偽装
部屋から出てきたのがディーブ一人であったため、トーマンは不思議そうにドアを見つめた。
「・・・ルービスならもういない。トーマンにはよろしく伝えてくれと言っていた」
中を気にするトーマンに気づいてディーブは身を整えながら告げた。
「そうでしたか・・・」
トーマンは不服そうだ。
「すぐに発てるか?」
ディーブは階段を下りながら追いかけるトーマンに問いかけた。
「もちろんですが、良いのですか?」
「早く仕事を終わらせたい」
ディーブは早足で玄関に急ぐ。「殿下」、とトーマンの声が追いかけてくる。トーマンのこの声色は悪い知らせだ。ディーブは嫌な予感を胸に振り返る。
「昨夜入った情報です。・・・このようになるのなら、昨夜お知らせするべきでした」
「なんだ」
トーマンが表情を硬くさせると、顔がより黒ずんでいるように見えて不気味だ。
「カツタフォルネの王族が暗殺されました」
ディーブは目を瞬かせた。
「・・・なに? なんて言った? 王族?」
「はい。王を含めた、王族全員です」
今度は瞬きも忘れてトーマンの顔を睨んだ。
「暗殺は役人のアムによるクーデターです」
「あの悪趣味な役人だな。ここのところ力が強まっているとは聞いていたが・・・」
ディーブは息苦しそうに襟をゆるめた。体中から汗が出てくる。
「すぐにチュチタに報告をしてカツタフォルネに軍を…」
「いえ、殿下」
トーマンはディーブを遮った。
「アムもまた民衆によって殺されました」
「・・・民衆によって?」
「民衆を扇動したのは美しい女性だったと」
ディーブは息を呑んでトーマンを見つめた。
しばらく見つめたあと、「まさか」と口にする。
トーマンはその反応を十分楽しんだ後微笑んだ。
「私もそう思って詳しく聞きましたが人違いでした。イルメニという金髪の女性だそうです」
ディーブは大きく息を吐く。
「驚かせるな、心臓に悪い」
「申し訳ありません。私も驚いて椅子から落ちそうになってしまったもので」
トーマンは飄々と続ける。
「元々アムは評判のよくない役人でしたから、計画的なものだったのかもしれません。今は民衆が国を建てなおしているということです。まだ混乱は続いていますが、チュチタに戻るのに支障はないようです。すでにチュチタに報告も送っていて援助の人材派遣も出発していると思います」
「それにしても、快挙だな。民衆が立ち上がらなければ他の国も巻き込む大問題になっていただろう。・・・そのイルメニが主体となって民衆を立ち上がらせたのか?」
「いえ、仲間がいたようです。確かリーダーがケディとかいう名前の男で、前からアムに対して反乱を起こしていた人物だったとか」
「悲願達成か。王族の生き残りがいないかもう一度厳重に・・・」
ディーブはハッとした。
(ルービスが友だちだと紹介した男。ケディと呼んでいなかったか?)
大柄の男が緊張に体を固くしながらフードをはずしお辞儀をするところを思い出していた。
「トーマン・・・」
「はい、殿下」
「ルービスの友だちと会ったのだったな」
「はい、昨日。・・・ケディという名前のものはいませんでした」
トーマンはディーブの青ざめた顔を心配そうに覗き込んだ。
「・・・偽名だ」
ディーブは両手を握りしめた。背中の太刀傷、ルービスのうろたえ方、なぜか語らなかった旅の話、ユリ領の話をした時の目の色の変わり方。全てが繋がる気がした。
「殿下…いますぐルービスの行方を」
悟ったのかトーマンも浅黒い顔色を変え、部屋を出て行こうとした。
「いや、トーマン待て」
ディーブはトーマンの肩を掴んだ。
「それはいい。それよりも、そのイルメニの情報をもっと詳しく調べてくれ」
「よろしいのですか? 殿下。ルービスは今どこに向かっているのです?」
「サーブ王国だ」
トーマンは目を剥いた。血の気の引く音が聞こえるような表情をする。トーマンを驚かせたいと言っていたルービスを思い出す。この顔を見せてやりたい。
「正気ですか? すぐに止めなければ」
「トーマン、イルメニはルービスだ。シンボル塔に送り届ける条件として、扇動の役を受けたのだろう。だとすれば力のある護衛のはずだ。とにかく私は私の仕事をやり遂げなければ」
トーマンは信じられない、というような顔をした。
「この状況だ。みな馬に乗って駆け抜けよう。とにかく早急に国に戻るのだ」
「殿下・・・私を残してください。私がルービスのそばに」
「だめだ。お前が私から離れるなど異常事態だ。変に勘ぐられたくない」
「カツタフォルネの騒動は異常事態です。・・・ルービスは経験がなさすぎる。このような混乱を上手く乗り越えられるとは思えません。いいように利用されているのかもしれません」
ディーブは唇をかみしめた。
「何を利用するというんだ。彼らに他に目的があるというのか」
「わかりませんが・・・。ルービスは22歳になるとは思えないほど世間を知りません。殿下も感じたはずです。何も分からない女性を扇動に担ぎ上げるなど信用できる輩ではありません」
トーマンは必死に食い下がった。
「22歳・・・?」
「・・・? はい。今年22歳になるはずです」
「私と2歳・・・2年」
ルービスは自分が生まれる前に父親が出て行ったと話していたはずだ。ディーブはルービスの話を懸命に思い出す。つまり、やはりルービスの父親は国交が途絶える前にサーブ王国に渡っている可能性が高い。
「異国の男・・・」
「なんです? 殿下?」
「トーマン・・・急ぎで現在のサーブ王の事を調べてくれ。わかること全てだ。大小洩らさず報告してくれ。それからルービスの父親についてもだ。出身、年恰好、なぜシンボル塔を目指したのか」
トーマンはわけがわからない、という顔をしながらディーブの言うことをメモに取る。
「殿下…ルービスは・・・」
「彼女は大丈夫だ。・・・大丈夫に決まってる。いいか、今言ったことはなによりも優先させろ。・・・早急にチュチタに戻る! 今すぐに出発だ」
ディーブの迫力にトーマンは何も言えずに従った。夜も休まず馬で駆け抜ければ1~2日でチュチタに到着できる。ディーブはその上を求めてくるかもしれない。トーマンは今からしなければいけない問題を整理した。




