第24話
天文二十一年(1552年)十一月。
上総の戦況を受け、近藤らは北条氏康から出兵を命じられた。
現在、高幡城の常備兵は三百。
そのうち二百を出陣させ、土方歳三と沖田総司が指揮を執ることとなった。
向かう先は、武蔵国葛西城。
葛西城は下総国へ進出するうえで重要な拠点であり、ここには北条綱成率いる軍勢も集結する予定となっていた。
「葛西城か……」
土方は地図を眺めながら呟く。
「下総へ出るなら、確かに重要な場所だな」
沖田も頷く。
「北条軍だけでなく、武蔵の国人衆も集まるんでしょう?」
「ああ」
土方は少しだけ口元を歪めた。
「恐らく面倒な連中もいるだろうな」
「土方さん、もう分かっているんですか?」
「何となくだがな。総司、多分お前も城に着けば分かると思うぞ」
歳三の想像は当たっていた、葛西城で待っているのが、戦だけではないことを。
葛西城。
北条綱成の軍勢が到着するのを前に、城内には武蔵各地から集められた国衆や土豪、その家臣たちが次々と集まっていた。
その中には、武蔵七党の流れを汲む家々も多い。
横山党、猪俣党、野与党、村山党、児玉党、西党、丹党――。
それぞれが長い年月をかけて土地を守り、戦場を経験してきた者たちである。
そのため、葛西城へ入ってきた土方たちの姿を見た者たちの反応は、決して好意的なものではなかった。
「……あれが噂の連中か?」
「高幡城を奪ったという?」
「ああ。近藤とかいう百姓上がりの男が率いているらしい」
「百姓上がり?」
男たちの間から、くぐもった笑い声が漏れる。
「百姓を足軽にするのは、別に珍しいことではない」
「戦になれば、百姓を徴発して兵にする。それが普通だ」
「だがな……」
一人の古参武士が、土方と沖田の姿を眺めながら鼻で笑った。
「百姓が兵になるのと、百姓が兵を率いるのとでは話が違う」
「違いねぇ」
「しかも聞けば、あの連中は自分たちで兵を鍛え、城まで奪ったそうだ」
「身の程を知らぬということだ」
土方は少し離れたところで、その言葉を聞いていた。
表情は変わらない。
沖田も同じだった。
だが二人とも、何を言われているのかは分かっている。
――百姓上がり。
それが、彼らを見下す理由だった。
やがて、一人の武士が土方の前へ歩いてきた。
「おい」
土方が顔を向ける。
「貴様が土方か?」
「ああ」
「聞けば、百姓を集めて兵にしているそうだな」
「ああ」
「戦場で役に立つのか?」
周囲から笑い声が起こった。
男はさらに続ける。
「百姓は百姓だ。槍を持たせれば足軽にはなる。だが、戦を知る武士とは違う」
土方の目が細くなった。
「……そうかい」
「何だ?」
「いや」
土方は一歩、男に近づいた。
「だったら戦場で確かめればいい」
土方の言葉に笑い声が止まった。
男が眉をひそめる。
「何?」
「俺たちが百姓上がりで、俺たちの兵も百姓から集めた足軽だってんなら、それでいい」
土方は淡々と言った。
「だが戦場で、どっちが役に立つか見りゃ分かる。」
「貴様――」
男が声を荒らげる。
だが、その肩を別の男が掴んだ。
「やめておけ」
「しかし――」
「もうすぐしたら北条綱成様が来られる」
「チッ⋯」
男は渋々引き下がると土方は背中を向ける。
その横に沖田が並んだ。
「土方さん」
「何だ?」
「懐かしいですね。ここに来る途中で言っていたことはこれの事ですか?」
「……ああ」
沖田は少し笑った。
かつて京にいた頃も、似たような目を向けられた。
身分の低い者。
名もない浪士。
武士とは認められぬ者たち。
新選組という名を掲げても、最初から周囲が認めてくれたわけではない。
何度も馬鹿にされ、何度も見下された。
だが、そのたびに剣で黙らせてきた。
土方は葛西城の外へ目を向ける。
そこには、近藤たちが鍛え上げてきた二百の兵がいた。
彼らの多くもまた、百姓の次男、三男だった。
田畑を耕していた男たち。
家を継げず、武士として身を立てる機会もなかった男たち。
だからこそ、彼らは必死だった。
土方は小さく笑った。
「……またか」
沖田が見る。
「え?」
「昔と同じだ」
土方の口元が僅かに吊り上がった。
「百姓上がりだの、足軽だの、身分が低いだの……」
そして、腰の刀に手を添える。
「上等じゃねぇか」
その目には、戦場を前にした男の光が宿っていた。
「だったら、俺たちの兵が何者なのか――」
土方は二百の兵を振り返った。
「あいつらに戦場で教えてやる」
その時だった。
城門の方から大声が響いた。
「北条綱成様、御到着!」
葛西城に、北条の旗が次々と入ってくる。
土方と沖田は顔を見合わせた。
いよいよ戦が始まる。
そして、この二百人の百姓上がりの兵たちが、本当に戦場で役に立つのか。
それを証明する時が来た。




