砂塵の彼方
砂塵の中に入ってどれだけの時間が過ぎたのだろうか、四方八方から砂が打ち付けてくる。
ルービスは布をきつく巻いたが、体中砂だらけになってしまっている。目も開けて居られない状態が続くが、開けたところで日暮れのように薄暗く、砂塵で視界はゼロで、方向もわからない状態だ。
とにかく必死になって荒れ狂う馬を宥め、走らせ、砂が晴れると日が高く上がっていた。
激しく咳き込んで周りを見る。最悪なこととして、最初のスタート地点に戻ってきてはいないか心配になったが、街並みも、肌に感じる冷気もまったく違う。そう、ここは寒かった。砂塵の中は暑いくらいだったのに、出てしまうと息が白く見えるほどだ。
ルービスは馬を降り、水筒の水を馬にやりながら改めて見回した。
街並みが続いているが、人の気配がない。気温だけではなく、空気まで寒々としている。ルービスはブルブルと震えながら荷物から上着を取りだした。
「ルービス!」
砂煙の中からケディが現れた。手を挙げようとして落馬している。
「大丈夫、ケディ」
ルービスが駆け寄ると、ケディは倒れたまま口から砂を吐き出した。
「きったなあい」
ルービスは思わず飛び退く。
「ゲヘゲボゲガハ」
ケディは身を反らせて砂を吐き続けている。
「やだなあ、砂嵐の中で口開けてたの? よく死ななかったね」
「あんたのせいだろうが」
ケディは涙ぐみながらようやく体を起こした。
「でももうついたみたいだよ」
ルービスは爽やかな笑顔を見せている。
「そうらしいが・・・他の奴らはまだまだ来ないだろうな」
ケディは砂嵐を振り返って呟いた。
「それにしても、ここは随分冷えるな。こんなに温度差があるのか?」
ケディは水を渇いた喉に流しいれた後、上着を着込んだ。
「ここで待つ?」
「いや、先に進んでも追いかけてくるだろう。・・・しかし、随分静かだな・・・」
ケディは立ち上がって全身の砂を払った。
「人の気配がないんだ。こっち側は豊かじゃないの?」
「そんなわけない。変わらないよ」
2人は再び馬にまたがる。
「ルービス、あれを見ろよ」
ケディは口笛を吹いてルービスの背中の奥を指す。
ルービスが振り返ると、信じられないくらいの大きさの白い塔が見えた。
圧倒的な威圧感をもってそびえている。いったいどれほどの高さがあるのか、首が痛くなるようだ。それでもまだ位置的には距離があるはずだ。
「思ったより砂嵐の範囲は大きかったのかもしれないな。なんか向こうから近づいてきたみたいに感じるな」
「もしかして、ケディもここまできたに来るのは初めて?」
「初めてではないけど、そう・・・3回目くらいかな、たぶん。ガキの頃の話だけど」
頼りなげなケディの様子にルービスも不安を覚えた。
ルービスは白い塔を見上げて気を引き締めた。国境を超える手形はあるものの、新兵の行進まで断られたユリ領が自分を入れてくれるわけはない。まずは国境の近くで情報収集をしながら様子を見ることになるだろう。
「大丈夫だ。この砂嵐でみんな中に入っているんだろう、先に進めば賑やかになるさ」
「うん」
2人が馬を走らせようとした瞬間、思いがけない出来事が起こった。馬が突然叫喚して倒れたのだ。当然ルービスとケディも地面に叩きつけられる。
「な・・・なに?」
腰をさすりながら見ると、馬の体に矢が刺さっている。驚いて周りを見ると、地面にも何本か矢が落ちている。
「ケ・・・ケディ、矢が・・・馬が・・・」
「わかっている。そのまま動くな! どういうことだ・・・マラハラでこんなことが・・・」
ケディはルービスに伏せているように指示して自分は匍匐前進で移動する。
「あれは・・・」
ケディは手をかざして遠くに立ち上る砂煙を見た。馬の立ち上げる砂煙だ。すごい勢いでこちらに近づいてきている。信じられないが、騎士団だ。真っ赤な布地に金色の蝶の描かれている旗が翻っている。
「うそだ・・・そんなばかな!」
ケディは自分の目を疑った。
「なんなの? どうしたの?」
ルービスはケディの取り乱し方に不安を募らせた。ルービスからは馬が邪魔で何も見ることができない。
「オクタリヌだ・・・。オクタリヌの旗だ」
「オクタリヌ? オクタリヌって・・・オクタリヌ領? どういうこと?」
「どういうことだ・・・この島はどうなってるんだ。カツタフォルネに続いてマラハラまで・・・! ルービス、これはやばい。マラハラはオクタリヌに占領されたんだ。砂嵐で国が半分になる機会を利用されたんだ。なんてタイミングが悪い!」
ケディは舌打ちして地に伏せた。
「占領ってどういうこと? 国がのっとられたの?」
「ルービス、動くなよ。下手に動けば殺される。オクタリヌ領は奴隷制だ。人殺しは厭わないだろう。・・・マラハラは北側に首都がある。ここをオクタリヌの騎士団が平然と闊歩しているんだ。おそらく首都は落とされている」
ケディは騎士団の蹄の音が近づいてくるのを感じてそのまま体を固くした。
「ルービス、なにがあっても動くなよ!」
奴隷制の恐ろしさ、オクタリヌ領の残忍さをルービスに教えておくべきだったとケディは後悔した。まさかこんなことが起きるなんてまったく予想していなかった。
オクタリヌ領はカツタフォルネにも接しているため、たびたびその脅威を見聞きしていた。
ルービスを守れるだろうか・・・仲間の到着がないことを祈りながら、ケディは蹄の音が静まったことで自分のすぐそばまで騎士団が到着したことを悟った。




