引っ張り上げる手、背中を叩く激励
トラウマのせいでキヤ君のメンタルがマッハです
キヤが王宮から帰って来て数日。世間では皇后様が亡くなられ悲しみに包まれていた。なんでも皇后様は歴代でも類を見ないほどの人気を誇っていて、王との仲睦まじい様子が王都の人の心の支えにまでなっていたという。実際に言葉を交わしたキヤも身をもって体験していた。だからこそ、彼の塞がったはずの心の傷が開いてしまったのだ。
「…………出てこないわねぇ、キヤちゃん」
「出てこないな」
「来ないねー」
工房のリビングでゴルドワーフとヤグル兄妹は紅茶を飲みながら休憩をしていた。サツキは夕飯の買い出しへ向かって不在だ。皇后様が亡くなられ王都一帯は自粛ムードになっており、外に出てもほとんどの店が閉まっている。あと数日は皇后さまの喪に服すことになるだろう。その間キヤはほとんど食事もとらず自室に引きこもりずっと仕事をサボっていた。収入は問題ないが、キヤの体調が危ぶまれる。
「そういえばヤグルちゃんたちは何か仕事を振られてたんじゃなかったかしら?」
「三日前に完遂した。合成した魔石の在庫を増やそうにもこの自粛ムードでどこも魔石を売ってる店が開いてない、皇后様は商人たちと深いつながりがあったからどの商人もキヤと似たようなものだ。マーシュンが毎日ヒマすぎてヒマンカを育ててる」
「皇后様提案の財政改革でその恩を忘れてない商人たちならそうなるわね……ワタシも正直やることないのよね……精々お花のお世話くらいかしら。ワタシたちはいいケド、キヤちゃんは大丈夫かしら?」
「絶対大丈夫じゃないよね……あんな顔したキヤさん初めて見たよ。ゴハン回収するサツキさんもかわいそうだよ。残ったゴハン見るたびため息ついてるの、見てられないよ……」
カップのフチを指でなぞりながらマーシュンは呟く。世の中がこんな状況でも腹は減る。サツキは以前と変わらずその料理の腕前を振るっているのだが、キヤは部屋の扉を閉め切ったままカギをかけ、食事をとるリビングにすら出てこない。キヤの寝室の前に食事を置いてもほとんど減っていない状態で返されている。その状況を悪く見たゴルドワーフとマーソウは一度キヤが出てくる瞬間に突撃したりもしたのだが、泣きそうな顔で『ゴメン……ハラにメシが入ってかないんだ……ホントゴメン……』と部屋に戻られては二人も怒るに怒れなくなる。
だがさすがにこれ以上は放置できない。これ以上食事も水もとらないのは命に係わる。
「このあとサツキちゃんと一緒にキヤちゃんの部屋に行ってみるわ。さすがに立ち直ってもらわないと」
「……いや、まず俺が一人で行こう。どうせヒマだしな、ヒマンカの植木鉢をジッと見続けるのは飽きた」
「大丈夫なの?」
「……年が近いと言いやすいこともあるだろう、多少荒療治になるかもしれないが…………俺たちを見出してくれた恩人を放っておけるか」
心配そうにマーソウを見ていたマーシュンだったが、キヤの部屋に向かっていくマーソウの背中は頼もしかった。マーシュンもキヤに恩義を感じている、キヤだけではなくこの工房のメンバー全員にだ。またみんなで騒ぎながら新しいものを作りたい。それはこの工房のメンバー全員が思っていることだ。
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バァン!!!!
「邪魔するぞ」
普段なら使われてないカギがかかった扉を乱暴に蹴破りマーソウはキヤの部屋に突入する。いつもなら『邪魔するんやったら帰ってー』という小ネタが飛んでくるのだが、そんな様子はない。わずかに掛布団がモゾリと動く気配がするだけだ。キヤはベッドの上で座りながら掛布団に包まりボーッと外を見ていた。窓にはカーテンがかかっているというのに
「起きろキヤ。餓死する気か?」
「…………放っとけや。ハラ減ってないねん」
「だが食わなきゃ死ぬぞ」
「食いたない……今何か食ったら吐いてまう……メシ無駄にしたらアカン」
「じゃあサツキにどう申し開きする気だ? 人は食わなきゃ死ぬ、お前のためにサツキは骨を折って俺たちのメシを作ってくれてるんだぞ。マーシュンも言っていた、残されたメシを見てため息をつくサツキは見ていられないとな」
「…………」
これは重症だ。マーソウの目から見たキヤは大胆不敵が服を着て歩いているような印象で、こんな鮮度の落ちて潰れた卵のような雰囲気は出さない男だった。マーソウはキヤの過去は知らない、優しく包み込むのは己の性分ではない。背中をブッ叩いて立たせるのがどちらかといえば本分だ
「キヤ、ちょっと外まで来い」
「……行きたない」
「いいから来い」
キヤの包まった掛布団を無理やり引っぺがし、マーソウはキヤを樽を持ち上げるように担ぎ上げて部屋を出ていく。キヤは申し訳程度に全身の力を抜いて抵抗しているが、マーソウの意外な膂力によって中庭へとパジャマのまま運搬されていった
ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
「っ、と」
ポイ、と雑に中庭の地面に放り出され、転がされた木の枝のようにこてんと地面に転がるキヤ。歯車柄のパジャマが容赦なく土で汚れていく。
「立て」
「……いやや」
「とっとと立て、フヌケの玉無し。女を悲しませる人間のクズが、恥を知れ。股座に付いたソレは飾りか? マーシュンがお前のために悲しんでいるんだぞ、責任を取って俺に殴られろ」
普段のマーソウからは考えられないような罵倒の数々。マーソウは口は悪いが罵詈雑言はあまり言わないタイプの人間だ、そのマーソウが男を最大限に侮蔑する言葉を連呼している。形骸化しているものの仮にも上司であるキヤに向かって。だがそれは非常に効果的だったと言える。光彩の消えていたキヤの目にじわりと熱が帯びたのだ
「……なんやと?」
「事実だ。散々自分を支えてくれた仲間に対してお前はどんな行動をとっている? ヘタな言い訳をしてわがままを喚きサツキはおろかマーシュンにも悲しみを伝染させている。情けないな、恥ずかしくないのか?」
「仲良かった人が死んで悲しまんヤツがどこにおるんじゃボケぇ!!」
「はき違えるな、死人を悼むのは構わないがいい加減立ち直れ。お前は工房の長として俺たちを背負ってるんだぞ」
「イガラシとかゴルドワーフがおるやろ!!」
「よりにもよって普段からよく頼っているその二人に責任を押し付けるのか、いよいよどうしようもないな。歯の一本や二本は覚悟しておけ」
「おンどれぇぇぇぇ!!!!!」
キヤは立ち上がり拳を握りしめマーソウに殴りかかる。キヤの拳がマーソウに届く瞬間、キヤの視界は一変した。そして気が付けば地面に倒れ空を眺めていた。同時に体内がグルグルと激しくシェイクされている。
「いつだったか、お前に教えてもらったアイキだ。さっきも言ったがお前が死を悼むのはいい。それはお前の優しさからくるいいことなんだろう。だがお前が死ねば俺たちが今のお前になるだろう。俺たちを救ってくれた、優しいお前はそれをよしと出来るのか?」
俺は一体何をしているんだろう。何がしたいんだろう。俺はイガラシ……ゴルドワーフ、ヤグル兄妹たちに何をしてしまったのだろう。揺れる脳と意識の中、キヤの視界はゆっくりとブラックアウトしていった。
友であり仲間からの叱咤激励。次は友であり仲間からの慈愛です




