表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/11

第5話

翌朝、道場の奥に、乾いた薬草の匂いが満ちていた。


「……これが、石田散薬だ」


歳三が、すり鉢の中身を見下ろす。


細かく砕かれた薬草。


粉末状になったそれは、地味だが確かな力を持っている。


沖田が覗き込む。


「見た目は普通ですね」


「当たり前だ」


歳三は淡々と答える。


「だが、効く」


指で少量をつまむ。


「傷の痛みを抑える。腫れも引く」


「腹に使えば、下りも止める」


「戦場じゃ、命を拾う薬だ」


近藤が腕を組む。


「万能というわけか」


「そんなもんはねぇ」


即答。


「だが、“使える”」


歳三の、その一言に重みがあった。


数日後、材料は揃っていた。


山に入る門人たち。


野草に詳しい農民。


近藤の名のもと人は動く。


「助かりますよ」


門人の一人が笑う。


「稽古の礼もありますしね」


歳三は何も言わない。


ただ、手際よく薬草を仕分ける。


製造は、道場の裏で行われた。


呼び集められたのは、農家の次男、三男たち。


「日銭が入るならありがてぇ」


そう言って集まった若者たち。


「いいか」


土方が低く言う。


「手順を間違えるな」


「これは毒にもなる」


一瞬で空気が締まり、誰も軽く考えなくなる。


沖田が小声で笑う。


「相変わらずですね」


「甘ぇと死ぬ」


歳三はそれだけ言う。


費用は、近藤が出した。


「最初は投資だ」


迷いはなかった。


「ここで失敗しても、経験になる」


歳三は何も言わない。


だが、その判断は正しいと分かっていた。


そして試供品を道場の門人たちに配られる。


「これを使ってみろ」


歳三のぶっきらぼうな説明だが、実際に使われた。


数日後、結果はすぐに出た。


「すげぇな、これ」


腕に巻いた布を見せる男。


「腫れが引いてる」


「昨日まで痛かったのに……」


別の男も頷く。


「腹の具合も治まった」


「こんな薬、初めてだ」


評判は、あっという間に広がった。


この時代、薬は決して身近ではない。


高価な漢方は一部の者しか手に入らず、多くは祈祷や経験則に頼るしかない。


「効く薬」は、それだけで価値がある。


まして「すぐ効く」なら尚更だ。


道場の外に行商人が、一人立っていた。


「噂を聞いてな」


不敵ににやりと笑う。


「その薬、売ってくれねぇか」


歳三が前に出る。


「いくらだ」


単刀直入。


行商人も笑う。


「話が早ぇ」


交渉が始まる。


近藤は黙って見ている。


沖田は楽しそうに眺めている。


やがて――


「いいだろう」


交渉成立とばかりに歳三が頷いた。


「ただし、質は落とさねぇ」


「当然だ」


金が渡る。


重みのある音。


それはこの時代で初めて得た、“力”だった。


夜、三人は再び膳を囲む。


今度は、少しだけ酒が多い。


「上々だな」


近藤が言う。


「ああ」


歳三も短く返す。


沖田が笑う。


「これで、しばらくは困りませんね」


「いや」


歳三が言う。


二人が見る。


「ここからだ」


その目は、すでに次を見ている。


「もっと広げる」


「もっと稼ぐ」


「人を集める」


低く、確実に。


「――戦うためにな」


沈黙。だが誰も否定しない。


三人の視線が交わる。


石田散薬。


それはただの薬ではない。


新選組再興の――最初の一手だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