第10話:邪悪な猫は、王宮の闇を眩ませる
「王宮の陰謀なんて無理無理無理! 命がいくつあっても足りません! 僕はゴールドのバッジをお返しして、今すぐ田舎に帰ってひっそり暮らします!」
地下通路から引き揚げたアルトは、ギルドの執務室で頭を抱えて涙目で叫んでいた。
爆弾の台座から見つかった『蛇の紋章の指輪』。それが示す真実は、あまりにも重すぎた。現国王の失脚と王位簒奪を狙う【第一王子】が、暗殺ギルドや悪徳商人を裏で操り、この街を爆破して「魔物の仕業」と偽ろうとしていたという、国家転覆の巨大な陰謀。
事の大きさが国家レベルになったことに、アルトの恐怖心は完全にキャパシティを越えていた。しかし、彼の必死の拒絶を目の当たりにしたギルド長と憲兵団長は、ボロボロと熱い涙を流してその手を握りしめた。
「素晴らしい……! 敵の総大将が国を統べる第一王子と知ってもなお、自らの名誉を捨ててまで、隠密裏に王都へ潜入し、国王陛下を救う『単独隠密特攻』を宣言されるとは……!」
「アルト閣下、この国の未来をあなたに託します。我々が手配できる、最も目立たない最高級の馬車を用意させました!」
「いや、本当にただ逃げ出したいだけで──」というアルトの悲鳴は、全力の男泣きと力強い拍手にかき消され、彼はそのまま王都行きの馬車へと押し込まれてしまった。
ガタゴトと揺れる馬車のシートで、アルトは膝を抱えてガタガタと震えていた。
リュックの特等席からその様子を見ていた黒の招き猫──妖精王ケット・シーは、陶器の内部で激しい怒りと邪悪な狂笑を同時に爆発させていた。
『ククク……第一王子め、我の遺産(暗殺ギルド)を人間の分際でトカゲの尻尾のように使い捨ておって。我を泥棒した罰は後でたっぷり与えてやる。だが、まずはこの大凶モヤシだ!』
王都の巨大な正門が近付いてくる。そこには、国が誇る最強の守護神【聖騎士長レオン】率いる精鋭部隊が陣取っているはずだった。
『あのレオンという男は、魔力測定不能、戦闘力カンストの化物だ。我が暗黒魔力で、お前の乗る馬車を【最凶の魔王軍の残党】に見える幻影の呪いで包んでやる。王都の門をくぐる前に、聖騎士の全力の一撃で、その軟弱な肉体ごと塵に帰るがいい!』
ケット・シーは置物の体から、これまでで最も禍々しい、見る者が恐怖で狂い出すほどの「邪悪な魔王のオーラ」を放ち、馬車全体を偽装した。
正門のセンサーが異常な魔力を検知し、聖騎士長レオンが凄まじい神聖魔力を大剣に滾らせて馬車へ突撃してくる。
と同時に、反動で置物の左手が「クイッ」と動いた。
──【黒の招き猫:大開運システム起動】
パチチチチッ!!と黒の招き猫の表面が、もはや太陽をも覆い隠さんばかりの圧倒的な神聖の輝きを放つ。
ケット・シーが放った「馬車を魔王の幻影で包む呪い」が、招き猫の幸運反転エンジンを通過した結果、なんと「プラス500」の【あらゆる魔の力を限界突破して浄化し、神々しい神獣の誕生を告げる、超・聖公現の波動】へと強制変換されてしまった!
ドガァァァァァァァン!!!!!!!
