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苦悩

 どのように隠れ家にたどり着いたかは覚えていなかった。足がついてしまう馬は早々に捨て、歩き回って隠れ家を見つけた時、ルービスはそのまま倒れた。

 外を警戒していたケディに見つけられ運び込まれ、意識の回復したルービスが事のいきさつを話すと、ケディたちは拳をそこら中にぶつけて怒り狂った。あのダンスバーは昔からよく通っていたらしい。殴られた老女とも親しい間柄だったようだ。

「彼女は生きている。大丈夫だ」

 聞き込みを行ってきて、ケディはルービスに安心するように伝えた。老女は重体であるものの、命は取り留めたようだった。他に数名の軽傷を負った女たちがいたようだが、老女の判断により大部分の女たちが事前に店を離れたため、アムの到着時には店は人が皆無の状態になっており被害は最小にとどめられた。

 ルービスの踊りの反響はすばらしく、瞬く間にアムの耳に入ったという。ものの数時間でアム自らが店にやってきたとのことだった。店中を引っ掻き回し、ルービスがいないとわかると待ち伏せしていたようだ。

 お礼をするつもりが、自分のせいで返って迷惑をかけたことを知り、ルービスは声を枯らして泣いた。

 トーマンから忠告されたのはこういうことだったのだろうか、これでは自分は疫病神だ。自分の浅墓さを呪ってルービスは自分の頭を壁に打ち付けた。

「おい、やめろ!」

 ケディがルービスの暴走を止めた。大男であるケディに羽交い絞めにされ、さすがにルービスは抵抗できずにあきらめ体を預けた。

 痛みがほしい、と思った。彼女と同等の痛みを。苦しみを。ルービスは再び声を上げて泣いた。

「しっかりしてくれ、アムを倒すにはあんたの力が必要だ。冷静になるんだ」

 ケディの言葉でやっとルービスは泣くのをやめた。泣き止んでもまだひくっ、ひくっと喉の痙攣は続く。

「すぐに・・いけるっ! うっ! 仇を・・・」

 ルービスは懸命にケディに訴えた。

「アムはもうこの町にはいない。ポールカリアという町に行った。そこには奴の本邸がある」

「ど・・どうして、そんなことが、わかるの?」

「民衆からのささやかな情報提供さ」

 別の男が言った。ケディも頷く。

「もう少し情報を集めるんだ。それからオレたちも動き出そう。今回で終わりにするんだ!」

 オウッ! という掛け声が上がる。ルービスも心に誓った。アムのような存在は許してはいけない。


「あれだよ、あれが私の目指す白い塔。やっぱり高いところからだと見えるんだね」

 ルービスは何カ所目かの隠れ家から久しぶりに見る白い塔を指差した。ここもまた塔のような建物だった。塔というには低いが、昔は町を監視する建物だったのかもしれない。今は、そこかしこにひびが入り、やや傾いているような感じもある。

「本当にあの塔なのか?」

 ケディは遠くに霞む上が尖った白い塔を見つめた。その表情は険しかった。

「・・・あの塔はサーブ王国の塔だ」

「サーブ王国? 最北端の? まさか・・そんな遠くの? あの尖った白い塔よ?」

 ケディは見るまでもない、という風にルービスを見つめたまま頷いた。

「あんな塔は他にない。間違えるはずもない」

 ルービスはもう一度塔を確認した。確かに特徴的な形をしている。他に先が尖ったようになっている塔は見当たらなかった。

「・・・やっかいだな。サーブ王国なんて。近くに行くのも、入国するのも困難だ」

 ケディは不安そうに塔を見つめるルービスの横顔を見た。この宇宙人みたいな女はいったい何者なのか。塔を目指しているといいながら、その塔がサーブ王国の塔だと知らなかったというのもおかしな話だ。店主が暴行にあったことを、あんなに嘆き悲しむなんて、いったいどんな平和な国からやってきたというのだ。虐げられる話など、今回は確かに惨いとはいえ、生きていれば何度も出会う経験だ。まるで、こういう出来事を経験するのは初めてのような取り乱し方だった。

