イルメニ
薄暗い室内に光が灯ったように視線が吸い寄せられた。まるで光を纏ったかのように神々しい。空気までが清浄されたかのようだ。
いつもは小鹿のように快活で元気な印象のルービスが、男たち全員一致で金髪のウェーブにして、ベージュのシックなドレスを纏い、椅子に腰を掛けている。
リーとロドニーも男たちが覗きに来る前、化粧を施しながらその美しさに時が経つのを忘れて見入ってしまった。いつもならクルクルと変わる表情が、緊張しているためか静かに澄ましているだけで、まるでそこに美しい絵画が置いてあるようだ。自分たちも同じ反応をしていたのに、男たちが覗きにやって来てすっかり魂を抜かれたように立ち尽くしているのを見て、2人はやはり自分の心に黒い染みが広がっていくのを感じた。
ルービスはどちらかというと男っぽいサバサバとした性格をしている。話をしていても、女同士の会話というよりは、年の近い幼馴染の男の子と話しているような気分になる。しかしそういう感覚になってふとルービスを見た時、その美しさにギクリとさせられる。忘れてしまうが、美しい華奢な女性なのだ。この子にこの姿は不釣り合いだ、と思う。ルービス自身も容姿にこだわりは全く持っていないようだ。いや、この容姿だからこそこだわる必要がないのか。
ルービスは慣れない化粧をしてドレスを纏い髪型も色も変え、恥かしいのか少し俯いて頬を赤く染めている。これ以上そんな風に男たちを夢中にさせる仕草はやめてほしい、とリーはイライラした。
「まだしおらしい演技をするには早いよ!」
ルービスの肩を叩いた。ルービスがはにかむ。
「人形みたい」
レジアンがポツリと漏らした。それを皮切りに男たちが口々に賞賛した。
いつまでも男たちが鼻の下を伸ばしてルービスのそばを離れようとしない。リーとロドニーは2人で顔を見合わせ眉間にしわを寄せた。
「さあ、もう行動に移らないと!」
その言葉に男たちは正気を取り戻し、しかし名残惜しげに自分の所定の場所へノロノロと出発していった。
ルービスは大きな鏡の前に立って自分を見つめた。
「私…、綺麗?」
鏡を見つめたまま、おそらくリーかロドニーに話しかけたのだろう、2人はあきらかにムッとした。
「なによ、皆にあれほど言われておいて・・・」
そう毒づきながらルービスに近づくと、ルービスの体が小刻みに震えていることに気づく。
「ルービス・・・? どうしたの?」
「冷静になろうって、思うんだけど・・・。どうしてもだめなの」
ルービスは自分自身の体を抱くように腕を回して小さくなった。
「これからアムに復讐をするかと思うと、怒りで体が震えてくる。私、恐ろしい顔をしていない? うまく…演技できるかな。アムは、綺麗だと思ってくれるかな?」
「・・・大丈夫よ、あなたは綺麗よ」
ロドニーが答えると、ルービスはロドニーの肩を抱いた。
「ありがとう、2人のおかげだね。・・・私、化粧なんてあまりしたことなかったから。この化粧のおかげでマスクをかぶっているような気がして、自分は綺麗だって思い込むことができる・・そう思う」
2人はまた顔を見合わせた。おそらく本気で言っているのだろうが、この顔で言われるといちいち癇に障ってしまう。だが、すでに男たちがいないことと、ルービスの性格を知っているためになんとか理性で対応できる。
2人の葛藤にまったく気づいた様子もなく、ルービスはパンチや蹴り上げのシャドウイングを始めた。着慣れないドレスを着ているため、蹴り上げには裾を手でつまんで調整しなくてはならず、その細かいチェックに余念がない。
「せめてもうちょっとブスなら私、あの子のこと好きになれるのに」
ロドニーがリーに耳打ちした。
ルービスはイルメニという名前を名乗り、祭りに参加した。イルメニというのは、ロドニーが小さいころから大事にしていた美しい人形の名前だ。
ダンスが始まる時間に合わせて会場に足を運んだが、案の定、ダンスが始まる前からルービスの噂は流れたらしく、会場は史上最高の人の集まりに混乱をきたしていた。この様子なら、すでにアムの耳にも届いているはずだ。
