革命
四方から自分の命が狙われている。
どうせ死ぬのなら、アムも道連れにしようとルービスはかたく心に誓っていた。
「アム様、ゆっくりと後ろに下がってください。女はまかせてください」
弓を構えている右横の男が落ち着いた口調でアムに話しかける。アムは全身から汗を吹き出しながら、傷をつけられるのが嫌なのか、それとも体がすくんでしまったのか、動かずにいた。
「アム様…」
もう一度男が呼びかけた時、地鳴りと共に建物が揺れた。
一瞬、男たちがルービスへの集中を解いた。その瞬間を狙って、ルービスはすばやくアムの背後に回り込む。耳元で矢のすり抜ける音が聞こえた。
アムはかろうじて立っていたが、やはり腰を抜かしていたらしい。ルービスが背後に回って体を押さえると、そのままアムが倒れ込んできた。ルービスはそのまま壁際にアムを引きずりながら移動した。その間にも地鳴りは続いている。
地鳴りの正体はケディのはずであった。爆弾を使用すると事前に聞いていたとはいえ、すばらしいタイミングで使用してくれたものだ。
再び口をパクパクして半狂乱になっているアムを盾にして、ルービスは窓際まで後退した。驚くことに、窓から外を見ると火の海になっている。外から火矢が飛んできているのが見える。これはルービスにとって想定外だ。民衆が味方となっているのだろうか。
外からは剣で応戦している音も聞こえている。姿は見えないが、ケディ達も戦っているのだろう。あの人数の兵士を相手にどれだけの抵抗ができるだろうか。
窓のすぐ横、壁に背中を預けルービスは部屋全体を見渡すことができる。驚くことに兵士は30人近く部屋の中にいた。弓矢を構えているのは2人だけだ。ルービスが無事だったのは奇跡に近いといっていいだろう。
「部屋から出るんだ! アムと2人きりで話をする! 全員この部屋から出ろ!」
ルービスはアムの首に剣を突きつけ叫んだ。
全員弓矢の男を見る。どうやら、あの男が隊長のようだ。
「全員出るんだ、下の様子を見てこい」
男が腕を上げると、兵士たちはぞろぞろと撤退していく。
「ちょ・・・ちょちょっと~、私を助けるのよ~」
アムが掠れるような声を出した。剣をされに首に近づけると黙ってしまう。
「女、目的はなんだ。きさまは何者だ!」
弓矢の男は弓を放り投げ、両手を上げてルービスに向かって話しかけてきた。
「あなたも出ていくんだ。全員といったはずだ」
ルービスはさらに剣に力を入れる。アムが金切り声をあげたところで判断すると、少し皮が切れたかもしれない。
男は慌てて後退した。
「待て!」
ルービスは周囲の花々を見回した。男が去る時、視線が周りに注視したように感じた。
「花瓶を全て下に落とせ。全ての花を下に落とすんだ。ゆっくり動け。ゆっくりすべての花を落として行け!」
男は笑ったように見えた。そして観念したように、自分の周りの花瓶から下に落としていく。
ガラスが割れ、水が飛び散る音が続く。少しずつ、埋め尽くされた花がなくなり視界が開けてくると、予想していた通り、1人2人と弓を持った兵士が姿を現す。男に促され、現れた兵士は部屋を出ていく。
兵士が見つかった安堵感を感じたものの、ルービスはそれ以上に疲労感が体に重くのしかかってくるような気がした。アムを支えながら剣を突きつけ周りに気を配るのは、思った以上の神経をすり減らしている。
ふと体の疲労だけではなく痛みを感じたような気がして、なにげなく自分の体を見ると、右の太ももに矢が刺さっていることに気づき、我ながら衝撃を受ける。矢が刺さっていることを確認してしまうと、痺れるような痛みが湧き上がってくるから不思議だ。そう考えてみると、背中の方にもヒリヒリと火傷したような感覚がある。おそらく剣で襲われているのだろう。
全ての花瓶が下に落とされ、部屋は男とルービスとアムだけとなった。再び男は両手を上げる。
「そのままあなたも出て行って!」
「お前はケディの仲間か?」
男は少しずつ後退を始める。やはり笑っているように見えるのがルービスの癇にさわる。
「何も言わずに外に行け! 早く!」
