Ⅲ
私は、あの路地を彷徨っていた。
空を見上げる。
夕闇の中に、満月が浮かんでいる。
「勇哉、ごめんね……」
日が暮れてからそこまで時間が経っていない時間帯なのか、月の姿が、頼りない気がした。
「私のせいで勇哉は……死んでしまった」
街の喧騒は、遠い、遠い場所にあった。
私の耳には、なんの音も聞こえてこない。
しんとした静けさの中に、私はいた。
その静けさの中に、私の声だけが、聞こえる。
「ごめんね……」
私は涙を流し、呟いた。
「友香先輩」
私の名を呼ぶ、聞きなれた声。
……まさか、この声は……
思わず振り返った。そして、目を疑った。
「嘘」
夕闇に紛れて、そこにいたのは。
そこにいたのは、そこにいるはずのない人だった。
「勇哉」
私はその名を呼んだ。
彼は微笑んだ。いつものように。
「最後に、お別れを言おうと思ったんです」
つきり、と心が痛んだ。
「僕、先輩といることが出来て、幸せでした。もう、一緒に過ごせないことが悲しいですが……先輩との思い出は宝物です。今まで、ありがとうございました」
勇哉は、後ろを向いて歩き出した。
……行ってしまう!
本当に、逝ってしまう……!
「勇哉」
普段は出ない、滅多に出ない、大きな声だった。
勇哉はこちらを振り返った。
「……ねえ、勇哉。あなたは……」
勇哉は首を傾げ、いつもの様に微笑んでいる。
その姿が、今にも夕闇に溶けて消えてしまいそうな気がして、怖い。
だからだろうか。
どんどん声が、萎んでいくのが分かる。
「あなたは、本当に……勇哉なの?」
まるで夢みたいで。
信じることが出来なくて。
思わず問いかけていた。
なのに勇哉は、いつもの様に微笑むだけだ。
「それとも、これは私の夢なの?」
私の頰を、何か冷たいものが伝っていった。
「ねえ、行かないで……」
(ごめんね、勇哉)
全部、私のせいだ。
「……先輩の願い事、今夜だけ叶えます」
勇哉は不意に、泣きそうな声でそう言った。
「私の、願い事?」
そう訊く私に勇哉はうなづき、恥ずかしそうに、明るく言った。
「友香、花火を見に行こう!」
そうだ……!
私の願い事。
それは、勇哉に呼び捨てで呼ばれ、タメ語でお互いに話すことだった。
そして、私達2人は、いつか一緒に花火大会に行こうと約束していた。丁度いいことに、今日は、私の住む街で花火大会がある日だ。
勇哉は私に手を差し伸べた。いつもの笑顔で。
私はその手を握る。離さないように、固く握る。
意外にも温かく、しっかりとした手だった。
(二度とこの手を放したくない)
いつか放さなければならないとしても。
その時が、もうすぐ来てしまうとしても。
(今だけは、この手を放さない)
大切な人の、この手だけは。




