第15話
小田原城、夜半。
密命を終えた風魔小太郎は、静かに北条幻庵の前へ姿を現した。
「ご報告いたします」
幻庵は頷く。
「申せ」
小太郎は一つひとつ見聞きしたことを話し始めた。
高幡城の規律。
兵と民を同じ法で裁くこと。
略奪を禁じ、物には必ず対価を支払わせること。
盗みを働いた者は、たとえ味方であっても処断すること。
そして、天然理心流を基礎に鍛えられた兵たち。
「兵は武士ではありません。しかし、統率はよく取れております。実力は並の足軽を上回ります」
幻庵は静かに耳を傾ける。
「近藤、土方、沖田の三名はいかがであった」
小太郎は少し笑みを浮かべた。
「私の気配に気付きました。城内深くまで入りましたが、三人に囲まれました」
幻庵の目が僅かに見開く。
「……ほう。ですが、斬りかかっては来ませんでした。」
「敵意が無いことを察すると、去ることを許しました。実力もあります」
「特に土方歳三は実戦の勘が鋭く、沖田総司は気配を読む才に優れています。そして近藤勇」
小太郎は言葉を選ぶように続けた。
「三人の中心に立つ男です」
「兵も民も、あの男を信頼しております。私の見立てでは……」
一呼吸置いて言った。
「単なる賊ではありません。国を治めようとしている者たちです」
幻庵は静かに頷いた。
「ご苦労」
その足で幻庵は、北条氏康のもとへ向かった。
翌朝、氏康は幻庵から報告を受ける。
幻庵は風魔小太郎の報告を一つ残らず伝えた。
話を聞き終えた氏康は腕を組み、しばらく沈黙する。
やがて静かに笑った。
「面白い。乱世にあって略奪を禁じるか」
「しかも、自ら定めた法を自らも守る」
幻庵も頷く。
「小太郎も、その統率ぶりを高く評価しておりました」
氏康は立ち上がる。
「もはや噂だけでは判断できぬ。」
「ならば――」
障子の外へ声を掛けた。
「者を呼べ。」
家臣が入室する、そして氏康は迷いなく命じた。
「近藤勇に正式な使者を送る。小田原へ招け。」
「和睦のためではない。余が直接、この男に会う。」
幻庵が付け加えた。
「軽んじていると思われてはなりませぬ」
氏康は頷く。
「無論だ。使者には大叔父上の子である三郎時長を遣わすが良いか。大叔父上」
「問題ありませぬ」
幻庵は静かに頷いた。
数日後、高幡城。
北条一行が城門へ到着し、先頭に立つ若武者が名乗る。
「私は北条三郎時長。北条氏康様の命により参った。近藤殿にお目通り願いたい」
北条氏の使者に門番は慌てて近藤へ報せる。
応接の間で対面した時長は、一礼して書状を差し出した。
近藤は静かに受け取り、土方、沖田とともに目を通す。
そこには、氏康自らの言葉が記されていた。
「近藤勇殿。貴殿らのことは、よく聞き及んでいる。一度、小田原へ参られよ。
互いに顔を合わせ、率直に語り合いたい。北条氏康」
書状を読み終えた近藤は顔を上げ、土方と沖田を見る。
三人は無言で頷き合った。
近藤が時長へ答える。
「承知いたしました。小田原へ伺います。」
こうして近藤勇と土方歳三は付き添い六名を伴い、総勢八名で小田原へ向かうことを決める。
この対面が、近藤らの運命を大きく変える第一歩となるのであった。




