第6話:邪悪な猫は、因縁の決闘をプロデュースする
「ひええっ、決闘!? 無理です、僕なんて一撃で骨折しちゃいます!」
隣の街のギルドの裏庭。アルトは涙目を浮かべてガタガタと震えていた。
隣の街へ逃げ込んできたはずのアルトだったが、ゴールドクラスという最高ランクの待遇のせいで、またしても受付嬢たちから大歓迎されてしまった。それが面白くなかったのが、この街の生え抜きであるD級冒険者、通称【鉄腕のボア】である。
ボアは丸太のような腕を組み、アルトを見下ろして鼻で笑った。
「おいおい、王都のギルドを爆破しただの、魔獣を手懐けただの、ハッタリばかりのモヤシっ子がゴールドクラスだと? 笑わせるな。本当に実力があるってなら、俺の拳を一つ受けてみせな!」
「いや、本当にハッタリなんです! 僕はただ転んだだけで……っ!」
必死に手を振って拒否するアルトだったが、周囲の野次馬の冒険者たちは「出たよ、旦那の『ただ転んだだけ』発言」「相手の戦意を削ぐ高度な心理戦だな……」と勝手に納得している。
リュックの特等席からその様子を見ていた黒の招き猫──妖精王ケット・シーは、今度こそ完璧な勝ち戦が来たと暗黒の笑みを浮かべていた。
『クハハハ! 素晴らしいぞ筋肉ダルマ(ボア)! よくぞこの大凶モヤシに戦いを挑んだ! よし、我がお前に特級の【肉体強化&狂戦士の呪い】を授けてやろう!』
ケット・シーは置物の体から、ボアの影に向けてドス黒い呪いの魔力を放射した。
『さあ、我が呪詛によって限界を超えたその拳で、このガキの生意気な顔面を肉片一つ残さず粉砕するがいい!』
ドクン、とボアの全身の血管が浮き上がり、肌が赤黒く染まっていく。ボア自身、急に体中から湧き上がってきた尋常ならざる怪力とスピードに目を剥いた。
「おお、おおお……!? 滾る、滾るぞぉぉぉ! オラァァ! 覚悟しなゴールドォ!!」
ボアは弾かれたように地面を蹴った。呪いによって通常の5倍へと跳ね上がった突進スピードは、もはやD級のそれではない。突風を巻き起こしながら、一撃必殺のストレート拳がアルトの顔面へと迫る!
「うわあああ来ないでぇぇ!」
アルトが恐怖のあまり頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ、その瞬間。
リュックの中で置物の左手が「クイッ」と動いた。
──【黒の招き猫:大開運システム起動】
パチチチチッ!!と黒の招き猫の表面が神聖に輝く。
ケット・シーの放った「相手を強くしてアルトを殺す呪い」が、招き猫の幸運反転エンジンを通過した結果、なんと「プラス500」の【あまりの超パワーに制御不能になる自滅の大暴走呪縛】へと強制変換されてしまった!
「ぶ、ぶおっ!? なんだこの威力は! 止まらねえ!?」
ボアの放った超スピードの拳は、しゃがみ込んだアルトの髪の毛を1ミリかすめる軌道で虚空を突き抜けた。あまりの怪力と勢いのせいで、ボア自身がブレーキをかけることができなくなってしまったのだ。
アルトの頭上を文字通り飛び越えていったボアの視線の先にあったのは、ギルドの裏庭にそびえ立つ、絶対に壊れないはずの最高級の訓練用鉄柱だった。
「あ、アッーーーーー!!!」
ドゴォォォォォン!!!!!!!
凄まじい金属音と激しい衝撃波が裏庭を駆け抜ける。
ボアは、自らの放った5倍の突進怪力のまま、頭から鉄柱へと猛激突した。頑丈な鉄柱が中央から綺麗な『V字』に折れ曲がり、ボアは白目を剥いたまま壁のヒビにスポッとはまり込んで完全に気絶した。
パラパラと落ちる瓦礫の音だけが響く裏庭。
あまりの衝撃に、気絶したボアの懐から、小さな革袋がポロリとアルトの足元に転がり落ちた。
「ひぃ……、だ、大丈夫ですか……?」
アルトがおそるおそる立ち上がり、足元の袋を拾い上げる。その中身を見た周囲の冒険者たちが「あ、あれは!?」と声を上げた。
「おい、あれって先月、隣の街の商人を襲って逃走中の中堅指名手配犯の懸賞金袋じゃねえか!?」
「ってことは、ボアのやつ、裏で手配犯と繋がってやがったのか!?」
ざわつく冒険者たち。
そこへ、頭から血を流しながら、辛うじて意識を取り戻したボアが壁から這い出てきた。ボアは、自分が全力を出した一撃を、動くことすらなく完璧な最小限の動き(しゃがむだけ)で見切られ、さらに自分の突進の力をそのまま鉄柱に誘導された(と勘違い)ことに、魂の底から戦慄していた。
「あ、ありえねえ……。俺の渾身の突撃を、ハダ切りで見切っただけでなく、鉄柱を使って全エネルギーを俺自身に反射させただと……!? しかも、俺が懐に隠していた不正の証拠(袋)まで、一瞬の交差で盗み盗りやがった……!」
ボアはガタガタと激しく震え、その場にドサリと両膝を突いた。そして、アルトの前に深く頭を垂れたのだ。
「俺の、完全な負けだ……! 旦那は俺の浅はかな悪事を見抜き、殺す価値すらないと、鉄柱を使って俺の荒んだ根性を叩き直してくれたんだな……っ! ありがてえ、ありがてえ……! 俺を弟子にしてください、師匠!!」
「え? えええっ!? し、師匠!? いや、僕はただ怖くてしゃがんだだけで……!」
アルトは必死に弁明するが、ボアは「ははっ、どこまでも底が知れねえ御方だ……!」と熱烈な信者の目で涙を流している。
(……そっか、そういうことだったんだ!)
アルトは、足元の懸賞金袋と、涙を流して改心したボアの姿を見て、目の前がパッと開いたような衝撃を受けていた。
(黒猫様は、この先輩が裏で悪いことをしているのを知っていて、僕の身を守りながら、先輩の荒んだ心を鉄柱で優しく(?)諭してくれたんだね……っ!)
「やっぱり黒猫様は、迷える人を導く教育の神様でもあるんだなぁ……っ!」
アルトはまたしても溢れる涙を止められず、リュックから黒の招き猫を取り出すと、感謝を込めて胸に強く抱きしめた。
ギルドの裏庭は、一歩も動かずに街の猛者を自滅させ、さらに未解決の不正まで暴いた天才ゴールドルーキーへの、割れんばかりの歓声と拍手で包まれた。
リュックの中で、ケット・シーは自身の陶器の体がみしみしと音を立てるのを感じていた。
『(違う……。相手をバフしてお前を殴り殺すはずが、なんで自爆して鉄柱をV字に曲げて壁に埋まってんだよあの筋肉ダルマァァァ!! しかもなんでお前の熱烈な弟子になって改心してやがる! 誰が教育の神様だ、私は世界一邪悪な妖精王だぞちくしょうーーー!!)』
カバンの中で、マンドラゴラとヘルハウンドの子犬がボアの真似をしてお行儀よくお座りする中、世界一邪悪な猫の王は、終わらないすれ違い永久機関の因果に、ただただ虚無のカタカタを刻み続けるのだった。
(またしても世界を平和にしてしまった……。なぜだ……なぜ我が呪いが全てプラスに変換される……!)
――黒猫様の絶叫が響く中、アルトの珍道中は続きます。
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引き続き、聖人として祭り上げられるアルトを見守ってやってください!