王都の正門前が、見たこともない純白の光の嵐に包まれた。
「ぬおっ!? なんだこのあまりにも清らかな光は……!?」
大剣を振り下ろそうとしたレオンが、あまりの神々しさに目を見開いて動きを止める。
同時に、あまりの心地よい光の波動に、カバンの中で寝ていた子犬とマンドラゴラが目を覚まして外へ飛び出した。
子犬は光を浴びた瞬間、体内の地獄の業火が完全に「天界の浄化の炎」へと進化し、背中に美しい光の翼を持つ伝説の神獣【フェンリル(幼体)】へと覚醒。マンドラゴラは歩くたびに周囲に色鮮やかな治癒の花を咲かせる【世界樹の精霊】へと変貌を遂げた。
さらに、ピタゴラスイッチはこれだけで終わらない。
この時、第一王子は王都の防壁の影に、王都を内側から奇襲するための「裏切りの私兵部隊(隠し軍勢)」を密かに伏せさせていた。しかし、馬車から放たれた規格外の神聖波動の直撃を受け、隠蔽魔術を完全に吹き飛ばされた私兵たちは、あまりの光に目を潰され、「う、うわあああ!」と自ら防壁の影からゾロゾロと這い出てきてしまったのだ。
正門前に立ち尽くしていたレオンの部下たちが、武器を持った不審な大軍勢に即座に気づく。
「な、何だあいつらは!? 第一王子の私兵部隊……!? なぜこんなところに武装して隠れているんだ! 出会い頭に全員捕縛しろ!」
「は、ハメられたぁぁぁ!?」と叫ぶ王子の私兵たちは、戦う前に一網打尽に縛り上げられていった。
やがて光の嵐が収まり、急に馬車が止まったことに驚いて、アルトがおそるおそる外へ這い出てきた。
彼の目に飛び込んできたのは、なぜか大剣を収め、感動のあまり涙を流して地面に膝を突き、アルトを見上げている最強の聖騎士長レオンの姿だった。
「……素晴らしい。我々が全く気づけなかった第一王子の『裏切りの隠し軍勢』を、神獣の光によって暴き出し、入国する前に無力化されるとは。アルト閣下、貴方こそこの国を救う、真の救世主だ……!」
「え? えええっ!? きゅ、救世主!?」
アルトは必死に手を振って否定するが、周囲の聖騎士たちは「なんて神々しい御姿だ……」と拝み始めている。
足元では、光の翼を生やした子犬が「わんっ!」と可愛く吠え、大根のような精霊が踊っていた。アルトは目の前の光景を眺め、深く納得したように胸をなでおろした。
(そっか……! 黒猫様は、王都の入り口に変な悪い人たちが隠れているのを分かっていて、僕たちをピカッと光らせて、聖騎士の大人たちに教えてくれたんだね……っ!)
「やっぱり黒猫様は、国を救う最高の幸運の神様なんだなぁ……っ!」
アルトはまたしても溢れる涙をボロボロと流しながら、黒の招き猫をリュックから取り出し、感謝を込めて強く抱きしめた。
◇
こうして、アルトがただ馬車に乗って到着しただけという一瞬のハプニングにより、第一王子の陰謀は文字通り「王都の一歩手前」で完全崩壊を迎えた。決定的な証拠の数々と隠し軍勢を押さえられた第一王子は即座に失脚、幽閉。現国王の地位は盤石なものとなった。
アルトは国王から直々に『救国の英雄』として謁見の間で称えられ、その名は大陸全土へ轟くことになった。
しかし、当の本人は、王宮の大きな宿舎のベッドの中で、やっぱりブルブルと震えていた。
「英雄なんて絶対に嘘なのに……! これ以上ここにいたら、今度は魔王討伐とか言われちゃうよ! ほとぼりが冷めるまで、さらに遠くの未開の地へ逃げよう……!」
アルトは深夜、誰にも見つからないように、こっそりと荷物をまとめて宿舎を抜け出し、さらに遠くの国へ向かう乗合馬車の切符を買いに走るのだった。
リュックの中で、ケット・シーは自身の陶器の皮膚が本気で擦り切れるほどの、かつてない絶望のカタカタを刻んでいた。
『(魔王軍の幻影で聖騎士に細切れにされるはずが、なぜ私のお気に入りの爆弾をパクった第一王子の軍勢が自爆して国を救ってんだよォォォ!! しかもなんで私の仕掛けた地獄の番犬が神々しい神獣になって私の横で高潔な顔でお座りしてんだよォォォ!!! 誰が幸運の神様だ、私は世界一邪悪な──)』
「よし、新しい街へ出発だね、黒猫様! これからもよろしくね!」
カバンの中で、伝説の神獣、世界樹の精霊(大根)にぎゅうぎゅうに挟まれながら、邪悪な招き猫の終わらない絶望のカタカタが静かに響き渡る。
少年と、彼を絶対に殺したい邪悪な猫の、すれ違いに満ちた旅路は、王宮の門を越え、さらに遥かなる未知の天地へと続いていくのだった。
(またしても世界を平和にしてしまった……。なぜだ……なぜ我が呪いが全てプラスに変換される……!)
――黒猫様の絶叫が響く中、アルトの珍道中は続きます。
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引き続き、聖人として祭り上げられるアルトを見守ってやってください!




