第3話:邪悪な猫は、食堂のメニューを呪う
「……いや、よくよく考えたら、これってめちゃくちゃマズいんじゃないか……?」
交易都市レムの安宿の一室。アルトはベッドに腰掛け、支給されたばかりの『金色のギルドプレート』を見つめて、今更ながら顔を青ざめさせていた。
昨日、測定器を大爆破した勢いと、ギルド長たちの熱狂に流されて、ついうっかり満面の笑みで最高ランクのプレートを受け取ってしまった。
だが、一晩明けて冷静になってみれば、自分の実力とメンタルはただの見習い魔術師のままである。
「僕、本当は魔法もまともに使えないのに……。ゴールドクラスの依頼なんて、絶対にドラゴン退治とか魔王軍の幹部暗殺とかだよね!? そんなの、一瞬で消し炭にされちゃうよ……!」
頭を抱えて激しく取り乱すアルトの横で、机の上に鎮座した『黒の招き猫』の内部から、邪悪な歓喜の笑い声が漏れていた。
『クハハハ! ようやく現実が見えたか、大凶モヤシ! 喜んで特権にすがりついた己の愚かさを呪うがいい! 貴様のような無能がその座に座り続ければ、いずれ実力が見合わずに死ぬ!』
ケット・シーは、この状況を大いに歓迎していた。
恐怖のあまりギルドへ行く勇気すら失ったアルトは、ひとまず腹ごしらえをしようと、黒の招き猫をリュックの特等席に入れて宿の下にある薄暗い安食堂へと逃げ込んだ。
「すみません、一番安い日替わりスープとパンをください……」
昼時だというのに客が一人もいない、ひなびた食堂。奥から出てきた店主の男は、無精髭を生やし、酷く濁った目でアルトを一瞥すると、「あいよ……」と力なく答えて厨房へ消えた。
『フン、活気のない死に体のような店だな。だが好都合だ。ガキよ、ギルドへ行かぬというなら、この小汚い食堂で貴様を社会的に抹殺して絶望させてやろう』
ケット・シーは邪悪な鼻を鳴らした。
やがてアルトの前に運ばれてきたのは、具材が数切れ浮いているだけの、見るからに薄っぺらいごく普通の野菜スープだった。
アルトがスプーンを手に取り、ふうふうとスープを冷ます。その一瞬の隙を、ケット・シーは見逃さなかった。
体内の魔力を一気に練り上げ、おぞましき暗黒の呪いをスープの器めがけて解き放つ!
(我が特級の『腐敗と激辛の呪い(マイナス50)』を喰らうがいい! 一口飲めば内臓が捻じ切れ、あまりの激痛とのたれ回る苦しみに涙を流すはず!)
そして、魔力の反動で、リュックの中から置物の左手が「クイッ」と動いた(手招きした)。
──【黒の招き猫:大開運システム起動】
パチチチチッ!!と黒の招き猫の表面が微かに輝く。
ケット・シーが放った凶悪な呪いの魔力が、招き猫の幸運反転エンジンを通過した結果、なんと「プラス500」の【至高の隠し味・超健康活力パワー】へと強制変換されてスープへと注ぎ込まれた!
直後。
ふわぁぁぁぁ……!
「……え?」
アルトが目を丸くする。
ただの安っぽい野菜スープから、まるで天界の雫かと思うほどの、透き通った黄金の湯気が立ち上り始めたのだ。それと同時に、嗅いだこともないような芳醇で濃厚なスパイスの香りが、狭い食堂いっぱいに広がっていく。
『そうだガキ、大人しくそれを胃袋に流し込むがいい。それが貴様の死への招待状だ……って、おい、なんだその美味そうな匂いは!?』
ケット・シーが脳内でツッコミを入れる中、アルトはその黄金のスープを恐る恐る一口、口に含んだ。
「────っ!!」
衝撃が、アルトの全身を駆け巡った。
口いっぱいに広がる、圧倒的な野菜の旨味と、五臓六腑に染み渡るような優しい温かさ。
「な、なんだこれ……! 美味しすぎる……! それに、なんだか体が、すごく軽い……?」
アルトが驚いて自分の腕を見ると、なんと不運体質のせいでいつも巻いていた包帯の隙間から、生傷や生霊の呪いによる肌の荒れが、みるみるうちに消え去ってツルツルになっていく。超健康パワーが、彼の長年の生傷を一瞬で治癒してしまったのだ。
「ああ……そうか! 怖気づいていた僕を励ますために、黒猫様がスープに神聖な祝福を授けてくれたんだね……っ!」
アルトは感動のあまりボロボロと涙を流しながら、リュックから黒の招き猫を取り出し、優しく抱きしめた。
「ありがとう黒猫様……! あなたの優しさが五臓六腑に染み渡るよ……っ!」
『違うわボケェ!! 私は貴様の胃腸を破壊して救急搬送させるつもりだったんだよ! なんで不運のケガまで完治して健康優良児になってるんだよ!!』
抱きしめられた陶器の中でケット・シーが絶叫していると、厨房から「何事だ!?」と凄まじい形相で店主が飛び出してきた。
店主は食堂を満たす神聖な香りに鼻をピクピクさせると、アルトの手元にある黄金のスープを見て、狂ったように叫んだ。
「お、おい! そのスープ、俺が作ったやつか!? 頼む、一口、一口だけ飲ませてくれ!」
店主はアルトからスプーンを引ったくると、スープを口に含んだ。
その瞬間、店主はガタガタと激しく震え出し、その場にドサリと膝を突いて大号泣し始めた。
「これだ……! これだあぁぁぁーーー!! 俺がずっと探していた、失われた宮廷料理の究極の隠し味は、これだったんだ!!」
実はこの店主、かつて王宮で総料理長を務めながらも、スランプに陥ってすべてを失い、この街で燻っていた伝説の料理人だったのだ。
店主は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、アルトの前に平伏した。
「少年……いや、味の導師よ! 君がこのスープに奇跡の魔力を込めてくれたおかげで、俺の魂の料理が完成した! 感謝する! この御恩は一生忘れん!」
「ええっ!? い、いや、僕は何もしてなくて、この黒猫様が……」
「おお、なんと謙虚な……! この店は今日からリニューアルだ! 君を我が店の『終身名誉顧問』に任命する! これを受け取ってくれ!」
差し出されたのは、最高級の干し肉や特製パンが詰まった巨大な食材の袋。さらに、金文字で書かれた『生涯無料・全メニュータダ飯券』だった。
「わあ……! ありがとうございます!」
アルトは思いがけない大量の食料とタダ飯券をゲットし、ホクホク顔で黒の招き猫を高く掲げた。
「やったね、黒猫様! これで当分、ご飯には困らないよ! ゴールドの依頼に行かなくても生きていけるかも!」
『おのぉぉぉれぇぇぇ!! 冒険者として死なせるどころか、飯の心配まで無くして引きこもりを助長させてどうするーーー!! 誰か私の呪いを呪ってくれえええええ!!』
こうして、ただの安食堂を「明日から大行列ができる超人気店」へと変貌させてしまったアルト。
軍資金と食料を完璧に調達し、少年と邪悪な(だけど大開運しちゃう)招き猫のすれ違いロードムービーは、一歩ずつ、確実に(?)前へと進んでいくのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
アルトがまた勝手に伝説を作ってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
次回も「招き猫様」の圧倒的大開運(という名の災難)がアルトを襲います。
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次回もお楽しみに!




