62.桐塚優乃は将来に不安を覚える
これにて終幕です。
囹圄棟の地下七階は、監房の中でも特に監視が厳しいことで知られている。全て個室となっているその階を占める収監者は、罪が確定したヒトたち。その上で刑を保留されていて絶対に逃がしてあげないよ、っていう犯罪者が押し込められている。
衛生環境はぼちぼちいいらしく、想像しているような嫌な臭いはしない。
自然の光は一切届かないし、決まった時間と特別な時以外明かりは灯されない。ここの看守は暗闇の中で生きる種族出身らしく、逆に光がない方が快適なんだとか。
囚徒たちの部屋にあるのは、小さな魔充石を嵌められたランタンだけ。頻繁に使えばすぐに魔力切れを起こして、次の交換日まで光が一切ない生活を強いられる。魔力は当然のことながら封じられているから、自分で明りを作る事なんてできやしない。
精神発狂しそうであたしだったら耐えられないと思う。
ご飯だって一日一回じゃないんだよ。キンドレイドの身体は強靱だからっていう理由で、三日に一回なんだよ。水分も最低限しか与えられないんだって。
これって十分刑罰の範囲だよね?
ちなみに、監房の階層によって扱いは変わる。地下に行けばいくほど扱いが酷くなる仕組みになっているらしい。最下層ってどうなっているんだろう……。
あたしは、看守に連れられてここにある一室に向かっていた。廊下には明かりが灯っていて、歩きやすい。
後ろには専属護衛が二人付いてきている。彼らは公宮警備兵出身者、らしい。アザラッツとニイルは現在軍でしごかれている。
二人に再会できる日が待ち遠しいなあ。
目的の牢を開けてもらい中に入る。魔力で光球を作ると一月前より一回り肉付きが悪くなったように見えるニェンガがいた。
粗末な室内には、壁に取り付けられた固いベッドとトイレの他には何もない。少し前まで彼女が住んでいた部屋とは天と地の差を感じる場所だった。
「ニェンガ」
名前を呼ぶと、ベッドの上で壁に背を預けて座っていたニェンガが緩慢な動きで顔を向けた。
ふてぶてしさは健在。図太い精神力だね。
「きたの。怖気づいて逃げたのかと思ったわ」
「下準備に時間がかかってね。これでも大急ぎだったんだよ」
ニェンガに与える罰。それを実行するために色々必要なことがあったんだよ。
おかげでものすごく疲れた。おまけとしては魔力が上がった。キャパシティ限界には達してないらしいんだけどね。
「準備?あたくしを殺すための覚悟にこれほど時間がかかるなど、情けないわね」
「ああ。期待に添えなくて申し訳ないけど、処刑じゃないから。ハラマ鉱山送りもないしね」
どうしても、死刑以外の方法を模索しちゃったんだよね。いっそハラマ鉱山送りにすれば、個人努力をしなくていい、という面では楽だったんだけどやっぱり覚悟が決まらなかった。
というわけで、代替案を用意した。こんなところでどうでしょうか、ってロダ様に相談したら、ぎりぎり合格もらえたよ。
なかなかえげつない、と言ったのはフロウ様だったかな。自分でもそう思うから、言い返せなかった。
「何をする気?」
「それは起きてからのお楽しみ。というわけで、お休みニェンガ。もしかしたらこれで会うのは最後かもしれないから、サヨナラも一緒にね」
「なにを?」
怪訝な顔をしたニェンガに、あたしは苦笑を返して力を使った。眠りの魔技は効果覿面。
一瞬抗おうとした彼女をお休み三秒だった。
ベッドの上に倒れたニェンガを見て、あたしはやるせないため息をつく。
「美人は目の保養なのにね。もったいないなあ」
痩せても彼女の美貌は残っている。この環境でもやれる限りの努力をしていたのかもしれない。
とはいえ、やると決めた以上はやるけどね。
自分に言い聞かせるように、頬を思い切りたたいて感傷を断ち切る。
そして、あたしはニェンガの顔に手をかざした。
「終わったようだな」
ぐったりと自室のベッドに突っ伏していたあたしの横に、前触れもなくロダ様が現れた。
歩いてこないで、転移してこられたよ、この方。
別にいいけどさ。
「おかげさまで、無事に終わりました。何から何までありがとうございました」
怠い体を叱咤して起き上がり、頭を下げた。
いや、本当にロダ様にはお世話になったんだよ。よくここまであたしの我儘に付き合ってくださったと、心の広さに感謝の念しか浮かばない。
だって、大公補佐だよ?第一公女様だよ?めちゃくちゃ忙しいのにあたしのお願いを聞いてくださったばかりか、嫌な顔しないで相手をしてくださるんだもん。
途中、面白がってフロウ様も来るし。レティシア様も興味深そうに顔を出されたし。ミュウシャ様は差し入れくださるし。……ハーレイ様は時間を見つけては顔を出されて、ついでにご指導いただいたよ。
何をって?ロダ様に教えてもらおうと思っていた技をね、しごいていただいたんだ。
メインはロダ様、サブにハーレイ様、時々フロウ様という豪華面子にプレッシャーがかかったよ。それから逃れたくて、必死に覚えたんだけど。それこそ寝る間も惜しんで、がんばったね!
