第9話
歳三は三田氏の館に使者と訪れていた。
三田の館は、質実だった。
飾り気はないが、無駄もない。
「……通せ」
襖の向こうから低い声が響く。
歳三は、臆せずそのまま中へ進んだ。
視線が集まり、武士たちの目。
値踏みするような空気。
だが歳三は一切気にしない。
正面へ進み、そして座す。
対面にいる男。
それが、三田綱秀だった。
五十を越えた男。
静かだが、鋭い目をしている。
「薬を売りに来た、と聞いた」
淡々とした声。
歳三は頷く。
「石田散薬だ」
包みを差し出す。
その包みを家臣が受け取り、綱秀へ渡す。
「効くのか」
「効く」
即答。そして一切の迷いがない。
綱秀の目が、わずかに細くなる。
「‥‥ほう」
しばし、沈黙。
やがて――
「それだけか?」
試すような問い。
歳三はわずかに間を置き、そして言う。
「実はもう一つある」
歳三の言葉に部屋の空気が変わる。
「大石と揉める」
直球だったが、周囲の空気が一瞬で張り詰める。
「‥‥ほう」
綱秀の口元が、わずかに動く。
「続けろ」
「向こうは薬を囲いに来てる。断れば、潰しに来る」
事実だけを並べ、感情は乗せない。
「その時」
視線を真っ直ぐに綱秀に向ける。
「仲裁に入れ」
誰も口を挟まないが、歳三に大胆すぎる要求に周りは言葉を失う。
だが歳三は微動だにしない。
「‥‥なぜ、儂だ」
綱秀が問う。
「北条にでも頼めばいい」
「でかくなる」
歳三は即答で返事。
「それは望まねぇ」
「なら、アンタだ」
理屈は通っている。
だが、それだけでは足りない。
「成功すると思うか」
問われ、試されている。
歳三は、わずかに息を吐いた
――「する」
と言い切る。
「する前提で動いてる」
一切の迷いがない。卑屈さも媚びもない。
恰もの事実のように。
「だから、来た」
その言葉に空気が、変わる。
綱秀の目が、わずかに見開かれる。
(……面白い)
そういう顔だった。
綱秀は漸く口を開く。
「見返りは?」
歳三は、即座に答えた。
「薬を回す。無償で、いくつか」
周囲がざわつく。
綱秀は、じっと土方を見る。
「大石には?」
「やらねぇ」
歳三ははっきりと言い切る。
「必要なら、売る」
「だが、握らせはしねぇ」
歳三の強い意思、言葉に一切のブレがない。
そして部屋はしばらく沈黙する。
やがて――綱秀が、ふっと笑った。
「いいだろう」
その一言で、場の空気が緩む。
「仲裁、引き受けてやる」
決まった。立ち上がる土方。
用は済んだ。
だが――「待て」
綱秀が呼び止める。
歳三が振り返る。
「そう言えばお主の名を聞いてなかったな」
「土方歳三義豊」
綱秀の目が、わずかに細くなる。
「‥‥そうか」
ぽつりと呟いた。
「欲しいな」
綱秀の静かな声。
「息子か、家臣に」
周囲がざわつくが、綱秀は構わず続ける。
「惜しい」
視線が、まっすぐ歳三に向く。
「お前の主が羨ましい」
その言葉に歳三は、わずかに口元を歪めた。
「‥‥そうか」
それだけ言うと踵を返す。
迷いなく、歩き出す。
やがて館の外に出ると空気が変わる。
館の外で待っていた沖田が、すぐに寄ってきた。
「どうでした?」
歳三は、短く言う。
「乗った」
沖田が笑う。
「さすがですね」
少し遅れて、近藤も来る。
「……やったか」
「ああ」
歳三は頷く。
「これで、後ろは固まった」
近藤が静かに息を吐く。
「なら――」
その先は、言わない。
だが、三人とも分かっている。
戦は、もう避けられないと。




