オクタリヌ
島の西側に位置し、北をサーブ王国・東をマラハラ国・南をカツタフォルネ国に囲まれるオクタリヌ領は、オクタリヌという女性が支配をしている奴隷制の領地である。
今、マラハラ国が砂嵐によって二つに分かれる機会を使い、首都のある北寄りの土地を占領していた。占領した土地にいたマラハラの王族並びに貴族はすべて、オクタリヌによって捕らえられていた。砂嵐が晴れればマラハラは南の土地も奪われることになる。すでに国のトップは人質、あとは簡単なことだ。
ルービスとケディは侵入者として騎馬隊に連行されていた。両手を縛られ、足かせがつけられている。当然剣は没収されている。数十名の連行者は縛られた縄で全員繋がれている。
ルービスとケディの他にも数名ぼろぼろになった人たちが同じようにして引きずられるように歩いていた。
「これからどうなるの?」
ルービスは隣のケディに囁いた。捕らえられた人間は、二列になって歩かされている。
「あんたは旅行者かい?」
ケディが答える前に、後ろから高齢の男が声をかけてきた。
「・・・ええ。あなたは?」
「わしはマラハラの国民だ。・・・もう奴隷だがね」
男はそう言って咽び返した。騎士がじろりと振り返る。
「あんたらも不運だね、こんな時に来るなんて」
「うるさいぞ! 黙ってろ!」
一人の騎士が近づいてきたかと思うと、鞭をしならせ男の体を痛みつけた。
男の服が切れ、血が滲んでくる。男が呻いて倒れ込んだため、後続のものたちの足が止まった。
「歩け!」
騎士が怒鳴ると、男はよろよろと立ち上がり歩き出した。
「いいか! 私語は禁止だ! 余計な労力は使うな!」
ルービスはケディに助けを求めるように見る。ケディは小さく首を振って見せるだけだ。ルービスは口を結んで歩くことに専念した。周りは少しずつ様子が変わってくる。道の端に人が倒れているのだ。その数がどんどん増えるような気がする。明らかに傷つけられたもの、ただ倒れ込んでいるように見えるもの、しかしどの人もピクリとも動かない。次第に悪臭が鼻につき始める。なんの匂いなのかルービスにはわからなかった。
どれほど歩いただろうか、日が傾きかけている。騎士が馬から降りて縄を引っ張った。
「一列に並べ!」
もたもたとしていると、再び怒号が聞こえた。
「並ぶんだ!」
鞭の恐怖からか、全員の動きが機敏になる。ルービスも慣れない縄に苦戦しながらケディの横に並ぶ。
「ルービス、ぜったいに仲間や自分の素性を知られるな」
大きな体を屈ませ、ルービスの耳元でケディが囁いた。ルービスがケディを見ると、何事もなかったように前を向いている。
(素性を知られるなって・・・どういうこと? 名前や旅をしていることを言ってはいけないということ?)
ルービスはもう一度ケディを仰ぎ見た。ケディはルービスの方を向いてくれない。
あきらめて再び下を向く。
ここは異臭は少しマシになったものの、ひどく寒い。じっと立っていると寒さが堪える。体が震え出したころ、騎士が再び声を上げた。
「オクタリヌ様だ! みな頭を下げろ!」
奥の方から旗を掲げた一団がやってくるのが見える。ルービスは好奇心を押しとどめ頭を下げた。
馬の足音が近づき、やがて人々の足音に変わると、騎士たちはルービスたちの前に剣を伸ばした。切りつけるためではなく、動きを押さえるためだろう。
人が近づいてくる。ゆっくりと、自分たちを眺めながら歩いているようだ。ルービスは下を向きながら必死に目だけを動かしてその人間を見ようとした。
驚いたことに、女性の細く美しい足が歩いて近づいてくるのが見えた。
「美しい女だな、珍しい」
その女性がしゃべったようだった。声は張りがありルービスよりはやや低い。
ふいに剣先がルービスの顎先まで伸びてきた。ルービスは慌ててよけるために顔を上げ、真正面にその女性と対面した。剣先はまたすぐに元に戻る。どうやら騎士がルービスの顔を女性に見せるために動かしたようだった。
ルービスは驚き息を呑んだ。今までにこれほど美しい顔を見たことがない。
艶のあるウエーブのかかった黒髪は腰まで伸びていた。彫の深い顔立ちに、大きな目鼻はバランスよく配置されている。とりわけ長い睫毛に宝石のような輝きを放つ瞳と、真っ赤な唇が印象的だ。身長はルービスよりもやや高めだ。
目を離すことができず、ルービスはその女性、オクタリヌが言葉を発するまで茫然と立ち尽くしていた。
「美しい女だな、名前は?」
オクタリヌはルービスに語りかけた。ルービスは口をパクパク動かすがなかなか声にならない。一度唾をのみ込み、答えようとしたときケディの言葉がよみがえった。
(素性を知られるな)
ルービスは女性の顔からまだ目を離せないまま、口を結んだ。
「? 聞こえないのか? 名前だ」
オクタリヌが眉をひそめた。動かす表情一つ一つも美しく、見惚れてしまう。
ぼうっとしていると、思いがけず頬に衝撃が加わり、ルービスはケディに寄りかかる様に倒れていた。ケディが必死にルービスを助けようとする。そのケディをオクタリヌは足で蹴り上げた。
二人はもつれるように後ろに倒れ、縄でつながれた他の人間も引っ張られるように倒れ込む。
オクタリヌはなおもルービスの大腿を踏みつけ剣を抜いて切りかかってきた。縛られもつれ、体の自由のきかないルービスは自分に振り下ろされる剣をただ見ているしかなかった。