 アムの暴挙も、自分の存在もしらない。

 しかもこんなに美しい女性で剣士となれば、何度考えても噂にならないのはやはりおかしい。自分がルービスという存在を聞いたことがないというのもおかしな話だ。

 突然現れた奇妙な女。仲間の男たちの中には気味悪がるものも出始めた。ルービスをこのまま仲間として本当にいいのだろうか。

 ケディは長いこと考えていたのだろう、気が付くとルービスがじっとこちらを見つめていた。

 吸い込まれるような瞳だ。こんなにまっすぐに見つめられると目が離せなくなってしまう。

「ケディ? 大丈夫?」

 ルービスがケディに一歩近づいた。覗き込むように顔を傾けながら、ケディに触れようと手を伸ばす。

「いや、考え事をしていた。・・・スマン」

 ケディは大きく退いて顔を背けた。おそらく髪の色にも負けず顔は赤く染まっていることだろう。気を抜くと、このルービスの美しさに見惚れてしまう。

「無理ならいいの。私一人で行けるから。もうアムの事は私の問題でもあるから」

「一人でって・・・どうやって行くつもりだ」

「どうって・・・北に行けばいいんでしょう?」

「そりゃ無謀だ」

 ケディは呆れて言葉を失った。すると、後ろから仲間の男が間に入ってきた。

「ねえ、ルービスはどんな田舎から来たの? なんでそんなにものを知らないの?」

「あ・・・えっと、あなたは・・・」

「レイだよ。ルービス。早く覚えてよ」

 仲間内の中でも最年少のレイは物おじせずルービスに近づく。

「ねえ、ルービスはなんでこんなにキレイなの? だれから武道を習ったの?」

 レイはルービスの顔に手を添え、そのまま前髪をつまんだ。

「髪もきれいだね。こんなサラサラした髪、作り物みたい」

「おい、レイ、よせ」

 さすがに照れて顔を赤く染めるルービスに見かねて、ケディがレイの腕を引っ張り引き離した。

「私は南の小さな町から来たの」

「なんて町?」

「・・・あ・・・えっと・・・」

 ルービスは言葉に詰まった。この島の中でもチュチタが女性の移動を禁じていること、国外に出ることは重罪であることは知っているはずだ。適当な町の名前を言いたいところだが、思いつかない。こんなことなら先に考えておくべきだった。

「あまり根掘り葉掘り聞くな。言いたくないことだってあるだろう」

「じゃあ、なんで塔に行きたいの? たった一人でさ」

 レイはケディが押しのけても、負けじとルービスへの質問をやめなかった。

「・・・人を捜しているの。たぶんあの塔に行けば会えるから」

「人って誰?」

「・・・父親・・・。私にはもう父親しかいないの」

 ルービスが小さく答えると、レイはケディを押しのけ、再びルービスの近くに迫った。

「家族がいないの? ひとりぼっちなの?」

 他の男たちも振り返ってルービスに注目した。

「ぼくもそうだよ。母さんはアムに連れて行かれた。父さんは鍛冶職人だったけど、武器を生産するからってやっぱり城に連行されていったよ。兄さんは母さんを助けようとして殺された」

 ルービスは思わず胸に手を当て目を見開いた。

「本当なの?」

「こんなこと、冗談で言えないさ。ルービス、それならぼくのそばにずっといてよ」

 レイは突然ルービスに抱きついた。ケディが慌てて引き離す。

「ルービス、とにかく塔に行くのは約束したんだ、オレが必ず連れて行く。しかしサーブ王国に行くのはやっかいだ。少し時間をくれ。よくよく計画を練らないと命がいくつあっても足りない」

 ケディはレイを遠ざけ、ルービスと再び話し始めた。

「レイはまだ16だ。たった16で国のお尋ね者にさせてしまった。剣の腕はまだまだ未熟だから今は情報収集のために働いてくれている。自分で志願してここに来たが、今でも入れたことを後悔している。若すぎる」

 ケディは今までの事を思い出しているのだろう、遠い目をした。

「オレはもともと建築士だ。この国の建造物はほとんど関わっている。その時の仲間があと2人今も一緒だ。他には剣を教えていた奴や、魚屋もいる」

「みんな苦労しているんだね。私は見ての通り世間知らずで。・・・守られて生きてきた。本当に、守られていたんだっていうことを痛感するよ」

 ルービスはため息をついた。

「・・・そのようだな。不思議なやつだな、あんたは」

「ありがとう、仲間として認めてくれて」

 ルービスの言葉にぎくりとする。ルービスのような異分子が入ることで仲間同士の結束が壊れはしないかと悩んでいた矢先だ。だが、ルービスなくしてアムに勝つ手立てが今のところないこともみんな理解しているはずだ。

 ポールカリアまではあと半日も行けば着く。情報収集をして時期を見計らうにしても、残された時間は少ない。それまでに、仲間たちの結束を高め、士気を上げていかなければならない。もう失敗はできないのだ。

 ケディは再び思い悩んだ。


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