祭りの主催者が緊張しながらルービスに話しかけてきた。
「あの・・・。ミセス、この辺りではお見かけしませんが、どちらからいらしたのですか?」
周りの人間も固唾を飲んで答えを待っている。しかし少し離れると、主催者の質問が聞こえないためルービスを一目見ようと、また、見た人間が興奮してざわめきが起こっている。それを止めようと、あちらこちらで「シ~!」という声があがる。
「北のタトングという村から来ました。このお祭りには外から来た人間は参加できませんか? 何も知らず申し訳ありません」
ルービスは慌てて立ち去ろうとする。もちろん演技ではあるが、主催者はおろか周りの人間も「いやいや、そんなことありません」とルービスを押しとどめる。
「とんでもありません、もちろん楽しんでいってください。見てください、あなたの美しさにこれだけの人が集まりました。感謝をしに来たのです。しばらくここに? ご旅行ですか?」
ルービスは上品に微笑み、主催者に手を差し出した。
「踊りが好きなので、ここに来ました。一曲踊っていただけますか?」
主催者はわかりやすく舞い上がった。質問をするのも忘れ、緊張で何度も足をからませながら夢うつつの中一曲を踊る。ルービスはすぐに近くの男に手を差し出す。次から次へと順番に踊るため、周りの男たちは次は自分の番だとばかりに周りを固めはじめる。本来は大勢のペアが同時に踊るはずなのに、ルービスのペアだけが踊り続けた。男たちの視線はルービスにくぎ付けになり、余った女たちは面白くなさそうに遠巻きにしている。
しばらくすると、案の定不穏な空気を伴ってアムの一行が姿を現した。
色めき立っていた男たちもアムに道を開け、ルービスたちも気づき踊りを止めた。ルービスは緊張した。もちろん別人のように変身したことはわかっているものの、100%ばれないという保証はないのだ。
「私が誰だかわかる?」
アムが忘れもしない甲高い、不愉快な声を出した。
「・・・アム様」
ルービスは小さく屈んで敬意を表す。アムは満足げに笑った。こちらに向けて手を差し出す。踊りの誘いだ。どうやらばれなかったようだ。ルービスはホッとしてアムの手に自分の手を重ねた。曲が始まる。
「お会いできて光栄です。アム様」
「国中の女性をチェックしたつもりだったのに、こんなに美しい女性がまだいたなんて、信じられないわ」
アムはチークでもないのにルービスに密着し、顔を近づけてくる。ルービスは静かに微笑んで、全てを受け入れた。どうしてもダンスバーの一件が頭をもたげ、怒りが腹から上がってきそうになるが、ここで顔色を変えてしまっては元も子もない。
アムの踊りに慌てて合わせたように、曲がバラード調に変わった。アムがさらにルービスに接近する。ルービスより頭一つ小さいアムは、ルービスの胸元に顔をうずめてきた。たとえようのない嫌悪感と怒りが沸いてくるが、ルービスはそれにも耐え、踊りを続けた。ここにいるイルメニはルービスではないのだ。みんなの想いをのせた人形だ。ルービスは心の中で唱え続けた。
恐ろしく長く感じられた一曲が終わると、アムはルービスの手に粘着質なキスをして気味の悪い笑みを寄越した。
「私についてきなさい」
アムはルービスの体中を舐めるように見渡した。ルービスは目に不安げな色をたたえ、周囲を見回した。もちろん、これも演技だが、その表情もアムは気に入ったようだった。一層汚い歯を剥き出しにして、再びルービスに近づき腰に手を回した。
「怖がることはないのよ、あなたは一番のお気に入りだから」
周りもすっかり声を失くして事の成り行きを見守っている。最初に挨拶にきた主催者も顔を蒼白にさせルービスを見ていた。知らぬうちに会場から女性の姿が消えていた。万が一アムに見初められでもしたら、同じ顛末を迎えるからだ。
アムの連れてきた男たちがルービスの周りを固めた。アムも今一度ルービスの手を握りしめた。
「もう離さないわよ」
放心したように立ち尽くしたルービスの背中を男たちが押す。アムはもう一度ルービスの手を舐めるようなキスで濡らしながら気味悪く笑った。