殺されるのを覚悟した時、ケディが上に覆いかぶさってきた。
ケディが呻き声をあげる。
「どけっ!」
再びケディが蹴られ、ルービスの横に倒れる。オクタリヌの構えている剣からは血が滴っている。その剣が再び振り下ろされる。ルービスは目を固く閉じた。
ブツッという音が横で聞こえた。痛みはどこにも感じない。おそるおそる目を開けると、自分と他をつないだ縄が切られていた。ホッとするのもつかの間、オクタリヌに胸倉をつかまれ、勢いよく引き上げられる。
「まだ殺しはしないよ、ほら、名前だ! しゃべれるんだろう?」
胸倉をつかまれたまま立たされ、今度は容赦なく体を揺さぶられた。女性だというのにすごい力だ。
「オクタリヌ様の質問に答えろ!」
騎士もルービスに剣を突きつける。
「こいつは口が聞けないのか?」
オクタリヌは今度は騎士を睨みつけた。
「いえ! 話しているところを見ました!」
騎士は急いで答える。
オクタリヌはルービスを地面に叩きつけた。手を縛られているルービスは顔をしたたか地面に打ち付ける。
「何か言え! おい! 鞭をよこせ」
騎士に手を差し出す。
「やめてくれ!」
鞭を受け取ろうとしたとき、ケディが叫んだ。
オクタリヌは鞭を受け取り、ケディを睨む。
「仲間か? え? この女の男か?」
ケディが何も答えないと、今度は騎士を睨む。
「二人は同じところで捕獲しました」
騎士が答えると、オクタリヌは鞭をルービスに向かって振り上げた。
「やめてくれ! 頼む!」
再びケディが叫ぶと、その鞭はケディに振り下ろされた。まともに体の前面に鞭を受け、大きく服がさけ、血が服を染めていく。ケディは体をよじらせながら呻いている。
ケディの名前を叫びそうになり、ルービスは堪えた。なぜそうまでして名前を言えないのか、聞き出したいのかわけがわからない。
「名前だよ、簡単な事だろ」
「オ…オレはフロスト、彼女は・・・リーだ」
ケディが切れ切れに答えた。
「フロスト? そんな顔してないけどねぇ」
オクタリヌはケディとルービスを交互に眺めたあと、鞭を騎士に戻した。
「この女は私の手元に残す。・・・他は牢に入れておきな」
オクタリヌの言葉に騎士たちはすぐさま動いた。
服全体が真っ赤に染まるケディも自力で立ち上がらされ、どこかへ歩かされていく。ルービスは一人残され、その後ろ姿を見送った。
「あんな男にこんな美人は釣り合わないだろう」
オクタリヌは残った騎士に語りかける。
「美人には美人なりの使い方があるってもんだ。お前もああいう女を抱いたら少しは働きがよくなるだろう?」
騎士はルービスをちらちらと見ながら、それでも姿勢は崩さず「はい」と返事をしている。
「この女の所持品は?」
騎士は馬からルービスの荷物を運び出してくる。荷物袋に剣が二本、羽根の機械も無造作に地面に落とされる。
オクタリヌはまっすぐに剣を取った。
「・・・これは・・・。ずいぶん上等な剣を持っているな」
オクタリヌは剣を抜いて刃の輝きを確かめた。
「女剣士か。これだけの美貌で女剣士・・・噂を聞かないとはおかしなものだな。マラハラのものではないな。カツタフォルネでも聞いたことがない。・・・ネハか?」
オクタリヌは剣を振りおろしたりと試していたが、騎士を睨みつけた。
「この剣を見て何も思わなかったのか?」
「は・・・」
「この女、かなりの手練れだ」
オクタリヌはルービスを眺めた。
「あの男の荷物にも剣が?」
「は、はい。ありました」
荷物を取りに行く騎士を呼び止め、オクタリヌは質問を続ける。
「他の捕虜に剣を持った者は?」
「いません」
オクタリヌは再びルービスに向き直った。
「危険な匂いがする。・・・生かしてはおけないな」
オクタリヌはルービスの近くに寄って全身を眺める。
「・・・この女を裸にするんだ。紐で手足を縛りあげてから慎重にな」
騎士が数名近づく。ルービスはどうやって抵抗するか考えていた。手は縛られ、足枷をされている状態では難しい。しかし、死んでも抵抗してやると騎士を睨んだ。
「あの・・・ここでですか?」
騎士がオクタリヌを振り返る。
「そうだ、いますぐここでだ。私の目の前でやるんだ。油断せずにここに残っているもの全員で取り掛かれ」
騎士たちはルービスに一斉に群がった。ルービスの抵抗はまったく無駄に終わった。どんなに体を動かそうと、足を蹴り上げようと、大人数の男たちはルービスを簡単に押さえつけ、一枚一枚服を剥いでいった。裸にされる恥かしさと、屈辱と、寒さにルービスは涙を流しながら耐えた。さらしの中からディーブにもらった短剣と金貨が見つかる。もうこれですっかりルービスは一糸まとわぬ姿となった。
騎士たちは金貨に目を奪われたが、オクタリヌは迷わず駆け寄って短剣を手にした。
ルービスは寒さに体と歯をガチガチと震わせながら、オクタリヌの表情を見た。もう日が落ち暗く、周りにたかれた光源だけでは見えにくい。
「ディーブ・・・アンドルー・・・」
オクタリヌは声にだし、ルービスに笑いかけた。この場にそぐわない、美しい笑顔だ。やがて声に出して笑い出す。騎士たちはオクタリヌの反応に戸惑うように顔を見合わせた。
「なるほど・・・・。いいものを手にした」
やっと笑いを止め、オクタリヌは短剣を大事そうに自分の腰に差す。
「お前はチュチタ王国の第三王子ディーブ・アンドルーの恋人か」