「その様子だと成功か?」
「失敗なんてしたら、ロダ様にもハーレイ様にもフロウ様にも顔を合わせられません」
「べつに失敗してもよかったのに。それはそれで面白いことになっただろうからね」
「兄様。ユノ、追い詰めない」
だからさ。扉があるんだからちゃんと使おうよ、って言いたい。
振り返った先には、ハーレイ様とその腕に抱かれたミュウシャ様。
ああ~~~。ニェンガ以上に目の保養だなあ。比べる方が失礼だけど。
「その節はお世話になりました」
とりあえずお礼は大事。あたしから頼んでいないとはいえ、しっかり教えてもらったことに変わりはない。
深々と頭を下げたあたしを、ハーレイ様が撫でられた。お子様扱いだね。……慣れそうな自分が嫌だ。
いつの間にか床に下りていたミュウシャ様も、にっこりと花のような可憐な笑顔であたしをご覧になっていた。ほんっとに癒し系だねええええええ。
あのまま寝室で、というわけにはいかないので居間に移動。そこでフロウ様とレティシア様が当然の顔をしてお茶をしていたのは、流すしかない。
ハーレイ様たちの来訪に気付いていたレジーナさんたちは、手早くお茶とお茶請けを用意してくれていた。
ありがとうございます。
「で、ニェンガはどうなった?」
全員が座ったところで、フロウ様がいたずら小僧のような顔をされた。
「予定通りキンドレイド解雇、しわくちゃおばあちゃんになった上で終焉諸島に追放しました」
これが、あたしが決めたニェンガへの刑。
上位魔人にだけ使える時空系魔技による、ニェンガが嫌がる上にキンドレイドだったら避けたいって思うだろう刑だ。
手順としては。
一.ニェンガを眠らせる。
二.ニェンガの記憶を丸ごとコピーして保存する。保存場所は魔力で作った結界の中。
三.ニェンガの肉体の時を巻き戻す。これによって、大公の血を飲む前の状態、つまり
エルフだった時のニェンガになる。
四.本来肉体が辿るべき時間の流れのまま、ニェンガの時を進める。大公の血を飲むこ
とはイレギュラーだから、普通のエルフとしての時を刻んでもらう。ちょっとおま
けをして、おばあちゃん状態になるところまでやったけど。
五.コピーしておいた記憶をニェンガの中に入れる。肉体の時を戻した時に記憶も戻っ
ちゃっているからね。それじゃあ、罰になりませんってことできちんと自分のやっ
たことは覚えていてもらう。
六.直径一キロあるかないかっていう島が密集してできている終焉諸島という場所があ
る。そのうちの一つがニェンガの追放場所。厳しい風土らしいけど、頑張れば生き
残れるらしい。ちなみに住人となるのはニェンガ一人。島は結界に囲まれていて脱
走不可能。要するに無期懲役野外バージョン。サバイバルで生き残ろうコース。結
界には細工がされていて、眠ると悪夢を見る仕掛けになっている。眠りの中に安ら
ぎは求められないらしい。
自分の美貌に自信を持っていて、大公大好きなニェンガにはなかなか絶望的かな、と思う。キンドレイドであることって誇りでもあるから、それを取り上げられることは自殺したくなるくらい悲惨らしいし。
ちなみに、ニェンガには自殺を禁じる枷がかけられている。自決しようとすると、枷に込められた力によって遮られるんだとか。終焉諸島送りになった罪人は全員嵌められるらしい。
手順一と六は大して問題ないんだけど、二から五がメッチャクチャ大変な技なんだよう。
記憶をいじるだの、時の流れを戻したり進めたりなんて普通はできない。魔人でもできない比率の方が高い技なんだよね。
それを一カ月でよくマスターした、あたし。魔力の高さ自体は定評があるから後はやり方だけ。実験台は植物や生肉など食料品。植物以外の生きている存在に技をかけたのは、ニェンガが初めてだよ。
体のいい実験台ともいえる。それも罰に含めれば、ハーレイ様とロダ様納得させられないかな、という下心はあった!
二度とやりたくないけどね。しわくちゃのおばあちゃんになったニェンガ見て、罪悪感が生まれたからねえ。大概あたしも覚悟が足りないね。
やっちゃったからには、戻す気はないけどさ。少ししたら、こっそり様子だけは見に行こうと思っている。
自分のやったことの責任は最後までとりたいから。
「甘ちゃんのユウノにしては頑張りましたわね。この調子でいけば、成長が期待できますかしら」
「褒めてんのか、貶してんのか、どっちかにしてください」
「事実を述べているだけでしてよ。ねえ?」
レティシア様が同意を求めると、頷いたり苦笑したり、と反応はそれぞれだったけど第二公女様の意見に反対するところはなかったようだ。レジーナさんたちにも無表情ながら、わずかに同意するような色が見えたよ。
ええい。成長を望まなくていいから、放っておいてよ。そうすれば、適当にのらりくらり、と現状を生きていくからさあ。
「これで憂いは無くなったことだし、明日には教育を開始かな」
「だろうな。この一か月、レジーナが着々と準備を進めている」
ちょっと待って。教育って何?どうして、ハーレイ様とロダ様で頷き合っていらっしゃるの?!
