潜入
馬車の中でもアムは執拗にルービスに迫ってきた。
屋根つきのやや広めの馬車に、アムとルービス、警護のためか剣を携えた男が2名乗っている。
向かい合わせに2人ずつ、男2人はアムとルービスのやりとりを見つめる格好になる。
「人前ではおやめください」
ルービスが設定したイルメニの性格はクールビューティーだ。腕や手に触れてくるアムの手を軽く叩いてツンとすます。
「イルメニ~、じらすわね~。この男たちのことは気にしないでいいのよ~。空気だと思ってよ~」
意に介さず再びアムはルービスに擦り寄ってくる。ルービスはアムを優しく押しやって、外の景色を眺めた。途中、打ち合わせで決めていた建物の陰にリーとロドニーが緊張で青白くなった顔を覗かせていた。目を合わせ、3人にしかわからない合図を送り合う。順調だ。
「アム様のもとには、たくさんの妻がいるそうではないですか。わたくしは、どのような扱いに?」
「あなたは特別よ~」
「みんなに、おっしゃっているのでしょう」
ルービスはアムに向き直り、佇まいを直す。それだけでも、ルービスのまわりの空気が色を変える。その美しさにアムはおろか、警備の男たちも一瞬目を奪われる。
「わたくしは、自分を安売りする気はありませんの。その他大勢の女性たちと同等に扱われるくらいなら、死んだ方がましですわ」
アムはうっとりしたまま頷いた。
「もちろんあなたは特別よ、イルメニ~。私はあなたのような美しい女性を捜していたのよ。私はもうすぐこの国のトップになるのよ~。その時にふさわしい器の妻が必要だったのよ~。見つけられなければ、私も立場上困るしね~。だから、あなたはこれ以上ないほど大切にしてあげるわ~」
言いながら、アムはルービスに顔を近づける。
「私に逆らいさえし~な~け~れ~ば」
アムの表情が一変し、野獣のように険しい顔貌になる。鋭い光を放ちルービスの目の奥に隠された本心を見るかのように目を細めた。ルービスも一瞬身を引く。
「ルービスのようにね~」
アムの言葉に心臓を掴まれたように驚く。表情に出なかっただろうか。アムはルービスを観察するかのようにしげしげと見つめている。
「この前、ルービスという女が現れたのよ、あなたのようにダンス会場にね~。あれも美しい女だったわ」
「・・・その女性はどうしたんですか? 妻候補に?」
「私にはむかったからね~。殺すわ~」
アムはルービスの目の奥に恐怖を感じ取ったため、満足してルービスのそばから離れた。実際には自分の名前が出たため動揺したのだが、うまく勘違いしたようだった。
話が終わるのを待っていたかのように、馬車はアムの本邸に入ってきた。ルービスはすでに何度も見取り図を見ている。俯瞰で頭に入っている。
「驚くことないわよ、すぐにあなたの物になるんだから、イルメニ~」
驚くルービスの顔を見て、アムが満足そうに笑った。
しかし、ルービスの驚きはアムの本邸の豪華さではなかった。そんなものは見取り図で把握している。まるで何度も通ったことがあるかのように頭に入っているのだ。
そんなことではない、この警備の数だ。尋常ではない。建物の周り、建物から門までの道を隙間なく警備、というよりは武器を完全装備した兵士が固めている。
「ああ、兵士ね~。あなたを守るための兵士だから怖がることないのよ。まあ、私に逆らえば殺されちゃうけどね~」
ルービスは本気で不安を目に湛えながらアムを振り返った。
「うそよ~。これはね、赤毛のゴリラのためのものよ、あなたは気にすることないわ~」
アムはルービスの手を握った。払うことも忘れアムを見つめる。
「馬鹿な集団がいるのよ~。そいつらがポールカリアに入ったという情報があってね。すぐに片付けちゃうからね、大丈夫よ~。・・・・まったくあと少しすれば解決するんだけどね、面倒な奴らよ~」
ポールカリアに入っていることがばれることは最悪想定にあった。しかし、ここまでの兵士の数を予想してはいなかったはずだ。ざっと見ただけでも500は下らない。よくここまで集めたものだ。
馬車が本邸の玄関に到着し、ルービスはアムとともに馬車を降りた。
アムは玄関に入る前に、くるりと向きを変え、兵士たちを見回した。
「いいわね、あと数日ここを守れば、私の時代がくるわ! もう戦う必要はないのよ! ただ数日追い払えばいいだけ! 簡単でしょう? 虫一匹入れるんじゃあないわよ!」
オオー! という兵士の歓声が続く。
すさまじい音声だ。これならおそらく地下にいるケディ達にも聞こえたのではないだろうか。今頃みんなで顔を見合わせているだろうか。ルービスは不安を抱えながら玄関に入った。
情報では、この玄関ホールにはいつも50人を超える女たちがアムを待ち構え、その中で気に入った女をアムが選びその日の相手をさせるという話だった。
しかし、そこにいたのは数十名の、おそらく選ばれた兵士の精鋭たちなのだろう。外にいた兵士たちよりもはるかな装備をつけ、がらんとした玄関ホールに並んでいた。
「しばらくは、この建物の中には女はイルメニ、あなただけよ~。特別でしょう?」
歩みの止まったルービスを手を引いて、アムが気味の悪い笑顔を見せた。
なにかがおかしい。
ルービスは底知れぬ不安を覚え、アムの本心を探ろうとアムの表情を観察した。しかし、見れば見るほど自分の心が見透かされるようで、ルービスは自分から目をそらすのだった。




