第14話
北条幻庵から密命を受けた風魔小太郎は、数日をかけて高幡城周辺を探っていた。
昼は旅人に紛れ、夜は闇に溶け込む。
まず目に入ったのは、城下の様子だった。
兵が町を巡回している。
しかし、町人たちは兵の姿を見ても怯える様子はない。
「近藤様のお達しだ」
「安心して商売を続けてくれ」
兵はそう言って商人へ頭を下げる。
小太郎は違和感を覚えた。
(兵が……頭を下げるだと)
普通の国人領主では考えられない光景だった。さらに城門には木札が掲げられていた。
三箇条
一、婦女暴行並びに略奪を禁ず。
一、物品を受け取る際は、必ず正当な対価を支払うべし。
一、盗みを働いた者は、理由を問わず死罪。
小太郎は静かに読み終えた。
(乱世でここまで厳しい法を……。兵を縛れば、不満も出るはず)
そう思った矢先だった。広場が騒がしくなる。
「捕まえたぞ!」
縄で縛られた一人の男が引き立てられてきた。
男は農家の倉から米を盗み出そうとしていた、いわゆる"こそ泥"だった。
巡回していた沖田総司が男の前へ立つ。
「盗んだ事実に間違いはありませんか」
巡回していた沖田総司が男の前へ立つ。
「盗んだ事実に間違いはありませんか」
男は観念したように俯く。
「……腹が減っていた。だから盗みました」
沖田は静かに目を閉じる。
「理由は分かりました」
「ですが、規約は規約です」
「皆の前で決めた掟を、私たちだけが曲げることはできません」
近藤や土方もその場に姿を現した。
近藤は厳しい表情で言う。
「法とは、守るためにある」
「情だけで裁けば、いずれ領地は乱れる」
土方も静かに続ける。
「今日一人を許せば、明日は十人になる」
沖田は刀を抜いた。
男は最後まで抵抗しなかった。静かに処断される。
広場は静まり返った。
近藤は集まった民へ向き直る。
「この掟は、民も兵も同じだ」
「我ら三人であっても、破れば裁きを受ける」
誰一人として異を唱える者はいなかった。
その様子を物陰から見ていた小太郎は、小さく息を吐く。
(見せしめではない。本気で、この国を治めようとしている)
その夜。小太郎は高幡城へ忍び込んだ。
音もなく石垣を越え、城内へ入る。
見張りは多くない。しかし、その配置に隙がない。
巡回の間隔も一定ではなく、時折経路を変えている。
(実戦を知る者の配置だ)
訓練場では夜にもかかわらず兵たちが稽古をしていた。
天然理心流を基礎としながら、三人一組で互いを援護する戦い方。
小太郎は兵たちの動きを見て頷く。
(足軽より一段上。武士には及ばぬが、百戦錬磨の足軽程度なら十分に討てる)
さらに城内を進もうとした、その時だった。
「……そこにいるな」
低い声が闇に響く。
土方歳三だった。
反対側からは沖田総司が静かに回り込み、正面には近藤勇が立つ。
三人が、いつの間にか小太郎を囲んでいた。
小太郎は思わず笑みを浮かべる。
(気配を消していたはずだ。3人の実力がこれほどとは…)
近藤が静かに口を開く。
「敵か」
小太郎は首を横に振る。
「いや。ただの旅の風だ」
土方は目を細める。
「旅の風か…その風は小田原からか」
沖田は刀に手を添えたまま微笑む。
「でも、殺気はありませんね」
しばし静寂が流れる。
やがて小太郎は一歩下がる。
「今日は見ただけだ……面白い国だな」
そう言い残すと、屋根へ飛び移る。
次の瞬間には夜闇へ姿を消していた。
土方は去った方向を見つめながら呟く。
「只者じゃねぇな」
近藤は静かに頷く。
「ああ。恐らく北条の忍びだろう」
沖田は笑みを浮かべた。
「でも、敵じゃなさそうでしたね」
その頃、小田原へ戻る道を走る小太郎は心の中で確信していた。
(近藤勇、土方歳三、沖田総司。あの三人は、ただ城を奪っただけの者ではない。乱世に新しい秩序を築こうとしている)
その報告は、やがて北条幻庵、そして北条氏康の決断を大きく左右することになる。