というか、レジーナさん、何してるんですかああああ?!
「あら、まだ初めていなかったんですの?」
「おまえな。こいつにそんな器用な真似できると思うか?」
「ユノ。技を覚える。精一杯だった」
そうですね。フロウ様とミュウシャ様のおっしゃる通り、今日まで目の前の事案の事で精一杯だったよ。周囲がそんなこと画策してるなんて知りもしなかったよ!
レティシア様があらまあ、と鈴の音を転がすような笑い声をあげられた。
「大概不器用な娘ですわね。レジーナが嬉々としてしごく様子が目に浮かびますわ」
「げ」
「お前俺と同じで、椅子に座ってられねえタイプだろ?言われたことはなるべく一度で覚える方が、苦行の時間は少なくて済むぜ」
くく、と意地わる気に笑われながら、アドバイスをくださるのはいいんだけどね。あたしがそんなに要領いいように見えたら、フロウ様の目を疑うよ。
「ちなみに、何をさせられるんですか?」
「一言で言えば、公女としての心得を叩きこむというところか」
生真面目な顔をしていらっしゃるのに、どこか楽しそうなロダ様にあたしの中の不安が大きくなる。
それってもしかしなくても、世に言うお妃教育の公女バージョン?
……今すぐ逃げたい。ダンスも話術もお綺麗な食事の方法も知らないし。政治なんて さっぱりだし。それどころかアーバンクルの情勢なんて最低限しか知らないからね。
あたしは現代社会が苦手で、歴史も苦手。好きなのは体育!な女子高校生だからね。
メイド業やっていたおかげで、家庭科のレベルは上がったんじゃないかとは思うんだけど、それ以外は無理だから。
どろどろの政治の裏側とか、想像するだけで目の前が暗くなる~~~~~。
「やらないっていう選択肢は?」
「あると思うか?」
「ですよねえ」
分かっているので、その凶悪な笑みをひっこめてください、ロダ様。ほんっきで怖いです。
大公より凄味があるのは気のせい??
「せっかくの使える存在ですもの。思い切りこき使われますわ」
「使えるってなんですか?!常識知らずの我儘娘ですよ、あたしは」
「堂々と魔人に対して意見が言える上に、己の我を通すのですもの。放置しておけば面倒ですけれど、育てれば便利ですわね」
それって反抗する前に手元において丸め込むってこと?
理屈は分かるけどそれ本人に言っちゃだめだと思いますレティシア様。
知られても痛くも痒くもないって感じだけどね。今更ながら、あたしどんな世界に放り込まれているんだろう。
ハーレム状態になるわけでもなく、自分で道を切り開いて環境を整えるわけでもない。
完全にレールが敷かれている気がする。自立ってどこにあるんだっけ。
遠い目をしたあたしに、フロウ様が諦めろ、っておっしゃった。
「自分の意思を完全に通すには、己の立場を明確に周囲に知らしめてさらに力があるってことを誇示しねえと難しいだろうな。なまじ力と立場があるから、利用しようとする存在の方が多いのは当然だろ?」
「ついでに常識がないから、言葉巧みにだまして自分の都合のいい傀儡でも作りたがる奴がいるんですね?余計な混乱招きたくないから、あたしの事仕込んでしまおうって言う魂胆ですね?」
よくわかっているじゃないか、と満足そうに頷かれたのはロダ様だった。
「その上で、使える存在になればこちらにとっては利が大きいからな。あるものを使おうと思うのは当然だろう?」
「心配しなくても、害虫は駆除するよ。ユウノに手を出すなんて馬鹿な考えもたれたら、鬱陶しいからね」
「物騒なのでその申し出は辞退させてください」
ハーレイ様の場合文字通り駆除に走られるよね。色々ある面倒事考えずに、手を下されるに決まっている。
後始末は、ロダ様の役目、だったりして。
目覚めが悪いから勘弁して。
「ユノ。無駄なあがき」
「ミュウシャ様。言うことは言わないと、あたしの場合どんどこ流されるんです」
「……墓穴、掘る」
その憐れむような目はなんなんですか、ミュウシャ様あああああああ!
これにて第八公女奮闘記は終幕となります。
お付き合いいただいた方、誤字脱字のご指摘をしていただいた方本当にありがとうございました。
途中更新が停滞したこともありましたが、完結にこぎつけることができて良かったと思います。
また予想以上に多くの方の目に触れることとなり、驚きとともに連載をしておりました。
感想もたくさんいただき励みとなりました。
ありがとうございました。




