第9話:邪悪な猫は、不発弾を消音する
「うう、暗くてジメジメして、なんだかすごく不気味なところだね……」
街の地下深く、複雑に入り組んだ下水道の暗渠。アルトはランタンの頼りない明かりを手に、恐怖で肩をすくめていた。
街の崩壊を告げる【魔力集束崩壊爆弾】のタイマーが起動し、残された時間はあと一時間。憲兵団の精鋭たちが血相を変えて迷宮のような地下道を捜索する中、爆弾の知識など逆立ちしても持っていないアルトは、なんとか戦闘や危険から逃れるべく、涙目で一つの提案をしていた。
「あ、あの! 爆弾の解体なんて、僕が触ったらその瞬間にドカンですよ! だから僕は、一番安全な『この分かれ道の真ん中で、みんなの帰りを見守る役』をやらせてください!」
しかし、その切実な懇願は、同行していた憲兵団長たちの心を激しく震わせた。
「素晴らしい……。これほど複雑な迷宮の分岐点だ、どこから敵の残党が奇襲してくるか分からない。そこへ敢えて一人で残り、我々の退路を確保する『司令塔』を担ってくださるというのか!」
「アルト閣下、爆弾は我々が必ず見つけ出します。どうか背後はお願いいたします!」
「いや、本当にただ立っているだけで──」というアルトの声を置き去りに、憲兵たちは松明を揺らしながら左右の通路へと猛ダッシュで散っていった。
薄暗い分岐点に、ポツンと一人取り残されるアルト。
リュックの特等席からその様子を見ていた黒の招き猫──妖精王ケット・シーは、陶器の内部で狂気に満ちた歓喜の炎を燃やしていた。
『クハハハ! 司令塔だと? 憐れな大凶ガキめ。何も知らずにそこに佇むがいい。お前が今背にしているその古びたレンガの壁の裏側こそ、崩壊爆弾の【真の本体】が隠されている秘匿室なのだからな!』
この街の地下に眠る崩壊爆弾。それもまた、かつてケット・シーがこの国に混沌をもたらすために、お気に入りの手駒(暗殺ギルド)に作らせた負の遺産だった。
残り時間はあと僅か。このまま憲兵が見つけられずに爆発してもアルトは死ぬが、ケット・シーの怒りとプライドは、一秒でも早くこのガキを肉片に変えることを求めていた。
『我が直々に、解体コードをすべて書き換えて強制起爆させてやる。我の限界の一滴まで絞り出した【起爆の呪詛】を喰らうがいい。この街の人間どもろとも、我が呪いの業火で塵に帰れ!』
ケット・シーは置物の体から、どす黒い漆黒の魔力を壁の裏の爆弾本体へ向けて一気に放射した。
と同時に、反動で置物の左手が「クイッ」と動いた。
──【黒の招き猫:大開運システム起動】
パチチチチッ!!と黒の招き猫の表面が、凍てつくような白銀の輝きを放つ。
ケット・シーが放った「今すぐ大爆発しろという破滅の呪い」が、招き猫の幸運反転エンジンを通過した結果、なんと「プラス500」の【爆発の全エネルギーを物質の結合へと変換し、極限まで硬化定着させる、超・冷却結晶化波動】へと強制変換されてしまった!
カチィィィィィン!!!!!!!
