、オクタリヌが耳を近づけてきた。
「なんだって? ほら、しゃべってごらん? 口が聞けるんだろう」
「・・・やめて・・・」
ルービスは懸命に声を出した。
「やめて?」
オクタリヌは眉をひそめ、笑う。
「お前は生かしておいてあげるよ」
そう言いながら、ルービスの体に手を滑らせる。
「腑抜け王子が生きていたら、いい人質になるもんねぇ。お前にぞっこんなんだろう? こんな美人なんだ、愛しちゃってるんだろう?」
最後はからかうように調子づけて言う。周りの騎士たちがつられて笑った。
オクタリヌは立ち上がって騎士たちを睨みつける。
「何笑っているんだ、お前たち! こんなことに気づかないなんて恥を知れ!」
オクタリヌの一喝に騎士たちは縮み上がった。一人が手にしていた金貨をすばやく奪って、オクタリヌは騎士たちの前にかざした。
「いいかい、この腑抜け王子のかわいいかわいい恋人の、本当の名前を吐き出させるんだ。いっとくが、体を使うんじゃないよ。大事な人質だ。名前を聞き出したものに褒美としてこの金貨をとらせる。やりがいがあるだろう? ・・・それと、油断しないで。必ず二人以上で監視を。手足は縛っておくんだ。首にも着けときな」
オクタリヌの足音が遠ざかっていく。ルービスはオクタリヌに呼びかけた。
(待って。待って・・・嘘だと言って・・・)
ルービスの視界が真っ白に染まり、やがて暗転した。
「私は三人目でね、上に二人の兄がいる。この二人がまた素晴らしい人物で・・・
…兄たちは領土を広げようと模索しているが・・・気が進まない・・・」
ディーブが話している。あの王宮で、話している。
「戦争だよ。どうしても私の性には合わないんだ」
戦争が、始まったのだ。
あの時ディーブが言っていた戦争、ルービスが考えもしていなかった戦争が始まっている。
戦争だ!
戦争だルービス!
チュチタが攻撃されている。街の人が、戦う人が血を流している。塀は崩され、陸は乱れ、炎が上がる。チュチタが戦争になる。あの平和だったチュチタが・・・。
ディーブが国民に指示している。逃げ道を教えているのだ。自分も逃げなければ危ないのに。
ルービスは走った。早く逃げなかればならないのはディーブなんだと伝えるために。だが、走っても走ってもディーブは遠ざかるばかりだ。
「お前はディーブの恋人か?」
いつのまにかルービスの背後にオクタリヌが立ちはだかっていた。
(やめて!)
ルービスは無我夢中で走り続けた。
(D!)
ルービスが叫ぶと、ディーブは振り返りいつかのように大きく手を広げてルービスを待った。ルービスはホッとした。ディーブは微笑んでいる。
「お前の愛しい王子は、今頃我が兄、ユリによって捕らえられているだろう」
オクタリヌの声と同時にディーブの背後に刀を持った騎士が現れた。
(いやああああ! 逃げて!)
ディーブは気付かない。
騎士が剣を振りおろす。
血しぶきがルービスの顔に吹きかかる。
叫び声を上げながら目を覚ました。馬車に縄で縛られたまま夜を明かしたらしい。
目の前にはオクタリヌが立っていた。
「ギャアギャアうるさいねえ」
オクタリヌは眉をひそめながら、ルービスの頭に瓶に入った水をかけていた。ルービスが目を覚ましたため、残った水をルービスの口元に持ってくる。
「喉が渇いたかい? 飲みな」
ルービスは強い拒否を示すため、首を振ってから顔を反らす。それを見てオクタリヌは鼻で笑った。
「もう砂嵐は止んだからね。私たちも出発するよ。あんたの恋人、生きているといいねえ」
ルービスは辺りを見回した。昨日から場所は移動していないようだった。毛布が掛けられているが、外に出されていたままだったため体の芯から冷え切っている。おまけに立った今かけられた水が頭を冷やす。ルービスはモゾモゾと体を動かした。まったく思い通りにならない。手足は縛られたままのようだ。
「オクタリヌ様・・・」
騎士がオクタリヌの前まで駆けてきた。オクタリヌはルービスの事を他の兵士にまかせ、騎士とともに歩いていく。なにやらヒソヒソと話し込んでいたが突然オクタリヌが大きな声を上げた。
「アムが死んだ!? それは本当か!?」
ルービスは「アム」という言葉に敏感に反応して顔を上げた。
兵士がルービスにかかっていた毛布を外し、縄を馬車から外し持ち、立ち上がる様に命令する。ルービスは言われた通りに動きながらも、耳はオクタリヌの方へ集中した。
しかし、オクタリヌが聞こえるほどの声を上げたのは一度だけでその場で立ち止まったままヒソヒソと話し込んでいる。ルービスがじっとその様子を見ていると、オクタリヌがゆっくりとルービスの方に顔を向けた。目が合う。
オクタリヌの何か言いたげな視線にルービスは思わず目を反らした。
兵士に歩くように言われ、オクタリヌの方へ歩き出す。目を反らしたものの、視野に入ってくるオクタリヌは変わらずルービスを見つめている。
オクタリヌの近くを通り過ぎようとしたとき、オクタリヌが足早にルービスのもとに駆け寄り、ルービスの顎を掴んで強引に自分の方へ向ける。美しいオクタリヌの厳しい表情が目に飛び込んでくる。
「お前はイルメニか?」




