近づく距離、触れたい思い
控室の鏡に、ぼんやりと疲れた自分の顔が映っていた。
ライトを落とされた部屋は、どこか心まで静かにしてくる。
「みおちゃん、まだ残ってたの?」
落ち着いた、でもどこか柔らかい声。
振り返ると夏海がドアに片手をかけて立っていた。
その姿を見るだけで、胸の奥がちくっと熱くなる。
「片づけ……してただけだよ」
「うん。今日のみおちゃん、ちょっと無理してるように見えたから」
以前からそうだった。
夏海は、ボクが気づくより先にボクの変化に気づく。
「夏海、もう帰ったのかと思ったのに」
「帰らないよ。みおちゃんの顔、今日ちゃんと見てなかったから」
そんな理由ある?
あるんだ、この人には。
自然に言うから余計に心臓が苦しくなる。
「……なんで、顔なんて?」
「なんでって……見たかったから」
以前と同じだ。
変に照れたりせずに、まっすぐに“必要なこと”みたいに言う。
だから勘違いする。
ずっと。
「明日オフだよね?」
夏海は控室に入ってきて、ボクの前で軽くしゃがんだ。
目線の高さが合うと、その近さに息が漏れた。
「みおちゃん、最近少し沈んでるから……一緒に出かけようよ。
私とだと、少し気が紛れるかなって」
言い方も、タイミングも、全部ほんの少しだけ甘い。
甘いのに、恋愛の“重さ”がない。
昔からずっとそう。ボクにだけ、特別に優しい。
「ボク……沈んでなんか……」
「みおちゃん、自分のことになると鈍いんだよね」
夏海は笑って、ボクの肩に軽く手を置いた。
その触れ方が“自然すぎて”余計につらい。
「ねぇ、みおちゃん。誰といる時が、一番心が楽?」
少し低い声。
気づけば、心臓が跳ねていた。
「べ、別に……」
「私はね、みおちゃんといると落ち着くよ」
その言い方。
昔から変わらない優しさ。
だからこそ、ボクが勝手に期待してしまう。
「……そんな言い方されたら、誤解……するよ」
言った瞬間、心臓が冷たくなった。
でも夏海は、静かに笑うだけだった。
「誤解させるつもりはないよ。
でも、みおちゃんが“私をどう見てるか”は、気になってる」
その声は甘いけど、きちんと線を引いた声。
今までと同じ夏海の声だった。
「明日は友達として誘うから。
……それなら、期待しないで来られる?」
その言葉が痛いのに、優しい。
“距離感の取り方”まで、昔からの夏海のまま。
「……うん。行くよ」
「よかった。みおちゃんと行けるなら、私も嬉しい」
にっこり笑ったその顔は、
優しくて、近くて、甘くて、遠い。
その全部が、昔からずっと変わってない。
変わらないまま、ボクだけが苦しくなっていく。




