別章 詩夕たちの提案と外堀
今回から、また4話分は詩夕たち側の話です。
時は遡り、場所はビットル王国へと移る。
自らの命を失いかけた戦いを乗り切った詩夕は、武技の神から聞いた話を全員に伝えた。
聞き終えると共に、己の未熟さを知り、今のままでこの世界を生き抜くのは厳しいと実感し、更なる強さを求めるようになる。
正確には、いたずらに新たな力を求めるのではなく、まずは自分が持ち得た力を更に高め、十全に扱えるようになる事だ。
いくら「特殊武技」が使えるようになったとはいえ、未だ使いこなせてはおらず、その威力だけに依存しているようでは先が知れている。
――それに、この世界では、命が簡単に失われるのだ。
それを詩夕たちが理解したのは、城内だけでなく王都内の至るところから白煙が立ち昇っているのを窓から見た時である。
それは、先の戦いで命を落とした者たちの葬儀が行われている場所。
戦死者が出ているのを頭では理解していたが、この世界の現実と詩夕たちの現実がピッタリと重なったのは、いくつもの白煙を目撃した瞬間だった。
詩夕たちは思う。
もっと早く勇者として覚醒していれば、と。
もっと自分たちが強ければ、と。
しかし、この世界の者たちは誰も詩夕たちを責めない。
寧ろ、勇者として覚醒した事を喜んでくれていた。
それにどう答えて良いのかわからない詩夕たちは、ビットル王国の王女であるフィライアへ、気持ちを吐露する。
フィライアは言う。
この世界に居る人たちは、そういう事を乗り越えて今を生きています、と。
平和のために戦い、死んでしまった者たちの思いを受け取り引き継いで、前を向いているのです、と。
だからこそ、そういった思いに答える事が出来るかもしれない力の目覚めは、喜ばしいのです、と。
聞いた詩夕たちは思い出す。
武技の神から、囚われないように、と言われた事を。
………………。
………………。
詩夕たちは、前を向く。
全員揃って元の世界に帰るという目的は変わらないが、けれど……それでも……ここの、この世界の人たちを見捨てたくない、と思った。
そのためにまず必要なのは、やはり力だろう。
この世界では、「個」が簡単に「集」を圧倒出来るほどに、力を持つ事が出来る事はわかった。
そういう力を手にするためには、指導する者が必要である、と詩夕たちは考える。
◇
ビットル王国の王城内にある一室に集まった詩夕たちは、国王であるベオルアと王女であるフィライアを前にして、感じた気持ちを正直に述べ、強くなるためにはとスキル構成も明かした方が良いと判断して全て公開する。
その上で、詩夕は自分たちの考えを告げた。
「……つまり、皆様に指導出来る者を揃えて欲しい、という事ですか?」
「はい。その通りです。確かに僕達は鍛錬を積み、『勇者』として目覚めはしました。ですが、まだまだ未熟である事を痛感しています。また、この国の皆様が屈強なのは理解していますが、僕たちのスキル構成を踏まえると、全てに手が回らないのではないでしょうか? なので、指導する者が必要だと考えました」
代表して、詩夕が答える。
他の者たちも、それで間違いはないと頷いた。
ベオルアとフィライアは顔を見合わせて、難しい表情を浮かべて考え込む。
「……あの、駄目ですか?」
「そう思って動こうとしている事は、大変素晴らしい事です。ですが、正直に申せば、現状だと大変難しいお願いだと答えるしかありません」
「難しい……ですか?」
「はい。まず、同系統で皆様より習熟している者は、世界規模で見れば確かに居ます。ですが、そういう者の多くは、これまでの戦いで既に亡くなってしまいました。また、生き残っている者の多くは、こちらではなく、大陸西側『軍事国ネス』が抱えています。こちらは守りで向こうは攻めですからね。どうしても、あちらの方に集まりがちなのです」
