怒り
駆け出したルービスの背後から、何かが砕ける鈍い音とドサリと人の倒れる音が追いかけてきた。振り返ると、老女が頭から血を流して倒れこんでおり、開いたドアから大きな棒をもった男2人が出てきたところだった。
「おばさんっ!!」
ルービスは慌てて老女に駆け寄った。
「き・・来てはだめ・・だ」
老女は懸命に頭を動かしルービスを見上げた。ルービスは老女の傍らに膝をつき、それでも触れていいものかわからず、ただ涙を流した。老女の頭から流れる血はみるみる地を染めていく。
「ああ・・・ケディがいてくれたら・・・」
老女は涙を流してケディの名を口にした。
「ふん、隠したりするからだ」
男は老女の体を足で小突いた。
「なにするんだ、人でなし!!」
ルービスは男の足を振り払い押し倒した。男は頭から地面に倒れ込んだが、すぐにもう一人の男がルービスに棒を振り上げた。背中を襲う激痛にルービスは嗚咽をもらした。
「あまり乱暴しないの、ルービスちゃんが怖がるでしょう」
後ろで甲高い声がした。振り返ると、小太りの白髪頭の男が顔をくしゃくしゃにさせて笑っている。
「アム様!」
男たちが敬礼した。
(アム…この人が・・・)
ルービスは目を吊り上げアムを睨みつけた。
「おやおや・・・怖い顔をしちゃって!」
アムは弛んだ顔を奇妙に動かした。醜い表情だった。
「よくも・・・!」
ルービスはアムに飛び掛かっていった。頭に血が上り、何も考えられなかった。目の前で自分を助けてくれた老女が、暴力を振るわれた。いったいなぜ血を流す必要があるのか。ルービスの頭の中には憎悪しかなかった。
アムや自分を取り囲む男たちの存在に気付いたのは、地にねじ伏せられてからだった。多勢に無勢。ルービスはあっというまに何人もの男たちの手によって体の自由を失っていた。
「放せっ! 放せっ!」
ルービスは叫んで体を懸命に動かした。ルービスを押さえる男たちの手の数が増えていく。
「うるせえ女だ」
脇腹に男の足蹴りが入り、ルービスの体は横に飛んだ。呻いて立ち上がろうとすると、顔に2発男のパンチが入った。血の味がする。頭がクラクラとして視界が真っ白になる。ルービスはぐったりと横たわった。
「ホホホホホホホ。手荒に扱わないでちょうだい」
アムの高らかな笑い声が響いた。
「気絶させただけです、アム様」
男たちも笑った。
(気絶させただって・・・?)
ルービスも笑っていた。
(お前なんかに気絶させられるか)
ルービスは薄目を開けて状況を確認した。男は10人を超える数だ。
(冷静にならなければ)
男たちはルービスを両脇から支え立たせた。そのまま2人がかりで気を失っているルービスを引きずっていくつもりのようだ。アムが汚い顔を近づけた。
「なんて美しいのかしら。もう二度と顔を傷つけないでよ、こんな美しい顔、見たことないわよ。私の妻にするわ。楽しみだ~わぁ~。目を開けたらもっと美しいのねぇ~、ホホホホホホ」
気味の悪い笑い声を立てながら、一行は歩き出した。
薄目を開けると、向かう先には馬車がある。ルービスは馬車に近づくのを待って行動を開始した。
俊敏に動いた。勢いをつけて右側の男を蹴り上げ遠くに飛ばし、左側の男の手を握り返して体を回した。腕がよじれ、呻き声と共に男は体をよじらせる。ルービスが全身をかけて下に引っ張ると、男の腕は骨の外れる鈍い音を発した。割れるような悲鳴が上がる。
近くにいた男が突っ込んでくる。ルービスは冷静にタイミングを計り屈んで、右手を男の腹につけ、左手で男の足を押し上げた。男はきれいに宙を舞った。
ルービスは他の男が駆け寄るよりも早く、口をあんぐりと開けて呆けているアムの首に刃を当てた。
「止まれ! 動けば殺す!」
アムの後ろに回り、男たちを睨みつける。男たちもアムに刃が向けられたため、動くことができずにいる。
ルービスはそのままアムを引っ張りながら移動した。
「動くな! 少しでも動けば命の保証はしない!」
ルービスは男たちを牽制しながら少しずつ距離を開けた。その間アムはヒャ、ヒャ、ヒャと情けない声を上げている。腰が抜けているのかルービスに体重を預けてくる。ルービスより背が低いものの、小太りの男だ。ルービスは想像以上の筋力を必要とした。
ルービスは馬の脇までくると、アムを放して馬の綱を剣で断ち切り飛び乗った。
一斉に男たちが距離を詰めてくる。
「行け!」
ルービスは馬の腹を蹴った。大きな嘶きとともに馬が走り出した。剣を出してルービスの近くまでやってきた男もいたが、馬の動きの方が早かった。ルービスも剣で応戦し、しかしすぐに距離は離れた。