「どちらにしろ、素人としかいいようがない。殺すべきはすぐに殺し、窓際には立たないことだ」
男の言葉にルービスが窓を見ると、兵士が窓枠に足を乗せこちらを向いているところだった。
あっと言う間もなく兵士が飛び掛かってくる。アムを前に突出し剣を放った。
アムの背中から真っ赤な血が吹き出し、そのまま倒れ込んだが、ルービスはまともに兵士からの突撃を受ける。兵士に馬乗りにされた状態で背中から床に倒れ込んだ。
兵士は背中から剣を抜きだし、ルービスに切り付けた。
これで終わりだとルービスが観念すると、ウッと兵士が呻いて倒れた。剣はルービスの顔の横の床に突き刺さる。見ると兵士の背中には剣が突き刺さっていた。
兵士を押しのけ起き上がると、エクシーノが弓矢の男と剣で戦っていた。どうやらエクシーノが剣を放って助けてくれたらしい。
「ルービス! アムの息の根を!!」
起き上がったルービスを見て、戦いながらエクシーノが叫んだ。
見ると、アムは部屋の中央で頭を抱え、背中を丸めてうずくまって震えていた。
背中の傷からは今も血が滲んでいるが致命傷にはならない浅い傷だったようだ。
ルービスは太ももに刺さった矢を抜いて立ち上がった。思った以上に足に力は入らない。少しずつアムに近づき剣を構える。
丸腰の、背中を丸めて震えるアムを見て、ルービスは振り上げた剣を下ろせずにいた。自分が近づいたのもわかっているはずなのに、まったく抵抗しない。
「ルービス!!」
エクシーノの声にハッと気づき、寸前で自分に向けられた剣を受けた。
他の兵士が部屋になだれ込んできている。
自分の迷いのせいで、アムを殺す絶好の機会を逃してしまった。
ルービスは激しく後悔しながら向かってくる兵士たちの剣を次々と躱し、踊るような滑らかな剣術で相手の剣を叩き落としていく。剣を失った兵士の脚や背中を切りつけ、戦意を失わせる。
気づくとエクシーノが壁に追い詰められている。ルービスは応戦に走った。
「オレよりアムを!」
エクシーノが叫んだ。ルービスは構わず男の背中を目指す。男は振り返りルービスの剣を受け、エクシーノから離れた。
「この女に殺しはできないようだ。残念だったな」
男が言い終わらないうちに、ルービスはすばやく男の懐に入り右手を切り落とした。
「これだけの腕を持っていながら!」
男は体を崩し、また笑ったようだった。
エクシーノは一直線にアムに向かう。
「エクシーノ、殺さなくても私たちは勝利を手にした! 宣言しよう!」
追いかけるルービスの全身にアムの返り血が飛んできた。
アムは絶命していた。
「すまない、ルービス」
エクシーノは振り返ることなく謝り、左手でアムの首を持ち上げた。
「我々は、アムを許すことはできない」
部屋の入口に兵士たちが佇んでいた。アムが命を落としたことを知り、立ち尽くしている。
「アムは我々の手に落ちた。すみやかに撤退するのだ」
エクシーノは兵士たちに向かってアムの首を見せつけた。兵士たちはしばらく放心していたが、一人が走り出すと全員が走り去っていった。
ルービスは直視することができず、両手で顔を覆ったまま立ち尽くしていた。
「ルービスが祭りから出た後、動きがあった。密偵から本邸の女や奴隷のように扱われていた民衆が別邸に移動させられたと。本邸がもぬけの殻になるわけだが、どうも兵が集まってきていると」
ルービスは手をおろし、エクシーノを見た。エクシーノは涙を流していた。
「他になにかおかしなことが起こっていないかと調べると、我々の王が、アムによって殺害されていた。いや、王族は皆殺しにされていた。アムは、我々の王を殺害した、その足であの祭りにきていたのだ。・・・・我々は一歩遅かった」
「それで民衆が立ち上がってしまったのだな・・・。だから殺すことは反対したというのに」
弓矢の男がつぶやいた。
「アム様も、だれかに操られていたようだ」
「操られていた・・・?」
ルービスは男のそばに駆け寄った。もっと詳しく聞き出さなくてはならない。しかし、エクシーノは興味を示さなかった。
「そんなことはどうでもいい、とにかくアムは死んだ」
