第4話:邪悪な猫は、初心者クエストを魔境に変える
「よし……っ、いつまでも怖がって逃げてちゃダメだ。ゴールドに相応しい実力をつけるためにも、まずは地道に経験を積まなきゃ!」
安食堂での奇跡のスープ事件から数日。美味しいタダ飯のおかげで心身ともにすっかり元気を取り戻したアルトは、意を決して冒険者ギルドの依頼掲示板の前に立っていた。
身の丈に合わない高ランクの依頼は受けない。そう固く心に誓ったアルトが手を伸ばしたのは、最も難易度の低いF級クエスト──『街の裏手の丘にて、ハーブの採取』の依頼書だった。
しかし、周囲の荒くれ冒険者たちの受け取り方は違った。
「おい見ろよ、ゴールドの旦那がF級の依頼を手に取ってるぜ……」
「なるほどな、初心を忘れず、まずはこの街の地勢を完璧に把握しようって腹か。どこまでストイックなんだあのお方は……!」
勝手に背後に漂う強者(?)のオーラを深読みされ、畏敬の眼差しを向けられていることなど露知らず、アルトはハーブの生い茂る街の裏手の丘へと向かった。
リュックの特等席からその様子を見ていた黒の招き猫──妖精王ケット・シーは、フンと鼻で笑っていた。
『ククク、地道に経験を積むだと? 健気なことだな大凶ガキ。だが、我の生き字引としての知識を舐めるなよ。そのハーブ園の奥には、獰猛な【ゴブリンの小隊】が潜伏しているはずだ!』
ケット・シーの読み通り、丘の草むらの奥には、十匹ほどのゴブリンたちが武器を手に息を潜めていた。
『さあ、絶好の機会だ。大人しく薬草を毟りに来るがいい。それが貴様の死への招待状だ!』
アルトがハーブの群生地に近づき、しゃがみ込んで草に手を伸ばした、まさにその瞬間。
ケット・シーは体内の魔力を一気に練り上げ、置物の体から「魔物を狂暴化させ、一斉に呼び寄せる最悪の興奮呪波(マイナス50)」を放った!
と同時に、反動で置物の左手が「クイッ」と動いた。
──【黒の招き猫:大開運システム起動】
パチチチチッ!!と黒の招き猫の表面が青白く輝く。
ケット・シーの放った「魔物を狂わせる呪い」が、招き猫の幸運反転エンジンを通過した結果、なんと「プラス500」の【因果律をねじ曲げる防音聖結界&大狂転ピタゴラスイッチ】へと強制変換されてしまった!
「ギギャギャギャッ!!!」
突如として草むらから、血走った目をした十匹のゴブリンたちが、棍棒やナイフを振り回して一斉に飛び出してきた。
「ひええええっ!? ゴ、ゴブリン!? なんでこんなところに!?」
アルトは恐怖のあまり飛びのき、派手に尻もちをついた。
「く、来るなぁぁ!」
パニックになったアルトは地面からわずかに突き出ていた「奇妙な植物の根っこ」を力強く引っこ抜きゴブリン目掛けて投げつけた。
スポーーーーンッ!!!!!
小気味いい音を立てて土の中から引き抜かれ、宙を舞ったのは──なんと、ハーブの何千倍もの価値を持つと言われる、百年に一度の幻の魔術植物『黄金のマンドラゴラ』だった!
「ギ、ギャ……?」
突進してきたゴブリンのリーダーの顔面に、宙を舞った黄金のマンドラゴラがベシャリとクリーンヒットした。
地面に落とされたマンドラゴラは、怒りでその奇怪な顔を真っ赤に染め、大気を震わせる絶叫を放った。
『ギィィィィィヤァァァァァァァァァァァッッッ(精神崩壊のデスボイス)!!!!!』
マンドラゴラの絶叫。それは、まともに聞いた人間の精神を瞬時に破壊し、死に至らしめるという最凶の音響兵器である。
(クハハハハ! 素晴らしい! ゴブリンだけでなくマンドラゴラまで引き当てるとは、さすが大凶モヤシ! さあ、その耳を突き破る呪いの絶叫で、脳味噌をドロドロのスープにして死ぬがいい!!)
