第7話
昼下がり。道場の空気は、いつもと違っていた。
門人たちの動きも、どこか落ち着かない。
理由は明白だった。
「‥‥大石の家中の者だと」
近藤が静かに繰り返す。
目の前に座る男は、鎧こそ着けていないが、明らかに“武士”だった。
腰には当然が刀あり、姿勢は崩れない。
「左様」
使者に来た男は淡々と答える。
「近頃、この辺りで妙な薬が出回っていると聞く。そしてよく効くと」
使者の視線が、近藤に突き刺さる。
「それを扱っているのが、この道場だとな」
使者が言葉を切ると、場は沈黙状態になる。
近藤は慌てず、ゆっくりと茶を口に運んだ。
「‥‥で?使者殿は何が言いたいので」
近藤は短く問う。
男の口元が、わずかに歪む。
「話は簡単だ。今後我らが貴様らを庇護するが、その代わり、その薬を我々に納めてもらう」
使者の言葉に部屋の空気が、張り詰める。
聞き耳を立てていた門人の何人かが息を呑む。
だが近藤は、すぐには答えない。
ただ、相手を見ている。
(‥‥強引に来たな)
近藤の頭の中で、静かに考える。
断るのは簡単だ。
(だが今は、まだ早い)
武具は足りない。人も、鍛えきれていない。
ここで衝突すれば、簡単に潰される。
その一方で
(従えば、縛られる)
薬は“命”だ。
今後近藤たちが立ち上がる為には、「石田散薬」は必要不可欠な物。
それを握られれば、自由はない。
しばらく沈黙が続き、やがて近藤が口を開いた。
「‥‥その話」
あえて、間を置く。
「今ここで決めることはできん」
男の眉が、わずかに動く。
「ほう?」
「薬のことは、別に任せている者がいる」
「今は不在だ」
近藤の言葉に嘘はない。だが、それだけではない。
「戻り次第、その者に話を通す」
「返事は、その後だ」
近藤は静かに言い切る。
男はしばらく近藤を見つめていたが、やがて、ふっと笑った。
「‥よかろう」
と言って、男はもう用が無いとばかりに立ち上がる。
「だが、長くは待たん。こちらにも都合がある」
近藤は頷く。
「承知している」
男は踵を返すと去り際、ふと足を止めた。
「一つ、忠告しておこう」
振り返らずに言う。
「この地で商いをするなら、誰の下でやるかは選べ」
「さもなくば――」
男の声わずかに低くなる。
「食われるぞ」
と言葉を放ち、そのまま去っていった。
部屋に張り詰めていた空気が、ゆっくりと緩む。
会話を聞いていた門人の一人が口を開く。
「近藤先生、どうするんですか」
門人たちには不安が滲む声が上がるが、近藤は少しだけ考え
そして——「いつも通り、稽古を続けろ」
迷い無く、それだけを言う。
夕刻、歳三と沖田が道場に戻ると近藤から使者が来た件について説明を受け、一通り聞き終えると
「チッ、面倒なのが来たな」
話を聞いた歳三が呟き
「ついに来ましたね」
沖田も肩をすくめる。
近藤が腕を組む。
「断るか、従うか」
「その二つじゃねぇ」
近藤の言葉に歳三が即座に否定する。
歳三の言葉に二人の視線が集まるが、歳三は意に介さず
「利用する」
低く言う。
「向こうは“庇護”が欲しいんじゃねぇ」
「薬だ。つまり――」
少し間を置く。
「弱みを握りに来てる」
歳三の言葉に沖田が頷く。
「確かに……独占できれば強いですからね」
近藤が歳三に問う。
「なら、どうする」
歳三は、わずかに笑った。
「近藤さん時間を稼ぐのは正解だ」
「俺たちはその間に――」
指を立てる。
「武具を揃える」
「人を増やす」
「販路を広げる」
「依存させる」
最後の言葉が、静かに落ちる。
「向こうが“切れない存在”になるまでな」
歳三は不敵に笑う
そして、沖田も笑う。
「怖いですね、歳さん」
近藤も、ゆっくりと頷いた。
「だが、歳三の言うことは筋は通っている」
歳三は短く言う。
「戦は、もう始まってる」
それは剣ではない。
だがそれは目に見えない“戦”の始まりだった。