エクシーノはアムの首を持ったまま、部屋を出て行った。ルービスも男を残して、あわててエクシーノの後に続く。
邸宅の中は殺戮の場になっていた。血だらけの兵士やおそらく民衆なのだろう、満足な鎧もまとっていない男たちが倒れていた。兵士の数にも驚いたが、民衆の数もすさまじい。
エクシーノは下には下りずにテラスに出た。
ところどころから火の手が上がり、強い風にあおられて被害が拡大している。剣の交わる音と、男たちの叫び声があちこちから聞こえた。
エクシーノは迷うことなくテラスの端まで歩き、下を見下ろした。ルービスは後ろからその背中を見つめる。
「アムは我々の手に落ちた!!!」
エクシーノはアムの首を掲げ叫んだ。
「我々は自由を手にした!!! 国を取り返したのだ!!」
喧騒が止み、一瞬辺りが静かになり、再び歓声が上がる。その歓声を受けて民衆の勝利を確信したのか、本邸の外でも歓声が上がった。
ルービスはその歓声を聞いてほっとしていた。こんな恐ろしい地獄のような有様の中で、歓声だけが自分を救ってくれるような気がした。
気が付くと、横にケディが立っていた。
「ありがとう、ルービス。無傷ってわけにはいかなかったな」
白いコートをルービスの肩にかけてケディは微笑んだ。ケディ自身も血まみれだ。
「王が・・・」
ルービスが言うと、ケディは悔しそうに頷いた。
「国を一から作らなければならない」
「ケディ、ルービス、こっちにきてくれ!」
エクシーノがテラスの端で手招きする。
2人が姿を現すと、下にいた民衆たちは再び大きな歓声を上げた。門から中へたくさんの民衆がさらに入ってきている。戦意を失った兵士たちも力なく3人を見上げていた。
涙を流し、3人に向かって膝をつき手を胸の前で組み、祈りはじめる民衆が現れると、それが伝染するように一帯に広がった。
その反応に、上にいた3人は戸惑い顔を見合わせた。
あわてて下に降りると、一緒に戦っていた仲間と一緒に民衆に囲まれる。
「いい国を作ってくれ! 頼んだぞ!」
口々にそんな言葉が飛び交う。
ケディは一帯に響き渡る大きな声を出した。
「我々の仕事は終わった! 国づくりはそれにふさわしい人間がいるはずだ! みんな冷静になって、国をまとめるのにふさわしい人間を選ぶんだ! 我々は違う!」
ケディの言葉に民衆は言葉を失ったように呆然と佇んでいた。
そんな民衆を残し、ケディは歩き始めた。困惑した民衆たちの間を縫って、7人はぞろぞろとその場を去る。
ケディは身を隠す必要もないのに、再び仲間と隠れ家に帰った。
「オレはルービスを白い塔に連れて行く。この国の立て直しをしたい奴はここに残るんだ」
「ケディ、私は大丈夫だよ。みんなここにいたいでしょう?」
ルービスは本心から口にした。もしチュチタがこんな混乱に陥ったら国を離れる気になれるわけがない。
「オレたちはここにいてはいけない。オレはそう思う。革命を起こした人間はいないほうがいいんだ」
ケディは男たちの顔を見回した。
「オレたちは革命の顔だ。しかも、予想もしない大きな革命となってしまった。今、王のいないこの国で皆がリーダーを求めている」「そうだ、みんなでやろう」
「オレたちは血で汚れている」
ルービスはぎくりとした。あの場の惨状を思い出し恐ろしさに体が震える。
「タイミングで謀反を起こした役人を殺した格好だが、本来我々は国の役人殺しだ。そんな人間が国のリーダーになっていいわけない。・・・だが、みんなには強制しない。これはオレの持論だ。自分で考えて動くんだ。みんな自由だ」
一晩時間を与えられ、ケディ、エクシーノ、レジアン、レイはルービスと共に出発することとなった。
「帰ってきたときに、いい国になっていることを楽しみにしよう」
レジアンが笑顔で言った。
このまま国を去るケディ達は後に知ることとなるが、この革命は「天使の奇跡」と呼ばれることになる。風の強いテラスで、白いコートをなびかせ現れたルービスは、その美しさも手伝って天使が降り立ったかのように見えたのだという。ダンスバーや、祭りに現れたルービスの噂も手伝い、革命時に降り立った天使が起こした奇跡だと呼ばれたのだ。