地下通路に、すべての音が消えるような、あまりにも硬質で静かな氷結音が響き渡った。
「えっ……? わぁ、なにこれ!?」
アルトが驚いて振り返ると、彼が背中に背負っていたレンガの壁が、冷気による体積膨張でパカッと綺麗に真っ二つに割れていた。
そして割れた壁の奥の隠し部屋には──残り数秒を告げて赤く激しく明滅していたはずの禍々しい巨大な魔力爆弾が、一瞬にして「めちゃくちゃ綺麗で涼しげな、ひんやりと輝く巨大な氷の結晶」へと完全に凍りつき、全回路が物理的に永久停止していた。
地下下水道特有の生温かく、悪臭の漂っていた不快な空気が、爆弾から溢れ出る心地よい冷気によって、一瞬にして「真夏の一流ホテルのエアコンの効いた部屋」のような極上の快適空間へと塗り替えられていく。
「すごいや……、すごく涼しくて気持ちいい。生き返るなぁ……」
ひんやりとした涼風に髪を揺らしながら、アルトはほっと胸をなでおろした。そして、目の前の美しい氷の塊を見つめ、目の前がパッと開いたような確信に至る。
(そっか……! 黒猫様は、僕たちが地下道で迷子にならないように、爆弾のある隠し部屋の壁を壊して教えてくれたんだ。それに、爆弾が熱くなって爆発しないように、冷たい氷の魔法でカチコチに冷やして、僕たちを優しく守ってくれたんだね……っ!)
「やっぱり黒猫様は、みんなを冷やすのが得意な、とっても優しい神様だなぁ……っ!」
アルトは溢れる感動で涙をボロボロと流しながら、涼しくて気持ちいい黒の招き猫をリュックから取り出し、頬ずりするように大切に抱きしめた。
◇
「……だめだ、こちらの通路にも爆弾の気配はない! タイムリミットまであと数分、もう、街は終わりだ……っ!」
完全に捜索に行き詰まり、絶望の表情で分岐点へと戻ってきた憲兵団長たち。しかし、彼らがそこで目にしたのは、完全に凍りついて静かに輝く爆弾本体と、その前で涼しげに佇むアルトの姿だった。
「ば、爆弾が……完全に結晶化して沈黙している……!?」
「我々が迷宮を右往左往している間に、閣下は一人で本体の隠し部屋を突き止め、国家最高峰の凍結魔術で無力化されたというのか……!」
団長たちはあまりの神業にその場にガタガタと崩れ落ち、アルトへの崇拝はもはや全能の域へと達していた。
だが、アルトが「いや、僕はただここに立っていただけで、黒猫様が……」といつものように困惑して弁明しようとした、その時だった。
カラン……。
完全に凍りついた爆弾の台座の隙間から、冷気に弾かれるようにして、一つの小さな金属塊が床に転がり落ちた。
アルトがそれを拾い上げ、ランタンの光にかざす。それは、精巧な細工が施された、黄金の『蛇の紋章』が刻まれた指輪だった。
それを見た憲兵団長の顔から、血の気が一瞬で引き去っていく。
「こ、この紋章は……馬鹿な、なぜ暗殺ギルドの爆弾に、この指輪が……。これは、王都にいらっしゃる【第一王子閣下】の、直属の近衛にしか与えられない秘密の印だぞ……!?」
「え……? 王子様、ですか?」
アルトが小さく首を傾げる。
一方、リュックの中で、ケット・シーは自身の魂が本気で氷結していくような、凄まじい戦慄を覚えていた。
『(ち、違う……。爆発させて全滅させるはずが、なんで私の魔力で爆弾をただの最高級冷房器具に変えてんだよ……。……いや、待て。あの指輪は……まさか、この街の崩壊を裏で仕組んだのは、あいつか!? 暗殺ギルドすらも使い捨てのトカゲの尻尾にして、この国そのものを乗っ取ろうとしている、あの傲慢な人間の王子……!)』
数百年かけて仕込んだ自らの「悪の人脈」が、まさか人間の王族の権力闘争に利用されていた。妖精王としてのプライドを激しく傷つけられたケット・シーの陶器の瞳が、怒りと驚愕でギラリと光る。
地下通路の静かな冷気が、アルトの髪を静かに揺らす。
街の危機を脱した安堵も束の間、事件の真相は、この国の最高中枢である王宮の闇へと、静かに、そして確実に繋がっていくのだった。
(またしても世界を平和にしてしまった……。なぜだ……なぜ我が呪いが全てプラスに変換される……!)
――黒猫様の絶叫が響く中、アルトの珍道中は続きます。
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引き続き、聖人として祭り上げられるアルトを見守ってやってください!




