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私は、あの路地を彷徨っていた。

空を見上げる。

夕闇の中に、満月が浮かんでいる。


「勇哉、ごめんね……」


日が暮れてからそこまで時間が経っていない時間帯なのか、月の姿が、頼りない気がした。


「私のせいで勇哉は……死んでしまった」


街の喧騒は、遠い、遠い場所にあった。

私の耳には、なんの音も聞こえてこない。

しんとした静けさの中に、私はいた。

その静けさの中に、私の声だけが、聞こえる。


「ごめんね……」

私は涙を流し、呟いた。




「友香先輩」


私の名を呼ぶ、聞きなれた声。

……まさか、この声は……

思わず振り返った。そして、目を疑った。


「嘘」


夕闇に紛れて、そこにいたのは。

そこにいたのは、そこにいるはずのない人だった。


「勇哉」


私はその名を呼んだ。

彼は微笑んだ。いつものように。


「最後に、お別れを言おうと思ったんです」


つきり、と心が痛んだ。


「僕、先輩といることが出来て、幸せでした。もう、一緒に過ごせないことが悲しいですが……先輩との思い出は宝物です。今まで、ありがとうございました」


勇哉は、後ろを向いて歩き出した。

……行ってしまう!

本当に、逝ってしまう……!


「勇哉」


普段は出ない、滅多に出ない、大きな声だった。

勇哉はこちらを振り返った。


「……ねえ、勇哉。あなたは……」


勇哉は首を傾げ、いつもの様に微笑んでいる。

その姿が、今にも夕闇に溶けて消えてしまいそうな気がして、怖い。

だからだろうか。

どんどん声が、萎んでいくのが分かる。


「あなたは、本当に……勇哉なの?」


まるで夢みたいで。

信じることが出来なくて。

思わず問いかけていた。

なのに勇哉は、いつもの様に微笑むだけだ。


「それとも、これは私の夢なの?」


私の頰を、何か冷たいものが伝っていった。


「ねえ、行かないで……」


(ごめんね、勇哉)


全部、私のせいだ。




「……先輩の願い事、今夜だけ叶えます」

勇哉は不意に、泣きそうな声でそう言った。

「私の、願い事?」

そう訊く私に勇哉はうなづき、恥ずかしそうに、明るく言った。


「友香、花火を見に行こう!」


そうだ……!

私の願い事。

それは、勇哉に呼び捨てで呼ばれ、タメ語でお互いに話すことだった。

そして、私達2人は、いつか一緒に花火大会に行こうと約束していた。丁度いいことに、今日は、私の住む街で花火大会がある日だ。


勇哉は私に手を差し伸べた。いつもの笑顔で。

私はその手を握る。離さないように、固く握る。

意外にも温かく、しっかりとした手だった。




(二度とこの手を放したくない)


いつか放さなければならないとしても。

その時が、もうすぐ来てしまうとしても。


(今だけは、この手を放さない)


大切な人の、この手だけは。

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