愛情
ディーブは美しく食事を摂る。優雅に、無駄なく、美しい。ルービスは久しぶりに見るディーブの食事姿に見惚れていた。以前は自分もマナーを習って付け焼刃ではありながらも同じように食事をしていたのが夢のようだ。ケディ達は、お世辞にもマナーが良いとは言えない。
「どうした? 今度は何が気になる?」
ディーブはルービスが食事も忘れて自分を見つめているため、戸惑いながらも微笑んだ。
「・・・ごめんなさい。久しぶりで」
ルービスは我に返って自分の食事を始める。
「旅はどうだった? なにか聞かせてくれないか?」
ディーブがワイングラスを片手にルービスを見つめた。
ルービスは果物を口に運びながら考えたが、旅のどの部分を切り取ってみてもあまりディーブが喜びそうな話がない。散々ディーブを待たせた後、ルービスは一番最新の羽根の機械の話をした。ワインの効果も手伝ってか、ディーブは姿勢を崩して笑いながら話を聞いた。
「その機械に金貨を? ・・・友だちが嘆くのは当然だ」
ディーブは可笑しそうに笑い、機械を眺めた。
「きみの金銭感覚は問題ないと思っていたけど、なかなかのものだな」
あまりの言われように、地図の話はしづらくなってしまった。ルービスは口を尖らせてディーブの手から機械を奪った。
「私だって自分の国の貨幣ならわかるわ。だけど、目にしたことのない硬貨だったから・・・」
「あやしいものだな」
ディーブは意地悪く笑った。
「本当よ。堅実な生活をしていたんだから。ビビデの街では有名よ」
ルービスは少し大げさに言った。節約をして生活をしていたのは事実だが、なにしろ一人住まいだ。自由にしていた部分も多い。
「あ・・・。そうだ言い忘れていた」
ビビデ、という言葉にディーブは突然目が覚めたような顔をした。
「きみの・・・幼馴染。そう、タオスだ」
「タオス?」
ルービスも飛び上がるような反応をする。
「彼が行方不明なんだ」
「行方不明? どういうこと?」
タオスのパズバでの別れを思い出して、ルービスは泣き出しそうになった。何も言えずに別れてしまったため気になっていた。
「故意に脱出したのか、はぐれてしまったのかはわからないのだが、途中で姿がなくなったんだ。たしか、かなり手前の・・・。まだネハ国にいる時だ」
「そんなに手前で? そんな! きっとはぐれたんだわ!」
ルービスは天を仰いだ。タオスは昔からルービスの背中ばかり追いかけている頼りのない印象で、ルービスにとっては弟のような存在の幼馴染だ。タオスがはぐれて困っている様子がすぐに思い浮かぶ。
「5人ほど現地に残して一日捜索したんだが見つからなかった。チュチタに戻ったという報告もない。万が一なにか情報があったらと思ったが」
「全然知らないわ」
「そうか・・・」
ディーブはルービスのそばに行き、背中をさすった。
「知らせないほうが良かったか・・・? すまない、悪い知らせを・・・」
「そんなこと。教えてくれて良かった。私も捜してみる」
ルービスはディーブを見上げて、ディーブが怪訝そうに眉をひそめていることに気づいた。ディーブは、ルービスと目が合うと悲しそうな顔になる。
「怪我をしたの?」
ルービスははっとした。背中の切り傷が意外に深く、いまだに包帯を巻いているのだ。その包帯に気づかれてしまったのだろう。考えてみれば、右のふくらはぎにも矢が刺さった時の傷が深く残って包帯が取れないでいる。他にも治りきっていない傷は体のあちこちにある。
ルービスはゆっくりとディーブから離れるように後退した。それをさせまいとディーブはルービスの腕をつかむ。
「何があったんだ。太刀傷なのか?」
「聞かないで」
ルービスはなんとか体をディーブから遠ざけるように動いた。傷を見られればなにがあったのか話さなければならない。だがディーブには知られたくない話であるし、なにより自分も思い出したくない。壮絶な戦場を思い出してルービスは吐き気を催した。
「大丈夫なの、もう治りかけなの。念のためまだ包帯を・・・」
「ルービス、父親を捜す旅でどうしてそんなことになるんだ」
「聞かないでったら!」
ルービスはディーブの手を払って大きく離れた。はたかれた手を宙に浮かしたまま、ディーブはショックを受けた顔をしている。ルービスも思わず払ってしまった手を見つめた。
「話したくないの」
ルービスはポツリと押し殺したような声で言うと口を固く結んだ。
