第17話
高幡城の広間。
北条家立会いのもと、大石氏と近藤らの和睦交渉が始まった。
上座には北条三郎時長。その左右には北条家の奉行衆。
向かい合うように、大石綱周と近藤勇、土方歳三が座る。
重苦しい沈黙の後、時長が静かに口を開いた。
「これより北条家立会いのもと、和睦の儀を執り行う」
「双方、冷静に話し合われよ」
まず大石綱周が立ち上がった。
「我が家臣が軽率な行動を取ったことは認めよう。だが、それと城を奪われたことは別問題だ」
綱周の視線は近藤へ向く。
「近藤殿。家臣が非を犯したなら、まず当主である私に訴えるべきであった。いきなり城を攻め落とすなど、国人の道を外れておる」
その言葉に家臣たちも頷いた。
「そのとおり!」
「いくら何でもやり過ぎだ!」
「城を返還すべきだ!」
広間の空気が張り詰める。
土方が口を開こうとするが、近藤が静かに手で制した。
近藤は落ち着いた口調で答える。
「確かに、普通ならばそう致しました。しかし、使者殿は後ろ盾を盾に我らの商いを差し出せと迫られた」
「明日になれば兵を集められ、我らに勝ち目はありません。守るためには、先に動くしかなかったのです」
大石家臣が机を叩く。
「言い訳だ!」
「百姓上がりが城を奪うなど前代未聞!」
「城は返してもらう!」
その瞬間、土方の眼光が鋭く光る。
「では、お聞きします」
広間が静まる。
「我々が城を返したとして、また石田散薬を取り上げないと約束できますか」
誰も答えない。土方は続けた。
「兵を集めないと誓えますか。門人や農民に危害を加えないと誓えますか」
沈黙。
「答えられないでしょう。だから我々は戦った」
綱周も返す言葉を失った。
しかし一人の重臣が立ち上がる。
「ならば、高幡城だけでも返還せよ!」
「それが筋というものだ!」
その時だった。北条三郎時長が静かに扇子を閉じた。
「……静まられよ」
一言で広間は水を打ったように静まる。
時長は大石側を見渡した。
「北条家の裁定を申し渡す」
「事の発端は、大石家臣が石田散薬の利益を武力を背景に要求したこと」
「この非は大石家にある」
重臣たちが顔をしかめるが、時長は構わず言葉を続ける。
「近藤殿の夜襲は過激ではあるが、自衛のための行動と判断する。よって、高幡城は近藤殿の所領として認める」
「……なっ!」
大石家臣からどよめきが起こる。
「北条様!」
「それでは我らの面目が立ちませぬ!」
時長は静かに言い放つ。
「面目を失わせたのは誰だ。当主の許可なく商人へ圧力を掛けた者ではないか」
広間は再び静まり返る。
時長は綱周へ向き直る。
「綱周殿」
「北条家は大石家を軽んじているわけではない」
「だからこそ、これ以上の争いを望まぬ。この場で和睦されよ」
綱周は長く目を閉じた。
やがて静かに立ち上がる。
「……承知した」
「近藤殿。我々は今後、この件を蒸し返すことは致さぬ」
近藤も立ち上がる。
「我らも争いは望みません。武蔵の平穏のため力を尽くしましょう」
二人は固く手を取り合った。その姿を見た時長は満足そうに頷く。
「これをもって和睦成立とする」
そして最後に、高らかに宣言した。
「北条家は近藤勇を高幡城主として正式に認める。」
「以後、近藤家は武蔵国の一国人として北条家の保護のもと、その所領を治めることを許す」
こうして、近藤らは武力で奪った城を、北条家公認の所領として正式に得ることになった。
名門・大石氏は苦い思いを抱えながらも北条家の裁定を受け入れ、武蔵国に新たな国人領主が誕生したのである。
和睦の儀が終わり、大石綱周らが退席した後。
広間には近藤勇、土方歳三、そして北条三郎時長だけが残っていた。
時長は一度姿勢を正すと、近藤へ向き直る。
「近藤殿。ここからは、氏康様より預かったお言葉をお伝えいたします。」
近藤と土方は静かに頭を下げた。
時長はゆっくりと語り始める。
「氏康様はこう申されました」
「近藤勇殿。風魔の報告、三田殿や金剛寺からの書状、そして小田原でのそなたとの対話をもって、その人物を知ることができた」
「そなたらは武を振るうためではなく、民を守るために武を執る者である」
「その志、誠に見事である」
時長は一呼吸置き、さらに続ける。
「よって北条家は、近藤勇を高幡城主として正式に認める」
「以後、高幡城ならびにその支配地については、北条家がこれを保全する」
「領民を慈しみ、法を正し、武蔵の安寧に尽くされよ」
近藤は深く頭を下げた。
「身に余るお言葉にございます」
土方も続ける。
「氏康様のご期待を裏切ることなく、この地を治めてまいります」
時長は穏やかに微笑んだ。
「もう一つございます。」
二人が顔を上げる。
「氏康様は、『近藤とは一度酒を酌み交わしながら話してみたい』とも仰せでした」
近藤は思わず笑みを浮かべる。
「それは光栄なことです」
土方も苦笑する。
「今度は近藤さんも、首を刎ねても構わないなどと物騒なことは言わないでください」
近藤は豪快に笑った。
「はっはっは、それは約束できんな」
その言葉に時長も思わず笑みをこぼした。
張り詰めていた空気は和らぎ、広間には穏やかな空気が流れる。
時長は最後に改めて一礼する。
「近藤殿、土方殿。これより先は、北条家の良き隣人としてお付き合い願います」
近藤も深く礼を返した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
こうして近藤らは、関東の雄・北条氏康から正式にその人物と志を認められた。
この日を境に、高幡城は単なる奪った城ではなく、北条家公認の領地として新たな歴史を歩み始めるのであった。