フィライアの説明にベオルアも同意するように頷き、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「……僕たちがここから離れるのは本末転倒でしょうし、その『軍事国ネス』の方も状況は大変でしょうから、呼び寄せる訳にもいかない、と。……確かに難しいですね」
「はい」
停滞した雰囲気が場に流れるが、詩夕は少し考えたあとに口を開く。
「………………フィライア様の言い方ですと、そういう人の全員が集まっている訳ではないのですよね? そちらの方でお願いする事は出来ませんか?」
「そういった者たちも思い思いに行動していますから、見つけ出すのが困難なのです。ただ、もし見つけたとしても、皆様に指導するかどうかはわかりません。何しろ、そういう方たちは気難しい者が多いのも事実ですから」
フィライアが苦笑を浮かべる。
どうやら難しいお願いだったと、詩夕たちは思った。
「わかりました。そういう方たちは貴重な戦力でしょうし、状況的に難しいという事は理解しました。このまま鍛錬を続けて、どうにかするしかなさそうですね」
「本当に申し訳ございません。ですが、皆様からの提案を受け、その必要性はこちらも理解出来ます。ですので、見つかる保証は出来ませんが、探してみようと思います。どうにかして、こちらに来る事が出来ないかも含めて」
「ありがとうございます」
フィライアからの提案に、詩夕たちは揃って頭を下げた。
ベオルアからの反対意見もないので、必要性を理解しているのだろう。
そうして、詩夕たちからの提案の話は一旦これで終わりとなった。
◇
それからほどなくして、強者を発見したという報告を受けたフィライアは、早速とばかりにベオルアと詩夕たちを集めた。
「陛下には先にお伝えしましたが、思っていたよりも近場で強者が見つかりました」
「それは本当ですか?」
詩夕たちから、わっ! と小さな歓声が上がる。
「はい。調査員が実際にお会いして確認しましたので確実です。見つかった強者の名は『シャイン・フラワーウッド』様。その強さは世界中に名が届いているほどのエルフです。皆様に指導出来る力量は充分に備わっていると思われます」
「そんな方が近場に……」
ビットル王国軍の中に既に居るので、エルフという事に驚きはない。
ただ、世界中に名が響く強者なら願ってもないと、嬉しそうな表情を浮かべる詩夕たち。
「見つかった場所は、ここから西に向かって数日進めばある『エルフの森』です」
詩夕たちはここから移動した事がないため、数日の移動という事にピンときていない。
けれど、フィライアの言い方から、自分たちが考えている以上に近い距離かもしれないと思う。
「ですが、指導のお願いは断られたそうです。一応、説得を続けるようにと指示は出しておきましたが、結果は期待しない方が良いでしょう」
駄目だった、という答えに詩夕たちは少し気分が沈むが、同時に、向こうには向こうの事情があるのだからそれも仕方ない、とも思っていた。
それでも、そこまでの強者なら簡単に諦めるのも……と、詩夕が口を開く。
「そういう事なら、指導してくれるかどうかはともかく、まずは僕たちの方から出向いて、誠意を示した方が良さそうですね」
「はい。私もそう考えていました。ですが、それはそれで、新たな問題が浮上します」
「新たな問題ですか?」
フィライアの説明を、詩夕たちは覚えるように黙って頷く。
「平時であれば問題はありません。ですが、今は戦時中です。先の戦いのように、大魔王軍がいつ攻め込んで来てもおかしくない状況で、一角の戦力となった皆様が数日とはいえ居なくなるような事は避けたいと考えています。……間に合わなかった、では意味がありませんから」
「それは僕たちも同じです。そもそも、ここを守り抜くために、更なる鍛錬を希望しているのですから」
「そう言って頂けて本当に嬉しく思います。ですので、こうしませんか?」
フィライアからの提案は、さすがに全員で行くのは難しいので、特定の人物だけが向かうというモノだった。
