第5話:邪悪な猫は、冥府の番犬(の赤ん坊)を放つ
「このままこの街にいたら、いつか本当に恐ろしい依頼を押し付けられちゃうよ……!」
ゴブリン小隊を全滅させ、伝説の『黄金のマンドラゴラ』を無傷で回収した結果、ギルド内での評価が「冷徹なる戦術の天才」へと跳ね上がってしまったアルト。彼は、周囲の畏敬の眼差しにこれ以上耐えきれず、一つの決断を下していた。
それは、隣の街へと移動するための『商隊の馬車護衛(D級)』という、少し遠出の依頼を受けて王都の管轄から逃げ出すことだった。
ガラゴロと音を立てて進む馬車の荷台。アルトは背中のリュックに向かって、しみじみと語りかける。
「外の世界へ行くのは緊張するけど、僕には黒猫様がついているもんね。それに……君も」
アルトが視線を落としたカバンの隙間からは、前回のクエストで懐いてしまい、そのまま荷物に密航してきた『黄金のマンドラゴラ』が、大根のような身体を揺らして「すやすや……」と気持ちよさそうに寝息を立てていた。
リュックの特等席に収まった『黒の招き猫』──妖精王ケット・シーは、その光景をギリギリと歯噛みしながら見つめていた。
『おのれ大凶モヤシ、隣の街へ逃亡して安全圏へ逃げるつもりか? 舐めるなよ。我の生き字引としての知識によれば、この先の深い渓谷には、触れた者を一瞬で炭化させる地獄の業火を吐く、災厄の魔獣【ヘルハウンド】の群れが潜んでいる!』
馬車が渓谷の細い一本道に差し掛かった、その瞬間。
ケット・シーは体内の暗黒魔力を一気に練り上げ、谷底にいるヘルハウンドの中でも、最も凶暴で制御の利かない『子供の個体』をアルトの元へと引き寄せる呪波を放った!
(クハハハ! 来たぞ! 狂え、猛れ、地獄の猟犬よ! そのガキを跡形もなく焼き尽くし、灰にして風に散らすがいい! ──さあ、受け取るがいい。それが貴様への、死の餞となるだろう!)
そして、邪悪な呪いの反動で、置物の左手が「クイッ」と動いた。
──【黒の招き猫:大開運システム起動】
パチチチチッ!!と黒の招き猫の表面が神聖に輝く。
ケット・シーが放った「焼き尽くせという呪い」が、招き猫の幸運反転エンジンを通過した結果、なんと「プラス500」の【極上のモフモフ全肯定波動&因果反転ストーブシステム】へと強制変換されてしまった!
「グルルルルル……ッ!!」
突如として、馬車の前に全身から不気味な黒い炎をモヤモヤと立ち上らせた、牙の鋭い漆黒の魔獣(ヘルハウンドの幼体)が立ちはだかった。
「ひ、ヒエッ……! ヘルハウンドの子供だと!? 終わった、あいつの吐く黒炎はあらゆる防具を焼き溶かす災厄の炎だ!」
同乗していたベテランの護衛冒険者たちが、一瞬で絶望して腰を抜かす。
「うわあああ! 犬、おっきい黒い犬が怒ってる!?」
アルトも恐怖で荷台の隅へと縮こまった。
ターゲットが恐怖したのを察知し、ヘルハウンドの子供は、その小さな顎を大きく開くと、アルトめがけて「ゴォォォォォッ!!!」とおぞましい黒炎の息吹を勢いよく吐き出した!
(ハァーッハッハッハ! 燃えろ! 灰になれぇぇぇい!!)
脳内で勝利の凱歌をあげるケット・シー。──しかし。
ゴォォォォォォ……。
「……あれ? あったかい……」
アルトは目を丸くしていた。
黒の招き猫が展開した反転システムを通過したヘルハウンドの黒炎は、アルトの目の前に届いた瞬間、おぞましい呪いが見事に消滅し、「真冬の部屋を一瞬で温める、高級ストーブの極上あったか温風」へと完全に変換されていたのだ。
渓谷を吹き抜ける冷たい風の中で、アルトの周囲だけが、まるで薪ストーブの前にいるかのような心地よいポカポカ陽気に包まれる。
「あ、これ、すごく丁度いい暖房だ……。生き返るなぁ……」
ほっこりと幸せそうな笑みを浮かべるアルト。
一方、ヘルハウンドの子供は驚愕のあまり硬直していた。
(ボクの、すべてを灰にする全力の地獄の業火を……この人間、ただのストーブ扱いして寛いでいるだと……!? なんて底知れない、恐ろしいバケモノなんだ……!!)
魔獣の子供の脳内に、凄まじい恐怖と畏敬の念が植え付けられた。
完全に戦意を喪失し、全身の黒い炎が完全に鎮火したヘルハウンドの子供は、ガタガタと震えながらトコトコとアルトの足元へ歩み寄り、コロンとお腹を見せて「きゅ〜ん……❤」と全力で服従のポーズを取り始めた。ただのモフモフで可愛い黒い子犬の誕生である。
「……あ! そうか!」
アルトの脳裏に、五度、完璧な「勘違い」の電流が走る。
「黒猫様は、この不気味な谷で寒がっていた迷子の子犬を助けるために、僕のところに呼んでくれたんだね! それに、あの子が風邪をひかないように、ストーブみたいな温かい魔法で包んであげたんだ……っ!」
「やっぱり黒猫様は、世界一慈悲深い神様だぁぁぁ!」
アルトはまたしても感動の涙をボロボロと流しながら、リュックから黒の招き猫を取り出し、熱烈に抱きしめた。
「ありがとう黒猫様! 僕、この子も一緒に連れていって、大事に育てるよ!」
抱きしめられた陶器の中で、ケット・シーは白目を剥いて完全に灰になっていた。
『違う……。死の餞のハズが、なんで冥府の凶悪な魔獣がただの従順な湯たんぽ犬になってるんだよ……。お前を焼き殺すはずの炎で、なんで快適な暖房ライフを満喫してやがるんだ……。あとこのマンドラゴラ、いつの間にか起きて子犬と一緒になって私の足元で暖を取るな! 狭い! 暑い! 呪うぞちくしょぉぉぉぉ!!』
◇
馬車が隣の街に到着すると、同乗していたベテラン冒険者たちによって、またしても「ゴールドルーキーの伝説」が爆速で拡散された。
「おい聞いたか! あのゴールドの少年、渓谷に現れた災厄の魔獣ヘルハウンドを、武器も抜かずに笑顔で一瞬で手懐けたらしいぞ!」
「あいつの放つ黒炎を、ただのストーブの風みたいに平然と受け流したってよ……。どんな精神力と魔法防御力をしてやがるんだ……!」
「テイマー(魔獣使い)としても一級品かよ。底が知れねえ……!」
こうして、アルトのリュックには【黒の招き猫】に加え、【黄金のマンドラゴラ(寝坊助)】、そして【地獄の番犬(ストーブ形態)】という、奇妙すぎるペットたちが新たに仲間入りした。
隣の街のギルドでも、一瞬にして「凄腕のテイマー魔術師」として崇拝され始めたアルト。
軍資金、食料、そして強力な聖獣(?)の仲間まで強制的に増え、世界一邪悪な猫の王の胃痛と、終わらないすれ違い永久機関のカタカタは、さらに加速していくのだった。
(またしても世界を平和にしてしまった……。なぜだ……なぜ我が呪いが全てプラスに変換される……!)
――黒猫様の絶叫が響く中、アルトの珍道中は続きます。
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引き続き、聖人として祭り上げられるアルトを見守ってやってください!