リュックの中でケット・シーが狂喜乱舞した。──しかし。
「……あれ? なんか、すごく綺麗な歌声が聞こえる……?」
アルトは煤だらけの顔できょとんとしていた。
招き猫システムが展開した【超・防音聖結界】に守られたアルトの耳には、その即死の絶叫が、なぜか「一流のソプラノ歌手による、心が洗われるような素晴らしい賛美歌」として優しく響いていたのだ。アルトの心はむしろ、大いに癒されていた。
一方、結界の外側にいたゴブリンたちは違った。
「ブ、ギギャッ……!?」
至近距離で黄金のマンドラゴラのガチの精神崩壊絶叫をモロに喰らった十匹のゴブリンたちは、耳から煙を吹き、一瞬で全員が白目を剥いてその場にバタバタと消沈。文字通り、一網打尽に全滅してしまった。
やがて、ひとしきり叫んで歌い疲れた黄金のマンドラゴラは、「すやすや……」と可愛い寝息を立ててアルトの足元で眠り始めた。
静まり返る丘。
目の前には、勝手に泡を吹いて倒れている大量のゴブリン。そして足元には、すやすや眠る伝説の『黄金のマンドラゴラ』。
アルトの脳裏に、神がかり的な「勘違い」の電流が走る。
(……そうか! 黒猫様は、僕が危ないゴブリンたちに襲われないように、あえてマンドラゴラの即死攻撃を利用して、彼らを一瞬で退治してくれたんだ! それに、僕の耳が痛くならなくて、むしろ綺麗な歌声に聞こえたのは、黒猫様が僕を完璧に守ってくれたからなんだね……っ!)
「ああ、黒猫様……! あなたはなんて優しくて、なんて恐ろしいほど天才的な神様なんだ……っ!!」
アルトはまたしてもボロボロと感動の涙を流しながら、リュックから黒の招き猫を取り出し、熱烈に頬ずりした。
「ありがとう黒猫様! あなたのおかげで、また命が救われちゃった!」
抱きしめられた陶器の中で、ケット・シーは魂が口から半分飛び出したような顔で虚空を見つめていた。
『ち、違う……。マンドラゴラでお前の脳を溶かすはずが……なぜゴブリンだけが全滅している……。しかも何だこの大根は、なぜ私を「偉大なるボスの招き猫様」と勘違いして、私の足元にすり寄って寝てやがるんだ……。離れろ、呪うぞ……っ!』
◇
夕方、アルトがギルドに帰還すると、受付カウンターの周辺は国家お抱えの錬金術師たちも巻き込んでお祭り騒ぎとなった。
「お、おい見ろよ! ゴールドの旦那が、ハーブ採取のクエストで『ゴブリン小隊の全滅』と、国家予算レベルの価値がある『黄金のマンドラゴラの無傷回収』を同時に達成して帰ってきたぞ!!」
「しかも傷一つねえ……! マンドラゴラの即死の絶叫を逆に利用して魔物を全滅させ、自分は平然と歌を聴くように回収しただと……!?」
「どこまで冷徹で、どこまで計算高いんだあの少年は……! まさに戦術の天才だ!!」
ギルド中に響き渡る割れんばかりの拍手と、差し出される特大の臨時報奨金。
アルトは「いや、僕はただ転んだだけで……」と必死に弁明するが、周囲は「ははは! 運すらも完全に支配しているというアピールか、シブいぜ旦那!」と、さらに畏怖を深めるばかり。
「やったね、黒猫様! 今日も大成功だよ!」
金貨の袋を抱え、満面の笑みで黒の招き猫を掲げるアルト。
リュックの中で、世界一邪悪な猫の王は、新調された高級な猫用ベッド(アルトが報奨金で購入)にふかふかと埋もれながら、自身の悪巧みがすべて「大開運」に変換される絶対の因果に、ただただ虚無のカタカタを刻み続けるのだった。
(またしても世界を平和にしてしまった……。なぜだ……なぜ我が呪いが全てプラスに変換される……!)
――黒猫様の絶叫が響く中、アルトの珍道中は続きます。
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引き続き、聖人として祭り上げられるアルトを見守ってやってください!




