表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/11

第2話

道場の中は、静かだった。


先ほどまでの喧騒が嘘のように消え、二人の間には、重い空気だけが残る。


沖田は、土方の向かいに座っていた。


まだ、どこか信じきれていないような顔で。


「……本当に、歳さんなんですね」


「しつこい」


短く返すが、その声に棘はない。


沖田は小さく笑った。


「だって、あの歳さんが……こんなに若くなってるなんて」


「お前もだろうが」


歳三が視線を上げる。


確かにそこにいるのは、あの沖田総司だ。


だが――


「……随分、若ぇな」


「そりゃあ、死ぬ前よりは元気ですよ」


沖田は軽く言うも、その言葉の奥にあるものを歳三は見逃さない。


そしてしばらくお互いに沈黙が続き、漸く先に口を開いたのは沖田だった。


「歳さんは……どこまで?」


「箱館五稜郭だ」


即答だった。


「……そうですか」


沖田の表情が、わずかに陰る。


「最後まで、戦ったんですね」


「当たり前だ」


歳三は視線を逸らさない。


「負けたがな」


その一言で、すべてが伝わる。


風が、障子を揺らした。


沖田は、ゆっくりと息を吐く。


「僕は……」


少し言葉を探す。


「江戸で、終わりました」


静かな声。


「戦場にも戻れないまま……ただ、寝てるだけで」


拳が、わずかに握られる。


「悔しかったですよ」


何とか笑うが、それは乾いた笑みだった。


「みんな戦ってるのに、自分だけ何もできなくて」


土方は何も言わない。ただ、聞いている。


「だからかな」


沖田が顔を上げる。


「気づいたら、ここにいました。近藤さんと一緒に」


その言葉に、流石の歳三の目がわずかに動く。


「……あの人もか」


「ええ」


沖田は頷く。


「最初は何が何だか分かりませんでしたけど、とりあえず生きるしかないだろうって」


苦笑する。


「それで盗賊を斬って退治したら、この道場をお礼に」


歳三は周囲を見回す。質素な造りだが、手入れは行き届いている。


「情報を集めるには、人が集まる場所が一番ですからね」


「……なるほどな」


歳三は短く呟く合理的で、いかにも近藤らしい判断だった。


「近藤さんは、今――」


「買い出しがてら周辺の様子を探っているかと、そしてもうすぐ戻ると思いますよ」


その言葉に、歳三はわずかに目を閉じた。


(近藤さんが、生きている)


胸の奥に何か熱いものがこみ上げるが、それを表には出さないが代わりに静かに口を開く。


「……で?」


沖田が首を傾げる。


「何です?」


「遊びは終わりだ」


歳三は低く言うと、先程の穏やか空気が一変する。


「ここが戦国なら――」


ゆっくりと立ち上がる。


「やることは一つだろうが」


歳三の目は、すでに“戦場”を見ていた。


沖田の口元が、わずかに上がる。


「……やっぱり歳さんですね」


楽しそうに。だが、どこか嬉しそうに。


「じゃあ」


沖田も立ち上がる。


木刀を一本、手に取る。


「腕、落ちてないか」


軽く振る。空気を裂く音。


「確かめます?」


歳三は、ゆっくりと刀に手をかけた。


「言われなくても、やるつもりだ」


次の瞬間、空気が張り詰める。


再会の余韻は消えた。


そこにあるのは――ただ、剣士と剣士。


道場に静寂が落ち、向かい合う二人。


沖田は木刀を構え、軽く肩を回した。


「手加減は?」


「するか、馬鹿」


歳三は一歩踏み出す。


その瞬間――沖田の姿が消えた。


「――っ」


風を裂く音。そして次の瞬間には、歳三の懐に


速いが――


「甘ぇ」


歳三の刀が、わずかに軌道を変える。


最小の動きで、沖田の一撃を受け流す。


打ち合い。乾いた音が連続する。


カン、カンと板の間に響く。


沖田の剣は風の様に速く、そして間合いを出入りする。


「どうです!」


踏み込み、喉元を狙う鋭い一撃。


だが――寸前で止まる。


歳三の刃が、すでにそこにあった。


「……読まれてる」


沖田が笑うが、その息は上がっていない。


むしろ、楽しんでいる。


「身体が軽いんですよ、今」


沖田は警戒しながら一歩下がる。


「前みたいに、咳も出ない」


「……そうか」


歳三は短く返す。


だが、その目はわずかに細くなる。


(速ぇな……)


幕末で知る沖田よりも、明らかに鋭い。


無駄がない、そして迷いもない。


だが――


「それだけだ」


次の瞬間、歳三が踏み込む。


空気が変わる。重い。殺気が、空間ごと押し潰す。


「――っ!」


沖田の反応が、わずかに遅れるが何とか受けとめる。


だが、衝撃が腕を痺れさせる。


「重……!」


ただの力ではない。


経験だ。間合い、崩し、圧。


すべてが“実戦”で磨かれたもの。


「戦場で遊んでたわけじゃねぇ」


歳三は低く言いながら二撃、三撃と無駄のない連撃で放つが


「さすが……ですね」


沖田は歳三の連撃を全て受けきり笑う。


だが、その目は真剣だ。


「でも――」


一瞬、間を作る。


その“隙”に見せかけた動き。


踏み込み。


「ここ!」


横からの一閃。


だが――止まる。


互いの刀が、ぴたりと交差する。


喉元、数寸。


沈黙。二人とも動かない。


やがて――沖田が、ふっと息を吐いた。


「……参りました」


「……ちっ」


歳三は刀を引く。


「悪くねぇ」


歳三のその一言に沖田が、少し嬉しそうに笑う。


その時だった。


――戸が開く音と二人の視線が同時に戸に向く。


道場の入口に、一人の男が立っていた。


外装のまま、静かに中を見ている。


そして――その視線が歳三で止まり、時間が止まるような感覚になる。


「……」


男の手から荷が落ちた。その鈍い音がやけに大きく響く。


「……歳、三?」


男の震える声。歳三は、ゆっくりと振り向いた。


そして――「……近藤さん」


歳三は男の顔を見て、その名を口にする。


次の瞬間、近藤の目が大きく見開かれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