ディーブは何度か口を開きかけたが、結局何も言わずルービスのそばに近寄った。ルービスが見上げると、ディーブはもう何も聞かない、とでもいうように静かに頷いて見せた。
「ルービス、危険な目にあったら笛を吹いてほしい」
「笛?」
ルービスは自分の胸元にさがった小さな笛を触った。
「その笛は本来私の身に危険が起こった時に使うもので、笛に呼応する石がある」
ディーブも胸元を探って青黒い手のひらに収まる石を取り出して見せた。真中に切れ目が入っている。
「これは私の家臣すべてが持っている。きみに笛を渡したことを話したら、トーマンが譲ってくれた」
「トーマンが?」
「この石は笛の鳴った方向を示してくれる。長めに3回吹くんだ」
ディーブは壁にもたれて大きく息を吐いた。
自分がこのままルービスと共にいられたらどんなに楽だろうと、出来もしないことを考え苦笑いを洩らす。自分が王子であるという立場から、好きになった女性は権力を行使してでも大切に守れるものと思っていた。ところが実際はこの立場がこんなにも自分を苦しめるものになるとは。ディーブは自分の境遇を初めて呪った。自分は無力だ。ルービスが自分に語ってくれないのも当然だ。
自分が好きになったルービスは、変わりなくここにいる。彼女は何も変わっていないのだ。情けないのは自分だ。自分が安心したいがために我がままばかり言っている。これほどまでに自分が小さな人間だとは思ってもいなかった。
(成長しなくてはいけないな)
自分はチュチタ国の王子であるというぬるま湯に浸かっていたことに気づかされる。現実を見なければいけない。できることを探さなければ。
考え込むディーブを隣にしてルービスはくじけそうになる自分を必死に押しとどめていた。
このままディーブに抱きついて弱音を吐いてしまいたい。自分を強引に連れて行って欲しいと願う自分に気づく。カツタフォルネの出来事は、ルービスにとって自分の夢を捨てるだけの恐怖を植え付けていた。ユリ領やサーブ王国でも同じことがあるのなら、逃げ出してしまいたい。しかし、それと同じくらいの強い思いで、だからこそ、父親を捜し出したい気持ちもあることは事実だった。心の振り子は大きく揺れ動く。ディーブと居れば居るほど、気持ちはディーブに傾いていく。
「D・・・」
ルービスはディーブの腕をそっとつかんだ。ディーブはハッとしたようにルービスを見た。
「すまない・・・考え込んでしまったな」
ディーブはルービスの肩を引き寄せ、頬をルービスの頭に乗せた。
「きみの幸運と、私たちの絆を信じよう」
陳腐なセリフだが今の自分にはこれくらいしか言えない、とディーブは自嘲した。
「きみのもとに必ず行く。追いつくよ」
ディーブは石をゆっくりと胸元にしまい、打って変わっていたずらっぽい笑顔を向ける。
「今夜もおあずけのようだしな」
「え?」
ルービスもディーブの顔がぱっと明るくなるのに釣られて笑顔になる。だが意味がわからない。
「きみのことだ、傷は背中だけではないんだろう」
ルービスはギクッとする。賭けの気持ちも込めた自分の言葉に肯定の反応を示したルービスの表情を見て、ディーブは心の中で動揺したが、努めて陽気にふるまった。
「次に会うときまでには傷は治しておいてもらわないと。もう私も我慢の限界だ」
ディーブがチラチラと視線を自分の胸元によせるため、ルービスにもディーブの言いたいことがわかり、耳まで真っ赤になる。
「そうだ、傷が治ったらその笛で知らせてくれ。・・・今、吹いてくれてもいいよ」
ディーブは真っ赤な顔で俯くルービスを覗き込む。ルービスの心臓は今にも飛び出してしまいそうなくらい大きく鼓動を打つ。ディーブにも聞こえてしまっているのではないかと恥かしくなる。
と、突然体が浮かんだ。ディーブが自分の体を持ち上げているのだ。抱き上げられる格好でディーブを見つめる。
「な・・・なに?」
ルービスの戸惑いを気にしない様子でディーブはルービスをベッドに下ろした。
「・・・ふうん。まったく痛がらないな。大したことないんだな」
そう言ってそのままディーブはルービスにまたがる様に、自分もベッドに乗った。ルービスは展開の速さについていけず目を白黒させた。
「笛は鳴ってる?」
優しい響きをもった声でディーブはルービスを見つめた。ルービスの反応をおもしろがっているのはすぐにわかるが、ルービスにはもう余裕がない。次第にディーブの顔が近づいてくる。
ルービスは何もできず、ただ目を閉じた。




