訓練
「バランスが肝要です」
トーマンはすでにこの言葉を100回は繰り返しているかもしれない。
昼食をとったあと、変わって入ってきたのはトーマンだった。
浅黒い顔が人懐っこく破顔した。大柄で背も高いディーブと並んでいると、平凡な印象を受けるトーマンだったが、訓練のために上着を脱ぐと鍛え上げられた肉体が現れた。やや童顔な顔にその肉体はアンバランスに感じた。
トーマンのギャップを楽しんで観察していたルービスだったが、「ではウォーミングアップといきましょうか」という柔らかいトーマンの笑顔と、その後の実際の『ウォーミングアップ』の内容のギャップに苦しむこととなった。
まず『アティテュード』・・・持ち上げた脚を体の後方で保つ姿勢をさせた。ルービスには舞踊の心得もあり、クラシックバレエの動きに関しても特に苦になることはなかった。しかし、トーマンがそのまま姿勢を静止させたところで、頭や足、腕、肩や手などありとあらゆるところに、それこそありとあらゆるもの(皿や花瓶や本など)を積んでいくのには弱音を吐きたくなる。
そして、それらを移動させながら次の姿勢へと移らせる。物を落とさないで移動するのは至難の業だ。物どころか自分が転がってしまうこともしばしばであった。
また小休憩のあと行われたのは、扇子を水平に飛ばすことであった。一つ物事をクリアするとさらに障害を作られ、結果は同じ軌道を求められた。
通常のダンスをおそろしくゆっくりと踊らされたり(つま先から手の先までの角度を直されながら)、今度は体が絡まりそうな速さを要求されたり、最後には立ち上がることができなくなるほど疲れ果ててしまった。
「17日で外の世界に通用するような体を手に入れなければなりませんからな、なに、二・三日もすれば軽くこなせるようになります」
自分は涼しい顔をして、窓際で風に当たっている。
(体が鉛のように重く感じられる。自分はパズバに向けて、外の世界に行くためにずいぶん鍛練を積んだつもりになっていたが、それはとんでもない間違いだったようだ)
滴り落ちる汗が服ではおさえきれず、床にたまり始めていた。四肢の筋肉が痙攣を起こしそうだ。トーマンが見かねて水を運んでくれる。「ありがとう」という言葉も絞り出すことができず口パクで終わり、一気に飲み干した。
新たな水を手渡し、今度は右手の手当てを始める。薬が良かったのか、痛みはほとんど気にならないほどに回復していた。
「すこし休んだら着替えをして軽食を取ってください。そのうち殿下が戻ってくるでしょう」
無言でうなずくルービスを見届け、トーマンは部屋を去った。
部屋を出たトーマンは、歩きながら今日のルービスの奮闘ぶりを思い返し、明日からの訓練の内容を考えた。
ルービスのような身体能力を持つ人間はまれだ。今まで多くの兵士を育ててきた経験を持つトーマンも驚きを隠せなかった。女性であり、華奢な体つきから自分がレベルを下げて取り掛かったことはあるだろうが、今日すでに、当初トーマンが想定していた目標レベルに到達する勢いであった。
(これはただごとではない)
トーマンは身震いを覚えた。