その選考基準は、指導をお願いする者のスキルに合わせて。
今回を例に挙げれば、目的の人物である「シャイン・フラワーウッド」の伝え聞く戦闘方法から推測される所持スキルは「拳術」と「闇魔法」のため、向かうのであれば、「闇魔法」のスキルを有する天乃と、「拳術」のスキルを有する樹の二人という事だ。
残る者たちは、出向いた者たちが戻って来るまで、ここを守れば良いのである。
「……というのはどうでしょうか?」
フィライアがそう締めくくると、詩夕たちは軽く相談し、それで問題はない事を伝える。
良かったです、とフィライアが笑みを浮かべた。
「では、今回エルフの森へと向かうのは、アマノ様とイツキ様……そして私の三人と、何名か護衛を付けましょう」
その言葉に、詩夕たちは、やっぱりそうなるんだな、と思った。
ベオルアは、あれ? それは聞いてないよ? とフィライアへ困惑した表情を向ける。
フィライアはモジモジしながら答えた。
「ビットル王国の代表として、というのもありますが……イツキ様は鍛錬で忙しかったですし、先の戦の怪我も漸く癒えたところですから、まだデートらしいデートもしていないので……丁度良いと思い………………駄目でしょうか?」
上目遣いで、ベオルアを見るフィライア。
あっ、これは落としにいっているな、と詩夕たちは思う。
「仕方ないのぉ~」
ベオルアは孫に甘かった。
デレデレの表情である。
だが、それを看過出来ない者が居た。
「ちょ、ちょっと待って下さい! フィライア様は年頃の娘ですよね! それで良いんですか、ベオルア陛下! 仮にも男と一緒に行動させるんですから!」
フィライアの想い人の樹である。
その目は本気だった。
このままでは不味い、と思っているのだろう。
実際、樹がチラッと視線を向ければ、そこにあるのは詩夕たちから向けられる疑惑の眼差し。
………………この先生……やはり……。
ジィーッと見られる。
「違う違う」
信じてくれ、と樹は首を振った。
そんな樹にスススッと近付くフィライア。
「私じゃ駄目ですか? イツキ様」
手を組んで、キラキラとした目を樹に向ける。
「孫の何がいけないのか、詳しく聞こうではないか! あぁん!」
孫馬鹿炸裂のベオルアも追随する。
「え? いや、その、フィライア様が悪いという訳ではなくて、世間体といいますか……えぇ~!」
困惑する樹。
どう答えれば良いのかがわからないようである。
そこで声を上げる者が居た。
「ちょっと良いですか」
同行する予定の天乃だ。
天乃はフィライアとベオルアに視線を向ける。
樹は、希望を抱くように天乃を見た。
「……一つ確認したいのですが、エルフの森へはどのように向かう予定ですか?」
「馬車で、と考えていますが?」
「では、私だけ別の馬車でお願いします」
「かしこまりました! 直ぐに手配します!」
天乃の提案に即座に答えるフィライア。
二人はガッチリと握手を交わす。
先生を見捨てるのか! と、樹は絶望の表情を浮かべた。
その様子を見て、詩夕と常水が苦笑を浮かべる。
「恋する女性は強いね……着々と外堀が埋められていく」
「幸せは願っておこう」
「それもそうだね」
結果、断り切れなかった樹は、そのまま押し切られる形で、フィライアと馬車を共にする事になったのだが、それは実現しなかった。
力強いノック音が室内に響き、一人の騎士が入って来る。
慌てているのか、簡単に敬礼したあと、直ぐに口を開く。
「失礼致します! 緊急事態のため、無礼をお許し下さい!」
「良い。何事であるか?」
先程までとは違い、国王の顔になったベオルアが尋ねる。
「先の戦いと比べると規模はかなり縮小されていますが、大魔王軍がこちらに向けて進行しているとの報告が入りました!」
「……虚偽ではないのだな?」
「はい。間違いありません!」
室内が、一気に緊張感に包まれた。




