相反する想い
窓から身を乗り出し、本の中でしか見たことのなかった、計算されたように手入れされた緑豊かな自然と、整然とした街並みからまっすぐに吹き込んでくる風を受け、ルービスは彼方にあるであろう白い塔に思いを馳せていた。
家から見る景色には、晴れた時にはかすかに望むことのできる、尖った白い塔と、でこぼこの屋根が立ち並んだ色とりどりの家々の中から人々の暮らすざわめきと暮らしの匂いがあった。
同じ国内でありながら、この違いはどうだろう。ルービスの知識が正しければ、チュチタ国のほぼ中央に位置する王宮からビビデの街もそう遠い距離ではなかったはずだ。
国を出て、白い塔を目指し父を探すことが現実を帯びてきた今、そのことが果たして意味があるものなのか、ルービスは改めて自分に問う。今までにも、何度も何十回も何百回も考えてきたことだった。他人からは笑われ、そのあとに眉をひそめられ、後ろ指を指され非難された夢だ。
だが、理屈ではない本能のような確信がいつもルービスの背中を押した。やらなければならないという揺るがない心の声。それは会ったこともない父の声のような気がしていた。
ふと父の眼差しを感じ後ろを振り返って、それがドアの前に佇むディーブの視線であるのを知り声をあげそうになった。
「すまない。…ノックをしたのだが・・・」
ディーブは柔らかい微笑みの中に、少しあわてた様子を見せ歩み寄ってきた。
「疲れたか? 朝から晩まで休む暇がないな」
「いえ・・・大丈夫です。いろいろとありがとうございます」
ルービスは午前中に習った敬意を表するお辞儀を実践してみた。ディーブはいつもの柔らかな微笑を返した。
「王宮内での作法など、君には必要ないよ。ここでしか通用しないのだから。教師の前だけで構わない」
その言葉にルービスは胸を貫かれたような大きな衝撃を覚えた。同時に表情が消え、ルービスのガラリと変わった表情の変化にディーブはあわてた。
「いや、悪い意味ではない。完璧な挨拶だった。否定したわけではないんだ・・・。ああ、参ったな」
頭を掻きながら唇を噛む。
「そんな顔をしないでくれ。気分を害したんだね、謝らせてくれ」
ディーブはふわりとルービスの目の前にやってきたかと思うと、立膝をついてうつむき左手を背中に、右手をルービスに差し伸べた。ディーブの動きによって作られた優雅な微風がルービスの体に遅れて届いた。
教師が言っていた、淑女に対する許しを請う動作だ。
今度はまた胸が高鳴り、締め付けられ苦しくなる。思わずルービスは胸に手を当てた。
「淑女は許すという意味をこめ、紳士の右手に軽く自分の右手をそっと添えるのです。そのときに、その度合いによって淑女も体を深く沈めます」
教師の言葉が頭をこだまする。しかし、ルービスは行動に移すことができなかった。今しがた確信してしまった自分の気持ちに愕然として立ち尽くしていた。
ルービスにはわかっていた。自分がディーブの言葉に傷ついたのは、ディーブの言葉に結婚など茶番だという気持ちが聞き取れたからだ。ルービスが今後王宮に留まることはない。それは当たり前のことだ。自ら望んでいることだ。なのに、なぜそれが、ディーブの口から告げられることにここまで悲しくなるのか。
(私はやはり好きなんだ。この人と一緒にいたい。でも、外の世界も知りたい)
相反する自分の気持ちに気づき、ルービスは自分の感情を持て余した。




