決行
ルービスは2階の一室に案内された。そこは2階の中でもほぼ中央に位置している場所であるはずだ。それなりの空間と上等な家具が置いてある。
おそらくアムが使用しているであろう主寝室はここの2つ隣、日中過ごすであろうこの建物の中で一番大きな部屋はこの並びの奥の部屋だ。
「イルメニ~、これからそうね~、あと3日はここで過ごすわ。そのあとは、もっと大きなところに移るわよ。それまでお互いの事を理解し合いましょうね。あなたは私の妻になるんですから」
アムはルービスの肩に手を回して肌を擦り合わせてくる。ルービスは肩に置かれた手を丁寧に払う。
「アム様、数日とさっきからおっしゃってますが、なにかあるのですか? 赤毛の男が襲撃を? ・・・そうであれば、わたくしも安全なところに避難させてください」
「危険になるのはこの外よ」
アムは気味の悪い笑みで答える。
「赤毛の動きが先になるか、後になるかはわからないけれど、どちらにしろここが一番安全なの。このタイミングで妻を見つけられて良かったわよ。私には運があるということね」
アムは再びルービスの肩に手を置き、今度は腕、腰と手を滑らせた。
「さあ、もういいでしょう。お互いを確かめ合いましょう」
いったん腰まで下がった手が、また上へと上がってくる。ルービスはアムの手を押さえ、まわりの男たちを気にするそぶりをした。
「アム様…!」
「ホホホ・・・、本当に恥ずかしがり屋さんね。いいわ、私の部屋に行きましょう」
「・・・体を洗いたいわ」
ルービスはドレスの裾を少しめくった。あらかじめ泥で汚してある。泥だらけの足を見て、アムは眉をひそめた。
「ずいぶんお転婆なのねえ。いいわ、洗い流してくるのね~」
アムはそう言って部屋を出て行った。ルービスは小さくため息をついた。
自分たちが今日に照準を合わせていることには気づいていないようだが、なにか自分たちの知らない計画があるようだ。しかも、それは数日のうちに決行されるのだ。果たしてこのまま計画を推し進めていいのだろうか。もう少し情報を引き出すべきだったのだろうか。
ルービスはシャワーのある部屋に案内された。2階の角だ。これは計画通りだ。
人払いをすると、あっさりと人が消えた。もともと男ばかりだ。本来なら世話をする女たちがいるのだろう。いったいどうしてここまで人を少なくしているのか。そしてここにいた女たちはどこにいるというのだろうか。
疑問はたくさんあるが、今は合図を送らなくてはならない。ルービスはシャワーの水を全開にしてから、弾かれたように壁の通気口を探した。ケディの言っていた通り、小さめの通気口が2つ、一つは大きめのものがあった。通気口にある格子の外し方もケディに教わった通りにできた。
中を覗くと、教えられたとおり手前側に配管が通っている。
ルービスは髪留めを外して配管を叩く。教わったモールスだ。
<キケン>
自分が送った後は耳を近づけて、ケディの返事を待つ。返事はすぐに来た。
<ケッコウ>
決行の返事だ。自分が危険であると知らせているのに即座に決行としている。自分には教えられていなかっただけで、この状況は想定内だったのだろうか。それとも危険であるという自分の言葉が甘くとらえられているのか・・・。しかし、これ以上長く説明をするのは危険だ。ケディが決行であればこちらは動くしかない。5分後にはケディ達が穴から外に出てきてしまう。ルービスは気持ちを切り替えて、自分のやるべきことに取り掛かる。
格子を元に戻し、ドレスを脱ぎタオルを体に巻き、ドアを細く開ける。
ドアのすぐ近くに立っていた兵士がルービスを見て顔を赤らめた。
「ごめんなさい、ちょっと来てくださる、ネズミみたいなものがいたの。怖いわ。奥に逃げたみたい」
ルービスはまた少しドアを開け、兵士を招き入れた。他の兵士は気にした様子もなく動かない。
予定通りだ。
「あの浴槽の下よ。覗いてみて。でも気を付けて・・・」
兵士は立ったまま浴槽の周りを覗いて肩をすくめたが、ルービスが下を指し示すと渋々体を曲げて下の方を覗く。
「それじゃあ見えないわ。下よ、浴槽の」
装備した鎧や剣が邪魔でそれ以上屈むことができないため、兵士は困ったように足の先を浴槽の下に入れたりし始めた。
ルービスは小さな悲鳴を上げて兵士に抱きついた。
「今、動いたわ! 何かが見えたわ! わたくしネズミはだめなのよ」
ルービスは兵士に密着したまま至近距離でたっぷりと見つめ合った後、耳元で囁いた。
「この浴槽の下からネズミが出れば、シャワーは浴びられるわ。でも怖いからわたくしのそばから離れないでいただきたいの。構わないでしょう?」
兵士はタオルが巻かれただけのルービスの全身をすばやく眺め、一層顔を赤らめた。
「お願い、浴槽の下を」
ルービスが離れると、兵士は催眠術にかかったかのように鎧と剣を下に落とし、這いつくばって浴槽の下を覗いた。
その瞬間を狙ってルービスは体を回転させ、その勢いのまま兵士の首筋に踵を振り下げた。鈍い音がする。すぐに兵士を仰向けにして、鳩尾に肘を入れる。無駄のない攻撃だった。
動きはない。
ルービスは頸動脈を押さえ、死んではいないことを確認して安堵する。それでもしばらくは目を覚まさないはずだ。
再びドレスを纏い、その上にローブを羽織り、そこに剣を忍ばせた。
覚悟を決め、ドアを開ける。
優雅に、堂々と、美しく。
ルービスは兵士たちに愛想を振りまきながら、廊下を歩いた。みんなルービスに見惚れ、ルービスが過ぎ去った後に、あわてて追いかけるようについてくる。廊下には9人。アムのいる部屋の前に2人。想像していた3倍の数の兵士だ。だが、やらなくてはいけない。そろそろ下が騒がしくなるはずだ。
「開けてくださる?」
ローブの前をしっかりと閉じ、ルービスはドアの前に立つ兵士に頼んだ。兵士は疑うことなくドアを全開にした。
アムの寝室はバラの花であふれていた。
「イルメニ~、待っていたわよ~」
ルービスは精一杯の微笑をアムに向けた。
「お前たちは外でいいわ、さ、イルメニ~、こっちへ来て」
アムは両手を広げ、ルービスを迎えた。
兵士たちは一礼をして部屋の外へと出ていく。
(こんなに上手くいくなんて)
ルービスは微笑を崩さないまま、アムは一直線へ歩いていく。
ドアの閉まる音が背後でした。ルービスはローブをばさりと下に落としながら、なおもスピードを上げアムに迫った。スルリと剣を抜き、アムの顎に剣先を突きつけた。信じられないことに、剣先が震えている。体の震えが止まらないのだ。
アムは、驚愕の表情で剣先を見て声も出せずに硬直している。
「声を出さないで、おとなしくして」
ルービスの震えが止まらないため、剣先が接触し、アムの顎から血が滲んでいる。
「おとなしくするのはお前の方だ」
右横から突然男の声がして、ルービスは驚いて再び大きく剣を動かしてしまった。アムが金切り声をあげる。残念ながら、アムに怪我はない。
おそらくルービスに見えるようにだろう、バラの花々の中から、弓を持った兵士が姿を現した。アムから剣を外せないため、しっかりとは振り向けないが、どうやら両脇に弓を持った兵士がこちらに構えているようだ。
そして、背後のドアの開く音と、兵士の足音が続いた。
全身から大量の汗を流しながら、剣を突きつけられたままのアムがにやりと笑った。




